ロボット喫茶

高黄森哉

ロボット


 僕はロボット喫茶でアルバイトをしている野崎圭一だ。高校二年生で、有り余る体力をお金稼ぎにつぎ込むことに決めた。夢は車を買う事。大学卒業までには、きっと、安いスポーツカーが買えるに違いない。


 店長が呼ぶ。


「圭一君。今日もご苦労。君の仕事ぶりはなかなかだね」

「お金貰ってますから」


 僕は思わずはにかんでしまう。店長は初老で白髪の男性で、いかにもな紳士である。外見だけではなく、内面も紳士的で、この人から一つも邪悪な念を感じたことはない。


「そろそろ休憩かね。今の時間は人がいないから、休んでよろしい」

「ありがとうございます」


 スタッフオンリーの休憩所へ向かった。

 休憩所では、アルバイトだけではなく、ロボットも休んでいる。どういう理屈なのか分からないが、ロボットも休憩させる必要があるらしい。バッテリーの消耗やモーターの疲労を押さえたいならば、休憩ではなく、シャットダウンさせればよいのだが、あえて休憩させている、ということは、そういった目的ではないのだろう。神は細部に宿る、ということなのだろうか。例えば某テーマ―パークの着ぐるみたちは、舞台裏でも演技を続けるという。


「ねえ、あのお客さん、あなたのことが好きみたいね」

「えぇ。全然違うよぅ」


 黄色いロボがモニターの顔のほっぺたを赤くしている。見てて癒される光景だが、これもプログラムであると考えると空虚だ。しかしながら、人間だって、分割し続ければナトリウムイオンのやり取りでしかない。そう考えると、このプログラムに沿った行動にも、意識は芽生えうるのかもしれない。それに、彼らは高度に洗練された思考を持つようで、僕はガワ以外で、彼らを人間と区別することはできない。


「ねえ。戸村さん」


 黄色と談話していた赤いロボに声をかける。赤いロボットはくるりと向きを変えた。ドレスの下に車輪がついているので、とても滑らかで優雅だ。メイド喫茶のメイドよりも、ロボット喫茶のロボットの方が美しい。


「戸村さんは、好きな人とかいるの」


 僕は臆することはなかった。人間じゃないのだから。でも、本物の女の子に聞いているようなドキドキはあった。それは、答えを待つ間に発生したものだ。


「友崎さん。そういうことを女の子に訊くのは、デリカシーに欠けます」


 怒られてしまった。それもそうだ。

 そういえば、彼らは自己のことを女性と認識しているのか。まあ、メイド喫茶を意識したものだから、当たり前か。


「ちょっと、お手洗いに行ってくる。こういうのなんていうんだっけ」

「キジ撃ち、ですかな」


 青い、一人だけ一回り背が高く作られたロボットが、静かにいった。


「ありがとう。卯月さん」


 お手洗いから帰って来ると、扉は少しだけ開いていた。ロボットたちの声が隙間から漏れ出て来る。僕がいない間も、ちゃんとロボットたちは会話をしているのか。ロボットだけの会話に興味があったので、いけないことなのかもしれないが、盗み聞きする。


「わたし。仕事が出来て嬉しいな。ロボットになるまでは、すっごく苦しかったんだもん」


 黄色の前川さんだった。ロボットになるまで。ということは、前までは人間だったのだろうか。確かに AI やプログラムだけじゃ達成できそうにない水準に彼女らはある。


「そうね。ここに来てから、人生の意味を認識できるようになったわ。人の器を離れて、それで」


 赤色の戸村は感慨深そうに発言する。正直に怖かった。だって、つまり、人をやめて彼女はロボットになったというのか。倫理や道徳に違反するし、そんなことが、本人が心地よいから、で許されるのだろうか。それは、自殺に近しいものに感じた。


「おやおや。知ってしまったようだね。彼女達には念入りに君に教えないように厳命していたのだが。まあ、圭一君。君はいい子だから、口外しないとはおもうけど」


 はっと、振り返ると店長が立っている。全ての黒幕だ。ど、どうするつもりなんだ。僕もロボットに替えられてしまうのだろうか。いやだ、そんなことは望んでない。


「や、辞めてください。僕をロボットにするのは勘弁してください」

「ハハハ。それは誤解だよ。じゃあ、説明しようか」


 彼は眼鏡をはずして拭き始めた。店長は、人の目を見て話しをするのが、恥ずかしいのだ。そんな彼の一面は、やはり、邪念のなさを象徴するものだろう。


「世の中には、全く体を動かせない人たちがいる。身体障碍者だよ。でも、彼らも完全に動かないわけじゃない。例えば、目線や細かい手首の震えなどを使って、意思表示が出来る。それで会話をしたりね。僕は考えた。技術が進んだ今、もっと凄いことが出来るんじゃないかと」


 彼は僕を見て、いたずらっぽくニヤリと笑った。


「VR ゴーグルと機械音声、動作はマクロの組み合わせさ。最初は苦労した。だって、普通の方法じゃ採算が合わないからね。普通の方法じゃどうしても健常者よりも劣るんだ。いくら技術が進んだと言えど、ロボットには苦手がある。特に汎用性がないんだ」


 そういう彼の口調は悲しそうだった。


「それで、ロボットにしか出来ないことを見つけたんだ。それは、外見の改造だ。整形はあるけど、それほど万能じゃないから。でも一から造型できるならば。それに、人型にこだわる必要もない。やろうと思えば、獣タイプも可能だよ。もうちょっとデータ収集が必要だけどね」


 ずいっと一歩距離を詰める。


「圭一君。無限の可能性を秘めてるとは思わないかい。人が出来ない動きを人の思考で動作させるんだ。まだデータは少ない。技術も未熟だが。でも、すぐそこまで来てるんだ。きっと外見は人と変わらないぐらいなめらかとなり、中身はもっと多機能になる。彼女たちにしか出来ない素晴らしいことが増えていくことを願っているよ」


 店長は遠くの未来を見据える目で熱く語った。でも、僕はそれがそんなに遠い未来に思えなかった。僕は見逃さなかった。店長の目の奥にある青い炎を。青いレーザーの精巧な分析器を。

 

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ロボット喫茶 高黄森哉 @kamikawa2001

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