第2話
長い長い、怠惰で気だるい船旅の末に、僕らは島に辿り着いた。船の上の生活や出来事について、語り出せばもう一つ別の話が出来上がるが、島のこととはあまり関係がないので、そこは割愛させていただく。
「あー、帰ってきた。三年ぶりくらいだったかな」
ちなみに島の名前だが、『アラシガ島』という。現地の言葉で何か意味のある単語なのかと思えば、これも日本語で、尼子の落ち武者が流れてきたときに付けた名前なのだという。
「百八人の尼子の落ち武者はね。船出する際に、ありったけの軍資金を金塊に変えて積み込んでいたの。いつの日か、軍を再建して、毛利家に奪われた城を取り返すその日のために」
「うん。南半球まで行っちゃった時点で完全に手遅れだと思うけど、とにかくモチベーションはあったってことだね」
「でも、最終的にかれらの船は難破して、島に打ち上げられた。黄金はその船に積み込んであったわけだけど、当然島の住人たちに見つかってしまったわ」
「それは大変だ。横取りされたり、そんなことになったわけ?」
「ううん。当時のアラシガ島には金も銀も流通してなかったから、みんななんかピカピカして綺麗な石ころだとしか思わなかったわ。持ち運ぶにも重いし、金塊はその場に放置され、」
「放置され?」
「今もそこに飾ってあるわ。ほら、あれ」
浜辺から少し丘へ登ったその場所には観光客の姿がちらほらあって、みんなスマートフォンで写真とか撮っていた。シーズンオフとはいえ、人はいるのである。
「無造作すぎない? よく四百年も誰にも盗まれなかったね」
「いちおう、今ではあれは島長の所有物の“金貨”だってことになってはいるのよ。ほら、どこかの島にあるでしょ、巨大な岩石を貨幣として扱って、所有権だけが変わるっていう」
「有名な、ヤップ島の石貨だね。あれは石でやってるから珍しいというのが話の前提なんだけど」
「まあ、ともかく、島長の家に向かうわね。これから」
「え? 君の御両親に挨拶は?」
「だから、行くのよ。あたしの家に。うち、代々の島長の家系だから」
「ちなみに男兄弟は?」
「あたしの代はあたしだけ。従兄弟とかもいないから、」
「え」
「次の島長はあなたになると思うわ」
「えーと、それは、しかし、僕にも事情というものが」
「でも、あたしのお腹にはもう赤ちゃんがいるのよ?」
「アッハイ」
島長の家だが、他の村人の家と変わることはなかった。なんかヤシの木みたいなので作られてて、木造家屋。そもそも、島にたいした人口があるわけでもないし。
「ところで、尼子の落ち武者たちのその後についてだけど」
「ああうん。まだ話が続くんだ」
「彼らはね、帰れなくなってしまったの」
「そりゃそうだろうね。仮に造船技術があっても——」
「そういうことではないの。帰る意思を失ってしまったのよ。この島に絡めとられて」
「ええ? なんか帰れなくなる呪いとかが?」
「ううん。三度三食新鮮なフルーツを食べて、さんさんと照り付ける太陽を浴びてビーチで日焼けとかしていたら、帰って戦争するとか馬鹿らしくなって帰れなくなったんですって」
「百八人もいたのにその全員がその結論に到達したの?」
「そうよ。きっと一万八百人だったとしても同じことになると思う。だって、」
彼女は空を見上げて、言った。
「この島は楽園だもの」
僕はその手を握り、言う。
「そうだね」
そうして、僕も呪いにかかった。僕はとうとう、それっきり、その島を出ることはなかった。尼子の落ち武者たちと同じように、僕もまた。
百八つ墓村 きょうじゅ @Fake_Proffesor
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