百八つ墓村

きょうじゅ

第1話

 国際結婚をすることになった。しかも電撃結婚だ。きっかけは、交通事故だった。僕の車が信号待ちで停車中に、彼女がバイクで突っ込んできた。もちろん過失割合は10:0なわけだが、僕は入院する羽目になり、なのだが不幸中の幸いと言うべきか彼女の方はぴんぴんしていて、こちらの入院先に見舞いに来た。化粧気のない褐色の肌と笑顔が眩しい、南の国の美女だった。ちょっとした紆余曲折を経て、一週間後、僕らは入籍した。退院して真っ先に行ったのが区役所というわけである。


「あのね、あたしの故郷の島に来てほしいの。両親に、結婚の挨拶をしてもらいたいから」


 彼女は日本語が上手い。外見は日本人には見えないが、本人が言うには、祖先が日本人の血を引いているのだという。


「太平洋戦争の頃に、日本が領土を持っていた、そのどこかの島々の一つってこと? 君の故郷は」

「ううん。もっと古くから、あたしの故郷は日本とずっと繋がりがあったの」

「というと?」

「今から四百年か五百年くらい昔の事なんだけど」

「随分遡ったね。それで?」

尼子あまごの落ち武者がね、島に流れ着いたの」

「尼子の、落ち武者が、島に流れ着いた? ちょっと待って。尼子の落ち武者は山陰地方から落ちて落ち武者になったと思うんだけど、君の島があるのはどのあたり?」


 と言うと、彼女はスマートフォンのアプリで地図を出し、太平洋上の一点を指で示して、ここよ。と言った。


「尼子の落ち武者がどういう海流に乗ると、その場所までたどり着くの?」

「さあ。何しろ何百年も昔のことだから」

「そういう問題かなあ」

「で、百八人の尼子の落ち武者がね」

「ひゃく、はちにん?」

「そう。百八人の尼子の落ち武者」

「多すぎない?」


 落ち武者でも百八人もいたら結構な戦力になるだろう。落ちてないで戦えよ。


「島に流れ着いた後、それはそれは恐ろしい事件に巻き込まれたの。今も我々の社会に因習として続く、恐ろしい歴史が、その尼子の落ち武者百八人の墓には秘められている」

「百八人分、ずらっと墓石が並べてあるの?」

「うん」


 百地蔵かよ。


「どんな感じの墓? 尼子の落ち武者なら、とうぜん仏教徒だったろうと思うけど」

「南国の墓だから、いちおう石でできてはいるけどラテンなノリの墓よ」

「そんなんでいいの? 尼子の落ち武者の、因習と恐ろしい歴史が秘められた墓が、ラテンなノリの墓でいいの?」

「いいのよ。そういう文化の島なんだから。ともかく、あたしもいちおうその百八人のうちの誰かの血を引いているってわけ。今でも島には日本語を話せる住民が残っているのよ」

「すげえな四百何十年も経ってるのに……まあそれはいいけど。じゃ、パスポートなら持ってるから、早めに飛行機とか、手配しようか」

「ううん。島には飛行場がなくて」

「そうなの? 君はどうやって日本に来たの?」

「日本から豪華客船『あすか』のクルーズツアーが就航しているわ。それが島にとって、唯一の外部との接点なの……何しろ古くて、因習的な島だから……」

「ぜんぜん古くて因習的な島っていう感じがしないんだけど、尼子の落ち武者の島に、豪華客船のクルーズツアーが? 君もそれで来日したわけ?」

「もちろんそうよ」

「今からチケット取れるのかな」

「大丈夫。今はシーズンオフだから」

「でも真夏じゃない」

「島は赤道の向こう側だから、今は冬なのよ」

「ああそっか……でもなんか、納得いかないような、なんというか、いわく言い難いな……」

「で、来てくれる? あたしの実家」

「ああ、うん。そりゃもちろん」


 で、行くことになった。こうして僕らは、船に乗り込んだ。


 行く手に、あんなにも恐ろしい体験が待ち構えているなんて、その時は思いもしなかった。

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