現在の非原罪

「おはようございます、先生」


 助手の声で目を覚ました。病床横の机に伏せて寝ていたため、体の節々が痛い。


「また患者クランケの夢をていたのですか? 過剰に没入しはいりすぎると人格矛盾こんせんしますよ」


 嗜めるように彼女は言い、病床周りの整理をする。ベッド横のプレートには、『水野真美みずのまみ』の文字がある。


「もう十年も意識の戻らない患者さんですし、先生のお気持ちもわからなくはないですが、それで体を壊しては身も蓋もありませんからね」




「……ああ、すまない。もうしないようにするよ」


 右耳の裏を少し搔きながら、彼女の言葉に答える。




 『私には耐えられませんでした』、真美かのじょ言葉なきがおにこびりついている。

 彼女の孤独を、空虚を、何も理解してやれていなかった。理解できていなかった僕の方が、


「……生きている意味がないのは、僕の方だよ」







 うなだれた男の首からさがった、ネームホルダーが捻じれる。



『国立 永眠病治療研究センター 所長  水野みずの みのる

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連日性記憶喪失 柑橘蜜柑 @kankitsu_

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