不寛容の涵養
「つまり水野さん、あなたは連日性記憶喪失症に罹っています」
「はあ」
気の抜けた返事が漏れた。私のため息に押され、脳みそがカラカラと空転する。
目が覚めたら見知らぬ病室に横たわっていて、しかも今日までの記憶がなかったのだ。それが聞いたこともない謎の病気が原因でした! と説明されても何もいう事がない。
「これは今日初めて聞くのですが、どうして自ら全てを無くしたがるのですか」
医者は、世間話でもするようなノリで、私の空洞を揺さぶった。
ぐらぐら、ぐらぐら。
私を支える地面と背景がお医者様の言葉で不恰好なカクテルみたいだ。
「人は何もなくても生きていけますし、生きていいのです」
医者の言葉に熱がこもる。
ジュージュー、ジュージュー。
空洞を燃やされる私はベーコンの端がカリカリと丸くなる。
「例え何もなくたって、人間は生きている意味はあるのですから……!」
――――――ああ、先生。それはダメだ、それだけはダメなんです。
意味は、人間が生きる意味だけは、決して譲れないのです。
「……先生、生きる意味は、私が決めたんです」
ごめんなさい先生。それだけは、それだけは他ならぬあなたにも、否定させてはいけないのです。
「何にもなれなかった人生に、私は意味を得られませんでした。私には耐えられませんでした」
幼稚園のころ、友達は
小学生のころ、学校祭の演劇で
中学生のころ、
そしてきっと、社会人の
私は、
「だから、『何もなかった』よりも、『自分で全部無くした』方が、
机の上にいつも通り用意されていた、三回分の薬を手に取ります。
「だから……ごめんね、先生」
眠る前の習慣の、
ああ、
「
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