連日性記憶喪失

柑橘蜜柑

未承継の憧憬


「つまり水野さん、あなたは連日性記憶喪失症に罹っています」


「はあ」


 気の抜けた返事が漏れた。私のため息に押され、脳みそがカラカラと空転する。

 目が覚めたら見知らぬ病室に横たわっていて、しかも今日までの記憶がなかったのだ。それが聞いたこともない謎の病気が原因でした! と説明されても何もいう事がない。



「これは毎日聞いているのですが、何か覚えているエピソードなどはありますか?」



 記憶は二種類の要素から構築されている。

 常識や知識を収める意味記憶。

 思い出を蒐集するエピソード記憶。

 医者の話から察するに、私は毎日エピソード記憶だけがきっかりと抜け落ちてしまう病気であるらしかった。



「特にないですね、そのお話も今日初めて聞きました」


 右耳の裏を少し搔きながら、医者の質問に答える。


「そうですか……、ひとまず、問診は以上になります。一日三回の薬を服用していただければ特に行動制限はありませんのでご自由にお過ごしください。ただし、外出の際には近くの看護師に一声かけるようお願いします」


 必要なことを聞き終えたのか、医者との面談はこれにて終了となった。ありがとうございました、と挨拶を済ますと私は自分が起きた病室へと戻るのだった。





 別段、何かしたいこともなかったので病室でぼうっとしていると、時間は案外早くすぎて夜になった。


 就寝時間を告げる院内放送を聞きながら、より深く布団に潜り込む。


 眠る前の習慣である、祈りを今日も小声で捧げる。

 ああ、こいねがわくば、


「今日も、全部なくなりますように」

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