エピローグ

第24話




「魔王様らしいといえば魔王様らしいですよね」

「なんだよ、魔王らしいって」


 馬車はゆっくりと、街道を東へ進んでいた。帰城は転移魔法でさっさとの予定だったんだけど、ラスタバン様のご所望で各地を見ながら戻ることになったのだ。


「邪悪な権力者に言い寄られる、可哀想なヒロイン。ああ、彼女は一体どうなってしまうのか――という、一番盛り上がるシチュエーションじゃないですか。なんかこう格好いい冴えたやり方で救っていただけるものと期待していたら、たまたま出会った善良な上位存在を餌付けして、その威光でゴリ押しとは……」


 酷いまとめ方をしないで欲しい、事実な分だけより酷さが際立つだろ。確かに、盛り上がりも何もあったもんじゃないな。


 だけどさ、そもそも魔王領ってそういうところだもん。理屈とか手段は二の次、強いものが強い、偉いものが偉いのだ。


「まあ魔王様は白馬に乗った王子様じゃなくて、真っ赤な嘘に相手を乗せて足元を掬うのが得意技の僭主だからね」


 アリオトがナッツをつまみながら言った。失敬な、今回は真実の暴力で押し切ってくれたわ!


「ていうか、餌付けされたのは僕らも同じだしね」

「ああ……」


 車中に懐かしさとも、憐れみとも諦めとも言えない空気が広がる。同乗中の一同、メグレズ、アリオト、ミザールは全員俺の貧困仲間だ。あの頃は本当にひもじくて、寒くて辛かった。アルカイドは走って帰っていった。フェクダは捨ててきた。


 ああ、同じ釜の飯を食った仲間っていいなあ。同じ臓物をすすりあった仲間、一つの果実を奪い合った仲間、ショートケーキのいちごを巡って魔王城を吹き飛ばしかけた仲間――


 今はもう腹をすかせることなんてないが、あの頃の絆は一生、俺たちは一心同体だ。


「どちらかと言えば、魔王様には飢えさせられているかと」


 頭と胴体で、認識の齟齬があったようだ。


「あー、それだね。そっちだね」

「釣った魚に餌を与えないタイプにしても、ねえ?」


 な、何だお前ら、きちんと三食食わせてるだろ! デザートも付けてるだろ!!


「アルカイドさんも欲求不満そうで」

「フェクダなんか性別変えちゃったもんね」


 だが同乗者達のクレームはとどまることを知らず、興味深そうに聞いていたラスタバン様がついに勘違いをなさった。


「何じゃお主、玉無しか?」


 可愛らしい少女の姿で、そんな発言しないで欲しい。


 俺は釣った魚もきちんと飼ってるし、玉もある。つい先日存亡の危機に瀕したけど、きちんと二つある!!


 馬車はガタゴトと揺れながら、東へと向かった。ゆったりとした、何事もない旅。だが、今はそれが一番だった。



 翌朝、ラスタバン様がお飽きになられたので転移魔法で魔王城へ飛んだ。



◇◇◇◇ ◇◇◇◇



「ほう、これが聖剣かの?」


 ラスタバン様は言うなり小さい手を遠慮なくかけ、引っこ抜こうとする。が、やはりびくともしない。マジかよ、強いぜ聖剣ちゃん!


「ほうほう、面白いものよのう。ほれ、イーラ」

「は、はいっ」


 ラスタバンさんを王都に連れていく、と一方的に通告された西方連合は遠回しな言葉で執拗に抗議を入れてきた。そして、本人の意向なので覆せないと悟ると、こんどはうちの王族も連れて行け、神官をそばに置けとゴネだしたのだ。丁重なお断りにも聞く耳をもって貰えないので、お世話係としてイーラさんにご同行願うことになったのだ。ラスタバン様直々のご指名で竜の巫女となった彼女は、下手するとニゴーリ王よりも格上になってしまった。


「わ、私なんかが本当に触ってもいいんでしょうか……?」


 怯えた様子で身体を抱くイーラさん。そりゃいきなり数々の伝説のに謳われたあの聖剣を抜けって言われても恐れ多いよね。


 イーラさんは王と血が繋がっていない。だけど公爵家の娘、先々代の王の孫なのは間違いない。フカーラ王家が勇者の血筋なら、聖剣も彼女を拒まないはずだ。


「い、いきます……」


 怯えた顔で、震える手を聖剣に伸ばすイーラ嬢さん。


「あいちょっくらすみませんよ」


 誰もが固唾をのんで見守る中、遠慮なしに扉を開けて入ってきた掃除のおばちゃんが手にしたはたきで聖剣をパタパタし始める。イーラさんは固まった。俺達もまた、固まった。


「こうやって拭いてあげないと、ホコリがたまりますからねえ」


 アクラブさんはそんな外野の戸惑いなど歯牙にも掛けず、聖剣の柄をはたき、鍔をはたき、刀身をはたき、すぽんと引き抜いて先端をはたいた。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁ!!!!!!!!!!??????????」


 俺は叫んだ。腹の底から叫んだ。


「……なんです? 魔王様。急に大声なんか出されたら、ババアの心臓は止まってしまいますぞ」


 いやいや、心臓が止まったのはこっちだっつーの!!


「な、な……ど、どうして抜けるんです?」

「はて……こんなもの、誰でも抜けるのでは?」


 アクラブさんはさも当然というふうに、聖剣を床に刺したり抜いたりした。


 俺は膝から崩れ落ち、床に大の字になった。


 ……ええと、つまりアクラブさんに何代目かの勇者後が入ってるってことか? 確かに魔王城に務めて超長いらしいし、そんなこともある、か……? 


 メグレズが確認を取っているが、当のおばあちゃんは「言ってくれればいくらでも抜きましたのに」とか話してもう立ち上がれない。


 お、俺の夢は……。


 俺達の努力は何だったんだ……。


 魔王領を統一し、先代の残党を退け、反抗的な旧勢力を一掃し、各所に根回しをして、勇者を召喚し、アリオトの尻を拭き、勇者を育て、ミザールに殺されかけ、勇者を育て、米を売り、勇者を育て、アルカイダから逃げ、フェクダから逃げ、やっとの思い出ここまで来たのだ。それが、それが……。


「……プッ」

「なっはっは。こりゃ酷い、アッハッハ!!」


 あっけにとられていたやつらも、やっと思考が追いついたようだ。思考が追いついて最初にやることが俺を笑うことなのは思うところがあるが、まあこんなん笑うしかないわな。


 何だかよく分かってないラスタバン様は聖剣の抜けた穴をしげしげと観察し、イーラさんは所在なさそうに愛想笑いしている。ごめんね、なんか身内だけで盛り上がっちゃって。こういう雰囲気って困るよね。


 彼女たちをフォローするのもホストたる俺の役目なんだが、ごめんよ、疲れ果てて今はそれどころじゃないんだ。ああ、空が青いなあ……。


「ここ、室内ですよね?」

「あれはもうダメだね」


 やかましい、お前らに今の俺の気持ちは分かるまい!


 だけど、反論するだけの力すら無い。今はただ、寝かせといてほしい。


 俺の感情は行き場をなくして腹の中をぐるぐると周り、三周くらいしてなんだか笑えてきた。ヒヒヒ、ヒヒヒ……。


「こやつ、大丈夫かの?」

「いつものことです。そっとしておきましょう」

「さ、そろそろ予約の時間だ。お店に向かおうじゃないか」

「魔王様、いい薬がありますぞ。必要なら言ってくだされ」


 ケタケタを笑う俺を残して、皆は退出していった。


 いやー、なんだろね、これ。声を上げてってわけじゃないのに、久しぶりに腹の底から笑った気がする。しばらくぶりに、こんな清々しい気分になった気がする。俺はそのまましばらく、ケタケタと笑い続けた。


そんな俺を慰めてくれるのは、ぴかぴかと光る聖剣ちゃんだけだった。


「ああ、ありがとう。大丈夫だよ……」


聖剣ちゃんはぴかぴか光る。


俺はケタケタ笑う。


聖剣ちゃんはぴかぴか光る。


俺はケタケタ笑う。


ケタケタ。


ぴかぴか。


ケタケタケタケタ。


ぴかぴか、ぴかー。ぴかーぴか、ぴかーぴかー。


「おい、今俺のこと笑っただろ!!」


 俺は飛び上がって聖剣ちゃんに怒った。今の、どう考えてもモールス信号だったろ!!


 そもそも! お前、俺が聖剣を抜きたがってることも、アクラブさんが聖剣抜けることも知ってただろ!!!!



 だけど俺の抗議に、聖剣ちゃんはぴかぴか、と光るだけだった。



 

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魔王様の憂鬱 一河 吉人 @109mt

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