第二十ニ話 魔王様 VIII



「止まれ!!」


 左右の門番のが、槍を構えて威嚇した。マルタの杭で囲まれた、山中の集落。唯一の入口である跳ね橋の、屈強な番人だ。


「誰だ貴様!!」

「魔王だよ」

「おい、ふざけるなよ!」

「魔王詐称罪は最悪死罪もあり得るんだぞ!!」


 そうだぞ。魔王詐称罪は重罪、いけないんだぞ。ちなみにどっかのアホのせいで最近「クローン魔王作成罪」「メカ魔王作成罪」も出来たから気をつけるんだぞ。


「フルド氏かアルドラ氏にご確認いただければ分かります」

「族長に? ……おい、呼んでこい!」


 若い男が集落へ消えてすぐ、三倍くらいのスピードで長老が飛んできた。


「ま、魔王様、やはりアルカイドの奴めが粗相を!?」


 え、あいつまた何かやっちゃいました?


「ただでさえ面倒くさい事になってるのに、仕事を増やさないで欲しいなあ」

「今のご自身では?」


 恐縮しきりの長老と、それを気にもとめず漫才を始めた一向に門番は戸惑っているようだ。


「で、では本物の……!?」

「こんな普通の男が……」


 やかましいわ。


 七星全員でこの村にお世話になってた時期もあるんだが、若い門番は俺たちの顔を知らなかったらしい。若干一名に関しては性別も変わってるしやむを得ないところだろう。


「いやいや、所用で近くまで来ましてね。せっかくですから顔でも出しておこうかと」


 転移魔法があるのでいつでも来ようと思えば来れるんだけど、それはそれとして西部まで来たのに無視するのも申し訳ないし。


「そうですか。いえ、先日あやつが珍しく顔を見せたんですがね」

「へえ、里帰りですか? いいことじゃないですか」


 ならついでに式典に出てくれよと思わないでもないけど、故郷を大事にするのは大変結構だ。その故郷、俺のせいで戦争になるかもしれないけど。


「もう帰りました? アイツ」

「それが……龍神様がお目覚めになったと知り、白霊山脈へ飛んでいきました」


 僕らも速攻で白霊山脈へ転移した飛んだ



◇◇◇◇ ◇◇◇◇



く去れ、狼の子よ」

「アァ? せっかく盛り上がってきたトコロじゃねぇか!」

「……これ以上は手遅れになるぞ?」


 と龍神様は警告するけどもう大分手遅れ。俺は天を仰いだ。


 クレーターだらけになった山中で、巨大なドラゴンがボロボロのアルカイドと向き合っている。真っ白い姿に赤い瞳、ドラゴンというよりはドラゴン


 白霊山脈に御わす主神にして連峰の支配者、ラスタバン様だ。


 俺はニ人の間に飛び込むと、そのままジャンピング土下座をキメた。やべ、クレーター増やしちゃった!


「……ほう、魔王か」

「この度はうちの鉄砲玉が大変ご無礼を」

「む……? では此度のことはそなたの差配では無いと」

「だから言ってんだろうがよ。魔王様は関係無えって!」


 アルカイドちゃん、敬語! 敬語使って!!


 しかしまあ、部下がいきなり喧嘩売ってきたらボスの差し金だと思のは当然だろう。俺は額をいっそう地面に擦り付けた。


「どうか、平にご容赦を……」

「いや、構わん。こちらとしても先程覚醒したばかり、現下の情勢を知らぬでな。目覚めて早々に現れた故、刺客であろうと思うたのよ」


 ラスタバンさまが寛大なお方で、本当によかった。


「そうじゃな……ふむ、謝罪代わりに話を聞かせてもらいたいのう」


 龍神はそう言うと、しゅるんと縮んで人の形をとった。


「それから、腹も減った」



◇◇◇◇ ◇◇◇◇



「なるほどのう」


 ラスタバン様が折れた木に腰掛け、カップを傾ける。


「そなたが今代の魔王であると」

「はっ! 僭越ながら、当代の魔王、張らせてもらってます!」

「見た目はまるっきり普通の男に見えるが――」


 龍神様は俺をしばらく見やり、


「――なるほどの。なかなか面白いり《・》をしておる」


 恐縮です。


「そうか、勇者が召喚されたか」


 少女? になったラスタバン様は、はるか東へと視線を向け言った。長い白髪に、やはり白い中華風の服装。のいやー、ドラゴンって本当に美少女化するんだな、男の子の夢と希望を乗せた系小説由来のデマじゃなかったんだ。


「それでわしが目覚めたというわけじゃな」

「ア? 勇者が召喚されると龍神が目覚めるのかよ」


 いけない! この話、アルカイドに聞かせては駄目だったやつだ!!


「確かに、勇者と同時に竜が活動を始めるという文献は幾つかありますね」


 メグレズが鍋をかき混ぜながら報告した。メグレズ文書、何で書いてもあるな。


「ですが、勇者が呼ばれてから結構過ぎてますよ?」

「それはな」


 ラスタバン様が小さな手でパンをちぎる。


「二度寝じゃ」

「二度寝」


 竜神も二度寝する。これは多分文献に書いてない。


「何となく起きねばならん、起きねばならんとは思うとったのよ。じゃがのう、竜神も眠気には勝てぬ」


 勉強になるぜ。


「あと五分、あと五年とずるずるいってしもうた」

「五年は長すぎですよ」


 龍神様は、カカカ、と声を上げて笑った。


「ああ、それで北のアイツも起きてたってことか」

「おヌシ、ギャウサルにも会うてきたのか?」

「アァ? そんな名前だった気もするな。あの黒いやつ」


 おい、脳みそ筋肉にしても龍神様のお名前くらいは覚えとけよ! ほら、あるんだろ、あの……マッスルメモリーとかいうのが!


「一ヶ月くらい戦ってたんだけどよ、用事がある、白霊山脈に行けって追い返されたからよォ」

「あやつ、なすりつけおったな……」


 少女らしからぬ渋い顔の龍神様を見て、俺はちょっと笑ってしまった。



◇◇◇◇ ◇◇◇◇



「ここです、ここをこちらに曲げることで水流を分断し、東へと誘導します」


 ニゴーリ王が嬉しそうに治水計画を説明する。俺も全力のニコニコ顔で、御高説を拝聴しては「すごいです!」やら「そうなんですか!」を連発していた。これ、プレッシャーを掛けてるつもりなんだろうなあ。


 細部に至るまで考え抜かれた、大胆だが繊細な計画。俺は幾度となく本気で唸らさてしまった。これくらいうちの文官もやってくれたらなあ、何人か引き抜けないかな……。王も興が乗ってきたのか、俺の質問に想定の三倍くらいの解説を入れてくる。両者の腹の中とは裏腹に、会談は大いに盛り上がった。


 見事なりニゴーリ王、たしかにこの手管があれば王位を簒奪することは容易かっただろう。


 俺は素直にシャッポを脱いだ。ただ王家に生まれただけの男はない、王としての確かな才能がそこにはある。もしや、先代のフカーラ王はこの能力を認め、あえて王位を譲ったのでは――なんて想像まで浮かんでくるくらいだ。魔王領統一という激動の時代だ、これくらいの悪人の方が王してふさわしいのかもな。


(……だけど、それも王までだ)


 魔王には、届かない。


「ああ、そこはちょっとまずいですね。この辺は全て私の直轄領にしますので」


 俺は子供時代に戻ったような顔で解説する二ゴーリ王がいい加減可哀想になってきたので、あと背中に突き刺さる「いつまでやっているんですか、いい加減帰りたいのですが」の視線に耐えかねたので、決定事項をニゴーリ王へ伝えた。


「直轄領!?」


  これまでは常に穏やかだったニゴーリ王が声を荒らげ、椅子から腰を浮かしかけた。

 そりゃこんなこといきなり言われたら大声にもなるよ。立ち上がらなかっただけ凄い。


「そうです。暫定的にですが、白霊山脈は魔王の直轄領とします」


 王はどうにか表情を保っているが、瞳の奥から怒りの感情が漏れ出している。おお、怖い怖い。


「……魔王様、ご自分が何を仰っているのかお分かりか?」


 分からん、魔王何も分からん。


「白霊山脈は西部連合領の霊峰、民の信仰の対象にして連合の国々の正統性を裏付けるもの。その辺の山とは違う、聖域なのです。それを取り上げようと言うのだ、覚悟はあるのだろう?」


 残念ながら、そんな覚悟はない。


 そもそも、必要ないからだ。


「ほう、わしの住処がいつからそなたらのものになったと?」


 それは、いつの間にか応接室にいた。


 厳しい警備と確認を経た、選ばれた六人しかいないはずの部屋に現れた、七人目の少女。


「……魔王様、これは誰ですかな?」


 どう考えてもこっちの援軍なんだけど、取り乱さないのは流石だ。


「こちら、白霊山脈の正当な領主様です」


 俺のうやうやしい宣言に王は驚いた顔で少女の顔を一瞥し――鼻で笑った。


「知っていますぞ。そうやって少数部族を担ぎ上げて正統性を主張し、各地に傀儡政権を立てているのでしょう。自治といえば聞こえはいいが、実質的には植民地だ」


 実に耳の痛い話だ。文化侵略もする気満々だし。


「ほう、そうなのか?」

「まあ、大体合ってますね……」


 俺は少女に答える。


「交渉は決裂ということか? 争うならば好きにすればよい。じゃがのう、わしの寝床を侵すことは許さぬ」

「ニゴーリ王」


 俺は語気を強めて呼びかけた。


「白霊山脈はヤコビニ峰に御わす神霊、ラスタバン様にあらせられます」


「なっ……!?」


 ニゴーリ王は顔を驚愕に歪め、しかし瞬時に自分を取り戻した。 


「何を馬鹿な。龍神様はもう長きにわたってお休みになっておられる。こんな小娘――


 ほんの一瞬だった。


 ほんの一瞬だけ、ラスタバン様が神気を解放した。それだけで、その場にいた全ての人間が理解してしまったのだ。


 これが、神なのだと。


 我々とは違う世界の存在なのだと。


 もはや、彼女を疑うものはいなかった。


「おお、それからの。これからしばらくは魔王のところに厄介になる。わしが居らぬからといって山をみだりに荒らすでないぞ」


 ニゴーリ王は憔悴しきった顔で、すでにその言葉が聞こえていたのかすら怪しかった。



 俺達はさらに幾つかの決定事項を一方的に通告すると、反応のない王を残して部屋を辞した。





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