そうだ、トロピカル因習アイランドに行こう

猫乃助

1.違和感ばかりの島

 池田弐得いけだふたのり就職して3年。いろいろあって失業した。

 会社の空気が合わず、辞めたいと思っていたが最低3年は勤めろと周囲に言われるがまま仕事を続けていた。

 しかし、疫病の関係で会社がおじゃんになった。

 ハローワークに通う日々、貯金も減る一方で不況の波。老後の資金をためるどころか、ここ数年先の貯金すらできず、気分は滅入る一方だった。

 外出も自粛、一人で家にいることが多くなり、しゃべり方を忘れかけていた。

 そんなある日、高校時代の友人の南幸太郎から電話があった。久しぶりすぎて宗教勧誘かマルチ勧誘のどっちかだろうと疑っていたが、そういう訳ではなかった。

「同窓会やらね?」

「このご時世に人が集まるのはまずいだろう」

「平気、平気。俺っちの島はそういうの関係ねーからさ」

 南はケラケラ笑っている。

 高校に通うために下宿していたが、本来彼はとある南の島出身だ。沖縄とかそっちの方にある小さな島だと言っていた気がする。

 運動部でもないのにこんがりと焼けた肌が印象的だった。

「イケッチさ海好きじゃん?島だといつでも海水浴できるし、釣りもし放題。どうよ」

「……そうはいっても、旅費がな」

 今後の事を考えると、旅行に行く余裕なんてない。少しでも切り詰めた生活をしていくべきだ。

「さすがに飛行機代はだせねーけどさ、宿代はかかんねーし、どうよ」

 どうあっても俺を島に呼びたいらしい。

「他には誰が来るんだ?」

「わかんね。イケッチが失業したって聞いたから真っ先に電話したんよ」

 どこから漏れたのか俺の失業情報……。

「なーなー、俺っち久々にイケッチと遊びたいんだよー。なんなら島に住まね?観光事業に力入れてっからさ、求人結構募集しちゃってる感じなのよ」

「それ本当か?」

「マジよりのマジだって。半年後にホテルとか開業するらしいし、頭良かったイケッチとかマジ向いてると思うんよ」

「……ちょっと行ってみたいかも」

「んじゃ俺っちが来るまで迎えに行くからさ、一緒に島に行こうぜ」

「え、幸太郎こっちにいるのか?」

「俺も仕事してたけどクビになっちゃった感じー、おソロじゃん?」

 あまりうれしくないおソロだった。

「三日後に○○駅の前で集合なー」

「結構急だな!」

 別に準備するようなものがある訳じゃないが、急すぎで驚いた。

「同窓会はもう少し後だけど、職場探しするなら早い方がいいっしょ。俺っちも仕事探さないとじいちゃんに怒られるしー」

 どうやら俺のために気を使ってくれているようだ。俺は感謝を述べて、三日後に備えて一応2週間分の着替えなど旅行道具を用意した。



 それから三日後、駅の前で待っていると相変わらず日焼けした肌がまぶしい南の姿が目に付いた。肌寒い日だというのにアロハシャツにハーフパンツとビーチサンダルだった。

「気が早いな!」

「そうか?それよかイケッチこそ、そんな恰好で暑くない?」

 学生時代と変わらない笑顔に、なんとなく懐かしさがこみあげてくる。

「ここにいる分にはちょうどいいんだよ。それより、島までどのくらい時間かかるんだ?」

「飛行機で1時間程度だから寝てればすぐ着くって」

 空港まで車で移動するといって、南の乗ってきた車に荷物を載せて助手席へ座らせてもらった。

 そこから先、記憶がない。

 車に乗ってしばらくして俺はどうやら眠ってしまったらしい。

 そして目が覚めた時、そこは知らない家だった。

 開放的な縁側、常夏のような日差し、潮の香。

「おー、起きたか?」

「一体何が?」

「車乗ったらイケッチ寝ちゃうからさ、そのまま島まで来た」

 案内してもらった庭には俺が乗せてもらった車が止めてあった。車ごと飛行機でこの島に来たという。そんな事あり得るのか?

 頭を抱えていると、南の親戚だというおばちゃんがスイカを持ってきてくれた。

 なにか人に用意してもらったのはあまりに久しぶりで、やさしいおばちゃんの笑顔に思わず俺は泣いてしまった。

 ここは南の祖父の家で宿代がかからないといったのは、この家に泊まらせてもらうからだという。

 そういうことは前もって教えてほしかった。そうしたらまともな土産の一つも持ってきたのに。

「まだ日が高いから、軽く島を案内するわ」

 そういって南はママチャリを俺に貸してくれた。南はしっかり電動付きアシスト自転車に乗っていた。

「海岸周辺はほぼ平地だから自転車でも余裕で回れるんだよ、レンタサイクルも結構あるんだよ」

 家を出て少し走れば、すぐに海辺に出た。

 透き通る海の美しさに言葉を失った。地元の人か観光客か分からないが、結構海岸に人がいる。何かイベントでもやっているのか、音楽がかすかに聞こえてくる。

「みーんなノリがいいから、いたるところで歌ったり踊ったりしてんの。イケッチも踊る?」

「いや、俺はいいや。でも今度見てみたいな……あれ?」

 南へ返事をするために、一瞬海岸から目を離しただけだった。

 ザブンという音がした。海岸へ視線を戻せば人の数が減っている。高波が海岸にいた人を飲み込んだのだろうか?

「あー、あんま海岸傍で踊るのはおすすめしない。あそこらへんパリピってのが多いらしいからイケッチには合わんよ」

「……そう、か」

 南も海岸を見ている。人数が減ったことに気が付きそうなものだが、特に気に留めている様子はない。もしかして俺の見間違いなのだろうか?

「ホテルの建設予定地の方いってみよーぜ」

「そうだな」

 南の後をついていく。なんとなく違和感が脳裏をかすめたが、見なかったことにした。これから過ごす島で不気味なことなど起こるはずがないと言い聞かせたのだ。

 しばらく自転車を走らせていれば、さわやかな潮風にすっかり気分は観光モードに切り替わっていた。

「ほら、あそこがホテルの予定地」

 指さされた先は山の一部を削りホテルを建てるための工事を行っていた。

「結構大きいホテルだな」

「んだろー、まぁ一部の住民は反対してるんだけどな」

 収益のために山を切り崩すことは先祖代々山を守ってきた住人からしたらたまったものではないのだろう。

「あそこでも踊ってるんだな」

 工事現場の近くで踊りを踊っている住民ら式人たちがいる。

「あー…まぁ、暇だったら踊り位踊るだろ?」

「いや踊らないが?」

「そのうちお前も踊るようになるって。んじゃ、そろそろ今日は帰ろうか」

 もと来た道を帰ろうとする南。だが、こちらの気づいた住民が何かを口走りながらこちらへ走ってくる。すごい形相だ。

「やべっ!■■■だ!とにかく走れ!」

 南が何と言ったかまるで聞き取れなかったが、とにかくここにいてはまずいという事だけはハッキリわかった。

 必死で自転車をこいで、南の家まで帰ってきた。こんなに運動したのは久しぶりで息が上がっている。膝も笑っている。

 これは間違いなく明日は筋肉痛で動けないだろう。

「まさかあんなところにいるとはなぁ」

「どした?」

 玄関先で呼吸を整えていると、家の方から南の祖父が顔を出した。

「ああ、ちょっとその辺案内してきた」

「まさか、工事現場に行ったんじゃないだろうな」

「そんなに近づいてないから平気だって」

「あそこは■■■様の領地じゃ」

 南の祖父はひどく怒っている。どうやら工事現場に近づくのは危なかったようだ。

「その、工事現場には誰がいるんですか?」

 俺の質問に南も、祖父も目を泳がせる。

「あー、あのな」

「あの土地の持ち主じゃ。持ち主の許可なく工事を始めたんだ」

「地主の許可もなく工事ってできるんですか?」

「無理やり工事したから怒ってるんだよ。イケッチこの辺の顔じゃないから工事関係者と思われて怒られたんだよ」

「そんなー…」

 地主、そういう事で話を進めたがあれは人ではなかったように感じる。だけどそれを追求することは野暮だ。

 二人は詳しいことを隠したがっているし、俺もそれを知るべきではない。

 そう、何も知らなければきっと平和な南の島のはずだから。



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