11-1 湖都動乱

「王命によりソラト城の城壁補修工事に来た。入城許可を願う!」

 文武はハティエ勢と近隣の少領主の兵、あわせて三百人を背後に心を極力落ち着けて言った。ソラトへは王国から事前に連絡がなされているとはいえ、怪しい挙動をみせて公然と反乱に踏み切られれば、すべてがご破産だ。


 何も知らされていない寄騎の連中まで敵に寝返って、袋叩きに会いかねない。以前、文武たちがフォウタに攻められても救援に来なかった少領主たちだ。彼らとの関係はギクシャクしたものだった。

(俺たちが一方的な被害者なのになぁ)

 もやもやしたものを抱えていても笑顔で友好的に振る舞うしかない。首尾よくソラトを預かることができれば、そういう厄介事はますます増えるはずだった。

(本当にこの任務を受けるべきだったんだろうか……)


 この期に及んでも迷いがあった。しかし、これほど重要な密命を断るならマクィン王国側に走るしかないが、夜戦で行方不明になった兵士の消息を問い合わせても何の反応もないような今の敵側が、経歴の怪しい転移者を重用してくれるとも思えなかった。

(ソラト総督とも関係良くないしな……その場合は一緒に寝返ることになるのに)

 いまさら考えても秘密会議の内容をリピートするだけだ。出席した部下からは「乱世に生まれた男なら出世の機会を逃すことなど考えられない」などと言われた。価値観が違いすぎる。

(きょうだいがいれば急いでものを取る性格になるって言うけど、あの姉さんじゃなぁ……)

 たいてい食べ物を相手に食べさせようと押し付けてあっている。


 ソラトの都市はフォウタ湖と接続する水濠に囲まれていた。北側からは川が水濠に流れ込み、湖との間には水門があって水位を調整している。水門の上には水車小屋が並んで、周囲の穀物を粉にひいていた。この光景も大諸侯が誇る財力の一端である。

 水の動きがあるおかげで水濠の水は比較的に――転移者の感覚では驚異的に――綺麗だったが、部分的には淀みもあり、風向きによっては異臭が漂ってきた。よその人間がこの濠を掃除をしてくれるなら、願ってもないこと。普通なら文武たちは歓迎されるはずだった。


「こら!後で掃除する水濠だぞ!小便するな!!」

 隊列の後方で怒声がわき起こり、悲鳴と大きな水音が立った。兵士たちの押し殺した笑い声が後を追う。


(やってるやってる)

 これは真琴の提案で仕込ませたサクラである。ソラト側に本気で補修工事に来たと思い込ませるための小細工だった。もちろんサクラを演じる兵士たちはみんなに気合を入れるためとしか説明されていない。敵を騙すにはまず味方から。

(まったく、どこまで嘘をつけばいいんだか。騙し合いばかりだ……)

 うんざりしてくる。

 自分も騙される側に回る危機感はあったが、それがどんな形になるのかは予想しきれなかった。それどころか、すでに「ソラト総督の反乱は確定している」と裏取りのない情報で騙されていることを文武は知らなかった。


 実際に待たされたのは長い時間ではなかった。案内の騎士がやってきて援軍を城内に誘う。謀略を承知している指揮官たちは緊張感を表に出さないことに苦労した。あまりにリラックスするのも怪しい。自信のないものは目庇を下ろして極力表情を隠していた。

「賽は投げられましたね」

 司が風雲島人には分からない表現で、耳打ちしてきた。彼女はここならたくさんの本があるだろうと楽しみにしているらしい。現実逃避の強がりだとしても大したものだった。

(楽しみの一つも見つけなきゃやってられないか……)

 では、自分の楽しみは?と考えると答えは見つからなかった。

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風雲島国取り戦記~戦況図と歴史地図で追う月が静止した世界の偽史 真名千 @sanasen

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