10-3 総督の尻拭い

 その戦いは誰の期待通りにもならなかった。激しい乱戦の中で転移者たちの部隊はこれまでで最大の被害を受けた。実に二十人が行方不明になる。文武たちは危険を冒して夜明けまで包囲陣の近くで彼らの帰還を待ったが帰ってきたのは僅かに二人で、片方は翌日までに死亡した。

 脱出を支援された王孫ジョージの方は、転移者たちの夜襲に呼応してか、最初から計画していたのか、ソラトから打って出て内側から陣地を攻撃した。彼を逃すまいと反応したマクィン軍の反撃の激しさは、転移者たちの小勢に向けられたものの比ではなかった。


 そして、遮二無二突破を図る戦いの中で、ジョージは大怪我を負わされてしまう。周囲の助けで包囲網の突破には成功したものの、生死の境をさまよう重傷により軍隊の指揮など執れなくなってしまった。

 転移者たちは王孫戦死の可能性は考えていても、こういう重傷はイメージできていなかった。王孫本人にとっても不覚なのは間違いなく、マクィン軍にとっても大魚を網から逃した点で理想的な展開とは異なっていた。

 ただし、仲間が減って士気の低下したソラトの守備隊は年内に降伏した。



 結果に対して一番厳しい評価をしたのは一方の最高責任者のゴッズバラ王である。

「まったく余計なことをしおって……」

 今にも酒杯を床に叩きつけそうな口調で文句を垂れる。

「あのまま来年まで立て籠もっておれば良かったのだ。ソラトの住民を追い出せば食糧は足りたのだからな!」

 多少無茶なことを言いたくなるのは国境の守りが手薄になった現実を繕うのに無茶が必要だったからだ。


 王はまず東のチャンド大公国との国境を監視してたジョージの弟リチャードを新しい対マクィン軍司令官に据えた。

 リチャードの手勢は国境警備隊に毛が生えたようなもので、大公領を根城にしつこく越境してくる盗賊団を討伐するのが主任務だった。個々人の戦闘力は優れていても本格的な会戦にはとても耐えられない。人数も千人規模でしかなかった。

 だから王はマクィン軍に対抗できる数を揃えようと躍起になった。西部で敵対している連合との和睦を推進し――そもそも今まで対立を続けていたことが悪手なのだが、負けがこんでいるゆえに「勝てる相手」との戦線を捨てられなかったのだ――中立を決め込んでいるソラト北方の諸侯を好餌で釣ろうとする。敵の背後を脅かすハラガト王国への贈り物も増やした。

 ずっとしつこく続けているリンネ公爵とマクィン王国の離間策も改めて大々的なキャンペーンを打つ。

 ソラトの商家以外に風雲児までは比類するもののないゴッズバラ王家の財力にものを言わせた活動だった。


 しかし、戦争を続行するには根本的な問題がある。

「ウィリアム(ソラト総督)の奴……やっておるな」

 王は新司令官リチャードとの内々の軍議で呟いた。

「……それほどまでに不審でしょうか?」

 孫は慎重に言葉を選んで祖父に問いかけた。王は一を聞いて十の理解を求めるタイプのトップだった。ジョン王は満足げに頷いた。実際には孫をオウムにして独り言を吐いているのと変わらない。

「うむ。前年にウィリアムめは敵に迫られ間一髪の場面があったと聞いておる。実際にはその時に囚われ、謀反を約したのじゃろうて」

 今年の戦場での非常に消極的で味方の足を引っ張る動きは、それで説明がついた。しかし、確証はない。

「では、ソラトの間諜を動かして――」

「ばかもの!」

 リチャードは叱責されて硬直した。孫の反応をみて流石に王は少し表情を和らげる。

「……疑っていることに気づかれたら、現状ではすぐに反乱を起こされるぞ。実際は裏切っていないとしても――十中八九裏切っていると思うが――変な気を起こされる前に一撃で除去するしかない!」

「し、しかし、それでは我が家が汚名を被ることになりませんか?」

 新司令官は何とかそれだけ言った。前任者のジョージだったら、過激な切り捨て策にもっと反対していただろう。

 有力諸侯の粛清と自らへの権力収集は老王にとって若くして即位した時からのライフワークである。外患が肥大化を続ける時にあっても思考の基礎を切り替えることができなかった。加齢も意固地になる方向に作用している。

 ジョン王は暖炉の火を眺めてしばし考えた。シワの深い顔の落ちくぼんだ瞳だけが炎を反射してギラギラと光った。ジョージの弟は血縁者に対して強い畏れを抱いた。

 しかし畏れられる本人は意外にコミカルな動きでポンと手を打つ。



「いろいろと派手に動き回っているハティエの領主が恩知らずにもジョージの負傷を招いたそうだな……ここは罪滅ぼしに役立ってもらうか」

 王にしてみれば新参者たちは勝手に港町を占領してフォウタとの緊張を高めるなど前から気に入らない。生きるためのやむを得ない行動だとしても、王は王の都合で物事を考えるのだ。

「ははっ!」

 リチャードはその口ぶりに不吉なものを覚えたが、顔も知らない少年少女のために危険を犯すつもりもなかった。

(兄上早く戦線復帰して……!)

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