高黄森哉

灰色

 空は灰色だった。黒くあったし白くもあった。僕の、また俺の内側も、丁度そんな色彩だった。外側だってそうだ。学ランの下にシャツを着ていた。何かが起こりそうな気配がした。


 それでいて平穏だった。また単調だった。雨は降りだしそうもない、という天気は変わりそうにもない。今日も学校に行く。相変わらずこの安定した日々は続いていく。それが不穏だった。


 神様仏様、どうか、この日常を壊してください。火事でも、噴火でも、津波でもいいです。どうか、なにか、圧倒的な力とか、魔法のアイテムとか、そんなのでいいんで、与えてください。


  まるで中二病だ。まるで、中二病じゃないか。


 でも、切実なんだ。どうにかして、卒業までに学生らしい物語が起きてくれなければ、永遠に後悔する地獄となる。現に、失った時間を後悔している。もし、このまま何も起こらないままに青春を終えたら、気が狂う。間違いない。

 

 それは余りにも唐突で、茂みの傍だった。ブリーフケースが落ちていた。それは、明らかにここに隠されているものだった。普段なら、無視する物体が、強烈に違和感を醸していた。何かありそうな始まりそうな、感触がする。振り出した冬の雨の冷たい感触だ。


 人目を気にしながら、箱に手をかける。持ち手を掴み引き寄せると、中身が散乱した。銃、リボルバー。肌が汗も出ず渇いている。


 僕は銃把を握って、胸の前で構えている。大通りで、相変わらず交通があって、彼らは不思議そうに僕を見ているか、それとも無視しているかいずれかで、決して通報しないだろう。これは模造品だ。僕だってそう思った。


 ずっしりとした重みが、静かにかぶりを振った。


 ゲームで見た知識を頼りに探り探りシリンダーを展開させる。間違いない。中には弾丸が入っていて、それは BB 弾でもレプリカでもない。BB 弾でないのは明白で、レプリカでないのは、銃弾自体を解体して発覚した。


 ここは九州の温泉街。ヤクザが有名らしい。全然、そんなことはなく、引っ越してきてから、銃声一つ聞いたことはない。ないのに銃は落ちている。こんなことがあってたまるか。たまるものか。


 僕は今、物語の渦中にいる。長編か短篇かは知らないが、現実から離れ、意味のある日常を紡がんとしている。それは半ば自分の意志によって、半ば創作者の意志によってだ。


 今なら選べる。


 この銃を大人しく警察に引き渡すか、それとも、学校に持って行き、日本発の学校での銃乱射事件を引き起こすか。


 緊張が張りつめているのは自分の回りのみで、車の音は平静を装っている。ここに居ちゃまずい、とっさにポケットに銃を隠した。このままだと、流石に通報されかねない。



 *



 お手洗いで、銃を眺めている。洋式便座の蓋に座るのは、今日で初めてだ。そして、今日が最後だろう。銃口を覗くのは愚かである、というのは、死にたくない人間の理論で、仮に、人生をお終いにしたい人間がいたとしたら、それは推奨されるべき行動であろう。


 ライフリングが見える。このことから、この銃は粗悪な模造品ではなく、割と質のいい高価な品だ、という事実が浮かび上がった。ちゃんと狙いさえすれば、当たる代物だ。別に狙撃をしたいわけじゃないが。意識的にはナイフの代わりだ。


 ナイフか。この後、調理実習がある。なんて都合がいいんだ。まるで、世界が僕に殺人を推奨しているかのようだ。というのは、ほとんど合っていない。なぜならば、包丁は人を刺すには、それほど優れた道具と言えないからだ。


 もう、いかなきゃ。銃をポケットにしまった。




 *



 昼休みになる。昼休みは午前の調理実習のお陰で、昼食を食べる時間を省くことが出来た分多くなっている。さてと信じられない話をしよう。僕は、調理室から五本の包丁を持ち出すことに成功した。偶々、家庭科の先生が貧血で倒れたのだ。嘘だ。どっきりカメラだ。と、危うく叫ぶところだった。


 誰にもばれなかったと信じたい。もっとも、僕みたいな人間が包丁を持ち出すところをみたなら、一足飛ばしで、警察に連絡が飛んでもおかしくない。僕はやばい、といいたいわけじゃない。ただ、信用がないのである。


 校庭を歩く。こうすることで、気を紛らわせている。まだ、間に合う。現時点では、人を殺したわけではないのだ。武器を持っていたのは拾ったから。学校に持って行ったのは、モデルガンだと思ったから。でも、観察しているうちに、本物だと思い始めて。それで、警察署に来た。


 わわ、ガソリン缶だ。


 紛れもないガソリン缶だ。これは、これは、どこから出てきた。世界がおかしくなっているんじゃないか。こうも、危険物は、人の目がない場所に、置かれているのだろうか。この世界を作ったやつは現実感に欠けているに違いない。きっと、社会に恨みを持った、妄想好きの大学生だろう。そうに違いない。


 僕は漠然と知っていた。


 この物語は詩的に終わるんだって。この作者の作者の最近の傾向のように、このお話には教訓があって、それに準じて、話は尻すぼみな結末を迎えるんだって。つまり、いつも通りの終わりを迎えるんだ。例えば、臆病から銃を結局打たずに警察へ行ったり、銃で自分の頭を笑って撃ち抜いたり、そんなありきたりなエンドを迎えるんだ。



 *



 都合のいいことにあと二時間で避難訓練がある。中庭に集まることになっている。僕は、その集合場所の目の前にある教室、資料室を訪れた。みな授業をしているので、生徒はここにいない。


 ガソリン缶にシャワーヘッドを差す。道具箱や用具入れ、部室をひっくり返して手に入れた電動のシャワーヘッドだ。もともとは、バケツから花壇に水をやるために作られたらしい。ガソリンを空中に撒いて揮発させるにうってつけか知らないが、これ以外に選択肢はない。なるべく液体の飛距離を稼ぎたいため用具箱の上に置いた。上手くいくだろうか。


 電源はまだオンにはしない。目張りが終わってないからだ。


 中の空気が漏れ出てしまわないように、丁寧に窓の隙間を埋めていく。この作業に、例えば、人生の比喩が含まれていたりはしない。僕の行動、一つ一つに、理由があるはずなんてないのである。


 空調をふさごうか迷ったけど、決して室内の空気が逃げているわけではないから、神経質になる必要がないと判断した。あとはそうだ。ガムテープを細く切って、窓ガラスに釘を張り付けていく。窓を見たみんなは、なぜ窓ガラスに釘が貼り付けてあるのか、疑問に思うだろう。でも、その疑問を口にしたりしないといいな。


 着火装置は、コンセントプラグへ針金を突き刺し、その先っぽを時計の時針と分針にくっ付けた物だ。ちゃんと燃えるように、埃を詰めている。埃は二つの針の隙間を埋める役目も任されている。時間が来たら、時針と分針は埃を挟み込み、抵抗が大きいゴミ屑は発熱して、発火する。


 なんだか、とんとん拍子で行くのが信じられない気持ちだった。僕は、ガソリン噴霧器のスイッチをオンにして、その場を後にする。ちゃんと、扉の目張りを忘れずにして。



 *



 先生が話している。僕は、後ろから数えた方が近い場所で、内臓に負担がかかる体育座りを強いられていた。爆弾はどれほど加害範囲があるのだろうか。僕まで巻き込まれたりしないか不安になるが、僕がここ以外の場所にいると、生徒や先生が煩そうだった。なぜなら、避難訓練なのだから。


 後戻りはしない。


 ポケットの中で撃鉄を起こし、その時、心臓が跳ねあがった。そして、鼓膜が破れたかもしれない。耳鳴りがずっとしている無音の世界で、ちょっと不安になるが、どうせ人はいつか死ぬのだから、自分を謎の理論で鼓舞する。


 前列の人間は倒れたり、身体を押さえて蹲ったりしていた。生き残った者は、動かない友達の体を揺すったり、心臓マッサージや人工呼吸をしている。僕はみんなのように立ち尽くし呆然としているのだが、そうしていると警察が来るので、ポケットからさっと銃を取り出した。


 一人、気が付いたようで、訝しむ目で見ている。最初に殺すのは彼女にしよう。引き金を引くと膝から崩れ落ちた。総員、鼓膜に深刻なダメージを追っているのか、殺されたその女に気を配らない。彼女については、気を失ったとでも思ったのだろうか。


 ―それから、四人の人間を殺した→


 さて、次に何をしよう。何をしたらいいのだろう。まず、自分が犯人であることを、どう説明するのか。率直に、めんどうだった。じゃあ気絶したふりでもしようかしら。分からない。まるで間抜けだ。ここまで、とんとん拍子で進んだから、劇的な逮捕劇が成り行きだと信じていたのだが。


 そのことについて意味などはない。たとえばそれが、虚構の批判に結びついたりはしない。僕が人を殺したのは意味はないし、これから裁判などによって死ぬことも恐らく意味がない。意味がないのは日常も同じで、だから意味はないし、意味がない。まさに恐ろしく無意味だった。僕は何をしようが、無意味なことから逃れられない運命なのだ。無意味である。


 空は灰色だった。黒くあったし白くもあった。僕の、また俺の内側も、丁度そんな色彩だった。外側だってそうだ。学ランの下にシャツを着ていた。そしてこれから、なにも起こりそうになかった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

高黄森哉 @kamikawa2001

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

同じコレクションの次の小説