君のいない夏が来る
「うわ、C判定……」
俺は進路を決めた。
いつか、楓桜が生まれ変わったとき。
生まれ変わった楓桜がまた、春夢病になってしまったとき。
はたまた生まれ変わった楓桜の子供が、孫が、春夢病になってしまったとき。
ちゃんと病気を治して、もっとこの世界で生きて欲しいと思った。
だから俺は、医者を志すことにした。
春夢病の治療法を見つけるために。
春夢病の患者さんを治すために。
志望校が地元の大学から、県外の医科大学へと変わった。
「なに、鴻基もC判定なの?」
背後から聞きなれた声がする。
振り向くと、もう夏服に変わっている蒼が俺の模試の判定結果を覗いていた。
「蒼も?」
「うん。やっぱ医科大学は難しいな」
クラスは別れたけど、俺がこの医科大学を志望することにしたと話したとき、俺も一緒にそこで医者を目指すと言った。
それにどういう意味があるのかは分からない。
俺を心配してくれているのか、俺と一緒で楓桜のことがあったからなのか。それとも普通に医者を目指そうと思ったからなのか。
それでも、一緒に同じ場所を目指す友達がいるだけでなんだか心強い。
「もうすぐ夏だな」
楓桜が旅立って、二ヶ月。
春に部活を引退して、一ヶ月。
学校内の制服の、合服と夏服が混じり合う、そんな季節。
「たまには息抜きして帰ろうぜ」
「そうだな」
グーっと身体を伸ばして、席を立つ。
花瓶に花が生けられた楓桜の席を見ると、まだ少し涙がにじむ。
記憶の中の、制服を着て授業を受ける楓桜の姿が脳裏で鮮明に思い出される。
三年生の一年間、俺はきっと、楓桜の隣の席から動くことはないだろう。
それは楓桜のためと言っておきながら、ただ、もしかしたらそこに座っているかもしれない楓桜と一緒にいたい自己満足だ。
花瓶の水だけ変えて、蒼と二人で教室を出る。
「次の模試までにB判定まであげよう」
「そうだな。もうすぐ夏だし、そろそろな」
楓桜。俺は今、楽しくやっているよ。
そりゃあ、もちろん寂しいけど。
それでも充実していることに変わりない。
ただ、もう少し真剣に楓桜から生物を教えてもらえばよかったと後悔しているところはあるけど。
空を見上げながら、蒼と信号が変わるのを待つ。
白い雲がよく映える、綺麗な青空だ。
車の音が一瞬止んだとき、どこかでチリンと風鈴の鳴る音がした。
_____もうすぐ、君のいない夏が来る。
春の夢と、舞い散る君 桜詩 @haruka132
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