第19話 第一章 最終話 これから
▽第一章 最終話 これから
私は三ヶ月以上、眠り続けていたらしい。
私はゾラ――《鏃堕とし》という個体に勝利した。
しかし、その代償はあまりにも大きく、戦闘後にはほとんど動けないくらいだった。だが、私は無意識で生きるために活動したらしく、《穏やかなる瞳》に回収された。
ゾラと戦えば無事に済まない。
それは最初から理解しており、そのための方策はいくつも用意してあった。そのうちのひとつとして、《穏やかなる瞳》の居る場所に連絡を付ける手段があった。
長大な糸である。
数キロの距離を繋ぐ、とても長い糸だ。私はそれを引き、己が勝利を伝達した。
「遅い」
目を開けた時、最初に視界に移ったのはリッリヤッタだった。
長い白髪がカーテンのようにして、私の周囲を覆っていた。真っ暗な中、リッリヤッタの赤い瞳だけが光って見える。
「身体が痛いな。早く治してくれるかな」
「もうやっている。でも、十分に治せていない」
「どれくらい経った?」
「三ヶ月」
「待たせたね」
私は溜息を吐き、リッリヤッタを抱き寄せた。
人体部分だけを引き寄せたため、重傷の身体に追い打ちを掛けることはなかった。上半身だけならば、リッリヤッタの身体はかなり軽い。
私が何かを言うよりも早く、リッリヤッタの柔らかな唇が私に触れる。
啄むような口付けの連続を、甘んじて受け入れよう。
唇が離れたとき、互いの間に糸が垂れた。
「相手は義兄の仇だった」
「……そう」
「楽しかった」
「よかった」
深く息を吸い、軽くリッリヤッタの肉体を押しやる。
軋む身体を押して、私は立ち上がる。確認してみるに外傷はほとんどない。痛み続けているのは内臓か、あるいは骨か。
ともかく、三ヶ月も眠り続けてしまったらしい。
筋肉量もかなり低下してしまったようだし、まだまだ意識も肉体に追いついていない。ふわふわ夢でも見ているような気分だ。
「リッリヤッタ、約束は覚えているかな」
「……うん!」
リッリヤッタが期待と興奮とに、顔を蕩けさせた。
が、期待させて申し訳ないが、今はどうしてもできない。尋常じゃないくらい空腹だ。数ヶ月も寝たきりで、色々と垂れ流しっぽく、この場所から移動したい。
身体も洗いたい。
現代人アピールで申し訳ないが、初めては環境にまで気を配りたかった。
▽
色々。
色々終えた後、私たちは連れだって草原を歩いていた。
「これから」
リッリヤッタが呟く。
「これから、どうするの?」
「群れに合流する。が、すぐに立つよ。私はもっと強くなりたいと思った。ケンタウロスの群れの中では、どうしても知識が不足しているからね」
「そう」
魔法の存在も、魔法の武器も、ケンタウロスの中では得られなかった。
可能ならば、リッリヤッタにも魔法の道具を得てほしい。魔法の大剣や防具も是非とも装備してほしい。
あと、私も良い防具なり、道具なりがほしい。
私は見晴らしの良い丘までやって来た。
一面の蒼い草原が異世界の光景だ、と思えなくなって久しい。冷たい風が髪を揺らす。手を握ってくるリッリヤッタの温もりが、心地良い。
私は義兄の弓――その残骸を丘の上から捨てた。焼いて炭にしてある。少しは植物の成長の足しになってくれるだろう。
義兄の弓は、ゾラとの死闘の最中に折れていた。
途中までは折れていなかった。多分、私がゾラの鼻に吸引され、地面に叩き付けられた時、あの弓とリッリヤッタの髪とがクッションになってくれたのだろう。
本当に僅かだが、衝撃を和らげてくれた。
その少しが、誤差とも言える緩和がなければ、私は確実に死んでいただろう。かつて義兄がこう言った。
『これはキミが持っていなさい。私の願い、キミをきっと祖霊が守ってくださる』
祖霊が守ってくれた、なんて私は思わない。
私を守ってくれたのは、義兄、そしてリッリヤッタなのだ。
「私はまだまだ自由じゃない」
縛られないことが自由、とは思っていない。
あらゆる縛りを受け入れ、それさえも楽しめるような力――それこそが望むモノだ。
手錠や足枷、ありとあらゆる鎖さえも、お洒落なのだと一笑に付す――そういう力。
それは私ひとりでは手に入れられない力でもある。
リッリヤッタを見つめる。すると、彼女のほうもジッと私を見つめてくる。紅の瞳は宝石のように美しい。
「リッリヤッタ、私を支えてくれるかな?」
「当然」
「頼もしいね。キミが幼馴染みで本当に良かった。ケンタウロスに生まれて良かったよ」
「そう」
リッリヤッタが珍しく、優しげに微笑んだ。
「良かった。おまえはケンタウロスに生まれたことを悔いていると思っていた」
「そうだね。でも、ケンタウロスでなければ、義兄やキミに出会えなかった。だから、私はケンタウロスで良かったんだ」
群れから拒絶されようとも。
どれだけケンタウロスたちから足を引っ張られ、疎まれ、忌み嫌われようとも。
(私にはリッリヤッタがいる)
だから、きっと。
私は幸せなのだ。
この幸せを守り続けるためならば、私はどのような力でも手に入れて見せよう。
私は小さく微笑んで、大空に向かって拳を突き出す。手の甲に刻まれた入れ墨は、私がこの世界に住むケンタウロス《天賦たる稲妻》である証明である。
「私はノアメロ。この草原でもっとも自由になる男だ」
隣でリッリヤッタが嬉しそうに頷いた。
――――――
いったん、ここで終わりです。
このお話はかなり前に小説一巻分(だいたい10万文字くらいでしょうか)を練習のために書いたお話となっております。
全然つづけられる物語ですし、構想自体はあるのですが、他のお話を優先するべきだと感じました。ただ書きたいお話ができたらとりあえず書く、と考えておりますのでまた続きを書くこともあるかもしれません。
なので「いったん」終わりと表現させてもらいました。
ここまで読破してくださるかたがいらっしゃいましたら、まことにありがとうございました!
最強種族《ケンタウロス》に転生したことに、私だけが気づいている。 轟イネ @todorokiine
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