第20話


「これで、四大王家を全員集めることが出来るわね」

 ジジは上機嫌でティーカップに口をつけた。

 ジジの尻の下では、ダークが四つん這いになって椅子の役目を担っていた。ダークは肉付きが良いので、椅子にぴったりだとジジが言い出したのだ。リブスタが心配そうな顔で見ている。

 悪趣味ねーーマリーはげんなりした顔をしたが、ジジは全く意に介していなかった。

 ダークが少しでも動くと、容赦なくジジが尻を叩いた。

「椅子が勝手に動くなんて、聞いたことがあって?」

 ダークの目に涙がたまった。

「ご、ごめんなさい」

「あら、椅子は喋らないのよ。ご存じないかしら?」

 再び、ジジがダークの尻を打つ。悲鳴を上げそうになって、必死にダークはこらえた。

「それにしてもあなた、随分な力をつけたものね。あれはスウィーテン家の力なのかしら」

 先程までのことを思い出すと、背筋に寒気が走る。

「答えなさいよ」

 ジジがダークの尻を打つ。

「だ、だって喋るなって……」

「ワタクシが質問したときは喋って良いのよ。ほんと頭の弱い女ね」

 ジジが滅茶苦茶にダークの尻を打った。その様子を見て、バトラーだけがケラケラと笑っていた。

「ご、ごめんなさい」

 弱々しい声でダークが呟く。ジジは最後にひときわ力を入れて尻を叩いた。

「それで、あの力のことを聞かせて。あんなこと、普通の人間が出来る芸当じゃないわ。それに、ワタクシもなんだかいつもと違う感じがしたし、マリーなんて燃えて変身までしたのよ」

 思い出したように、ジジはマリーを指さす。

「あ、あれはスウィーテンが力を貸してくれたの」

「力って?」

「貴方たちには聞こえない? 英霊の声が」

 言われてマリーは気付いた。たしかに、あの時、フランクライヒの声がしたような気がする。

「はあ? 貴方の耳が腐ってるのではなくて?」

 ジジが露骨に嫌悪感を顔に出した。自分も聞こえたなどと言わなくて良かった、とマリーはホッと胸をなで下ろした。

「う、嘘じゃない……です」

 ダークが力強く顔を上げると、ジジはバランスを崩して滑り落ちた。その場にいた全員が「あっ」という顔をした。

「ご、ごめんなさい」

 ダークが謝るが、ジジは何も答えない。

 ジジは静かに立ち上がると、ダークを見下ろした。その目は虫の大群よりもゾッとするくらい冷たかった。

「ちょっと、やめなさいよ。可哀想でしょ」

 ジジがダークを滅多打ちにするのをマリーが止めようとしたが、ジジは聞く耳持たなかった。


「地下でスウィーテンに力をもらった後、貴方たちの姿を見たとき、またスウィーテンの声が聞こえたんです」

 滅茶苦茶に顔を腫らしたダークが言う。声が聞き取りにくには、椅子にされているせいだけではないだろう。

「どうして、ワタクシ達の姿を……」

「まあまあ、話を聞きましょう」

 これ以上話の腰を折られるのは御免だとばかりにマリーがジジをたしなめる。ジジは渋々口をつぐんだ。

 ダークは顔を伏せて震えた。

「そ、それでね、スウィーテンの声の通りにしたら虫が操れるようになったの」

「説明になってないわね」

 ジジがダークを睨む。

「この力は、王位を継承したものが使えるってことね」

 マリーがわざと大きな声で言う。ダークが壊れた人形のように、大げさに頷いた。

「ワタクシ達、まだ王位を継承していないわよ。それに、次の国王はお兄様よ」

「じゃあ、始まりの四人の英霊に認められたもの、ってことかもね」

 マリーは首をひねる。

 虫に囲まれてから出てくるまでの記憶は曖昧だった。その直前、確かにフランクライヒの声を聞いた。

 そうだ、強い怒りを感じていたのだ。死に直面して、自分の人生を振り返っていたときに、自分の生きる原動力である怒りを思い出した。フランクライヒに認められた日、マリーに力の根源は怒りだとフランクライヒが言っていたのを思い出した。

「あの光が体に入った日、声が聞こえなかった?」

「声ですって?」

 ジジは記憶を巡らすように、手を顎に当てて唸る。

「ああ、確か、気高さがどうとか……」

 ジジは大きな目をグルリと一回転させた。

「それよ、たぶん、私たちの性質に合わせた力を英霊がくれたのよ」

 マリーがジジを指さした。

「ワタクシ達の性質ねえ」

 ジジはいまいちしっくりこない。

「気高さってなんなのかしら。ワタクシはいつだって気高い存在だわ」

「その通りです」

 ルルが力強く頷く。マリーは彼女らに気付かれないように吐息をついた。

「まあ、そうね……。私の場合は、怒り。私の人生へのね。そうしたら、体が熱くなって、虫が燃えてた」

「それでサナギになったの?」

 ジジは馬鹿にするように笑った。マリーはムッとした顔をしたが、自分がサナギになっていた時の記憶がない。彼女らが見たというサナギの抜け殻も、燃えてなくなっていた。

「まあ、それで、私は力をもらったのだと思う」

「へえ。火をつけるなんて便利ね。ちょっとお借りして良いかしら」

 ジジが葉巻を取り出して先端をカットした。それをくわえてみせる。

「何?」

「火をつけてみてよ」

 マリーのイライラは頂点に達した。元来、彼女は気が短い性格である。ジジには逆らえないとわかっているため、彼女の前ではこらえていたが、それでも限界がある。彼女ごと燃やしてやろうと思って、彼女に向かって手をかざした。

「えいっ」

 しかし、彼女の手からは何も出なかった。

「なによ、可愛い声だして」

 ジジは鼻で笑った。マリーの代わりにルルが葉巻の先をあぶる。

「使えないわね」

 ジジが口いっぱいに含んだ煙を、マリーの顔めがけて吹き付けた。

「どうなってるのよ」

 マリーがダークの胴体を蹴った。ダークが低い声でうめく。

「やめなさいよ。可哀想でしょう?」

 ジジが笑って言った。

「た、たぶん、まだ慣れていないからかも……」

「あんただって、能力が目覚めたばかりじゃないの」

「私は、元々ミラーニューロンの研究をしていたから」

「ミラーニューロンですって?」

 聞いたことがあった。そうだ、彼女が学生の時一人でこそこそやっていた研究だ。

 ミラーニューロンというのは、他人の行動をミラーリングすることから名付けられたものである。

「ミラーニューロンというのは、相手の行動を見て真似する細胞のことで、声でその刺激をコントロールするの。コツは最初からわかっていたから」

「脳みそもない虫風情が、そんなことできるのね」

「だから、もっと大きな力をつければ、行方不明のブフ王も探せると思う」

 それを聞くとジジは立ち上がって、床に膝をついてダークの手を取った。

「素敵な能力ね。ヤッパリ持つべきはお友達だわ。期待しているわ」

 たじろぐダークを、ジジはまっすぐに見つめた。

「何そんなところに手をついているの。さあ、ソファに座って頂戴。だって、ワタクシ達、お友達でしょう?」

 掌を返す早さに、マリーはついて行けなかった。

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悪役令嬢とラヴロマンスと虐殺と よねり @yoneri

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