第43話【最終話】除夜の鐘の音を聞きながら~

修二は勤務が終わると毎日 和美の病室にやってくる。

たわいもない会話をしたり、一緒にご飯を食べたり、時には弁当持参の日もある。

「付き添いは大丈夫だよ」という和美の言葉も聞かず、「一人マンションで

寝るのは寂しい」と言って、夜も修二は和美の病室で泊まっていた。

自宅マンションにはお風呂に入りに帰るくらいで、修二は殆ど和美の病室に

いることが多い。

和美は治療を続けながら経過も順調に回復へと向かっていた。


幸子には自分が母親とは名乗らず患者と看護師の関係を良好に続けていた。


「コンコン」

ドアをノックする音。

「はい、どうぞ」


〈多分、そろそろ夕食の時間だ〉


「小宮さん、夕食の時間です」

「あ、ありがとうございます」

幸子は オーバーテーブルに食事を置くと、和美が食べれやすいように

テーブルをゆっくりと寄せてくる。

「今日は大晦日だから年越し蕎麦がでていますよ(笑)」

和美の視線がお膳に向く。

「そうか…もう年末なんですね」



「雪降りますかね…」

和美の視線がふと真っ暗な窓に向く。

「さあ、どうですかね」

幸子の視線も夜の窓を見ていた。

「今日、先輩は?」

「ああ、お風呂に入ってからこっちに来るって言ってました」

「そうなんだ。小宮さん、先輩に愛されてますね」

「…私にはもったいないくらいです」

和美は照れ笑いを浮かべた後、視線を下に向ける。

「そんなことないと思いますけど…。とてもお似合いですよ」

「須崎さんは結婚とかは?」

「んー、どうだろ…まだですかね。私、仕事好きですし」

「これからデートですか?」

「え、なんでですか?」

「口紅、珍しくしてるから…今日はもうあがりなのかなあって思って…。

いつもは口紅してないですよね」

「やっぱ、小宮さんすごいですね。実はこれから初詣に行こうかなって…」

「若いっていいですね。あ、じゃ、そろそろ行ってください」

「あ、はい(笑)。それじゃ、小宮さんも良いお年を…」

「須崎さんも…(笑)」


幸子は軽く頭を下げると、病室を出て行った。

それと入れ違いに修二が病室に入ってきた。


修二は和美のそばまで来ると、和美の目の前のお膳に視線が向いた。

「へぇ、年越し蕎麦かあ…美味しそうだなあ。実は俺もコンビニでお蕎麦買ってきたんだ」と、修二は嬉しそうに買い物袋からお蕎麦とお茶を出してテーブルに置く。


そして、修二はパイプ椅子を開けて腰を掛けた。


「じゃ、食べようか…」


「うん…」


「あ、そうだ退院の日が決まったんだって、今日、さちから聞いた」


「うん。明後日。私も昼間、先生から聞いて…再発も見られないみたいだし、

次の検査までは薬と通院で様子を見るんだって」


「そうか…。よかった…。俺さ、誰かとこうして一緒に年末を過ごすのって

何年ぶりだろ」


「何年って…。そんなに歳とってないでしょ、修二君」


「ああ、初めてかもしんない」


「前の彼女とかは?」


「うん。あんまり続かなかったんだよね」


「え?」


「社会人になって初めてできた彼女は勤務が合わなくてすれ違って

いつの間にか会わなくなって終わった感じ?」


「ああ、かわいそうに…」


「次に付き合った子には2股かけられてフラれた」


「それ、ひどいね」


「3番目に付き合った子は俺より2つ上だったんだけど別の人と結婚したんだ。

『修二のことは弟にしか見えない』って言われた。歳、2つしか変わんないのにさ」


「私は何人目?」


「その次に付き合った人は俺よりも15歳も年上の人だった」


〈4人目なんだ……〉


「外見はキレイで大人な感じなのに中身は俺と同等レベルな気がする人」


「何それ、幼いってこと?」


「一緒にいる時間は短いのに、一番長く居るようなそんな感じがする」


〈修二君……〉








勤務が終わった幸子が病院を出ると、「プー、プー」と車のクラクションが鳴る。

幸子は黒のワゴン車に視線を向けて立ち止まった。


運転席が開き昴流が降りてきた。

「おう」

「昴流君、どうしたの、この車…」

「ちょっと、兄貴に借りてきた」

「どうぞ、お姫様」

そう言って、昴流は助手席を開ける。

「ありがとう」

幸子は助手席に乗り、シートベルトを装着する。

その後、昴流も運転席に乗り込んだ。

「っていうか、昴流君って運転できたの?」

「ああ、できるよ。一応免許持ってるし」

「そう。じゃ、安全運転でお願いします」

「了解」

そう言って、昴流はエンジンをかけた。


優しい走行音が夜の街に流れると、白い雪がパラパラと降り出してきた。


「あ、雪だね」


「ああ…」


フロントガラスに落ちる雪は溶けて水滴になっていた。

ワイパーが左右に動き雪水をかき消している。


「今日はさ、少し時間もあるし遠出しようと思って」


「え、別にいいよ。近場の神社で」


「まあ、たまにはいいじゃん。明日はさちも仕事休みだろ?」


「うん…。でも、昴流君、疲れない?」


「俺は大丈夫だよ」


そんな昴流の横顔が幸子の視線に映り「ふっ」と幸子は優しい笑みを浮かべていた。






その頃、病室のベットで寄り添いうように座っていた修二と和美は深夜0時に

鳴る除夜の鐘の音色を待ちわびながら夜の窓に映る雪を眺めていた。





11時45分頃、神社についた幸子と昴流は鳥居に繋がる階段を一段、一段と

駆け上っていた。

思ったより長い階段を「ハァ、ハァ」息を切らせながら2人は上っている。

さち…」

昴流が幸子の目の前に手を差し出すと、幸子はその手を取り最上段まで上る。


人の気配などほとんどない。


幸子と昴流がちょうど境内の真ん中まで来た時、


「ゴーン・ゴーン」


重くてどっしりとした鐘の音色が鳴り響く―――ーー。


さち、ハッピーニューイヤー」

「昴流君、ハッピーニューイヤー」

「左手出してくれる?」

「え?」

昴流は幸子の左手を取り、薬指に指輪を入れる。

「これ…」

「俺と結婚してくれますか?」

〈思いがけない昴流君からのプロポーズだった。だから、昴流君 こんな

遠くの神社まで来たんだ……嬉しい…〉

「はい…」

〈私は静かに頷いた―――ー〉


不意を突くように幸子の唇に昴流の唇が優しく触れる――ーー。





「ゴーン・ゴーン……」


木霊こだまする除夜の鐘の音色は病室にいる修二と和美にも幸せを運んでいた。


修二は和美の背後から体を寄り添いその左薬指に指輪をはめた。


和美の視線が修二に向くと、


「和美さん…愛してる…」


次第にその唇と唇は距離を詰めながら2人を引き寄せるように求め合い

触れ合っていた。


雪は粉雪へと変わり舞いを踊っているように綺麗な雪化粧が除夜の鐘の音と

共に幸せを祝福 しているよだった。







神社の境内にいた幸子と昴流は抱き合い、粉雪が舞う夜空を見上げていた。

粉雪は笑みを浮かべた2人の顔を濡らし溶けて消えていく。


「ゴーン・ゴーン……」


2人は鳴り響く除夜の鐘の音色を鳴り止むまで聞いていた。



〈ハッピーニューイヤー。今年も皆に幸せが舞い降りてきますように……〉




「ゴーン…ゴーン…」


今年も どこかの町でも また一つ 除夜の鐘の音色が鳴り響いている―――ーーー。





皆の幸せを祈るように――――――……





〈完〉




※ この話はフィクションです

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神社の鐘の音 神宮寺琥珀 @pink-5865

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