第15話
気が付くと今回ばかりは知ってる天井だった。
俺の記憶が確かならば、ここは東雲の部屋で、多分恐らく東雲のベッドなんだろうと思う。俺は上体を起こそうとして、右手の違和感に気づく。
俺の右手は握られていた。
それは、見ると白くて小さくて細い手で、その先には、眠っている東雲がいた。床に座って、ベッドに頬をつけてる様子から、俺の看病をしてる過程で寝落ちしてしまったのだと予測できる。
「東雲、おい、東雲」
呼びながら、もう片方の手で東雲の肩を揺すった。
「ん……」
それに反応して、目を覚ます。
俺の手を放して、眠そうに眼をこする。
「こんなところで寝てると、風邪ひくぞ」
「うん……ん……」
寝ぼけながら俺に相槌をうつ。やがて、目を開けて、とろんとした瞳から、段々といつもの東雲に戻ってくる。
「……し、志木城君!! 気が付いたのね、良かった……半日も眠っていたから、心配したのよ……」
泣きそうな顔で、そういう東雲。
つい昨日くらいにも、同じようなシチュエーションがあったな。
「体は……? 酷く痛むところとかはない? 一応シャルロッテのスキルで応急処置はしたけど、私たち、揃いもそろって魔力切れだから治癒魔法が使えないのよ」
東雲の問いかけに、俺は体を動かしてみる。全身のだるさと、ところどころ鈍い痛みはあるが、別に激痛って訳でもない。
「まぁ、多分、大丈夫だろう。内臓とかがやられてなければ、そこまで致命傷となる攻撃も受けてない……気がするしな」
何回か空を滑空して打ち付けられる……ってのを繰り返した割にはな。
「そう……良かったわ。志木城君……ありがとう……本当に、あなたは、文字通り、私と父の命の恩人よ」
「……はは……」
照れくさいのやら、どう反応してよいのやらで、俺は苦笑いしか浮かべられない。
「みんなは、無事か? 東雲も、怪我はないか? ジャバンはどうなった?」
「ふふっ……色々いっぺんに聞きすぎ」
東雲はそう言って、笑った。
「シビルもアルマもシャルロッテも無事よ。シビルとアルマは入院が必要なくらいダメージを受けてたけど、命に別条はないわ。応急処置を済ませて父と一緒に、魔界に帰ったわ」
「そうか……って、魔王……親父さんは?」
「父は、ジャバンのこと、かなり責任を感じていたわ。ジャバンは父が責任をもって、魔界で裁くって言っていたから、大丈夫だと思う。少し落ち着いたら、あなたとも正式に話がしたいって言っていたわ。きっとジャバンのことで、謝罪とかしたいのかも」
「なるほど。……あの、東雲は、どうだ?」
「私? 私は全然平気よ。襲撃時もシャルロッテが守ってくれたし、その後は防御壁の中にいたから……」
「いや、体調もそうなんだけど、ほら精神面っていうか、親父さんとの間の話とか……」
俺が言うと、東雲は「ああ」と言って、頷いた。
「そっちは……うん。ちょっとだけ複雑かな。そうね……うん、父とは、仲直りっていうか、ちゃんと話すことができた。何しろ、あなた達がジャバンを倒してくれた後も、何時間もあの中で二人きりだったから。実はね、パパ、私が嫌なら、考え直すつもりだったみたい。ちゃんと言えば、良かったんだけど、私が、婚約が強制だって誤解して、それで人間界に逃げたから一気にことが大きくなっちゃって……志木城君への誤解も解けたから、大丈夫よ。後は……」
続けようとした時、東雲の瞳が憂いに濁った。これだけ毎日いると、よく見ているせいもあって、彼女がどういう表情をする時、何を考えているのか、大体わかるようになってくる。
「ジャバンのことか」
「うん」
俺はうまい言葉を、かけてやれそうにもなかった。だってこれは、あまりにもデリケートな問題だからだ。
「そりゃ、ショックだよな。仮にも婚約相手が、自分と父親の命狙ってたんだからな」
東雲は俺の方を見て、少しだけ気まずそうに視線を伏せた。
「うん……。そうね。直感的に嫌っていた相手だから、裏切られたとか、そういう感覚はないの。だけど……」
それでも、ショックはショックだろうと、俺は思う。黙り込む東雲に、俺は話題を変えようと試みる。
「あのさ、俺のユニークスキル、あれ、なんだったんだ? 急にチートみたいな力だったけど……」
「あ、あれね。私も父も、防御壁の中から見ていたわ。ねぇ、今も発動できる?」
感覚は覚えている。俺は頷いて、右手を東雲とは別の後方をむけて、発動させてみる。
「…………あれ?」
しかし、何も起こらなかった。
「なんで……?」
「やっぱりね」
発動できない俺をみて、東雲は納得したように頷いた。
「王族の伝承にね、こんなものがあるの。『苦悩を抱える者、困難に立ち向かう者、絶望に打ちひしがれ、両膝を付き、うなだれる者。それでもなお、歩みを止めぬ者。そこに楽観はなく、ただ真実と向き合い、目をそらさずに、希望を抱く者。常に明るい未来を指し示す者。その者、すなわち、真の王なり。その真摯で直向きなる思いにこそ、王の中の王は宿る』……『王の在り方』を記したものであり、同時にソロモン王の力を継承する者への条件とも言われているわ」
「ソロモン王?」
「ええ……元々、私の父の始祖は、ソロモン王が使役した七十二柱の魔王の一人なの。前にも一度話したともうけど。だから、王としての概念はソロモン王から多大な影響を受けている部分があるのよ。それでね、その伝承には、ユニークスキルに関する記載もあって、真の王が持つスキルとして『王の資質(キング・オブ・キングス)』と呼ばれるものがあるの」
大層な名前のスキルだな。
「そのスキルは、万能にして無能であるといわれているわ。それは、通常では使うことがかなわない特別な力。しかし、その者が本気で力を欲すれば、その願いや在り方が王に相応しいと認められた場合のみ、発動する無限の能力。どんな逆境をも乗り越え、覆す、不屈で無敵の力。あなたに宿ったスキルは、その系統のものではないかと思っているの。王が、民の為、その真摯なる願いで立ち向かう時、その力は発動する」
「ははは……俺のがそうだって? まさか……」
「父も同じ見解だったわ。あなたの力は圧倒的で、そうとしか考えられない力だった。まぁ、詳細は正直なところ、『わからない』んだけどね」
なんだ、結局わからんのか。
だが――そうだな。そんな話を聞いたからか、変なところでノリと都合の良い俺は、あの時のことを思い返して、そういやスキル発動中は妙に判断力と決断力が上がり、頭の中がシンプルになっていたような気がする。そして、それはなんとなく、今も続いているような感じがする。気のせいかもしれないか。
「……あなた、少し、変わったわね」
「変わった?」
「うん……昔のあなたに雰囲気が戻っている気がする」
「昔って……五歳の頃か?」
そう言って、あの夢を想いだす。あれはきっと、本当にあった出来事。記憶なのだろう。そう考えて、少し照れ臭くなる。
「うん……あなた的には、嫌なことかもしれないけどね」
控え目に遠慮気味に、東雲は言う。彼女なりに気を使っているのだろう。らしくないな。
「……なんかさ。俺は、本当は間違っていたのかもしれないって、ちょっと思ったんだ。東雲と会ってさ……今回の一件、世界ピンチとか、そういうのに担がれて、ほとんど無理やり始めたことだけどさ。きっと、嫌じゃなかったんだよな。断る機会はいくらでもあった。でも、仕方ないとか、しょうがないとか、そんな風に思いながらも、結局俺は、『続ける』って選択肢を選んだ。俺は、創作物が大好きな厨二病だからさ。実は、こういう展開とか激アツでさ」
自分でも少し支離滅裂で、何を言ってるのかわからなくなってくる。
「親父が死んで、正義を信じられなくなって……それでも、いつか東雲が言ったように俺の本質は変わらなかったんだろうな。楽だから、傷つきたくないから、本心を隠して騙して、我慢して生きてきた。今回のことで、それを無理やり引き戻されたっていうか、思い出させられたっていうか、そんな感じ。悪い、何言ってるかわからないよな」
東雲は俺の独白を、とてもやさしい顔で見守っていた。柔らかい表情をすると、こいつは本当に女神みたいな愛くるしさがある。
何度見ても、何十回見ても美人で可愛いというアホみたいに完璧な容姿は言うまでもないが、こいつは、この東雲柚姫(本当はシトロニアだが)という女は、実に魅力的で、クールに見えて心配症なところとか、終始微妙に毒舌なところとか、たまに見せるびっくりするくらいの乙女ちっくな態度とか、そういうのは、どうしたって気にかけざるを得ない。
「あなたは、私のヒーローだった。私が困ってると、泣いてると、いつも助けに来てくれるヒーロー……救世主だった。小さい頃は、なんど助けられたか分からない。だからね? 今回も、あなたなら助けてくれるっていう、確信があったの」
同じことを、シャルロッテも言っていた。
「……ううん、でも、それは確信じゃなくて、私の願いで、わがままな希望で、『甘え』だった。私は、自分が自信家なのは、自覚してるわ。でも、それを考慮しても流石に安易というか、すでに愚かよね。かつての記憶を持たないあなたが、突然同級生の女子から命がけで世界を救って、って言われてそれを受けてくれると確信してるって、どんな自信なのよね?」
自嘲するように、少し笑いなら、東雲は言った。
「でも、結果的に、それを受けた大馬鹿がここにいたって訳だ」
「ほんと……今冷静に考えると、穴だらけの計画よね」
「なぁ、東雲、これから、どうするんだ?」
「どうするって?」
「お前が、人間界にきていたのって、今回の件の為なんだろ? 一応、一件落着って訳だけし、もう人間界に用はないのかな……って」
「そうね。本当は、去年の一年間だけ、人間界で高校生を送る予定だったのよ。十年ぶりにね。留学生みたいなものね。でも、去年の終わりくらいに婚約者の話が出て、そこからは無理やりこっちで住み続けたという訳。あなたを、観察しながら……ね。まぁ、今となっては色々全部終わったし。もともと私は魔界に住んでいたからね、魔界に戻ろうと思っているわ」
「そ……そうか」
魔界に戻る。まぁそうだよな。魔界のプリンセスな訳だし、人間界にいる理由もないし。用事が済んだら、帰るってのは当然だ。
だけど、そうか。また、いつもの日々に戻るのか。
東雲柚姫のいない日々に。
「……ねぇ、体調が大丈夫なら、ちょっと出かけない? 散歩程度よ。すぐ近くだから、ね?」
俺は、その提案に素直に頷いた。
結局俺は、一度自分の家に戻り、シャワーを浴びて着替えてから、出かけることにした。
ほんの少しだけ、一人で整理したいこともあったしな。
一時間後である十三時半に、東雲がうちまで迎えに来てくれることになった。
俺は準備をしながら、なんとも妙な感覚に襲われていた。
俺には、昔の記憶が戻っていたのだ。
東雲との小さい頃の記憶。
彼女と過ごした一年間の想い出が、どんどん思い出される。記憶を消す魔法の効力が、完全に切れたせいだろうけど、これはなかなか奇妙な感じだ。知らないメモリを強制的に足されえていく感覚は、なんとも気味が悪く、戸惑いを隠せない。
それでもなんとかいつもの俺を作る。
シンプルな白地に細いダークブルーのストライプシャツに、下はブルーグリーンのデニムというなんでもない服装に着替え、財布とスマホが入るだけの小さなボディバグをひっかけて、家を出ると、まだ十五分も前だというのに、家の前には東雲の姿があった。
「おお、早いな。ってか、来てたんなら、インターフォン押せよ」
「それじゃあ、急かすようで悪いじゃない。それに、待つっていうのも、悪くはないものよ?」
特訓に遅れた時、激怒したの、誰でしたっけ?
さっきはサマーニットにショートパンツという部屋着だったが、今の東雲は飾り襟のブラウスに、赤のカーディガン、某高級ブランドの代名詞ともいえるチェック柄のスカートという、いかにも上品なお嬢様スタイルだった。いや、なんか気合入っているように見えるな。多分そうじゃないんだろうけど。こういう格好をした東雲の破壊力は、正直すさまじいと思う。
「それで、どこに行くんだ?」
「ちょっとそこまで、よ」
俺は東雲に連れられて、住宅街からほど近い小さな公園に移動した。
「ここは……」
「覚えてるの?」
「いや、思い出したんだよ。ここ一日くらいで、かなり鮮明にな」
魔力が干渉することで、記憶を消している魔法が解けるというのは、前に東雲から聞いた話だ。魔法を使う連中とずっといたことと、ジャバンとの戦闘がトドメになって、俺の五歳の頃の記憶はかなり鮮明に戻っていた。
「そう。そうよ……ここは、私とあなたが、初めて会った場所」
「だったな。俺の記憶なのに、最近仕入れた情報ってのが、すごく違和感だ」
「普通に『思い出す』というより、浮き出てくる感じに似てるからね。記憶を消すと、そういう現象が起きるのよ」
俺達は、公園の中の中央にある四人掛けテーブル付きのベンチに向かい合って座った。子供たちが遊んでいるときにお母さんたちが持参のお茶を飲みながら駄弁る、キャンプ場とかバーベキュー会場とかにある、アレだ。
「懐かしい……気はする。なんとなくだけど」
「私は、凄く懐かしいわ。あの一年は、とても大切な一年だったから。私の人生を、決定づける一年だったと今でも思っている」
「五歳の頃の一年がか?」
「ええ、とても……とても大事な時間だったわ。小さい頃のことほど、その人の基盤になってるものだって話は前にしたでしょう。だから、あなただって、結局はヒーローみたいな立ち回りをしたんじゃない? 自分で否定しても、それがどんなに嫌でも、志木城君、あなたの本質は正義の味方なのよ。弱きを助け、悪を挫く。困っている人を放っておけない、根っからの善人体質。それがあなた」
東雲はそんな風に語る。確かに、それは一理ある。俺はどう考えたって親父の血を引いている訳だし、親父の教えに憧れて実践していたわけだから、それは俺の根本的な部分に結びついている。だけど……
「……そして、私はそんなあなたに憧れた。格好いいって思った……憧れは、ずっと解けないまま……魔法みたいにね」
東雲を見ると、彼女は切ない表情で、公園の遊具を見つめていた。
なんて表情をするんだ。そんな顔は反則だろ?
「……俺は、お前と関わって、特訓を受けて、シビルたちと戦ったりして、多分昔の俺を取り戻していったんだと思う。これでいいって、思考停止していた自分を、再起動したような感覚でさ。そうしたら、少しずつだけど、自分が上書きされていくような感覚で……悪態をつきながら、きっと悪い気分じゃなかったんだ。でもさ、その理由は、きっと東雲がいたからだと思う」
「え……?」
「楽しかったんだよ。お前に色々言われて、必死こいてなんかやってるの。お前に怒られて、たまにちょっと褒められて、お前と一緒に戦って……面倒くさいけど、楽しかった」
ようやく、俺の心が整理されてきた。
戸惑いと迷いと、もやもやした何かと、過去との折り合いと、そういう色々な、考え始めると面倒くさくて、ネガティブになって、最悪負のスパイラルに入りかねないような……だけど、どこかで向き合わなくちゃいけないものとちゃんと対峙する覚悟ができたから。
「結論から言うと、両親が死んでからの俺は、全部、捨てちまっていただけだったんだ。信念とか生き方とか、大層なことを言って、結局は大事なものを全部捨てて、何も感じなくなるように生きていただけ……」
なりたい自分も、格好いい自分も、認められる自分も、誇りに思える自分も、全部捨てて、そこに付随する、気持ちとか感情とか、大事なもの全部捨てて、見ないふりして生きていただけだ。
「俺さ……誰かを好きになったこと、ないんだ。その理由は、やっぱり目立ちたくないっていうのがあってさ。もしかしたら、好きになりそうな女子とかいたのかもしれないけど、最初から『それは目立つからやめておく』って、シャットダウンしていたんだと思う。これ、俺の生き方の弊害な?」
そう言って、笑ってみたが、うまくいかなかった。
「ミスター半透明……」
東雲が呟く。
「俺のここ半年から一年くらいの二つ名だな」
「勉強も運動も、その素質は平均以上なのに、あえて目立たないように力を出さない。人間性も容姿だって良い方なのに、何を言ってもやっても、響かない。いるのかいないのかわからない半透明な存在。それが、主に女子からのあなたの印象よ」
「その通りだ。間違いはない」
「でも、それって裏を返せば、あなたを『素敵だ』と思っている女子も多いということよ。分かっているのかしら?」
「いや、それは違うだろう。響かないからつまらない。つまらないから、モテない。単純な話だ」
「違うっ」
東雲の言葉が少し強くなる。
「みんな、あなたと関わりたいけど、そっけなくうまくかわされるから、取りつく島がないの。邪険にはされないけど、相手にされないのを押し切ってまで関わろうとするのは、よほどの変わり者だけよ」
「東雲みたいにか?」
「……そ、そうね。私くらい、強引な手段で関われば、あなたはNOとは言わない人なのは、証明されたものね?」
声が若干上ずっているのは、どうしてだ?
「それで……なんの話だっけ?」
「ええと……あなたの生き方の話?」
「ああ、そうだ。それでもってさ……お、俺は俺とようやく向き合ったんだ。お前のおかげというか、お前のせいというか」
「その言い方はひどいわね」
「とにかく、昔の感覚を思い出すとさ。捨ててきた感情も思い出したっていうか、取り戻したっていうのかな。分かったんだよ……」
俺はそう語っていて、ふと客観視する。何を言おうとしてるんだ?
「見ないようにしてたこと。だから、本当に見えなかったこと。気づかなかったこと。本当は、一番はじめに気づくべきことなのにな」
待て待て俺。どうしたっていうんだ?
ちょっと昔を思い出したからって、調子に乗りすぎだ。お前(俺)のそれは、ただの暴走だ。落ち着け。内なる俯瞰の俺はそう言い聞かせてはみたものの、現実の俺はまったく止まってはくれない。
「多分、とっくの昔にさ、俺は東雲が好きだったんだよな。可愛くて、みんなの前では猫かぶってて、実はドSな分かりやすいツンツンで、でも優しくて、面倒見がよくて、ちょっとだけ抜けてて……そんなお前が気になって仕方なかった。そうだよ。そうじゃなくちゃ、どんな理由を積まれたって、ただの男子高校生が、世界を救うために命かけたりしない。死ぬ確率の高い救出劇に手を貸したりしない」
おいおいおいおい、やめろ俺。何を言ってるんだ?
「し、志木城君……??それって……」
流石の東雲も驚いているのか、言葉も動きもカクカクしている。
「好きになった女子の為だから、命を張って戦う。単純明快な構図だろう? ……なんてな。多分、これは後付けの理由かもしれないけど、こう言い聞かせると妙に腑に落ちるんだよ。だから、それだけ」
そうだ、それだけ。いいぞ、俺。暴走は否めないが、なんとかギリギリのところでうまい感じに着地した。
俺は東雲から目を外して、さらに続けた。
「……だからさ。お前が魔界に帰るのは、正直寂しい。お前としてはここにいる理由なんてもうないけど、それでもさ、お前を気に入っているヤツは沢山いると思うぞ? 如何せん、東雲柚姫は、この学校のアイドルだからな。男子も女子も、みんなお前を気に入っているのは、わかってるだろ? きっと、お前がいなくなると、寂しがる奴も多いだろうし……っていうか、俺が寂しいっていうか……だから、もう少し、いてもいいじゃないかって、思って……」
何引き留めてるの、俺。しかもなんか最後の方は学校のみんなを出した卑怯な方法だし。
俺は東雲の反応が見たくて、仕方なく視線を戻す。ヤバい、背中に嫌な汗が……
「…………あの……」
東雲は俯いていた。表情はわからないが、これ、どう言う感じ?
「……いつから?」
「は?」
「……ささ、さっき、そのす、好きだって……いったでしょ? いつから?」
ああ、そこはスルーせずに戻ってしっかり詰め直すのね、流石だよ、東雲。
「え、あ……ああ、結構序盤だった気はするけど、ちゃんと認識したのは、多分ジャバンと戦っていた時」
「そ、そう、なんだ……」
「でも、それもその時は、目の前のことで必死だったからアレだけど、今思えばってやつだな。あいつ、お前の父親とお前のこと、結構色々言ってたけど、一度もさ、東雲の名前を呼ばなかったんだ。『娘』とか『姫』とか、ばっかりでさ。一度も、『シトロニア』って呼ばなかった。それが、なんかムカついてさ。ああ、こいつは、本当に東雲のことを見てないんだなって。東雲を東雲として……シトロニアという一人の女の子としてみてないって。あいつにとっては、お前は魔王の娘で、結婚相手の姫で、ただそれだけ。そう思ったら、凄く腹がたった。こんな最低なヤツが東雲に近づいてほしくないって、思ったんだよ。でも、それってさ、そこに腹が立つって、ああ、そういうことかって思えて……って、東雲?」
俺が言い終えて彼女を見ると、東雲はあからさまに横をむいて、顔をそらしていた。しかし、その横顔は真っ赤になって困っていて、なんだか可愛らしかった。
「……あちゃあ……ちょっと煽るつもりが、まさか告白までされる展開とは、思っていなかったわ……」
何やら小声で東雲は言う。
「そうよね。あなた、そういうところあるわよね。急に脈絡もなく可愛いとか綺麗だとか、そういうの簡単に言っちゃう人だものね……甘かったわ」
引き続き呟くと、大きく一つ、息を吸う。
「魔界に帰るというのは、実は嘘なのよ。ジャバンのことで、国家転覆を目論む勢力に関して、改めて対策を練るとかなんとかで、しばらくは魔界もバタバタするからって、こっちにいることにしたの。近いうちに人間界と魔界の交流も一時的にストップするって話だし。向こうから魔族が来ない以上は、人間界の方が圧倒的に安全だから……そういう訳で、そうね。折角だから、このまま卒業までは居ようかしら。もともと私、人間界好きだしね」
東雲はそんな風に語った。
「……はぁ、なんだよ、それ。なんか、俺、必死に引き留めたみたいで、格好悪……」
「そ、そんなことないわよ。どんな反応するか見たかったし……」
俺はなんだか、気が抜けてしまった。なんか、俺ずっと東雲に担がれているな。実は騙されやすいのか、俺は。
「……ごめんね。沢山騙して。沢山、嘘をついて」
「ホントな……でも……」
好きな女に騙されるのは悪くないなんて、マゾヒストなことを考えてしまう。
「まぁ……全ては東雲の都合の良い戯言に過ぎなかったんだって、そう思えば、別にいいさ」
俺はそう言った。
「……何、綺麗に締めようとしてるの?」
なんだよ、ダメなのかよ。
「『全て』じゃない……」
東雲は立ち上がり、俺のとなりまで来てテーブルに両手をついて、のぞき込む。ベンチに座っていると俺と右横に立つ東雲の構図は、いわば事情聴取されている犯人の警察の感じによく似てる。もちろん、犯人は俺の方な。
「……あなたって、一番大事なところは分からないままなのね」
近い距離のまま、少しだけ不満そうな顔で小首をかしげる姿は、やっぱり完璧に可愛かったりする。
「私、自分が好きでもない人と婚約話をでっちあげるほど、はしたない女じゃないんですけど」
じっと、いや、キッと鋭く睨んで数秒。みるみるうちに東雲の顔が赤くなっていくのが分かる。
おい、それって……。
俺が黙っていると、耐えきれなくなったのか、プイっと顔を背ける。
「なんか、言いなさいよ」
「いや、人間、信じられないことが起こると思考がまともに働かなくなるんだぞ?」
「信じられないことってなによ。っていうか、気づきなさいよね。……好きじゃない男の子を、家に呼んだり、迎えにいったり、自分のベッドに寝かせたりなんて、する訳ないじゃない」
「待てよ、あれは致し方ない状況だったからっていう認識だろ? アレで気づけって無理だろう」
わぁわぁと一頻り言い合うと、東雲は俺を覗き込むように顔を傾ける。髪がイイ感じに揺れて流れて、細い顎に沿って撫でるように垂れる。
「それで? その、私とあなたは、そ、相思相愛ってこと……だけど……」
「そうだな……」
「そうだな、ってそれだけ?」
「あ、いや、違う」
俺は東雲の目をしっかりと見つめた。
やっぱりこの美少女とがっつり目を合わせるというのは、何度経験してもドキドキするものだ。
「俺と……付き合って、下さい……?」
「なんで疑問形なの?」
「なんか、俺らしい告白が思いつかなくて」
「告白なら、さっきしたじゃない? 今問われているのは、正式な交際の申し込みよ?」
「そんなお堅いものだったのか、これ」
東雲は一歩下がって、両手を後ろに組む。
俺に背を向けて、
「まぁ、いいわ」
さらに一歩、大きく前に足を踏み出して、体を捻って振り返る。そのポーズは、驚くほど計算されていて、彼女ほどの美少女がやったら、それだけで数百人の心を打ち抜く鉄板なヤツだ。
「答えはもちろん、OKよ」
照れ隠しなのか、妙にさらっと応える東雲。
続けて、
「それに……あの約束、もうちゃんと思い出しているし、覚えているのよね?」
僅かに小悪魔的で、際限なく魅力的な微笑みは、後光がさすくらいに眩しい。
俺はそれに、頭を掻きながら、頷いた。
「なら、そういうことだから。これから、よろしくね……『ゆーくん』」
そう言って、ワザとらしくウィンクした。
……ああ、ホントにまったく、可愛すぎて、吐き気がするよ。
END
全ては東雲柚姫の都合の良い戯言に過ぎない 灰汁須玉響 健午 @venevene
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます