第14話
その夜、またしても、呑気に俺は夢をみた。
多分、この夢っていうのは、きっと蘇った記憶の断片なんだろうなって、思える。
だってその日に見た夢の内容は、やっぱり俺が小さい頃のことで、目の前にいる幼い少女は東雲なのだろう。全体的にどこかでみたような覚えがある。
『うーちゃん』
『ゆーくん』
どうやら俺は『ゆーくん』と呼ばれて、俺は東雲を『うーちゃん』と呼んでいるようだった。ゆーくんは『ゆきおみ』の『ゆ』でゆーくん。うーちゃんは恐らく……活舌が悪かった俺が、本来なら同じく『ゆ』で、『ゆーちゃん』と呼ぶべきところを、微妙に誤差のある『うーちゃん』と呼んでいたと、そんな感じだろう。
場面は二人でなにやら遊んでいるところだ。幼い自分たちを俯瞰で見てるとわかる。
ああ、そうか、こいつら、そういうことか。
きっとあれだ。初恋とかそういうので、小さい頃にありがちな、ベッタベタの恥ずかしい約束とかしたクチだ。
あ~こういう恥ずかしい記憶は、思い出したくなかったんだが。
『ゆーくん、大きくなったら、あたしとけっこんしてくれる?』
ほらきた、思ったとおりだ。さぁ、なんて答えたんだ? 俺。
『けっこん…………?』
『そう、けっこん』
『う~ん……なんで?』
『だって、ゆーくんは、あたしのヒーローだから、あたしのこと、ずっと守ってくれんでしょ? だったら、いつも一緒にいなきゃダメだから、けっこんしたほうがいいんだよー』
おう、東雲。お前、この頃から理論派だな。
『そっかー。でも、ぼく、けっこん、よくわからないからな~』
『けっこんはね、格好いい正義のヒーローがするんだよー』
東雲、嘘はよくないぞ。
『え~マジで??』
マジじゃないぞ、幼き俺よ。
『マジだよ~。ゆーくん、ヒーローだもんね。ヒーローだし、あたしのこと、好きでしょ?』
『うん! ヒーローだし、うーちゃんのこと、好き!!』
『だったら、もうけっこんだよねー決まりだねー』
『そっか! うん!ヒーローだし、うーちゃん大好きだから、けっこんだー!』
『約束だよー』
『うん!!』
………………
…………
……
昔の俺、バカ過ぎねぇ?
「……ちっくしょう」
寝起きは最高で最悪だった。
「はぁ……なんだよ今のは……」
そうか。ゆーくんは、うーちゃんが大好きだったんだな。
俺はヨレヨレの部屋着から、厚手のパーカーとカーゴパンツに着替えると、ベルトのホルダーにコー・ブレードの柄を装着する。
この武器も頼りにはならないかもしれないが、ないよりはマシだろう。
下の階に降りると、すでに他のメンバーは集まっていた。って言っても、三人だけだが。
「……ああ、おはよう」
俺のあいさつに、各々が返す。
「ええと、それじゃあ……お姫様を助けに行きますか……」
俺たちは、シャルロッテの空間移動魔法で、移動することになっている。
繋がっているのは、やっぱりあの和室だ。
あの和室を経由して、屋上階段を降りて校内に潜入。そこから二階まで下りて、東雲親子がプチ籠城している部屋。犯人が結界を展開してると思われる第一視聴覚室へと向かう。
結界を俺の魔力剥奪で無効化した瞬間から、勝負は始まる算段だ。
幸い、今日は土曜日で学校は休みだから、校内の生徒は部活動関係者しかいない。一般生徒が巻き込まれる可能性が低いのは救いだ。
「昨日も説明したけど、その第一視聴覚室を、アタシの結界でそれごと囲うから、五分くらいは一般生徒の侵入を防げるわ。あ、ちなみに、五分っていうのは、アタシの結界がその犯人に破られるまでの時間の概算ね」
唯一まともに魔術が使えるアルマはそう言った。
「分かっている。相手の実力から考えて、俺たち全員が全力で立ち向かっても、二分と持たないんだろ? なら、五分は充分だ」
まぁ、俺たちの作戦が失敗して、東雲親子が殺害されれば、きっと人間界もただじゃ済まないわけで、学校にいる生徒たちも間違いなく犠牲になるだろう。その辺のことも考えたが、考えてもどうにもできないことだと割り切って、今は東雲奪還作戦にのみ集中することにしてる。迷ったら負けなのだ。
「志木城……昨日も言ったが、もし、お前の予想通り相手がジャバンだったら、敵としては最悪のケースだ。昨日立てた作戦を最速で、精密に行ったとしても、うまくいく可能性は、三割を切る」
シビルが、相変わらずのイケメン面で格好良く言う。
「ああ……分かってるさ」
俺はそれになるべく素気なく答えた。昨日、作戦を立てる途中で、俺は今回の襲撃犯の予想を、みんなに話していた。さっき出ていた『ジャバン』というどっかの宇宙刑事を足して二割ったような名前の主は、俺が犯人だと睨む人物、東雲の許嫁のものだった。
『ジャバン・メリクリウス。五大貴族の一つに数えられる名家の嫡男で、見るからにエリート。人柄についても悪い噂はなく、実に紳士でフェミニスト。陛下が悩みに悩んだ結果、姫様の結婚相手に選んだ人です。確かに経歴、血統共に申し分ないのですが、正直、得体が知れない、というのが、印象ですね』
俺は、昨日のシャルロッテ達の会話を思い出す。
『まぁ、五大貴族、とか言われている連中は、みんな偉そうで本心なんて、みじんも言わないし、出さない連中だからね』
『アルマ、お前は貴族連中が疎まれているよな。エレガントではない、という理由で』
『余計なお世話よ、シビル。アタシはあえて、そうしてるの。あいつら、世間体が大事すぎて、自らビッチを名乗るアタシを、汚物でも見るような目で見るのよ? そういう、イメージと上辺の情報でしか物事をみられないつまらない連中よ』
『志木城様に言われるまで、考えもしなかったですけど、確かに可能性はなくはない、ですね。力と魔界での地位を何より重んじるのが、魔族の特性であり、本質ですから。陛下や我が国は、少し魔族らしくないのが特徴ですから』
『だが、相手がジャバンだとすると、増々ピンチではあるな。陛下が姫様の相手に選ぶということは、その時点で他の者よりもはるかに強いと言ってるようなものだ』
……結局、犯人の目星がついたところで、それが作戦に役立った訳ではなかった。
そもそも俺の予測だって外れているかもしれないし、どうやら固有の『魔法』というものは、要は切り札であり秘伝である訳で、相手が特定できたって、その詳細まではわからない。つまりは、最初から、ピンポイントで有効な対策など立てようがないのだ。
俺は回想をやめて、シビルを見た。
「常に最悪の状態だと思ってやるしかないってことだろ? ああ、分かってる……」
これから死ぬかもしれないってのに、俺には今一つ、緊張感がなかった。別に恐怖を感じない訳じゃない。でも今は、なんだか目の前の恐怖とか、作戦の成否を考えての緊張よりも、もっとシンプルな理由と想いが俺の頭と心を埋め尽くしていた。
東雲柚姫を死なせたくない。あいつが命を狙われて、あいつがひどい目に遭うっていうことが、嫌というか、それはなんか違うよな、って思う。それだけなんだ。
もしかすると、度重なるドSな訓練のせいで、俺は無意識下に東雲をご主人か何かとお思いこんでいるのかもしれないが。
「あなた、随分と落ち着いているわね」
アルマが言う。俺自身もそう思うよ。
「これが……これこが、姫様が志木城様を選んだ理由だと、私は思ってます」
「どうかな。ただ単純に目の前の現実がキャパを超えすぎて、ぶっ壊れてるだけかも」
「志木城様は、そんな人ではありませんよ」
シャルロッテが俺を見て言い切った。
「なぁ、シャルロッテ。様付けはやめてくれないか。騙してた時みたいに、君付けでいい」
「あれは、演技上仕方なくそうしていただけです。姫様の憧れの方を、君付けなど……」
「だから、そういうのは、いいんだって。なんかめんどくさいし、気持ち悪い」
シャルロッテは、少し困った顔をしたが、小さく頷いて「はい」と言った。
「よし、行くか」
みんなで頷くと、シャルロッテがあらかじめ俺の家のリビングに作っておいた『ゲート』を開ける。
「さぁどうぞ」
俺達は、ゲートをくぐり、例の和室へと移動した。
そのままドアを開けて、屋上(今は和室だが)に繋がる階段を駆け下りる。
言い忘れていたが、今の時刻は朝の八時を少し回ったところ。
朝練をしてる部活の生徒の声が、窓越しに校庭から聞こえる。
元々特殊教室が多い五階、四階を無駄なく降りて、三階を華麗に通過し、誰にも遭遇することなく、二階に降りることに成功。今更だが校内をパーカー、黒スーツ、露出多めのパンク、っていう格好は、いかがなものか。目立ちすぎじゃない? っていうか、シャルロッテだけちゃっかり制服なのはずるいよな。
「……なんですか?」
俺の視線に気づいたのが、移動しながら、シャルロッテが訪ねた。
「いや、俺も制服着てくりゃ良かったなって。学校なんだから、それが正解だよな……」
「一番力を使わずに具現化できるのが制服だっただけなので、TPOを考えた訳じゃないですよ」
「そうなのか?」
「それに、場所に合ってないという話をしてしまえば……」
シャルロッテは言いながら、シビルとアルマを見る。
「まぁ、そうだな」
そうこうしているうちに、問題の視聴覚室のある廊下へと差し掛かる。
「周囲に人はいません、アルマ、お願いします」
「いい? もうすでに気づかれているかもしれないけど、結界を発動した瞬間に、確実に気づかれるから、そこからは時間との勝負よ。発動した瞬間に作戦開始……いくわよ」
言いながら、取り出したナイフを自ら手首に当てるアルマ。そのまますっと、刃をスライドさせ、手首に血がにじむ。この前とはうってかわって、シリアスリストカットだが、やはりというか、その血は不自然なくらいに周囲に飛び散る。これ、もしかして血に意志がある的な感じなのか?
俺はコケシブレードこと、コー・ブレードの柄をホルダーから取り出し、握りつつも、もう片方の手を視聴覚室のドアに当てる。
当てた瞬間にわかる。確かにここには結界が存在してる。
「魔力剥奪(ロイヤル・プリバレッジ)」
一回目の魔力剥奪。俺の魔力量から考えて、マックス三回が限界だろうと言われている切り札中の切り札。王族以外の魔族の魔力を、強制的に枯渇状態にするこの力は、応用例として、魔術、魔法そのものを強制解除することができる。それは昨日のアルマの術を破った時にも検証された訳だが――本来なら、魔法一つに魔力剥奪など使わない。この技は魔力の消費効率が恐ろしく悪い上に勿論王族や王族が譲渡した者にしか使えないので、大抵は結界にしても魔法にしても、それらを相殺できる魔法を使う。
今回みたいに、相手との魔力差が圧倒的な場合はそのあたりの力量を丸無視して解除してくれるらしいので、ありがたい。
「結界が破壊されました、突入しますよ」
ドアを勢いよく開けて、俺が突進する。
カーテンの閉められた室内は、蛍光灯はついているが、当然がらんとしている。教壇の一段高くなっている部分に、いかにもな空気を纏う背の高い男性が一人。袖口や合わせ部分に装飾のついた、ダークグリーンの丈の長いジャケットに、チャコールグレーのスラックス。全体的にロココ調とか、そんな感じの古めの貴族風の恰好だ。詳しくは知らんけど。
確かにイケメンだ。シビルがクール系のイケメンなら、この男はちょっと神経質そうな優男って感じだ。愛想よく作り笑いとかで話しかけるタイプだな。髪は黒に近い茶色で、長めの髪をおろしている。多分、これをなんかいい感じにクルクル巻くと、バッハとか、あーいう髪型になるんだろうなっていう、そんな感じだ。
そして、その男の横には巨大な白と黒がマーブルになったような半透明の球体があった。
うっすらと、球体の中に東雲らしき人影ともう一人、おそらく魔王陛下だろうと思われる人物が見える。
俺は走りながらも、全身に神経を集中し、貴族衣装の男を目指す。
「あの姿……やはりジャバンか。志木城、お前の予想通りだな。結果は最悪だ」
シビルの呟きに、俺は頷き、さらに加速する。アルマとシャルロッテによる強化魔法で、俺の身体能力はかなり底上げされている。なので、魔法に対する防御力も……
「志木城君!!」
シャルロッテの声と、西洋貴族男――ジャバン・メリクリウスがこちらに向かって手を翳していることを認識したのは、同時だった。
「『殴打(ストライク)』」
ジャバンの呟きから、黒い塊が高速で俺に向かって放たれる。
「くっ、早速か」
想像よりも何倍も早く、そして敵意に満ちた力を直観的に感じる。そのお陰か、反射的に本能が防御の姿勢をとる。
コー・ブレードを瞬時に構え、迫りくる黒い塊をなんとかレーザー部分で受ける。
「うっ!?」
受けた瞬間にわかった。この質量のエネルギーを、俺はどうにもできない、と。案の定、俺の手はブレードごと弾かれ、それでもほとんど勢いを失わない黒い塊は、そのまま俺の胸部に直撃する。
「うごっっ」
そりゃ変な声も出る。俺は視聴覚室の真ん中くらいから、後ろの壁まで吹っ飛ばされる。
「志木城君!!」
「志木城!」
シャルロッテは入り口のドア付近から、そしてさっきまで俺の斜め後方に続いていたシビルが、今となっては振り返るようにして俺を呼ぶ。
痛ぇ。死ぬほど痛いし、胸を直撃したから、呼吸ができない。四重に這ってもらった魔法防壁がなかったら、マジ即死だっただろう。俺は固まりが直撃した胸部と、壁に打ち付けた背中に激痛を感じながらも、シビルの動きを追っていた。息できないけど、ぶっとんで、倒れてる場合じゃない。なんとか立ち上がって、体勢を整えなくては。
「ジャバン・メリクリウス! 貴様、なぜこんな謀反を!」
ワザとらしく叫びながら、シビルが殴りかかる。
ちなみに、シビルが今仕掛けようとしているのは、一応アルマの魔法で強化された、ただのパンチだ。多分常人がクリーンヒットしても、顔が腫れ上がる程度の威力のもので、それが魔族の貴族階級であるジャバンに効くはずもない。
しかし――
「……ふん」
ジャバンは鼻で笑い、シビルの拳を難なく避ける。それでも彼はめげずに、次の拳を繰り出す。スーツの金髪イケメンが、貴族衣装のイケメンに殴りかかるという構図は、はたから見てると凄くシュールだな。
俺はようやくまともにできるようになってきた呼吸を整えながら、なんとか立ち上がる。
左手に握っていたはずのコー・ブレードは、攻撃を受けた時に弾かれてしまったらしく、手元にはなかった。俺は、シビルとジャバンの地味な戦闘を横目に、球体に目をやった。
半透明だから、そこまで鮮明にはわからないが、その中からは東雲がこちらを見ていた。見てるのが分かった。表情まではわからない。だが、あいつはきっと、『どうして助けに来たの?』とか思いながらも、どこか嬉しそうな顔でこっちを見てる、そんな気がしてならなかった。いや、普通に『何で来たの?』ってキレてる可能性もあるけど。
「どうした? 『見切りの加護』まで使って避けるなど、よほど私の拳が怖いようだな」
慣れない煽りを入れながら、シビルはジャバンを殴る、殴る。
「……野蛮だな。僕は殴り合いなんて、原始的なことはしないんだ」
ジャバンが初めてまともに言葉を発する。少しだけ高めの、少年のような声だった。声自体は柔らかいのに、その聞こえ方は、ひどく冷たい。
「そうか。なら、よけ続ければいい。私は当たるまで殴り続けるぞ」
シビルはフットワークを使いながら軽快に、ジャバンを攻めていく。
ジャバンはそれを、探るように観察しながら、紙一重で交わしていく。さっきシビルが『見切りの加護』っていっていたら、回避機能を上げる魔法とか、そういうのを使っているのかもしれない。
ここまでは予定通りだ。シビルの肉弾戦は、ブラフもブラフ。ハッタリにハッタリを重ねた、見破られれば即死級の賭けだ。魔力が使えないシビルが、道具も武器も使わずに拳をふるってくる。魔王の精鋭たる彼が、何の策もなしにそんなことをするはずがない、という思い込ませにより、ジャバンを慎重にさせていた。拳で攻撃、イコール接触により発動する能力、効果。慎重で計画的、思慮深い性格なら、なおさら万が一の可能性を考えて迂闊な手段をとれないのだ。事実、こちらには俺の魔力剥奪もあるし、魔鉱金属によるユニークスキルもある。その『未知』の部分が、ジャバンに力技を使わせなくしてるのだ。
「志木城……準備はいい? 最初で最後、ここからは完全な一発勝負よ」
アルマが言いながら、俺の横に立つ。
「ああ、分かっている。アルマ、シャルロッテ、防御魔法をかけ直してくれ」
先ほどの一撃で完全に破壊された防御魔法を、かけ直してもらう。しかし、さっきのあれで、一発じゃ死なないことは分かった。予測はかなり正確にできているはずだ。
魔法をかけ終えたシャルロッテが、今度は召喚陣からロケットランチャーを取り出す。
「ふぅ…………」
俺は息を大きく吸って、
「行くぞ!!」
アルマと一緒に走りだす。アルマは俺の少し斜め後ろ、突入時のシビルと同じような位置関係で、少し遅れて走っている。
ポシュッ
いつか聞いたことのある、四連式ロケットランチャーの発射音がして、俺達を追い越して、ジャバンに向かっていった。
「シビル!!」
アルマの声を合図に、シビルがジャバンと若干の距離をとる。
「なに!?」
ジャバンは突然の重火器攻撃に、防御壁のようなものを張る。
ド~ンッ!
ものすごい爆風が室内に吹き荒れる。
俺はその煙の中を突っ込んだ。
「『魔力剥奪』!!!」
そう叫んで、ジャバンに向かって飛び掛かる――
「小癪だね。無様で美しくない……」
煙の中から、そんなジャバンの声がきこえて、
「おぶっ!!!」
直後、俺は横から激しい衝撃に襲われた。
「『平手打ち(コンテプト)』……」
ジャバンの声を聞きながら、ハエ叩きで横殴りにされた害虫のごとく、あっけなく吹っ飛ばされ、机に突っ込む俺。視聴覚室に設置されてるのは、固定の長テーブルなだけに、ぶち当たると、ものすごく痛い。
「うぐ……あ……」
俺はまたもや、部屋の隅の方まで飛ばされて、床に転がり落ちた。
「奇襲、騙し討ちを狙ったようだが、今のミスで最後の希望が、無くなったね」
ジャバンは表情を変えずに、冷たい声でいう。
「どうかしら?」
煙が晴れると同時に、ジャバンの近くまで迫っていたアルマが、すでに手首を切っていた。
ブシュッ!!
いつもながら、強靭すぎるポンプ機能で、ありえない吹き出し方をするアルマの血液。
「ちっ、この変態痴女が」
少しだけ、ジャバンの表情が変わる。貴族はアルマを敬遠してるっていうのは、本当らしい。軽蔑と侮蔑、まるでゴミをみるような視線でアルマを睨むと、降り注ぐ血液の雨に対して、左腕を大きく払う仕草をする。
すると、空気の層のようなものができて、血しぶきは、空中で止まってしまった。同じく、血の雨の範囲内にいたシビルにだけ、血が降り注ぐ。
「この娼婦モドキが、僕にお前の汚い血をかけるなど、許される行為ではないぞ」
激した口調で、ジャバンが怒鳴る。
「『殴打(ストライク)』!!」
「きゃああっ!!」
突入一番に俺が食らったのと同じ黒い塊が、アルマに直撃。彼女も後方に飛ばされる。
「よそ見が過ぎるぞ、ジャバン!」
アルマに対応していた隙を狙って、シビルが拳を叩き込む。
ボスッ
「…………ッ」
シビルの拳は、ジャバンの左頬から、顎あたりを捕らえた。捉えたのだが、攻撃をうけたジャバンの顔は、殴られた方に動くでもなく、よろめいた訳でもなかった。
シビルの拳は、ジャバンの肌の五センチほど手前で止まっていたのだ。
「ただの物理攻撃が、この僕に通用するはずないだろう?」
「な……クソッ」
ジャバンのその行動は、シビルのブラフがバレた証拠でもあった。確信されたのだ。シビルの拳には、何の効果もないことを。ジャバンはシビルを払いのけると、彼に向かって右の手の平を翳し、何も掴まずに空のまま握りしめる。
「『握り潰し(スクイーズ)』」
ミシミシッ
グシャッ
宣言と同時にシビルの体が見えない何かに押し潰された様に、四方八方から圧迫された。
「ゴホッ……」
ミシミシミシ……ボキッ
嫌な音がシビルの体内から聞こえて、やがて彼は見えない何かから解放され、その場に膝を付いた。
「さて……これでおしまいかな」
ジャバンが言い放つ。
ゆっくりと、シビルが崩れ落ちそうになる時、視界の端でアルマが動くのが分かった。
「さぁ、気絶してるんじゃないわよ? シビル。立ち上がって、距離を詰めなさい」
「……起きてるに決まってるだろ、これでも最初の一秒は『明滅』で回避したんだ……その後、肋骨と腕がイッたけどな……」
アルマの声に呼応するように、倒れかけていたシビルが持ち直し、ジャバンへと二歩ほど詰め寄る。二人の距離はすでに、五十センチもない。
「転移!」
シャルが遠くで宣言するのがわかる。
そこからは、ある意味、スローモーションのようだった。俺の視界は、一瞬だけ暗くなり、次の瞬間、目の前にはジャバンがいた。そう、俺はシビルの体から生えてくるような形(・・・・・・・・・)で空間を『転移』したのだ。
この作戦の詳細は、こうだ。
一、まずは俺が攻撃を食らう。食らわなくても、食らったふりをして吹き飛ぶ。
二、シビルが距離を詰め、ブラフを匂わせて肉弾戦に持ち込み、時間を稼ぐ。
三、その隙をついて、シャルロッテのロケランによる牽制&目隠しをして、俺の『魔力剥奪』を決める。
とここまでが、表の作戦。つまりはそういう作戦だと思い込ませるのだ。
この時点で『魔力剥奪』の所持者が俺であることを確信させ、俺との物理的な距離、イコール安心という構図を作り出す。
そして、
四、アルマによる『血の魔術』で、ジャバンを操ることを試みる。
しかし、これは実はシビルに血をかけることが目的だ。
五、四のアルマの攻撃が阻止される前提で、シビルが突撃を再開。ジャバンはシビルを仕留めにかかる。
そんでもって、ここからがこの作戦のキモだ。
六、大ダメージが予想され、自発的には動けない状態になるシビルを、アルマが操り、ジャバンとの距離を限りなく縮める。
自分の意思では動かせないほど損傷していても、意識さえあれば、アルマの血の魔法で操ることができるからだ。
七、予め転移先の入り口をシビルの体に設定しておき、シャルロッテの転移魔法で、俺を転移させる。俺がそのまま『魔力剥奪』を打ち込めば勝利、という算段だ。
多重のフェイントと、予想外の奇襲的効果を重ねることで、最後の一瞬の隙を作る。
特に動けないシビルを無理やり動かしてからの高速連携に反応しきるのは、困難だろう。
そして、ここまでの行動はほぼ完璧に、作戦通りに動いた。俺のダメージとか、シビルの骨折とか、アルマの怪我とか犠牲はあるだろうけど、まだ誰も死んでない。死なずに最終ステップまでたどり着いたんだ。
目の前には、驚いた表情のジャバン。すでに俺は『魔力剥奪』の体制に入っている。
距離はほぼゼロ距離。
いける! 俺は手を伸ばし、ジャバンの額に触れた。
「『魔力剥奪』!!!!」
確かな手応えを感じる。触れた感触、そして俺とジャバンの間には、魔法的な仲介は存在していない。『魔力剥奪』の発動も確認した。決まったのだ。
バチバチバチッ
何かが弾けるような音がして術が発動する。
「うわぁああああああっ!」
ジャバンの叫びがこだまする。
シュウウウウ……と、いつかのシビルのように、頭から煙をだしながら……って、
苦痛に歪んでいたジャバンの目が開き、ギロッと俺を睨んだ。
「……この僕に人間ごときが触れるなど……汚らわしい!」
俺の腕は、思いっきり払われた。そして、
「『殴打』!」
そう唱えるが、何も起こらない。
「ああっ、クソッ! 『跪け(プロストレイト)』」
言われた途端に、俺は上からの圧力に押され、そのまま膝をおり地面に這いつくばった。
「『薙ぎ払い(リフレイン)』」
ジャバンがそう呟くと、今度はしなる(・・・)ような何かが、俺の左肩から右脇腹を袈裟状に打ち抜いた。
「うぐぁああ!」
極太の鞭で打ち抜かれたような痛みと衝撃で、俺は今日何度目かの空中浮遊を経験する。
丁度固定机のない通路を、綺麗にスライドしていく俺。
「ど、どうして……? 『魔力剥奪』は確かに決まったのに……」
シャルロッテが切望的な声を上げる。
「はぁ……はぁ……マジで……? マズいわよね……」
アルマも呟く。
「『魔力剥奪』……魔王族だけが行使できる、特権の力。基本的には王族のみに使用が許されており、その効果は王族以外の魔族の魔力を一瞬にして枯渇させ、一定期間魔力切れにする特殊なスキルの一つ」
不機嫌そうにジャバンが話し始めた。長いジャケットの埃を払うようにパンパンッと叩いて、整えると、ゆっくり、俺に向かって歩きだす。
「特別な条件下のみ、王族以外への一時的な譲渡が許され、その条件とは国の存続にかかわる緊急事態か、あるいは譲渡相手が、王族との婚約を成立させた相手であること……志木城雪臣が、『魔力剥奪』を持っていることは分かっていた。だが、魔王と姫が殺害されるかもしれないというこの状況は、国家存続の緊急事態と言えなくもない。だからこそ、僕は警戒していたんだ。この中の誰かに譲渡し直したとしていても不思議ではないと思ってね。だが、小細工をした割には結局この無力な人間が持ったまま。愚策と言えば愚策だ」
コツコツと、いい足音を響かせながら、ジャバンは近づいて来る。
「僕もね、その力は恐れていたんだ。制約のある君たちと、制約のない僕。この圧倒的な状態を打破できる可能性があるとすれば、それは『魔力剥奪』以外に考えられない」
さっきまで、つれない表情で殆ど喋らなかったのに、急におしゃべりになったな。
「なら、なんでですか……」
「ん? 使い魔風情が、僕に質問なんて投げかけるな」
ジャバンは、シャルロッテに向かって、腕を上から下に、すっとなぞる。
「きゃあああっ!」
すると、突然、シャルロットに電撃のようなものが走った。
「うう……かはっ……」
帯電しているような稲妻の残りと、焼け焦げた衣服。シャルロッテは、その場にへたりこんだ。
「あんたねぇ……」
シャルロッテのあり様を見て、衝動的にアルマが、ジャバンに立ち向かう。
「やめろっ」
俺は反射的に止めたが、すでに遅い。
「『貫き針(スキュアード)』」
ジャバンの呟きで、彼の足元から影のように伸びた四本の大きな棘が、アルマの四肢を射抜く。
肉の貫通する音がして、アルマの体が宙に浮いた。
「うぐぅぅぅ!!」
痛みに顔をゆがめ、悲鳴を堪えるアルマ。
そのまま彼女を壁へと打ち付けて、黒い棘は消えていく。
「近づくなよ、汚らわしい。貴様の下品な魔法障壁程度、我が高貴な魔術の前には無意味だろう?」
「うう……ぐぅ……」
「アルマ……!」
俺はアルマの名前を呼んだ。
「く……ふっ……あく……」
「そうか……お前の魔術は血を操るのだったか。ならば、止血くらいはお手の物だろう? だが、血は止められても、その魔力量では満足に回復もできぬだろう」
「ち……女を傷つけるなんて……あんた、最低……だね……」
「貴様のような者を『女』とは言わない。魔界での淫魔の扱いを知ってるだろう?」
「……クソッ……アタシは処女だっつぅの……」
「折角だから、ネタバラシをしてやろう。五大貴族であるメリクリウス家は、元を辿れば王族の血を引いているのだ。もう何百年も前の話。血は大分薄くなってしまっているがね」
「そう……いうこと……ははっ……盲点だったわ。先祖のどこかで王の血が混ざっていると……効果がないなんて……」
アルマが言う。
「効果がない訳ではないんだよ。事実、封じられた魔術も多い」
そうか、さっき『殴打(ストライク)』って唱えてから、『跪け(プロストレイト)』って唱え直したもんな。
「どうやら、王族の力をルーツとする魔術は影響を受けず、独自に発展させたもの、僕オリジナルの魔術、魔力は全部持っていかれているようだ。まぁ、それでも、ここにいる君たち全員を殺して、絶対防御魔法が切れた魔王とシトロニアを殺すくらいは、十分すぎる力は残っているんだけどね」
言いながら、ついにジャバンは床に転がる俺の前へと辿りつく。
俺は力を振り絞って起き上がり、なんとか片膝を立てた体勢をとる。
「はぁ……はぁ……どうして東雲を……シトロニアを殺そうするんだ……お前、あいつの婚約者……なんだろ?」
俺は朦朧とする意識の中、次の手を考えなくてはと思い、時間を稼ぐ為にそう尋ねる。
「……時間稼ぎ……にしては、防御壁の解除まではまだ何時間もある……いいさ。話してやろう。志木城雪臣、君とは話がしたかったんだ。君との接点は皆無だったし、さっきも出会いがしら突然の奇襲で話せなかったからね。敵同士とはいえ、挨拶も会話もなしでは、優雅さにかける」
何言ってやがる。ポイズンリザードを使って有無を言わさず殺しにかかったのはどこのどいつだ。
「いい体勢じゃないか。五大貴族である僕の御前には、ぴったりの姿勢だ」
片膝建ててしゃがんでいる俺の状態を見て、ジャバンは言う。
「僕はね、今の魔界のアンドロマリウス領内の貴族の在り方が嫌いでね。みな魔族の本質を忘れ、平和ボケしてる。自らの力を磨き上げ、それを誇示して上に上り詰める。貴族であれ、王族であれ、隙さえあれば命を狙われ、下克上が行われる。それこそが、魔族のあるべき姿だ。事実、アンドロマリウス領以外の国は、まだまだ魔力絶対主義が色濃く残っているというのに、どうして我が国だけが、こんなに平和になってしまったのか……平和は魔族を堕落させ、弱体化させるだけだというのに」
何の話か微妙に分かるような分からないような、だが、きっとこういうことだろ?
魔界にはアンドロマリウスの国以外にも沢山魔王がいて国があって、その他の国はバリバリの魔族的な、戦闘力上等な国家運営をしてるのに、自分のいる国はどうして平和なのか。他の貴族もこの平和に甘んじてどうして上を目指さないのか、そこに不満がある、と。
「それを、僕の代で変えてやろうと思ったんだ。なんとか成り上がり、この国をより魔族らしくする。だが、国の上層部は王族と親密な関係にあって、僕一人が過激派の意見を言ったとしても、それが尊重されるとは思えない。だから、通常の政治介入ではなく別の手段をとることにした。魔王に娘が生まれた時に、僕は決めたんだ。王族の娘は、上流貴族から結婚相手を選ぶのが風習である。それを利用して、魔王に気に入られれば、おのずと僕と魔王の娘は結婚できる。結婚すれば、魔王の力、王族の力が僕にも与えられる。そうすればこの国を変えられるってね」
国を変える、か。いい方向に変えるのであれば、それは立派で尊い思想だ。だけど、こいつの言ってることは、多分、そうじゃない。
「……それで、婚約者に選ばれた……いいじゃないか、計画通りだろ……」
「そうだ。計画通り。この十数年。僕は僕という存在をひた隠しにして生きてきた。僕の過激な思想や改革の意思をがバレれば、婚約者になれる可能性は低くなるからね。僕は魔王の掲げる穏健派……他の魔界の国や人間界との和平に積極的なふりをした。つらかったよ……僕の魔族としての誇りが傷ついていくのが分かった」
ジャバンはナルシストかつ神経質そうに眉を顰めながら語る。
「だが!! それなのにだ。それほどまでに自分を殺し、ようやくアンドロマリウスの目に適ったというのに、当の娘は、僕との婚約に異を唱え、人間界に逃げ出したというではないか……これほどの侮辱はない!」
あ、少しわかる気がする。男子が頑張って頑張って何かやったのを、女子って心なく一蹴することあるよね。大抵はその女子に全く脈がないからなんだけどさ。
「我慢の限界を感じたよ……どれほど魔王が見初めたとしても、娘が拒んでしまえば、破談になる可能性が高い……僕が何をした? 僕の何がいけないんだ? 魔族として、貴族として、僕は完璧なんだ……なのに!! 大人しく僕を受け入れればいいものを、しかも寄りにもよって、人間と駆け落ちめいたことを? はは……はははっ!」
フェミニストっぽいイケメン顔が、みるみるうちに狂気的なそれに代わっていく。
ああ、こいつは見た目よりはるかに精神をやっちまっているみたいだな。
「屈辱だよ! 魔界の貴族が、人間に婚約者をとらえるなんて、いい笑いものだ! 僕は完全にブチ切れたんだよ。だけど、そこで、今回の騒動と魔王の動きを知った。魔界の中では決して手は出せないけど、舞台が人間界なら、話は別だ。僕が干渉する余地はあるし、手を下しても、僕だとバレる可能性は少ない」
「それで……ポイズンリザードを? 魔王軍の刺客に混ざって、事故のように俺を殺せればって思ったのか……だけど、あれで東雲まで危険な目にあったんだぞ?」
そこまで言って、我ながらバカなことを言ったと思った。こいつはこれから魔王と一緒に姫である東雲を殺そうとしているヤツだぞ? 東雲が傷つくのなんて、なんとも思っていないんだろうな。
「お前一人が死ぬば、大成功。仮に姫が致命傷を負っても、僕は使い魔の主だ。解毒も治療も容易い。いや、むしろそうなった方が、僕の株も上がって好都合となる。何しろ、姫の命の恩人となるんだからな」
「はは……そうか……お前……結構クソ野郎だな……」
俺が言いながら見上げると、ジャバンは容赦なく俺の頬を打ち抜く。
バチンッ
魔法でもなんでもない、ただの平手打ちだが、体勢が崩れるくらいには強い。
「くっ……」
「ふざけた口をききやがって、分かっているのか? この一件の原因はお前なのだぞ?」
え~いや、多分俺の責任は二割くらいで、あと殆どは東雲な気がするんだがな。
「……でもね、お陰で僕は気づいたんだ。わざわざ娘と結婚して……なんて、考え自体が、すでに保守派だったってことにね。魔族は力こそすべて、下克上上等……つまり、魔王を暗殺してしまえば、魔王の力は僕のものになる。そうすれば、人間なんかを選ぶゴミみたいな価値観を持った娘と結婚などするまでもなく、僕は魔王になれるのだ。そして絶好のチャンスは訪れた、本来なら魔力制限をして人間界になど行かない魔王が、娘の為に人間界入りをする、ここで殺すしかないとね」
「……ふふっ……そうか……ははは……東雲は案外、男を見る目があるんだな。勘がいいのか? まぁ、どっちにしても、お前を選ばなくて正解だったって訳だな……お前さ、逃げられて当然だよ。お前は男の俺からみても、まったくこれっぽっちも格好良くない。ダセェよ、お前さ」
俺は、痛む体になんとか力を入れて立ち上がる。体は限界。精神も限界。状況は超ド級のピンチ。
それでも、俺にはこの目の前の、自分が一番可愛いナルシスト野郎を煽ることしか、選択肢はなかった。
こいつは間違っている。
こいつの生き方は、プロセスは、大事なものを何一つ見てない。考えてない。こいつは『悪』だ。……やれやれ、こんな時にだけ、俺の中に親父のポリシーが蘇るなんて、皮肉なもんだ。それとも何か? 人は死を覚悟すると、正しくあろうとしてしまうのか?
「……今、ひどく不愉快な言葉が聞こえた気がしたが……?」
ヒクヒクと目じりを痙攣させながら、ジャバン俺を睨む。俺も睨み返したかったが、体力が奪われすぎていて、思わず上体を追って、膝に手を突いて、体を支える。
ああ……体痛ぇな……全身打撲にもしかすると何処かの骨、ヒビくらいは入ってるかもしれん。
ヤバいな。全然解決策が思い浮かばない。これ、放っておいたら数秒から、数分後には死ぬよな。
死ぬのか。それは嫌だな。俺は別に特別な力は全く持ってなくて、結局魔法も中途半端にしか習得できなくて、『魔力剥奪』を譲渡されなければ、魔王はもちろん、シビルたちとも渡り合えないポンコツで。
強い信念も正義も、意志なんかもなくて。
勇者にも救世主にも、ヒーローにもなれないヤツだけど。
俺はこのジャバン・メリクリウスの考え方や身勝手さが、ひどく勘に障る。自分の欲望の為に、誰かの命を軽んじたり、気持ちを踏みにじる行為を許せないと思った。
それは紛れもなく『正義』と言われるものの所在であり、俺が否定し続けていたものでもある。
「ははっ……何度でも言ってやる……不愉快なのは、お前だよ、ジャバン」
言った途端に、今度はジャバンの蹴りを食らう。半分かがんでいるような体制だから、丁度みぞおちあたりを踏んづけるようにけり倒され、俺はまたしても地面に伏す。
「そ、そんなに、僕を煽って、何がしたいんだ? そんなに苦痛な死に方が望みなのか?」
ジャバンの声が怒りのあまり震えてるのがわかる。
……ったく、魔法でも使えば一発で死ぬのに、身体能力のみの物理攻撃だから、痛いだけじゃないか。
地面を見つめながら、俺は考える。いや、望んだのかもしれない。
もしも――、
俺に力があったら。
別に特別な力じゃなくていい。
悪を打ち滅ぼす正義の力じゃなくていい。
世界を救うような強大な力じゃなくていい。
ただ、少しだけ、目の前の理不尽と不条理に立ち向かうだけの力が、欲しい。
何かを、なんとかできる力が。
ははっ、笑っちまうな。目立ちたくない俺が、『力が欲しい』だなんてさ。まるで勇猛果敢で目立ちたがりな救世主が望みそうなことじゃないか。それか、いまだ自分が特別だと信じたい中二病。
俺は地面に手をついた。右手首の魔鉱金属製のシンプルなブレスレットが、汗と埃に塗れて汚れていた。腕の力で無理やり体を起こして、再び立ち上がる。
「……俺は、魔族の信条とか、在り方とか、そんなの知らないし、分からないけど、お前が男として……格好悪いってのは、分かる。魔族としてとか貴族としてどうかじゃない、男としてだ。お前、モテないだろ? モテる訳ないよな。だって、お前は俺よりもダサいからな。正義に絶望して、正しいことから逃げ続けて、正しく戦った親父からも目を背けて、自分の悲しみに酔いしれて、いっちょ前に人生悟った顔して生きてきた、最高にダサい俺よりも、遥かに格好悪いことしてるんだからよ!」
「よく言ったな。志木城雪臣、お前ほど僕を侮辱したのは、魔族でも人間でも、初めてだよ。そして、ここまで怒りを覚えたのも、お前が初めてだ」
ジャバンの目が、明らかに『イッた』。常軌を逸して、完全にぶちギレた目をしていた。
はは、マジで怒ってやがる。ここまで本気で怒らせたってだけでも、一矢報いたことになるだろうか。
「アルルメス・アリクリウム・ラバス・オグ・ラムール……」
ジャバンが早口で、謎の呪文を唱え始める。
「お前には、九連地獄の痛みと苦しみを与えてやる。肉体は一瞬で死のうとも、お前の魂は魔界の最下層に捉えられ、最高の屈辱を数百年味わった後に消滅するのだ」
なにやら、今までにないハイテンションでジャバンはしゃぐ。
「……志木城……逃げ……ろ……それは、禁術の部類の魔法だ……」
後ろの方で、恐らく這いつくばっているであろう、シビルの死にそうな声がする。
「……何、考えて……るの……そんな魔法……」
アルマも言いながら、ジリジリと体ごと這うようにして、こちらに近づく。まさか、助けようとかしてくれてるのか?
「『厳かなる秘密、深き十戒の模範、葬送の礼節を踏破し、怨嗟憤怒を双峰に課す』」
おお、なんか恰好いい詠唱だな。俺としては、結構グッとくるぜ。
「恐れ戦け、人間……!」
「お前なんて、怖くないさ」
「『煉獄葬送(ナインス・ゲート)』」
俺にもわかる。膨大な魔力が、ジャバンの頭上に集まり、それがゆっくりと俺の方にむかってくる。周囲に風を巻き起こし、まるで室内にコンパクトな台風があるみたいな。
俺は右手をジャバンの方に翳した。
遮るように立ち向かう姿勢――別に、何かするわけじゃない。
ただ、最後くらいそんな様になる格好で、死んでみたいと思っただけだ……いや、違う。俺の気持ちは、このおそらく超ド級の禁術魔法を、跳ね返してやりたいとか、そんな風に思ったんだろうな。
時間が少しだけ止まったように見えた。
これはあれだ、ほら……そう、走馬灯ってやつだ。死の間際にこれまでの記憶をなぞりなおすっていうやつ。
一説によれば、生命の危機に瀕した脳が、全力でこれまでの記憶から生き延びる方法を模索するための危機回避能力の一つだというが、残念。俺の中にはどう考えても、極大魔法に対抗する手段もそれに繋がる記憶も持ち合わせていない。
だが、過去の記憶を垣間見るというのは、どうして中々、不思議な感覚がするものだ。
なるほど、走馬灯っていうのは、どうやら一種のトランス状態。体感時間が引き延ばされるのは、入りの瞬間だけで、あとは精神世界のようなところで、夢でも見てるみたいに記憶や自身と対峙するのか。あはは、面白れぇ。
幼い頃の記憶、父さんや母さんの記憶。小学校や、中学校、そして高校の日常なんかを断片的にざっくりと復習して、やっぱり解決策なんてなかったという結論に達する。
さてどうしたものかと、九割方諦めつつも、ふと思い浮かんだのは、最近では見慣れた、彼女の顔だった。
そう。
東雲柚姫だ。
東雲の美少女過ぎる顔が、唐突に浮かんできた。
東雲のツンと澄ました顔や、ドSに微笑む顔。驚いて照れた顔や、本気で心配して泣きそうな顔。そして、学校で見せてる完璧な作り笑い……あ、それはいいとして。
見た目は完璧な美少女なのに、関わってみると案外抜けたところがある普通の子だ。
分かりやすいツンデレ(いや、デレたところは見てないんだけど)で、普段の態度よりも、全然面倒見がよくて優しい。
東雲柚姫って子は、そういう女の子だ。
綺麗で可愛くて、ため息がでるくらい魅力的で――。
『なんだよ、それ』
俺の中の俺は、そう呟いていた。
(最後に出てくるのは、お前なのかよ、東雲)
まぁ、それもそうか。この命がけのバカげた死闘は、東雲を助けるための行動だもんな。
俺はなんだか、冷静だった。ある種、のんきとも言えなくもない。
でっち上げで担ぎ上げられただけの、偽者勇者。にわか救世主。
そんな俺が、本物の魔界の貴族相手に、勝てる訳がない。
そもそも無理な戦いなんだ。死ぬ確率の方が圧倒的に高いのはわかっていた。『魔力剥奪』が効かない時点で、万策尽き果てているんだ。
だから、負けて死んでも、仕方がない。
仕方がないけど……
『やっぱり、助けたかったな』
もう一つ、言葉が出た。
嘘の救世主ごっこから、マジもんの戦いを経て、命がけで東雲(親子)を見事に助けて、「面倒だったけど、やってやったぜ」って、いつものやれやれなスタンスで言ってやるんだ。そしてやっぱり、「英雄的な行動なんて、二度とゴメンだ」って捨てセリフをして、だけど顔はドヤ顔で、心の中では「オレも捨てたもんじゃないだろ」ってニヤニヤしてやる。
男の子なら誰だって一度は妄想する、好きな女の子のピンチを救うヒーロー願望ってやつさ。
それを、実践して、成功させてみたかった。
『………………』
もうすぐ死ぬであろう自分に思いを馳せて、俺は改めて思った。
『……やっぱ諦められないな』
諦められない。
諦めたくない。
俺の死を。
東雲の死を。
シャルロッテの死を。
そして若干、シビルやアルマやアンドロマリウスの死を。
俺は、諦めたくない。
無理も無茶も承知だ。絶望的な状況なんて、当事者で最弱の俺が一番よくわかっている。
だけど。だけどな!
俺は諦めたくない。
東雲は、信じてくれたんだ。シャルロッテも。
あいつにとって、俺は正義のヒーローで、勇者、救世主なんだろ?
誰か一人でも、俺をそう信じてくれるなら、可能性はゼロではないんじゃないか。
ゼロじゃないなら――その奇跡を手繰り寄せたい。
いや、俺はバカなんだな。
こんな状況で、こんな走馬灯を通り越した、最後の瞬間、自分の生命との決別みたいな自問自答の精神世界で、まだ『生き延びたい』だの、『助けたい』だの、『諦めたくない』だの、救世主になれる可能性や奇跡が起こる可能性を、殆ど本気で信じてるなんて、相当イタイ愚か者ではないか。
『ふふっ……』
思わず、笑みがこぼれた。
呆れ半分の笑いだったが、それは精一杯の強がりでもあった。
最後まで、心だけは折れないでいたい。
折れ続けた心だから。
全部を捨てて卑屈になった心だから。
東雲のことで持ち直したなら、もう二度と、折る訳にはいかないんだ。
そう思ったところで、俺は我に返った。
目の前にはジャバンとすさまじい魔力の塊。そしてそれに向かって手をかざす俺の図。
ようやく、時間も状況も、スローになった直後に戻る。
ああやっぱり、体感時間が引き延ばされて精神世界でああだ、こうだと言っていたんだな、俺。
「死んだ後に、無限の苦痛と屈辱を味わえ」
こっちに向かってくる魔力の塊が、加速した。
あ、と思った時には、それは俺の手に直撃していた。
一瞬の『無』の後、耳元で風の音でも聞いているような轟音が響いた。
その感覚は、少し独特だった。翳していた手と腕にビリビリと痺れるような振動と衝撃が走り、それが肩、胸と、全身が衝撃にさらされ、体が浮くのわかる。
膨大な力に押されて、俺は宙を浮きながらも、強引に後ろへと進んでいく。痛みや苦しみはない。
そのうち、音と衝撃が強すぎるのと、空中でグルグル回っているのとで、上下左右の間隔がなくなる。
その時、宇宙を感じたといっても過言ではない。
そうか、これが『死』か、なんてことを考えながら、目を閉じると、ほんのわずかに時間が飛んだ感じがして、直後、着地した時の手のひらと手首、膝の痛みで、再び目をあげた。
見えたのは地面。
だが、それまでの視聴覚室のものではない。
それは似て非なる……そう、校舎の廊下、リノリウムの床だ。
ゴォゴォという風の音は相変わらずだが、次第に収まっているようにも感じる。
俺はどうやら、四つん這いのような状態で、着地したらしい。
「う……く……そ……」
声も出る。
あれ? 俺、確実にヤバい魔法が食らったよな?
そして、あれは間違いなく即死級の魔法だったはず。それがどうして、校舎の廊下という数メートル程度の移動で済んでいるのか。
俺は顔をあげて、前方を確認してみた。
「わお……」
思わず声がでた。
目の前の壁――多分視聴覚室のもの――は、丸く大きく穴が開いており、そこから、ジャバンとアルマが見える。他の二人は、角度的に見えない。
そして、もう少し手前。
これが問題だ。
俺の前方には、巨大な半透明の丸い板があった。これ……ビームシールドじゃない?
「これ……なに?」
「貴様、何をした?」
視聴覚室の中から、壁にできた穴を通って、ジャバンがこちらに向かってくる。
「あ、いや……これ、なんなんだ?」
ジャバンは速足で近づき、俺に向かって、魔法を放つ。
「『薙ぎ払い』!『跪け』!『黒焦げ(ライトニング・ボルト)』!」
さっき食らったのから、新しいのまで、魔法を連発するジャバンだが、それはすべて円形のシールドが弾き、俺には届かない。
「……うぉっ、って、え? これ……盾……なのか?」
おっかなびっくりしながら、円形のビームシールド的な何かを観察すると、それはどうやら、俺の手のあたりから出ているようだった。シールドの出所を辿ると、俺の右手の指に行き着く。
俺の右手人差し指の指輪から、光が放たれ、それが投影されるように巨大なシールドになっていた。
いや待て、俺は指輪なんてしてないぞ?
だが、そのまま自分の右手を見ていて、なんとなく理解した。
俺の手首には、魔鉱金属製のブレスレットがなくなっていて、その代わりのように、同じ銀色の指輪が人指し指にはまっていたのだ。
「……バカな……魔鉱金属のユニークスキル? ありえない。たかがユニークスキルが、僕の禁術魔法を遮るなんて、どう考えてもおかしい!!」
半狂乱になりながら、なおも魔法を連発するジャバン。
しかし、俺にはわかる。なんとなくだが、直観したのだ。このシールドは、壊れない。決して壊されることはないのだと、確信があった。
「なぜだ! なぜなんだ! 誰しもが持つ、安物の魔法金属のアクセサリーだぞ? 魔法の補助的なユニークスキルだぞ? それが魔法よりも強いなんてありえないいいい!」
髪を振り乱し、まるで子供みたいに、叫ぶジャバン。
「悪いな……正直俺にもさっぱりわからないが……多分、これが『ご都合主義』ってやつだと思う」
「何を……?」
「違います……よ……」
ジャバンの後ろから、肩を押さえ足を引きずりながら歩いてきたシャルロッテが、穴の開いた壁にもたれながら、そう言った。
「なんだと?」
「……まさか、この土壇場で本当に発動するとは、思いませんでした……」
「シャルロッテ……すまん、俺が一番困惑していたりもするんだが……」
「はぁ……うっ……志木城君のユニークスキルは、姫様と私で見極めようとしていました。特性や方向性だけわかれば、イメージし易く、発動しやすいですから。でも……実際調べてみて分かったことがあまりにあいまいなものでした。『不確定の力』……それはそれ単体ではなにも起こさず、何にもならない。ただ、『立ち向かう意志があるのなら、その道を開くことができるだろう』というもの……それは志木城君……思い悩み迷っているあなたそのものを投影しているようにも思えて、姫様と私は放っておくことにしたのです。下手に情報を与えてしまい、あるべき方向ではない方向に誘導してしまってはいけないと……」
シャルロッテは、荒い息をしながら、そう説明してくれた。
「お前は黙っていろ!」
またしてもジャバンがシャルロッテに向かって、魔法を放つそぶりをする。だが、
「やめろ!」
俺が手を翳すと、それに反応して光のシールドは即座に移動し、シャルロッテを守った。
「ひっ……え? これは……」
シャルロッテも驚いているが、俺も十分驚いた。
瞬時に遠隔移動も可能とか、これは確かにチートの匂いがするな。
「な……んだと……?」
そして、俺たち以上に信じられないという顔で、ジャバンは俺を振り返った
「傷つけさせない。ここにいる奴らは誰一人して、これ以上な……」
別に格好をつけたセリフじゃない。これはただの願望だ。俺が今、唯一抱いている願だ。
「……この……ゴミの分際で……ふふっ……だが、防御がすごいからなんだというのだ? それだけじゃ、僕は倒せないぞ?」
もうすでに負け惜しみが入ったようなことをジャバンは言ってのける。
「……それで十分だろ? この盾で守れるなら、東雲も魔王も殺させずに済む。お前は気に食わないし、最高に腹が立つけど、大事なのは犠牲者を出さないことだ」
あれ? 俺なんか、凄くヒーロ―っぽいこと言ってない? 別にこんなこと言うつもりないんだけど、なんだか変なテンションになってて、口走っちゃうんだよね。
「はぁ? 僕を殺さずに、倒さずにそれで、魔王たちを救う? ああ……ああそうか。ああいやだいやだ! それだよその平和主義がイラつくんだ! 僕は魔王と姫暗殺をもくろんだ犯人だぞ? 何を見逃すようなことを言っているんだ? バカじゃないのか?」
「バカはお前だよ、ジャバン。誰がお前を逃がすなんて言った?」
「は?」
「誰が、お前を許すといったんだ? 俺は、この場ではお前を倒せなくてもいいと言ったんだ。お前を倒したり殺したりするのが、第一目標じゃないって言っただけだ」
俺は言いながら、右手をジャバンに向ける。
すると、さっきまで円状だった半透明の光が、すっと形を変えて、槍状になった。
「これ、形が変わるのか」
自分でも予想外のことに思わず呟いた。
「能力が一つじゃない……? そんなユニークスキル見たことないです……」
シャルロッテもこれを見て、驚いているようだった。
「……という訳で、どうやら、これは防御だけじゃないみたいだけど、どうする?」
「お、お前……」
光の槍の先を、ジャバンの鼻先まで突き付けて、俺はそれをふと元の円状に戻す。なんとなく、操作の仕方が分かってきた。
「別にどうでもいいよ。この光は、防御力は圧倒的だけど、同じように攻撃力もあるかどうかはわからない。別に無理にこっちを試す必要はないからな」
「ふふ……ふふふ……またそうやって、僕に情けをかけるのか? 情けをかけて、憐れんで、そうやって僕を貶めるのか!!」
またしても悲劇のヒロイン面で、訴えるジャバンに、俺はため息を吐いた。変なところに力が入ったのか、脇腹の奥が痛む。
「……痛っ……くそ……ダメージはそのままか……」
多分アドレナリンが分泌されてるからあまり感じないが、多分俺の体、本当はかなり傷んでいるんだろうな。
「……はぁ……お前さ、どんだけナルシストで、自意識過剰なの? 俺はさ。お前の尊厳にも、自尊心にも、そして命にも興味がないんだ。まぁ、したこと考えると、死んだ方がいいって思うけど、正直その生死にも興味がない。……だいたい、お前は自分が思うほど、大層な存在じゃないと思うぞ。だってよくも考えてみろよ。お前が大物で、本当にイカした悪役なら、もっと早くに絡んでくるはずなんだよ」
俺の言葉に、ジャバンは『何をいってるのかわからない』と言った顔で、こちらを見つめる。
「わからないかな? お前、小説とか漫画とか読まないだろう? じゃあ、なおさらだな。……お前の出てくるタイミング、名前が明かされるタイミング、言動、どれをとっても、お前は『小物』なんだよ。取ってつけられたような悪役ってことさ」
「貴様……やはり僕を馬鹿にしてるんだな?」
「いや、これは殆ど事実確認のようなもんだ。だから負け方だって、様にならない……そうだろう?」
「くっそぉぉぉぉぉおおおおおおお! なんだよ、クソがっ! 僕は間違ってない! 僕は魔族として正解なんだ! だから、だから、僕が負けるなんておかしいんだ! おかしい、おかしい、おかしいおかしいおかしいぃぃぃぃい! 」
狂ったように叫んだかと思うと、ジャバンは頭上に向かって両手を上げた。
「ふふふふ、ふひひひいっ! どの道僕は罪人だ。暗殺がかなわない時点で、僕に生きる道はないんだ!」
ブゥンッ!! という音がして、魔力がジャバンの内側に収束していくのが分かる。
「い、いけない……そいつ、自爆しようとしてる……」
いつの間にか這ってきていたアルマが、そう言った。
「命と全魔力を削る極大自爆魔法だ! いかにそのスキルの防御が強大でも、この半径五百メートル全てを守り切れるか? あははははっ!」
「……はぁ……お前なぁ……」
俺は心底呆れながら、『あれ? もしそれが成功すると、俺達は消し飛んでも、絶対防御魔法で魔王と東雲は残るのでは』なんて思って、それって本末転倒じゃん、って突っ込んでみたり。そんな冗談はさておき、もちろん、ジャバンの自爆なんていう身勝手を許すつもりはない。
「ジャバン、やめろ」
「やめないね、やめろっていわれて、はいやめますなんて言うやつがどこにいる?」
俺はそれには答えず、右手を翳して考える。誰にもどこにも被害を出さないようにするのは、どうすればいいか。
すると、それだけで、光の盾はまたしても形状を変えた。六つの板状になり、それが瞬時にジャバンを取り囲む。
マジ俺のユニークスキル、どうなってんの? 便利すぎるんだけど。
「さぁ、爆発するぞ? みんなお終……」
そこまで言って、自分の状況に気づいたようだ。
「あ、わりぃ。この壁で囲んじまった……お前、このままだとただの自殺になるぞ」
「……え?」
「魔法を解除しろ」
「……もう遅い!! チクショウ、誰も道ずれにできないなんてな」
「……ったく。アレも嫌、コレも嫌って、子供かよ。自殺されても、後味が悪いんだよ」
俺はイメージした。『魔力剥奪』を使う時と同じイメージを抱き、それを指輪に伝える。
すると、ジャバンを囲んでいた立方体の壁が輝きだした。
そして、
バチバチバチッ
「ぎゃあああああっ」
ショート音と主に、ジャバンの絶叫が聞こえた。
シュウウウウと、さっき『魔力剥奪』を食らわせた時とおなじように、ジャバンは立方体の中で煙を上げ、立ったまま意識を失っているようだった。
魔力の反応が完全に消えたのを感じて、俺は立方体を解除する。それは元の援助の光になって、そのまま指輪の中へと消えていった、
「自爆は……してないよな?」
「そのようですが……これは、魔力の枯渇状態? まるで『魔力剥奪』を食らった後と同じ状態のように見えます。意識もなければ、魔力も感じません」
「そうか……じゃあ、成功したんだな」
「どういうことですか?」
「いや、自爆もさせずに無力化するのはどうしたらいいか考えたら、とっさに『魔力剥奪』が頭に浮かんでさ、それをイメージしたら、さっきの状態になって……」
「で、でも、魔力剥奪はもうジャバンには効かないはず……」
「それは俺にもさっぱりだが……それも、このスキルの一部じゃないのか?」
「……そんなはずは……と言いたいですけど、そのスキルは未知数すぎますから、なんとも言えません」
「……でも、とりあえず、これでジャバンはしばらく起きないだろう」
「ええ……もし魔力剥奪と同じなら、半日は目を覚ましませんし、意識が戻ってからも、魔力は一週間以上使えません」
「そうか、ならよかった……」
シャルロッテの言葉に安心したのか、クラっとめまいがした。よろけて、再度廊下に膝を付く。
「志木城君……」
シャルロッテが、痛む体でこちらに来ようとするのを、俺は手だけで制する。
「大丈夫だ。俺は比較的軽傷だ……と、思う」
全身痛いけどな。
「アルマ、シビル、生きてるか?」
「当たり前、でしょ」
「無論だ……動けそうにはないが……」
「そうか……良かった」
「東雲と魔王は……?」
「おそらく無事です。防御壁は健在なので、あと八時間ほどはこのままですが」
それを聞いて、俺は急に可笑しくなった。
「はは……あははは……」
「どうしたのですか?」
シャルロッテが、心配そうに聞く。
「ふふふ……いや、あのさ……今、俺達って、一応ラスボス的な奴に勝った訳じゃん。普通なら、ここで助けた相手と再会して大団円……ってなるじゃん、絶対。でも、防御魔法が継続してるから、このまんまとか、マジでシュールというか、俺達らしいというか……なんかそう考えたら、可笑しくてさ……」
「ふふっ……確かに、そうですね」
「はは……締まらない……わね」
「……ククク……うっ、肋骨が……」
シビル、お前が一番重傷だな。
「はぁ……なぁ、なんだか、心底疲れたよ……」
そう呟いて、俺は意識を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます