管をつなぐ

Tempp @ぷかぷか

第1話

「ねえ、それは誰の燃料なの」

「あん? 何言ってんだ」

 声に顔を上げると、俺の向かいに女が1人座っていた。

 ちょうど駅前の蕎麦屋で蕎麦をすすっていたところだ。速い・安いがウリの、別にうまくもない蕎麦だ。話しかけてきたのは見た目は20くらいの若い女だが、腕が半分取れていた。その端部からは引きちぎられたようにコードが何本か垂れている。ロボットか、アンドロイドか、バイオーグが、そんなナニカなのだろう。何があったのかは知らないが、厄介ごとの匂いがする。


「俺の燃料だよ。俺は未だに肉100パーセントだからな」

「肉」

「飯食うのを邪魔しないでくれるかな」

 俺は手首を振って女を追い払う仕草をした。けれども女は出ていかなかった。おそらく頭の回路、ジェスチャーなどを認識する部分も壊れているのかもしれない。それならそれで無視を決め込んで、とっととここを立ち去るだけだ。貴重な昼の時間をこんなことで無駄にしたくない。午後にはまた仕事がある。

 ふと膝の間に挟んでいるスクエアバッグの中身を思い起こした。鞄いっぱいに詰め込んだチューブソケット。目の前の女のちぎれた腕。そこからはみ出た何本かのチューブ。それらがこの世のどこかで繋がっているような、妙な感覚がした。


 女の目はどこか虚ろだ。その視線は俺を貫通して俺の後ろの壁でも見ているようだ。この会話も俺がレスポンスを返しているから続いているだけで、女はすでに、その根本的な部分が壊れているのかもしれない。

 そう、この女はもうとっくの昔に壊れていて、ただ生きていることを繰り返しているだけだ。そう思った。

「じゃ、な」

 蕎麦を食い終わった俺は鞄をさげて店を出た。そうすると女は付いてきた。付いてきたってかまやしない、次の現場にいくだけだ。

 俺は配管工事の仕事をしている。世の中にはたくさんの管が詰まっている。水道の管や空気穴の管、土の中の管や水の中の管。俺の仕事はその詰まった管に適した大きさのチューブを差し入れ、その先にカメラのレンズやハサミの先、スコップの先のような様々なソケットを取り付けて、その穴の奥に押し込むことだ。鞄の中には一マイクロメーター経といった極小のものから五センチメーター経くらいの少し大きめのものがある。それ以上や以下の大きさは、俺みたいなしがない単独作業員じゃなくて、そこそこの大きさの会社に頼む。複数人での作業や専門的な作業が必要だから。

 つまり俺がやってるのは比較的誰でもできる仕事ってこと。

 

 次の現場の配管は移動モジュール工場の油圧機器の故障のようだ。古い油と汗の臭いが立ち込めて、ガコンガコンという大きな音が地面を揺らしていた。

 俺は下から何番目かのチューブを取り出し、そこにカメラのソケットを取り付け、配管の開口部に差し入れる。そこからは自動制御でチューブが配管の中を進み、そのうち黒く固まった廃油に突き当たる。油膜がぶ厚く張っていて、どうもそれが動きを阻害しているらしい。

 原因が特定できたらあとは簡単だ。その位置を記録してチューブを一度引き戻し、カメラの代わりに油膜を溶かす薬剤を塗布するソケットを取り付ける。それでしばらくすると油膜が溶けて、問題がなくなれば機器が再び動き出すという寸法だ。よし、恐らく治った。

 修理の内容をチェックしてもらって、確認のサインをもらってそれで終了だ。一通りの手続きを終えて工場の外にでると、蕎麦屋で会った女が待っていた。俺は無視してまた歩き続ける。次は猫の修理だ。そこからしばらくいった先の家だ。


 そこはどことなく昔の香りがする今では貴重な木造りの一軒家で、暖かなベランダに老夫婦がにゃぁと音を立てる猫を膝に乗せて俺を待っていた。猫の泌尿器に不具合があるらしい。排尿するときに痛みがあるようだとか。そこに住む老夫婦はこの猫は大分古いという。経年劣化だろう。俺は最も細いファイバーの先に極小のソケットを付けて差し込み、原因を探る。

 猫は動かないように老夫婦に押さえてもらった。極小だから痛みはないはずだ。けれども知らない人間がいるのに猫は落ち着かないのだろう。ぱたぱたと暴れようとしたけれども、俺は作業に手慣れているからさほど支障が出るものではない。尿道の先に小さなカルシウム分が凝固している。結石だろう。俺はチューブを引き抜き、代わりにパルサーを付けて差し込み超音波で石を砕く。猫はまたにゃーとないた。

 老夫婦にはおそらくこれで大丈夫だろうと告げる。そしてアフターサービスについての説明を行う。もし今後猫に同様の不具合が起きた場合は同様のメンテナンスサポートを受けられる。万一今日のメンテナンスで何らかの損害や不具合が生じたら、それが俺の修理が原因である限り保険が適用される。

 老夫婦はありがとうと深く頭を下げた。


 俺は老夫婦の家を出て次のリストをめくる。次、次は水槽の排水、か。移動の間に当たりをつける。

 水槽の仕事はあまりすきじゃないな。だいたいドロドロしていることが多い。水槽というからおそらく何かの実験か、魚を飼っているか。依頼先の名前から研究施設ではなさそうだ。何かを飼っているなら藻か何かが詰まっているのかもしれない。

 老夫婦の家を出た後も蕎麦屋で会った女は付いてきた。次の現場は屋外だった。六メートル大の透明な人形の水槽が立っていて、その中を魚が泳いでいる。動き回る人形の動きを止めてもらい、排水口の様子を見る。水槽の排水溝はやはり汚れていて、予想通り藻が詰まっているようだった。

 排水溝にファイバーを入れて藻をカットし、網状に変化させたファイバーで藻を絡め取って回収する。ここからは手作業で、排水溝から藻を除去していると、ついてきていた女が尋ねた。


「それは何の燃料なの?」

「あぁ? これは藻で燃料じゃない」

 女の目は相変わらずどこを映しているのかよくわからずフラフラしていた。ひょっとしたらこの女も何かが詰まって、頭かどこかに不具合がでていて、それで俺に治してほしくてつきまとっているのかもしれない。

 ふとそう思ったが、俺が治せるのはこのリストに乗っているものだけだ。勝手に請け負えば保険の適用外になる。何か起こった場合に俺では補償のしようがない。

 物は壊れるのだ。高度に技術が発達したこの社会では、だいたいのものは治せる。人の寿命ですら、サイボーグ化したりバイオノイド化したりと、まあ色々と方法はあるが修理することができる。この女も何かあって、体をこのように修理したのだろう。そしてメンテナンス契約を締結しなかったのだろう。


 当然ながら修理には金がかかるのだ。そして急を要するものも多い。

 だからたいていのものはその資力に応じてメンテナンス契約を締結している。それは先払いであり、壊れたら俺みたいな近くにいる作業員に司令が降りてそれを治しに行く。契約の内容も永久契約と回数契約がある。俺みたいな配管工によるメンテナンス契約は下から3番目くらいで、たいていは回数契約だ。

 金持ちなら莫大な金を払って再生メンテナンスの永久契約をしていることもある。有機的にもとの有り得べき状況を記録していて、不具合が生じれれば元の状態に再生・回復する。病気や老いであっても対応可能だから、その料金はとても高額だ。

 まぁ、俺みたいな貧乏人が受けられる契約もせいぜい配管メンテナンスだから、雲の上の話だな。とはいっても細胞の劣化や変質等の修繕は不可能なものの、この契約でも循環器系や消化器系といった穴を通じてなんとかできるものについてはだいたいがなんとかなる。


「お前、メンテナンスは?」

「メンテナンス」

「どこかと契約はしているのか。していないなら不具合があっても俺は修繕できない。だから俺についてきても無駄だ」

 物は出来た瞬間から劣化が始まる。だから時間が経てば立つほど新たに契約を締結する費用がかさむ。大抵の場合、生まれた直後に契約しなければ、新たに契約をするなんてことは実際には難しい。メンテナンス契約をしていないのであれば、そこで全てが終了だ。それに契約していたとしても、契約で対応できる範囲を超えた異常が発生した場合は寿命が来たということだ。今の時代の人間の寿命というのはそのように決まっている。

 俺もあと2回しかメンテナンスは受けられないから、あと2回壊れたら俺は治せなくなる。


「契約はない」

「それなら無理だ」

 女を観測する。見るだけなら補償すべき損害は発生しない。右腕がない。それからその言動から、脳の器官に損傷があるように思われる。

 配管を修理することはできるけど、そもそも俺は機械音痴だから腕の機構自体を作りなおしたりすることはできないよ。頭なんてもっと無理だ。

 無理だな。俺はリストの確認を再開する。今日はあと2件行けばノルマは終了だ。歩きだしても女はまた付いてくる。その日、俺は浄水が流れてこないという配管のメンテナンスと、エネルギーチューブのつまりが原因の左肘の動作不全を修理した。そのころにはすっかり空には黒い色が映写されていて、夜が来たことを知った。


 あとは晩飯を食って、宿舎に戻ってまた明日の朝目覚める。

 昼に寄った蕎麦屋にまた寄った。そして同じもりそばとサプリのセットを一つ頼む。女は付いてきて、運ばれてきた蕎麦を俺がすするのを眺めていた。

 なんとなく半日ほど一緒にいると少し愛着はわいたものの、結局俺にはどうしようもない。蕎麦が食いたいのかとも思ったが、そもそもこの女が何を食べるのかもわからない。

 サイボーグであれば電気の補充、バイオノイドであれば特殊な生態燃料を食べるのであり、蕎麦なんぞ食べるのは肉100%のニンゲンくらいだ。つまり俺みたいなパーツを機械化できない貧乏人。

 そもそもエネルギー媒体による生体維持費用差は大してないのだが、口からの食餌というのはそれだけで時間がかかる。それに食物を糖化させてエネルギーにする過程が必要なわけだから、ロスも大きく時間もかかる。食餌のために一日一時間は時間を費やすし、この食餌方法自体によって詰まりや汚染等の不具合が発生するおそれがある。だからまず金があれば消化器官を機械化するものだ。

 俺はその措置を施していないから食べられるのは有機食物のみだ。そんな人間はあまりいないから、結果として需要がなく、肉食用のための食餌を提供する店は少ない。結果的に俺が食う飯はほぼ全てこの蕎麦屋になる。

 昔ながらなりに一部機械化された親父がうまくもない蕎麦を運んでくる。


「ねえ、それは何の燃料なの」

 ああそうか。

 ひょっとしたらこの女は有機燃料というものを見たことがないのかもしれないな。俺みたいな肉100%の人間は少ないから。

「これは俺の燃料だよ。体が肉でできていると、こういう形でしか飯が燃料を補給できないんだよ。それよりお前は飯はいいのか。何を食べるんだ」

「食べる?」

 埒が明かないなぁ。やっぱり壊れてるのかな。そう思っていると、女は俺の蕎麦を一本取って俺を真似て口に入れた。

 あれ? 有機食物食えるのか? だが腕は機械だ。よっぽどじゃない限り機械化の最初は胃腸。何故。

 そう思ってると女は急にゲフゲフど喘鳴しだした。

「畜生、やっぱ食えないんじゃないか!」

 背中を叩いたけど蕎麦は出てこない。口に手を突っ込んでみたけれども出る気配がない。おそらく細い蕎麦はつるりと体内の奥に入ってしまったのだ。本来接種できないはずの蕎麦が。


 くっ。仕方がない緊急避難だ。

 俺はその時まで、女を治すつもりがなかったのは本当だ。けれども目の前で苦しんで寿命を終えようとする女を放おっておけるほど、その半日は短くはなかった。俺の生活は常に一人でリストをめくるだけで、隣に誰かがいるということは初めてだったからかもしれない。

 チューブを取り出して急いで女の口の中に突っ込む。

 法律では、目の前に明らかな詰まりがあって急いで修理すれば回復の見込みが高く、メンテナンス契約の状況を確認する時間がない時は、万一不具合が起こったとしても免責される。ただし修理費用を取りっぱぐれても文句は言えない。

 喉にチューブを突っ込み、アームで挟んで蕎麦を取り出した。一本まるっと取り出せた。噛みはしなかったようだ。よかった。


 ふうと息を吐いて女の顔を眺める。

 わざとか? そう思ったが女の視線は相変わらずぐらぐらしている。エネルギーの摂取方法もわからなくなっているほど破損しているのだろう。

 あとの工程は軽く洗浄するだけだが、このまま喉の配管詰まりを直しても、脳を修繕しない限り、同じことをする可能性がある。生きているということは繰り返すということだ。それがきっと、この女の寿命なのだろう。

 けれども俺はもう修理をはじめてしまったんだ。

 もう少し修理してもいいわけはたつだろう。


「チッ。仕方がねぇ。機械は本当に苦手なんだがな」

 原因の調査は修繕の一環だろう。俺は極小のチューブを取り出して女の首元の検査用配管の蓋を開けた。


Fin

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