目的を果たすのにドラマはいらない

一陽吉

一分のズレから

「おい、女。止まれ」


 背中から声をかけられ、白いコートを着た女は立ち止まった。


 いまにも雪が降りそうな曇り空の下、大学の敷地内で女の姿は珍しいものではないし、声をかけた制服姿の男性警備員も十年以上勤務しているので、学生ならば一度は顔を見たことがある人物でおかしなところはない。


 問題があるとすれば、それは女がいる場所であった。


 ここは敷地内でも一般学生の立ち入りが禁止されているうえに、通常の出入り口から離れているため人気ひとけもなく、よほどの理由がなければ訪れることなどないのだ。


 しかも女はその雰囲気から学生よりも年上で外部の者に感じられた。


「両手を上げて、そのままでいろ」


 中年の警備員は女に指示しながら、右手を腰にあるホルスターへともっていき、銃を取り出せるようにした。


 女は背中を向けたまま、指示に従い、静かに両手を上げた。


「そうそう、いい子だ」


 警備員は警戒しながらゆっくりと女に近づいていった。


「規則だからな。ボディチェックさせて──」


 女の手が届く距離に入った瞬間、鋭い裏拳が警備員の顔面を直撃。


 さらにキレのある蹴りで警備員の軸足を払って、固い路面へ無防備に転倒させた。


「こ……、この……」


 倒れたまま何とか銃を出そうとする警備員。


 しかし、鼻血を流しているその顔へ、女は思いっきりサッカーボールキック。


 頭がもげそうな威力を受け、警備員は意識を失った。


 それを確認すると、女は小走りでその場から立ち去った。


 本来であれば全力疾走で逃げたいところだが、まだ学生のいるいまの時間帯では変に目立ってしまう。


 得るものは得た。


 あとは確実に組織へ戻ればいい。


 女は焦る気持ちを抑え、降ってきた雪に紛れていった。

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目的を果たすのにドラマはいらない 一陽吉 @ninomae_youkich

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