「黒武御神火御殿 三島屋変調百物語六之続」宮部みゆき

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 そうしてまた心は堂々巡りを始める。俺が悪かったのか。お栄とおひさは死んだのに、俺だけ一人で生きているのはどうしてか。なんでこんな理不尽がまかり通るのか。この世に神も仏もなく、死んだら死に損で、生きている者は生き地獄だ。

 確かに俺も間違っていたが、世の中にゃ、もっと間違っていて、もっと悪いことをや ってる者だっているだろう。そういう者には罰は当たらねえのか。罰もまた、当たった 者の損なのか。

(第三話  同行二人)


     ******


「歩ってるのに なんでこんなに息が切れる ろうと思ったら」

 息切れなどではなかった。

「あっしはようやく泣いていたんです」

 自分の悲しみのせいではなく、妻子を想うて泣いていた。

「涙があんなに熱いものだなんて、あっしは忘れておりました」

(第三話 同行二人)


出典:『黒武御神火御殿 三島屋変調百物語六之続』 宮部みゆき より

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 今回は、宮部みゆきさんの「黒武御神火御殿 三島屋変調百物語六之続」をご紹介します。


この本は……


文字は怖いものだよ。遊びに使っちゃいけない――。江戸は神田にある袋物屋〈三島屋〉は、一風変わった百物語を続けている。これまで聞き手を務めてきた主人の姪“おちか”の嫁入りによって、役目は甘い物好きの次男・富次郎に引き継がれた。三島屋に持ち込まれた謎めいた半天をきっかけに語られたのは、人々を吸い寄せる怪しい屋敷の話だった。読む者の心をとらえて放さない、宮部みゆき流江戸怪談、新章スタート。


     ◇

と、いうことで

「三島屋変調百物語」シリーズの六です。

この新章からは今までの聞き手、主人の姪「おちか」から次男である「富次郎」に引き継がれます。

百物語といえば、やはりおちかさん(勿論、まだ登場しますが)

だから聞き手が富次郎さんになって、読み手としてはまだ戸惑いもあり、富次郎さんのたどたどしさ?のようなものも感じます。

でもそんな富次郎さんが、これからどんなふうに百物語に向き合っていくのか……そして、嫁入りしたおちかさんと夫の勘一さん、三島屋のひとたちは?


ここで最初にご紹介したのは第三話 の「同行二人」のなかの言葉です。


《世の中にゃ、もっと間違っていて、もっと悪いことをや ってる者だっているだろう。そういう者には罰は当たらねえのか。罰もまた、当たった 者の損なのか。》


理不尽や災難に遭った時に、少なくともわたしはやっぱりそう考えずにはいられませんでした。

世のなかの不公平さ、何故それが自分でなければならないのか、と。


そして自分の悲しみを嘆き、不幸を恨み……人間ってそんな強くも正しいばかりでもないから。

この問いかけを天に向かって叫んだ人たち数知れずいると思う。


絶望のなか、深すぎる哀しみのなかにいると、泣く、ということができないんですね。

心がガチガチに固まって、感情を締め出すことで辛うじて息をする。


《「あっしはようやく泣いていたんです」》


想うて泣いていた。

泣くことが……できた。

やっと……やっと……


《「涙があんなに熱いものだなんて、あっしは忘れておりました」》


この言葉、痛いほど胸に迫りました。



宮部さんのこのシリーズ、まだ続いています。

続きもゆっくりとまた読み進めていきたいと思っています。

まだこのシリーズ未読の方は「おそろし 三島屋変調百物語事始」から是非!


宮部さんの本は読みやすいので、すっと物語に入っていくことができます。

江戸怪談だけど、同時に人間の複雑で深い情念も描かれているシリーズです。

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