第29話

 それからの日々に、特筆すべきことは何もない。

 平凡な学校生活を送り、休日は受験に向けて勉強したり、たまに息抜きという名目で遊びにいったり。遊びの内訳も、ファミレスでの雑談や、映画を観たりカラオケをしたりなど、紹介する価値もないつまらない内容だ。

 変わったことがあるとすれば、亜里沙がクラスに馴染んできたことだろうか。

 進級して三ヶ月目にして、寡黙だった亜里沙は積極的にクラスメイトたちに話しかけるようになった。学友のみんなは急変した彼女に最初は戸惑い、彼女自身も接し方にぎこちなさが目立っていたが、亜里沙は現在進行形で持ち前の明るさを武器に破竹の勢いで周囲の人気を獲得している。

 彼女の本当の姿を知っていた俺からすれば、それこそが元々あるべき姿だったと思う。そう考えてみると、それもまた騒ぎ立てるような事柄じゃない。

 亜里沙が人の目を気にせずに喋るようになったのも、俺が公然と亜里沙に話しかけるようになったのも、ふたりで〝平凡〟を楽しむようになったのも、すべては別段変わったことじゃない。「学生の生活を恋人と過ごしている」と言い換えれば、自分たちの日常がいかにありふれた人生であるのか自覚する。

 ただ、俺や亜里沙にとっては、その〝平凡〟こそが特別だった。

 自分たちを特別と思いこみ、すぐそばの幸福を遠ざけていた俺たちも、いまでは立派な凡人だ。


「おーいっ! しゅうへーいっ!」


 いつかと同じ夕暮れの時間。校門で彼女を待っていた俺を呼ぶ声が、学校の敷地内から聞こえてきた。

 目を向けると、大袈裟に手を振っている亜里沙が、幼げで無垢な笑顔を湛えていた。

 彼女の隣では俺の友人である岡崎充と、彼のガールフレンドの南千佳さんが並んで歩いている。ふたりとも亜里沙のテンションについていけないのか、これから遊びにいくというのに、すでに疲れ切った表情を浮かべていた。

 そんな変哲のない風景を、

 茜色に染まった世界で見た彼女の表情を、

 きっと生涯忘れないだろうと、同じふうに笑いながら、そう思った。

 

 それから、彼女がタイムリープ能力を使うことは、二度となかった。

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恋を知らない少女が願う恋 のーが @norger

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