第6話
自宅の間取りは2DKと言ったところだろうか。
この世界の家賃の相場がどの程度かは知らないが、ハルバートの生活水準はやはりある程度高かったことが伺える。
室内もある程度整頓されており、壁には恐らく冒険者稼業に使用するのであろう剣やら弓やらが掛けられている。
弓のバリエーションが多いところを見ると、メインウェポンは弓矢だったのだろうか。
寝室を覗くと、いくつかの書物と、日記帳のようなものを見つけた。後で目を通すとしよう。
ベッドシーツの乱れは、ここに誰かがつい最近まで生きていたことを嫌でも思い知らせてくる。
ハルバートという男が何を考えていたのか、何を成そうとしていたのか。俺にはそれを知る必要があるのではないだろうか。
それが、居場所を奪った者の責務ではないか。
「とはいえ、責務を果たすのは自らの安定が前提か」
リビングに戻るとアリシアは勝手に飲み物の用意をしていた。
少なくとも、この家の仕様を少なからず把握しているのだろう。
「それで、ミラエルさん。どうして貴女はここに?」
ミラエルは当然のような顔で椅子に腰掛けて茶をしばいている。正直、この子がこれ以上俺に関わる理由などないはずなのだが。
「まだお礼をいただいておりませんので」
そうだった。昼食はあくまで礼には含まれない、との主張をしていた。
「お礼って、金銭をお求めですか?」
「私には目的があり、それには人手が必要なのです。ゴールドの冒険者であるならば、是非私の目的にご助力いただきたいと思いまして」
「でも、こいつは記憶を失っているのよ?戦えるの?」
アリシアがカップをふたつ手にし、戻ってきた。
「さぁ?」
ミラエルは首を傾げる。
「さぁ、って貴女・・・・・・」
呆れるアリシア。ミラエルは続ける。
「純粋に興味があったのです。ゴールドの冒険者と知り合える機会なんて、そうありませんから。アリシアさん、この方はどのような冒険者だったのですか?」
おぉ、有り難い提案だ。
「・・・・・・そうね、話しましょうか。こういうのが案外、記憶を取り戻すきっかけになるかもしれないし」
そう言ってアリシアは、当然のように俺の隣に腰掛けた。
ポニーテールとした金髪が、ふわっと俺の首元にあたりこそばゆい。
「ハルバートは、そうね、弓の名手だったのよ。
別に能力が特別高いわけではなかった、と思うわ。
本人もそこまで上昇志向があったワケでもなかったし。
ただ、魔獣討伐の際には必殺必中。
ことごとく急所を射貫き、次々と武勲をあげていた。
『グッド・ラックのハルバード』の異名は、この街の冒険者で知らない者はいない」
『グッド・ラック』というのは俺の『ギフト』の名らしい。
単に言葉だけの意味を考えれば、幸運値を底上げするものだろうか。
その『ギフト』により、弓矢の命中率が非常に高かった、と。
なるほど、メインウエポン選択の理由が弓なのはそういったことが理由か。
「彼は・・・・・・大魔女の討伐だとか、魔王の討伐だとか、そういう欲は持っていなくて。
ただ、この街で細々と生きていきたい、と常々言っていたわ。
ある程度難易度の高いミッションを受けてはいたけれど、それは名を上げるためというよりは、金銭のためだった。
家族もあまり持つ気はなかったみたいだけれど・・・・・・」
そこまで言って、アリシアは項垂れるように手元のカップに視線を落とした。
ううむ、聞きたいことは山ほどあるが、なんとも聞きにくい。
『記憶を失ったハルバート』である俺がどこまで踏み込んでよいものか。
「アリシアさんはハルバートさんとは、どのような関係だったのですか?」
ミラエルさん、ナイス。
なんでここまで追いかけてきたのか、とは思ったが、本当にいてくれてよかった。
アリシアは、俺の顔をちらと見る。
「・・・・・・どうなんだろ。今となっては分からないわね。私は、強引にこの家に出入りしていただけだし、彼もわずらわしく思っていたのかしら」
空気が、ぐんと重くなる。
俺はその空気に耐えきれず、お茶をひとくち口に含もうとすると、
対面に座っているミラエルも同じようにカップを上げていた。
これからどうしたもんか、ホントに。
誰かの望んだ、この異世界。 @yukkilin
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