第四編 女神の黄昏
0
雛森がシャトルに乗り込むのと同時に、LUNAには緊急のアナウンスが流れた。
「緊急事態が発生しました。総員は速やかにルナゲートに集合後、脱出してください。繰り返します……」
程なくLUNAを揺さぶる震動が襲った。
「な、なんだ!」
救助隊長は体勢を低く保つと手にしていた通信機で隊員たちへ叫んだ。
「全員、退避しろ!」そしてシャトルの中に声をかけた。「先に出てください、我々はもう一機のシャトルで出ます」
彼は素早くステップから離れると、他の隊員と共にルナ・ゲートから避難した。シャトルの発着の際には危険区域となるのだ。ゲート内の安全が確認されると震動の中、シャトルは宇宙空間へと滑り出した。
宇宙の静けさに包まれると搭乗者たちは窓から後方を眺めた。しばらくすると、ルナ・ゲートから後続のシャトルが吐き出されるのが見えた。
LUNAは遠くからでも、大きく震えているのが分かった。
「何が起こったんだ?」
LUNAが白い点になってしまうと、座席に身を預けた神崎が不安げな顔をして言った。
「もしかすると」結城は虚空を見つめて記憶を探っていた。「ルナは自壊しようとしているのかもしれません」
「自壊?」
「LUNAは七つのブロックがそれぞれ独立して稼動できるのです。アミューズメント・フロアの六つのエリアとそれに付随する区画。そして、中核の区域。それをそれぞれ切り離すことが出来るのです」
「ルナはたぶん死を望んでいる……」
雛森は呆然として呟いた。
「嘘だろ、おい。止められねーのか?」
座席から腰を浮かせる神崎だったが、それが叶わぬことだと心の中では理解していた。彼の悲痛な叫びに、シャトルの中の面々も顔を俯かせていた。
*
警報が数度音を響かせる。シャトルは大気圏へと接近していた。
強い揺れが襲った。大気との摩擦がシャトルを減速させていく。
長く強い振動が続いた後、嵐を抜けたような穏やかさが訪れた。耐熱シールドが開放された窓から外が見えた。
生命に満ちた地球がそこにはあった。地平の彼方に没しかけた太陽が大地に黄昏をもたらしていた。
「もともと出発地点は現在使用が出来ないのですが」シャトルのパイロットが告げた。自動操縦で目的地まで到達する。「別の空港まで直行します」
「例のテロの影響か……」
「お聞きになりましたか?」
神崎の言葉に隊員が振り向く。
「いや、詳しくは……。だが、そんなことがあったってのに、LUNAへのシャトルは出たんだな。確か出発の直後だったとか」
ルナの記述にあったことだ。神崎は鎌をかけていた。あれが事実であるのか確認したかったのだ。
「ええ」隊員からは容易に回答が得られた。「ジェネシス社の上層部がLUNAの営業を優先したというもっぱらの噂ですよ」
彼は結城がその一大企業のメンバーであると知らされていなかったのか、やや苦笑いを浮かべてそう言っていた。
「テロの目的もまだよく分かっていないというのが、実情でしてね。捜査が難航していると聞きました。犯行声明もないのです」
雛森はこの二人の会話を上の空で聞きながらも、もしかするとジェネシスの、ルナを生み出したような暗部が白日の下に曝され始めているのかもしれないと思いを巡らせていた。
夜の帳が下りた頃、一行の搭乗したシャトルは首都近郊の国際空港へとランディングした。
シャトルからステップが接地すると、救助隊を先頭にして三人の生存者たちは滑走路へと降り立った。周囲には救急車と白衣の人間が大勢取り囲んでいた。立ち入りを制限されたマスコミが遠巻きに眺めている姿も神崎たちの目に映った。
風はなく、寒い夜だった。雲ひとつない夜空に月が輝いていた。
目を引いたのは夜空に飛散する結晶が映し出す二つの月と、七つの白い小さな点だった。
「LUNAは死を選んだのか……」
寂しげな神崎の声が澄んだ空へ飲み込まれていった。
数時間後には、夜空を落下するLUNAが涙のような軌跡を見せるだろう。
片桐の遺体は回収されたという話は聞かなかった。おそらくそんな暇はなかった。だから、彼女の残した唯一の証は、雛森の手の中で鮮やかな光を放っていた。
二つの月の照らし出す中、神崎と結城と雛森の三人は、歩み始めた。
言葉はなかった。
――了
エンデュミオンの覚醒 山野エル @shunt13
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます