43

 先ほどまでのルナ・ゲートの光景はどこかへ弾き出されていた。

 わたしは――違う、わたしたちは宇宙を漂っていた。周囲を囲む星の光が天国のようだった。

 わたしは、いつの間にか人間の体を取り戻していた。隣には、彼がいた。わたしたちは寄り添って白いLUNAの巨体を視界の隅に捉えながら、青く輝く地球を眺めていた。

 後ろを振り返ると、神々しく光を放つ月が浮かんでいた。

「こんな神話を知っているかい?」

 穏やかな彼の声が、まるでテレパシーのように頭の中に響いた。その声は体の隅々まで染み渡っていった。


 セレネという月の女神がいた。

 彼女には、自ら熱烈な恋心を抱く青年がいた。その名はエンデュミオン――ゼウスの孫に当たる大変美しい青年だった。

 あるとき、彼はゼウスから「このまま生きて死ぬか、不老不死となって永遠に眠り続けるか、好きな方を選ぶがよい」と言われ、不老不死を選んだ。その代償として、ラトモス山の洞穴の中で永久に覚めない眠りにつくこととなった。

 あるとき、セレネは眠り続けるエンデュミオンを、天空から目撃した。地上に降り立つと、彼は覚めない眠りについていることを知った。セレネは彼の夢の中に入り込み、彼との恋に生きた。


 セレネはルナとも呼ばれる――。

 わたしは、それを聞いて息を飲んだ。あまりにも自分に似た境遇。

 わたしは、この宇宙から地上での彼の死を見てしまった。そして、わたしは虚世界へと、彼を連れ込んでしまった。わたしは、そこで彼と永遠の時を過ごしたかった。それが現実には決してあり得ないことなのだとしても。


 どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 わたしは、LUNAを任されたシステムに過ぎない。それが人々をパニックに陥れ、挙句の果てに1人の少女すらの命さえ奪ってしまった……。

 わたしには……彼との世界を歩んでいく資格などあるのだろうか。私の手は血みどろだ。私をめぐって1人の女性の命も失われてしまった。


 わたしさえいなければ――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る