後編
輝良くんは、あれから毎日ちゃんと部活に通ってるみたい。
いいことだけど、ちょっと……ううん、かなりさみしい。
このさみしい思いを紛らわせるために紙ヒコーキを折ったけど、いつものようには気持ちは落ち着かなかった。
バレーの練習って、見に行っていいのかなぁ。
いつだったか、体育館の周りにいた女の子たちを思い出して、私は勇気を出して行ってみることにした。
案の定、体育館の周りには何人かの女の子たちがいて、嬉しそうに声をあげてる。
「輝良くん、戻ってきて本当によかったー!」
「やっぱり毎日やってたら、セッターとも合ってきたよねー」
きゃいきゃい言っている女の子たち、よく見るとうちのクラスの人だなぁ。
あんまり関わらないように、端の方で見よう……
そう思ってたのに、私が体育館を覗いた途端、女の子たちの声がぴたりと止まった。
「うわ、なにしにきたのかしら」
「輝良くんは同情で一緒にいただけなのに、好かれてたとでも思ってるの?」
「やだ、ウケる」
「勘違い女は怖いわよねー。輝良くんも災難だわ。かわいそう」
わ、どうしよう……体が固まる……。
同情されてただけ……わかってるよ。輝良くんは、やさしいもん。
好かれてるなんて、思ってないよ……勘違いなんて、してないんだから……。
「すぶとーい。帰る気ないみたいよ」
「ここにくるだけで迷惑かけてるの、わかんないのかしら」
「あんたなんか、疫病神じゃない」
迷惑、疫病神……
本当だ。私、輝良くんの居場所を作ってあげたいって思ってて、結局は邪魔をしてただけだったんだ。
私が紙ヒコーキ同好会なんて作ろうとしなければ、輝良くんはもっと早くにバレー部に戻れたのに……私のせいで……!
どうしよう、ここから早く離れなきゃ。これ以上迷惑かけちゃダメだ。
けど、なんか……苦しい、体が動かないよ……っ
誰か、助けて……でも私には、助けてくれる友達なんて誰も……
「「「迷惑は、そっちだけど!!」」」
体育館の中から外に向けられる、男二人と女一人の声。
ちょうど休憩になったのか、息を切らしてる輝良くんと晴臣くん、それに寿々音さんが女子たちの前にドンッとやってきた。
「え、ちょ、なに?」
「私たち、別になにも……ねぇ?」
女子たちはおどおどしながら、同意しあってる。そんな姿を見ても、輝良くんと晴臣くんと寿々音さんの三人は、怒った顔のままだ。
「私の耳は地獄耳なの。あなたたちの言葉、ぜんっぶ聞こえてたから!」
「週番の仕事とか、全部北条さんに押し付けてるだろ。知ってるんだからな」
寿々音さんと晴臣くんの言葉に、声を詰まらせてしまっている。そんな彼女たちに向かって、輝良くんも声を上げた。
「俺は、同情だけでヒマリと一緒にいたわけじゃない。ヒマリがいたからわだかまりなく戻ってこられたんだ。ヒマリを悪く言うやつは、許さないからな」
輝良くんが、めちゃくちゃ凄んでる……みんな大人しくなっちゃった、すごい。
「ヒマリ」
「は、はいっ」
体がビクッとして輝良くんの方を見上げると。
「もし待ってられるなら、一緒に帰らないか? 一緒に、帰りたいんだ」
そう言われちゃった。
待ちたい。待てる。ひさびさに、一緒に話したい……っ
「うん! ここで、終わりまで見てていい?」
私がそう聞くと、輝良くんは嬉しそうに目を細めて笑った。
バレーの練習が終わって片付けが始まったところで、輝良くんがやってきた。
晴臣くんと寿々音さんに早く行ってあげてと言われたみたい。
「あれから、大丈夫だったか?」
「うん、輝良くんの一喝で帰っちゃったし、平気」
「もしまたなにかあったら、言えよ」
「ありがとう」
一緒に帰るって言っても、校門までなんだよね。
部活の終わる時間が遅かったから家に連絡を入れると、車で迎えにいくってお手伝いさんが言ってくれた。
多分、輝良くんや晴臣くんや寿々音さんも似たような感じだと思う。
「迎え来てるだろうけど、ちょっとだけ話したいことがあるんだ。いいか?」
「うん、大丈夫」
私たちは体育館から少しだけ離れて、設置されてあるベンチの上に腰を下ろした。
「輝良くんがバレーしてる姿、初めて見たよ。すごくかっこよかった。キラキラしてた!」
私が心からの言葉を紡ぐと、輝良くんは嬉しそうに目を細めてくれる。
「ヒマリ、ありがとう。色々吹っ切れたのは、ヒマリと……ヒマリの紙ヒコーキのおかげだ」
その言葉に、私の胸はきゅって鳴った。
そんな風に言ってもらえるのがすごくうれしいかった。みんな、私と紙ヒコーキのことをバカにするから。〝おかげ〟だなんて言われたのは生まれて初めてで、泣けてくる。
「私の方こそ、ありがとう。輝良くんと一緒に過ごせて、本当に楽しかった。一緒にヒコーキを折ってくれて、嬉しかった。もし、もし輝良くんが良ければだけど……」
私の心臓がドキドキって鳴ってる。
でも勇気出せ、私。私は、輝良くんと……友達になりたい。
「私、これからも輝良くんと仲良くしたい……私と友達になってください……!」
い、言っちゃった……っ! でも輝良くんは優しいから、きっと私と友達になって──
「ごめん」
……え?
息が、止まっちゃった。うそ、苦しい。
断られちゃった……? 私はやっぱり、迷惑な疫病神でしかなかったんだ……
「ヒマリが友達を欲しい気持ちはわかってたし、俺もできればその気持ちに応えたかったけど……」
申し訳なさそうな輝良くんの顔。私は慌ててヘラッと顔をあげた。
「ああ、いいの、大丈夫。困らせちゃってごめ……」
はっと気づいた時には遅かった。私のバカ、なんで涙を我慢できなかったの……!
でも、悲しいよ……輝良くんに、友達になるのを断られちゃった……輝良くんなら優しいから、もしかしたらって……。
誰も私なんかと友達になりたくないんだって、わかってたはずなのに。バカな夢を見ちゃった。
「ヒマリ……」
「ご、ごめん、大丈夫だから、気にしないで……」
「俺、ヒマリとは友達じゃなく、恋人になりたいんだ」
「……え?」
今、なんて言った……? こ、恋人?!
私の流していた涙が、輝良くんの指でぐいっと拭われる。
多分、今の私、すごく間抜けな顔してるんだろうな。
「ヒマリってさ……
「な……なんで知ってるの……?」
私、自分の名前の由来を輝良くんに話は覚えはない。お父さんのつけてくれたこの名前の意味を、どうして輝良くんが知ってるの?
「おじさん、いい人だったよな。俺、好きだったよ。ヒマリのお父さんのこと」
「輝良くん……お父さんのこと、知ってるの?!」
「昔、何回か地域の〝紙ヒコーキを飛ばす会〟に参加したことあるよ、俺。おじさんにヒコーキの折り方教えてもらったことある」
「そ、そうなんだ!!」
私の胸の中から、じわぁって熱いものが溢れてきた。
お父さんのことを知ってくれてる人がいる。お父さんのことを好きだったって言ってくれる人がいて、すごく嬉しい。
「ヒマリの名前ことも、そのときおじさんから聞いたんだよ。おじさん、すごい心配してた。ヒマリは友達がいないって」
私は恥ずかしくなって身を縮めた。私は小学校に入ってしばらくしてから、いじめにあった。
いじめっていうほど、激しいものじゃなかったのかもしれない。マイペースすぎてなにをしても浮いてしまう私は、周りに合わせられなかった。だから距離を置かれてしまったんだと思うけど、私はつらかった。
そんな程度って言われることもあったけど、お父さんだけはわかってくれて、私の味方になってくれた。そして私の友達ができるようにって、色々考えてくれてたんだ。でもまさか、そのうちの一人に輝良くんがいたなんて。
「その頃の俺って今より引っ込み思案でさ。おじさんの話を聞いて、ヒマリに声をかけようって思ったんだけど……勇気が出なくて、声をかけられなかった。会があるたびに今日こそはって……そう思ってるうちに、おじさんもヒマリも、紙ヒコーキを飛ばす会には来なくなった」
お父さんが亡くなってから、私は一人で会に行く勇気がなくて、行くのをやめちゃってた。
だから、私は輝良くんを知らないままだったんだ。
「ヒマリが来なくなって、めちゃくちゃ後悔した。あの子はずっとひとりぼっちなのかなって考えるたび、声を掛けられなかった自分がいやになった」
「そんな、輝良くんが自分をせめるようなことはなにも……」
「だから同好会のビラを配ってたヒマリを見て、あの時の子ががんばってるんだってびっくりした。そして今度こそはと思ったんだ。今度こそ、ヒマリの友達にって」
輝良くんが同好会に入ってくれたのには、そういう理由があったからなんだ。私、全然知らなかった。
「俺はきっと、小学生の頃からずっとヒマリが好きだったんだ。目を輝かせてヒコーキを追うヒマリの姿に、とっくに惚れてた」
「輝良くん……」
「だから俺は、ヒマリとは友達よりも恋人になりたい。ヒマリは友達の方が欲しいのはわかってるんだけど……俺と付き合ってほしい」
「え、えっと……」
輝良くんの真剣な瞳に吸い込まれちゃいそう。
そんな風に言ってもらえることも、すごく嬉しい。
「あ、あのね、私……」
「うん」
「紙ヒコーキ同好会に輝良くんが入ってくれて、すごく嬉しかった! でも、バレー部の方に行くようになって、嬉しかったのに苦しかったよ……輝良くんと話せることがなくなって、つらくてつらくて……」
「ヒマリ……」
「私も、好き……になってたんだと思う。輝良くんがそばにいないと、悲しくてさみしくて、泣いちゃいそうになっちゃってたから……!」
がしっと輝良くんの腕を掴んで見上げると、私の方からお願いした。
「だから輝良くん……私を彼女にしてください!」
「もちろん。友達になってあげられなくて、ごめんな」
ううん、と首を横に振ろうとしたその時、ガサッと後ろから誰かが現れた。
「友達なら、俺がいるだろ!」
「私もお友達になって、北条さん!」
いきなり飛び出してきた人影に、私も輝良くんも驚いてベンチから腰を浮かす。
「ちょ、どこから聞いてたんだよ、晴臣! 寿々音!」
「『ヒマリとは友達じゃなく恋人になりたい』って辺りから?」
「結構聞いてるじゃないかっ」
「いてて、ギブギブ!」
晴臣くんはヘッドロックされた上に頭を拳でゴリゴリされて、輝良くんの腕をタップしてる。痛そう。
そんな二人を見ていたら、寿々音さんがにっこり笑って私に手を差し出してくれた。
「ヒマリちゃんって呼んでもいい? 私は寿々音で!」
「寿々音さん……す、寿々音ちゃん?」
私が呼び直すと、寿々音ちゃんは口を開けて嬉しそうにしてくれてる。
「いいの? 私と友達なんて……」
「私、我が道を行くヒマリちゃん、いいと思うよ! 自由で!」
寿々音ちゃんの言葉が、〝自由に折って、好きに飛ばせばいい〟ってお父さんの声と重なった気がした。
私を、私として受け入れてくれる人がいるんだ。
ふと見ると、輝良くんと晴臣くんも、並んでにっこりと頷いてくれている。
「ありがとう、寿々音ちゃん……改めて、友達になってくれる?」
「もちろん!」
私は差し出された寿々音ちゃんの手に自分の手を乗せる。すると寿々音ちゃんはぎゅうっと強く握ってくれて。
輝良くんと晴臣くんが、嬉しそうに顔を合わせて笑ってくれた。
***
友達となった私たちは、休みの日に四人で河原に集まると、紙ヒコーキを折るのが習慣になった。
「うーん、どうだったかなぁー。昔教えてもらったんだけど」
「思い出せ、輝良!」
「こっちをこんな風に折ってみたら?」
「あ、近いかもしれない!」
ずっと前にお父さんが教えてくれた、旋回しながらゆっくり降りてくる紙ヒコーキを再現するために、みんな必死になってくれる。
「ヒマリ、おじさんの紙ヒコーキ、こんな感じじゃなかったか?!」
輝良くんが目を輝かせながら出来上がった紙ヒコーキを見せてくれた。
幅の広い紙ヒコーキ。前には小さな重りがついていて、見た目は確かにお父さんの紙ヒコーキにそっくり。
「う、うん、似てる……!」
「飛ばしてみよう!!」
土手に駆け上がった輝良くんが、上から紙ヒコーキを飛ばしてくれる。
その手から放たれた紙ヒコーキは、空舞い上がったあと、ゆっくり……ゆっくりと旋回しながら降りてきた。
「お父さんの……紙ヒコーキだ……!」
「本当に?!」
「よかったな、ヒマリちゃん!!」
ふわりと目の前に飛んできた紙ヒコーキを、私は受け取る。
お父さんの紙ヒコーキ……本当に再現できちゃった……。
「ありがと、ありがとう……みんな……」
「おじさんの紙ヒコーキ、完成してよかったな!!」
戻ってきた輝良くんが、私の頭を撫でてくれる。
嬉しくて、ありがたくて、涙が溢れた。
みんながそんな私を優しい目で見守ってくれてる。
寿々音ちゃんがハンカチで私の涙を拭ってくれると、私はその紙ヒコーキを見つめた。
「私も飛ばしてもいい?」
「「「もちろん!」」」
三人のハモった答えに、私はえいっと紙ヒコーキを高く飛ばす。
輝良くんと晴臣くんと寿々音ちゃんが、わぁっと声を上げて喜んでくれた。
ねぇお父さん。
私、優しい彼氏と素敵な友達が二人もできたよ。
願いを叶えることができたのは、お父さんの紙ヒコーキのおかげだよ!
お父さん、本当にありがとう!
ゆっくり旋回して降りてくる紙ヒコーキを見てまた泣いてしまった私に、みんなは微笑みを向けて私を慰めてくれた。
紙ヒコーキはその姿を喜んでくれるかのように、ふわりと風でもう一度舞い上がった。
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友達探しの同好会で、彼氏ができました。〜願いは紙ヒコーキとともに〜 長岡更紗 @tukimisounohana
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