第二章:春夏の流れ、だらだらと、滔々と、ころころと巡る月日 第二章:続く事件に追われて、時を待つ。

【人の業は、刑事の存在を映す。 事件の日々は、夏模様へ】



秋葉原での事件を解決した木葉刑事の所属する篠田班は、新たな事件を待つ日々を数日過ごす。 遠矢関連の捜査、岩元の捜査が進む中で、何かの力が働いたかのように暇な日々を送った。


そして、6月に入って間もなくの頃。 今年の夏は暑いと、長期的な天気の見通しが出されて。 世間では、5月から30度を超えてる現状から、そんなのは当たり前と皮肉が漏れていたが・・。


篠田班の全員が揃ったこの日、午後には新たに事件が起こった。 現場は、白金の住宅地。 金持ちしか居ない一等地の豪邸にて、男性が刺された。 家の敷地内にて、腹を10箇所以上も刺されていたと云う。


遠矢に続いて岩元まで逮捕され、警察はフル稼働している。 所轄や機捜も忙しいので、木田一課長は早々と捜査本部を作ると決めた。 そう、篠田班の出動で在る。


現場に向かった木葉刑事の運転する車の中で、UVカットの化粧を塗ったくる里谷刑事が。


「ぬ゛ぉーーーっ、曇れぇぇっ!」


と、助手席より気合いを吼えた里谷刑事。


後部座席で並ぶ市村刑事と八橋刑事で在り。


市村刑事が、


「前のお嬢、随分と元気だな。 どうしたよ」


と、小声で言えば。


八橋刑事が市村刑事に顔を寄せ。


「近々、警視庁内の内輪で合コンらしいですよ。 サイバー対策課の若い捜査員が、一課の美人だけ集めた合コンを企画したとか…」


小耳に挟んだ情報を返す。


腕組みした市村刑事は‘合コン’と聴いて。


「俺が呼ばれないのは、‘美人’・・じゃないからか」


と、呟くではないか。


だが、


“夜の添い寝をする女性に事欠かない”


と、噂される市村刑事で在る。


“まだ女性が必要なのか”


八橋刑事は、言わずの疑問を心に浮かべた。 彼女の居る八橋刑事は、巨漢だが一人ですら持て余し気味で在る。


さて、昼過ぎに現場へと到着した刑事達。 また年配の鑑識員で、第一班の班長に就く片岡鑑識員が担当らしく。 三階建てで、ちょっとしたアパートより立派で大きい家の庭からヒョロっと現れると。


「お~木葉、今回はまたお前達か。 岩元をパクるなんぞ、遠矢に継いで大金星だな」


すると、もう一台の車を運転して来た飯田刑事が。


「その手柄は、例の如くこっちが貰ったよ。 それより片岡さん、被害者は?」


「被害者は、もう病院だ。 現場は、この豪邸の真裏~」


それを聴いた刑事達で、木葉刑事と飯田刑事が現場の確認にと、鑑識員が忙しく働く家の敷地内へ入るべく。


「木葉、手袋。」


「飯田さん、足のカバー」


二人して備品を分け合う中。


ギラギラした太陽の下にて、憎い奴を見上げる様に空を見る里谷刑事が。


「くっ、太陽め゛っ! 明後日の合コンと云う合戦に向け、肌を焼く訳にはイかないのに゛ぃ…」


と、呻いて恨み節を。


犯行現場に向かう木葉刑事だが、その里谷刑事の声を聴いて思わずに…。


「フッ」


鼻で笑ってしまうが、その薄く笑う様子は前に顔を戻した里谷刑事にバッチリと見られた。


「あ゛っ、あーーっ、笑ったな゛っ! 待てっ、木葉さんっ」


現場に向かう追おうとした木葉刑事を捕まえようとする里谷刑事だが、聴き込みに行く予定だからと織田刑事が止める。


「里谷っ、さ、さ、聴き込みに回るわよ」


だが、馬力の在る里谷刑事を、オバサンの織田刑事が押さえ切れず。


「八橋っ、八橋ってばっ、里谷と聴き込みに行くよ!」


早く仕事に入りたく頷いた八橋刑事は、木葉を捕まえ様と暴れる里谷刑事を持ち上げて、織田刑事と一緒に連れて行く。


里谷刑事の喚きを聞きながら歩きつつも、まだ薄笑いを浮かべる木葉刑事に、呆れ笑いの飯田刑事が。


「木葉、後は知らないぞ」


と、一言。


さて、現場となるまだ裏庭の芝生には、固まり切らない血が大量に残っていて。 運ばれる直前の被害者の様子をスマホやカメラで写真に撮っていた若者から、警官が画像を押収していた。 その若者は既に捕まっていて、今はパトカーに居ると云う。


「ほれ」


タブレット端末機に移されたデータ画像を見た二人は、真っ先に飯田刑事が。


「酷い、‘メッタ刺し’か」


だが、木葉刑事の眼には、刺された刺創に血液よりドス黒い靄が見えていて。


(強烈な恨みと怒りが漂う…、怨恨の殺しだ)


と、思いながらも。


「感情的な勢いの刺し方…。 おそらく、怨恨の線と物取りと両面かな」


その意見を聴く、腰に手を当てる片岡鑑識員が。


「見て解るのか?」


眼を細めて観察するまま問うと。


部屋着のジャージ姿の被害者だが、画像を拡大して傷口を見る木葉刑事は。


「画像から見るに、刺し傷と成った皮膚の痕の一つ一つが、どれも微妙に乱れてます。 刺す前から怒りや憎しみから力み、刺した時も勢い余っていたし。 強引に引き抜くから、傷口が更に乱れた。 でも、・・おそらく犯人は右利きかな。 引き抜く勢いが、向かって右側に…」


木葉刑事の意見を聴いた片岡鑑識員は、ニヤニヤしてタブレット端末機に近付くと。


「木葉、刑事課をお払い箱に成ったら、鑑識課に来い。 超一流の鑑識員に扱いてやる」


片岡班長の話を聴いた飯田刑事は、


「木葉、天下り先が決まったか~」


と、茶化すが。


木葉刑事は、血溜まりと成る裏庭の様子を見てから。


「でも被害者は、何の用が有ってこっちに来たのかな…」


疑問を口にしながら周りを眺めると…。


「ん~~~~~、ん?」


木葉刑事が眼を止めた所を、飯田刑事も、片岡鑑識員も見た。


飯田刑事は、


「配線が・・」


と、云うだけなのに対し。


片岡鑑識員は、


「誰かっ、脚立! インターネットの配線が切られてるぞっ!」


鋭く声を発した。


さて、所轄から応援で来た他の刑事と里谷刑事達が聞き込みをする最中。 班専用の掲示板へ、木葉刑事発信で。


- 被害者宅のインターネット回線が、何者かに切断されています。 -


と、流れれば…。


八橋刑事から、


- 此方、八橋。 不審な黒い軽ワゴン車が、被害者宅の周辺に長時間停車していた模様。 今日だけで無く、過去にも幾度か目撃情報が在り。 -


次に、織田刑事より。


- こっちの聞き込みでも、過去にも不審な男が被害者宅の周辺で目撃されてる。 被害者は、太った八橋みたいな人だから、本命は奥さんかもね。 美人だってサ。 -


次、市村刑事より。


- 被害者の妻は、化粧品会社の急成長株、‘リリィ・エメーラ’と云う会社の社長だそうな。 40歳を目前にして、愛らしくイイ女らしい。 -


其処へ、如月刑事から。


- 彼女と夫間の仲は、微妙な温度差だそうですよ。 奥様は、旦那にゾッコン。 旦那は、穏やかに温かった。 顔を見たなら解る通り、旦那は見た目もイマイチなら、仕事は介護士。 給料から容姿まで、妻の方が上だったらしい…。 -


最後、里谷刑事からは。


- 周辺の人の話だと、不思議な事に夫の方が社交性を持っていたみたい。 妻の方は、仕事と家庭しか頭に無かったみたいね。 それなのに妻は、常に夫を立てていたみたいよ。 それから木葉さんっ、よくも笑ったなぁ゛っ。 -


奇妙な夫婦と知った木葉刑事と飯田刑事。 最後の一文は、見なかった事にした。


鑑識の作業の邪魔をしない様に、二人が家の表側に回った時。 現場間近に乗り付けた一台のタクシーから、


「和彦さんっ! 和彦さんはっ、何処ぉぉぉ!」


悲鳴の様な声を上げて、女性がヒールの靴を投げ出しては此方に走って来る。


「木葉、おそらく奥さんだ」


見物人を掻き分けて、黄色いテープを潜り抜けて来た女性を警官が抑える。 木葉刑事と飯田刑事が警官と女性を迎え。


飯田刑事が、


「天田和彦の奥さんですか?」


すると、頷く最中に辺りを見る女性は、


「夫はっ、和彦さんはっ?」


上ずる声からして錯乱し掛けていた。


木葉刑事は、家を眺めるまま。


「奥さん、旦那さんは病院です。 此方の飯田刑事が送りますので、向こうのお車へ」


「何処ですかっ? 何処っ」


夫の様子を今すぐにでも確認したいのか、取り乱した様子のまま訊ねて来る奥さんだ。


その女性は、白い半袖のチュニック風シャツに、スラッとした白い長ズボンを穿いている。 背丈は、160センチを超える程だが、長めの髪の前髪を少しクセの付く様に分けて。 バッチリした眼に小顔が幼く見えて、とても40歳を目前とは思えない愛らしさが在る。 また、その身体にすら量感の有る胸が強調せずとも一目で解るものだった。


「木葉、残るか?」


「はい、車に居るお写真家に話を聴きます」


「解った」


飯田刑事に奥さんの事を任せた木葉刑事は、家の前に停車されたパトカーへ。 見守る二人の警官にライセンスを見せた木葉刑事は、


「身元の証明に成るものは、持ってました?」


と、パトカーを指差せば。


小太りの警官が手帳を出して。


「彼は、自称フォトグラファーの羽田龍太、28歳です」


と、聞いた情報を読み上げる。


「はいはい、んじゃ~お話を聴いてみますか」


後部座席の右側の扉を開けた木葉刑事は、ツンツンヘアーにしヨレた半袖のベストに黒いTシャツを着て、下には迷彩のカーゴパンツを穿く男性を覗くと。


「はい、入るよ」


と、隣に並ぶ様に乗り込んで座る。


「カメラ返せっ」


いきなりの一声だが。 28歳にも成って、生意気な雰囲気だけを出している羽田なる人物を木葉刑事は見返すと。


「被害者の写真だけ写して逃げるなんて、保護責任の放棄になるんじゃ~ないのかな。 それとも、傷害容疑に問う方がイイかな。 被害者宅の周辺では、不審者が見掛けられてるし。 潔白が証明されるまで、警察署にご宿泊を願おうか」


捕まると思った羽田は、犯人されるのではと驚くままに。


「俺はっ、何もやってな゛いっ!」


「‘やって無い’って言ってもね、現場から写真だけ写して逃げたから、近隣住民から不審者扱いされてるよ。 それに、刺された被害者を写して逃げるなんて、犯人の仲間か、関係者と思われてもしょうがない」


「そんなっ」


言い訳をしようとする彼に、木葉刑事はスマホを見せると。


「それに、ホラ。 有名なSNSに、“写真だけ撮って逃げる怪しい奴”って、君の写真がアップされてるよ」


そこには、写真を撮って居る自分の姿や警官に追われる時の姿が、他人の写真にてSNSに載るを見て。


「マジかよ…」


羽田は、自分がしたかった事を、他人が自分を題材にしてやっていたと知り驚く。 口が幽かに震え、その顔を手で撫でた。


木葉刑事は、既に書き込みがされ始ているのも見せて。


「この程度で驚くなら、早く身の潔白を証明しないと。 ‘いいね’や‘グッド’が貰える前に、実家や職場にイタズラ紛いの苦情電話が殺到するよ」


木葉刑事の言わんとする事は、タイムリーで現実味を帯て行く。


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“助けも呼ばないで、写真だけ写して逃げ出した奴”


“警官に捕まってた、ナウ”


“つ~か、救急車を呼んでたオバサンを突き飛ばして、写真を撮ったらしいよ”


“あ゛~、コイツは知ってる。 ウチの近くのラーメン屋に居る”


“何処っ、何処のラーメン屋?”


“俺、コイツと小中学校が一緒かも”


“てか、だから誰?”


“多分、此処に勝手な事を書いてる奴らと同じ、目立ちたいだけの奴では?”


“書き込みしてる時点で、お前も同類だよ。 バ~カ”


“今、現場前で~す。 泣き喚いてるエロそうな奥さんが、中年のイケメン刑事に病院へ連れて行かれました~”


“ねぇ、誰か死んだ?”


“不謹慎っ”


“てか、刑事と奥さんが、車でラブホとか行ったりして”


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次々と書き込みが増える。 ‘呟き’、‘日記’、‘チャット’で、好き勝手に色々と…。


その速度と自分の写真が彼方此方に拡散するのを間近で見ると、羽田もいよいよビビって話す。


“誰かが助けを呼んでいて、それが大怪我をした者だと解った。 写真を撮ってネットの記事にすれば、自分の他の写真を見て貰える数を増やせるのではないか、と思ったと…”


其処まで聴いた木葉刑事は、彼の写真に写る様な負の感情を彼自体から感じないので。


「取り上げたカメラは、中身を調べて後日に返すけど。 怪我人や遺体を写して逃げるだけなんて、他の人から非難を買っても仕方ないぞ。 釈放はするけど、君のコレには対処が出来ない」


と、スマホをチラつかせてから羽田を外へ。


そして、彼を‘キープ・アウト’のテープの外へ出すまで連れ添うと。


「容疑は晴れたけど、次からはしない様に」


と、周りに聞こえる声で言う。


その周りでは、携帯やスマホで写真を撮る人も居るが、それを見ずに木葉刑事は言った。 現場の刑事としては、これぐらいしか言えない。


さて、それから小一時間ほどしてか。 捜査本部の準備が整ったと、捜査する警察職員のほぼ全員が所轄に設置された捜査本部へ向かう。


篠田班が来た捜査本部には、老成した感じを受ける痩せた体躯の眼鏡を掛けた管理官〔砺波〕《となみ》が来て居た。 管理官を含めて刑事部長を入れた現職の中でも、最も年配者の部類に入る砺波管理官。 木田一課長からも信頼されて居るのか、現在3人居る理事官の誰も、また木田一課長も居ない。


灰色のスーツ姿をした砺波管理官の元、周辺の聴き込みから鑑識報告が為される。


被害者の天田和彦45歳は、刺された箇所が多くて一時ショック状態だった。 だが、その後に何とか一命を取り留めた。 犯行に使われたナイフが刃渡り数センチと短いもので。 然も、腹部の傷が脂肪と筋肉で止まり、臓器損傷が無かった事が救いだった。


さて、周辺への聴き込み情報を聴いた砺波管理官。


「皆さん、被害者は生存して、事件としては傷害だ。 だが、被疑者に殺意が在ったと過程するなら、生存した事は悪い事態。 早く犯人を逮捕する事は、被害者やその家族の安全を確保し。 無差別犯なら、新たな被害者を出さない事にも繋がります」


まるで教職員の様に話す砺波管理官。 これから2日は、被害者周辺の聴き込みを軸にすると成る。


現場周辺への聴き込みに戻ろうとする捜査員だが。 其所で、砺波管理官は木葉刑事を見ると。


「木葉」


「はい?」


前へ出る木葉刑事を良く見た砺波管理官で。


「もう身体は大丈夫なのか?」


「あ、はい。 もう記憶以外の負傷は、回復して取り戻せました」


すると、砺波管理官は重々しく頷くと。


「あの事件の記憶は、無理に思い出さなくてもいいさ。 それより、今年も暑い。 身体に不調が出たら、直ぐに此方へ言え。 渋谷署の嶽(がく)さんと話したが。 お前、あの時は本当に酷い状態で搬送されたんぞ。 無用な無理は、してくれるな」


「あ、はい」


その様子を見ている篠田班長や刑事達。


里谷刑事が、飯田刑事に小声で。


(砺波管理官は、木葉さんにも優しいのね)


頷く飯田刑事より。


(砺波管理官は、管理官の中では木田一課長と同じく木葉を買ってた。 鑑識の片岡さんや進藤さんもそうだが。 あの砺波管理官も、若い頃に刑事課へ来た時は、鑑識員から始まったらしい。 だから、木葉にも理解がある)


(ふぅ〜〜〜ん)


それから現場へと出る篠田班の皆。 然し、あの悪霊が暴れていた後遺症と云うべきか、都内の警官の移動は全く終わっていなかった。 あれだけ凄惨な遺体が転がった現場は、都内で勤務する警察官でもそうそうは経験するハズの無い事だったハズ。 そんな遺体が、100体以上は出たのだ。 管轄に因っては、何度も見ただろう。 拘置所、刑務所、留置所でも。 一般として霊を視えない側からすれば、犯人が見えない事件で、正にオカルトと言える事態。 現実として、それを起こしていたのは、悪霊だったからストレスも生半可なモノでは無い。 心的外傷後ストレス障害と言える職員が多く、警察機構としても入れ替えには柔軟な対応をしている。


現場に出た飯田刑事と組む八橋刑事は、太った巨漢で、汗を拭きながら。


「然し、あの事件の後遺症は、長引きそうですね。 トラウマから、地方の警察に移動を希望する職員が4割は超えているんでしょ?」


現場周辺の聴き込みに歩く飯田刑事は、住宅が広がる一角を行きながら。


「ん。 酷い有様の遺体が多かった。 事件の発生が止まったから良いが。 続いていたら、俺も移動願いを出したかもな。 妻や娘を、東京に置きたく無い」


「ですよね。 自分も、遺体の運び出された後の現場を一度、担当から目にしましたが。 あの現場を見ただけで、腰が抜けました」


「そうか・・・、ん。 よし、あの主婦達に行くぞ」


「は、はい」


午後の2時を大きく回った頃より、篠田班と所轄の刑事と云う捜査員が聴き込みに動く。 現状に残された被疑者特定に関する有力な物証は、今の所で確認はされていない。 防犯映像から、逃走する車両は見られたが。 その追跡も今にして始まったばかりだ。 目下、1番に怪しいと思われるのは、以前から見掛けられて居た不審者であり。 それが、先程に木葉刑事が解放した青年とは様子が違う。 そして、その現場より数軒先の家で強盗が入った。 2つの事件の併発で、現場から捜査員も離れられない。


夜、木葉刑事と里谷刑事と所轄の2人の刑事が強盗犯を追い詰め、その身柄確保に至った。 犯人は、生活に困っての場当たり的な動機から強盗に押し入った。 住人の家族の老婆を怪我させたのは、長く刑務所に入りたいと言うのだがら。 取り調べを観察に来た木田一課長と砺波管理官は、2人して頭を抱えた。


取り調べをした若い男性の所轄捜査員は、木田一課長を廊下に見て。


「一課長」


呼ばれた木田一課長も頷いて。


「ご苦労だった。 お手柄だな」


眼鏡に背の高い若者の捜査員は、深々と頭を下げて。


「誠に、申し訳ありません」


こう言って顔を上げると。


「私は、木葉さんの言動を疑っていまして。 最初、あの方の推理が空論だと怒鳴りました。 然し、逃げたあの被疑者を捕まえて話を聴いた時、彼は空論では無く、細かい細部の様子を見抜いて言った事が解りました。 木葉さんが私と大村さんに逮捕を譲ってくれましたが。 とても、この手柄を貰う気にはなれません。 手柄は、木葉刑事と里谷刑事です」


既に、先に上がったと言う木葉刑事で、木田一課長はそんな彼を理解しているからか。


「そう思い直したならば、この手柄は貰っておけ。 そして、この先も頭ごなしになりそうな時、木葉の事を思い出して冷静になれ。 出来る者、他人より何歩も時に先へ行こうとする者は、直ぐに理解が出来ない時が在る。 さ、こっちの強盗は、所轄に任せるから。 気を抜かずに、詰めの捜査を頼む」


砺波管理官と本部の会議室に向かう木田一課長で。 若い所轄の捜査員は、深々と頭を下げて居た。


本部に入る木田一課長は、現状で上がった情報をデータとしてノートPCより見せられる。


お茶の冷たいペットボトルを、簡易クーラーと言える冷蔵庫より取り出した砺波管理官で。


「木葉は、あの事件の記憶以外は、元のままですな」


と、木田一課長の所へ1本を置いた。


「ありがとうございます」


頭を軽く下げた木田一課長だが。


「と、云うか。 奇妙なまでに磨きが掛かって来ましたよ」


パイプ椅子に腰掛ける砺波管理官で。


「ほう」


データを見ながらペットボトルの蓋を開けて1口した木田一課長は、赤いラベルのペットボトルを見て。


「抹茶が入っている、これは渋くて私好みだ」


すると、砺波管理官も笑顔となり。


「渋く味わいが深いから、普通のモノより20円ばかり高いがね。 最近は、これを数本ばかり持ち歩いていますよ」


軽く笑って、また1口した木田一課長だが。


「然し、あの遠矢。 そして、立て続けに岩元。 確保の経緯を聴いてから、思い出す度にアイツの理解のするどさには背筋が寒い」


砺波管理官も、木田一課長と同じお茶を紙コップで少し飲んでから。


「確かに。 然も、岩元を取り調べた様子を聴いて、私も寒気すら覚えた。 あの事件の時の記憶は忘れて居るが、事件解決に奔走した経験が身になって居る様な。 ありゃ、恭二さんを超えるぞ」


木葉刑事の叔父、木葉恭二は、警視庁でも1番の変人だ。 まぁ、実態は死んだ霊から情報を貰っての捜査だが。 それでも、刑事としての実力もずば抜けて高かった。 関係者への聴き込みから、犯人を追う過程としての行動も。 それがダブる警察関係者は、木葉刑事に対する態度が二分する。


この話をこっそりと聴く警察の職員は、木田一課長と砺波管理官は、木葉刑事を高く買って居ると解った。


で、その本人と言えば…。


イケメンと言える市村刑事と八橋刑事と3人して、2駅先となる辺りに新しくオープンした【おにぎりハウス・愛情の握り】と言う和食系レストランへ。 既に注文はしていて。


窓際のカウンター席に座る3人。


メニューを真剣に見ている八橋刑事を他所に。


梅昆布茶を湯のみで口付けた市村刑事が、窓に映る木葉刑事を見て。


「手柄、あんな生意気な若造にくれてやっていいのか?」


「はい。 どうせ、自分には付きませんし。 あの事件は、所轄捜査。 本件ではありませんよ」


「無欲にして、大手柄だ。 お前のその落ち着きは、仏様にでも成る為の修行みたいだ」


「市村さん、俺は死んでねぇッス」


「生っぽく無い。 生気が枯れてるみたいだよ」


「酷い言われ様ッスね。 市村さんの大勢居る彼女に、この3人の写メでも送って」


『男とデート!』


「って、教えたいッス」


「フン。 仕事の関係で、身体の関係じゃ無いね」


「チッ。 里谷さんも呼べば良かった…」


「バカっ。 奢りなのに、八橋を連れて来ただけでも懐が心配なのに。 あの里谷を連れたら、明日は昼を抜かなきゃならん。 冗談を言うな」


すると、意味深な微笑みと脇目をする木葉刑事で。


「彼女の誰かに、日替わりでお弁当でも作らせたら如何で?」


「木葉、無駄口が多いぞ」


おにぎりを軸として、頼む定食が運ばれて来る。 味噌汁、おにぎり、漬け物を謳うだけあって美味かった。 事件の話をしていると、あっと云う間に時は流れて。 3人は、泊まる事となる警察署に戻った。





次の日。


朝から捜査会議は無しに、割り当てをされて聴き込みに出る木葉刑事は、所轄の刑事も連れられずして如月刑事と二人。 昨日は、どうしても聴き込みの出来なかった被害者の奥さんが社長となる会社に向かった。 目黒に在る女性用の化粧品会社だが、立派なビルの10階全てが自社持ちらしい。 そして、ビルの半分が商品開発をする場所だそうな。


先ず、社長の奥さんの事を聴き込むと。 人事の社員から。


“家族を大切にする人です。 残業を望む人以外に残業が出ない様にしたりと、必要な人件費は決して削りません。 反面、御自分の給料も、同じ規模の会社と比べるなら随分と低く設定してますね。 また、派手にパーティーだのとする方でも有りません。 あれだけ若く見えるのに、表へ出るのは広報の方だったり、開発者の責任者だったりします”


また、他の社員に聴き込むと、宣伝や広報の女性社員より…。


“社長は、不思議と律儀と云うか、性格が貞淑な感じがします。 以前、商品の宣伝で、とても人気のある、所謂のイケメン俳優さんを起用しました。 向こうには、明らかに社長へ自分をアピールする素振りが見えましたが。 何故か、社長はあれだけ人気も有り、格好も良い人を契約延長せずに別人を起用しました。 切り替えた宣伝は、確かに上手く行きましたが。 あの俳優さんの時の売り上げは、結構良かったのに……”


この女性広報となる社員さんからは、何度もまた宣伝を任せて欲しいとプロダクション側より連絡が有り。 また、俳優さんからも、お歳暮やら連絡が来たと。 だが、あの女性社長は、その連絡先を受け取らなかったと言う。


また、研究室の社員へ話を聴くと。


“社長は、ある種の不思議ちゃんだよ。 開発に携わるチームには、下から上まで売り上げに応じて見合う金は、まぁまぁ払う。 下っ端の助手でも、忙しく働いた分を払うから妥当な給料は出しているね。 他の会社の様に、研究者に多額は払わないが、ロングセラーとなる商品開発に携わると、功績と商品の売上の権利を一分認めたりして、ボーナスとして払ったりする。 まぁ、口煩い常務や副社長に金が掛かる反面、余計な役員を囲わなかったり。 自分の給料を高くしないで、帳尻を合わせてる。 普通の他の会社の社長とは、若干タイプが違う人物だね。 無駄に金を使わない、イタズラに人を遣わない、それで居て夫に一筋。 あんなイイ女で貞淑にして人間性に富む、そんな完璧な人が、この世に居ますかね”


それは、ある種の悪い言い方で誉めていた。


一方、如月刑事が宣伝広告を企画する部署のキャリア達に話を聴けば。 彼らとしては、社長のタレント性や容姿の良さを理解しているだけに。 もっと金を使って、もっと社長をタレント的な位置に持ち上げたいらしい。


特に、途中から副社長の席に座った気難しそうで服装が派手な女性は、


“自分が社長なら…”


が、口癖で在り。


専務の初老男性は、


“もっと身を売れっ! 会社を大きく出来るっ”


と、あの女性社長に打診して居るとか。


この二人の共通として、


“社長は夫と別れるべきだ”


“地位も何も無い夫だ。 慰謝料を払っても別れるべきだ”


と、周りにこう云うのだ。


社員に聴き込みを続けると、この二人は別の大手企業の幹部だったが。 ライバル社員との出世競争に敗れて、新たな新天地を求める様にしてこの会社へと来たと。 あの二人に会社を牛耳られたら、営利追求至上主義の会社に成るとも。


また、人事部の老人は、会社創設より居る10年の古株らしいが。


“正直な処で社長は、副社長と専務を持て余して居ます。 2人が一部の社員を飼い慣らして派閥が出来ていますから、心配事は多いと思いますよ”


こう密かに話た。


この専務と副社長ならば、犯行を犯したとしても不思議ではなかった。 だが、その副社長と専務には、犯行をする時間的な余裕は全く無い。


木葉刑事と如月刑事は、もう少し聴き込みを続けようと清掃員からお客にまで手を広げる。


一方、里谷刑事と市村刑事は、一命を取り留めた旦那の周りに聴き込みを掛けていた。


旦那の勤める老人ホームにて、施設の管理者が。


“あんな金を稼ぐ奥さんが居て、何でこんな安い仕事に従事するのか私には解りませんよ。 仕事の方は、悪くも無く良すぎる訳でも無いぐらいです。 福祉主事・ヘルパー1級を持ち、去年から‘介護士’と‘ケアマネージャー’の資格獲得を打診しました。 多分、二・三年内には獲得してくれるものと、期待してました”


一方、現場を監督する主任の女性は、被害者とは他の施設でも一緒に働いていた経緯の有る人物で。


‘天田さんは、奥さんが社長な分、働く事にのみ関心が在る人でした。 優しいと云うか、寡黙ながら大らかです。 でも、上からの規則や方針には、若干その・・考え方が緩く。 四角四面な考え方の職員には、あまり好まれ無い方でも有りましたよ’


その同僚に聴いてみても、似たような事を言う。


一方、旦那を最も嫌う若者の職員は、苦々しい顔をして。


‘あの人、仕事が出来るのにしないんだ。 ちんたらと昼飯を入居者に食わせてるし、不必要な面倒な手間を掛けるんだよ。 時間が無い時に、あんな事をやってられないさ’


と、言った。


職場の話を総合すると、この手の仕事をする人間性に間違いは無いが、マイペースな人物でも在るらしい。 入所者やその家族から聴く話では、寧ろ好人物で在る。 飲み込みに難が在ると云うか、噛まずに飲み込む入所者に対しては、ゆっくりとした食事をさせているらしいし。 歩行困難者でも、歩く気の有る者に対しては、時間を惜しまないで面倒を看るのだ。


そのことを集約した話をするのが、常駐する年配の看護士で。


“天田さんのやってる事は、本来の介護として正しい事よ。 只、安い入所料金の老人ホームは、余裕の在るサービスを出来るだけの人員は居ないの。 だから天田さんみたいな人は、マニュアルから外れちゃうのよね”


職員や入居者、その家族に話を聴いたが、被害者の仕事現場には事件と関わる要因を見出だせない。 悪く言う者も居るのだが、個人的に付き合いがある者が少く。 傷害や殺害に至るまで怨恨を持った人物が居るとは思えなかった。


施設にての聴き込みを終えた里谷刑事と市村刑事は、車に向かう道で。


「里谷、どう思う」


「被害者の仕事の遣り方に不満を持つ人は居るみたいだけど、あんな事件を起こすとは・・ね」


「俺も、同意だ。 今日、休んでいる職員も含めて、事件を起こしそうな人物は居ない気がする」


手帳を掌に叩く里谷刑事。


「お金持ちの奥さんが、誰かに委託したとかは?」


「おいおい、今更か? ま、有り得ない線じゃないが、男や諍いの話が出てくりゃ、な」


「じゃ、本部に連絡入れてみる?」


「木葉や飯田さんが、な~んか聴き込んでるかもな」


二人の意見は其所に決まり、車に戻って本部へと連絡をして報告と指示を仰いだ。 が、奥さんの周りに怪しい人物は居れど、奥さんに怪しい素振りは見受けられないと。 また、夫婦仲は良く、奥さんの周りにこれと言う愛人やら不審者との接点も無い。


二人は、そのまま他の証言の裏取りに動くこととなる。


さて、被害者の財布から金が抜き取られていた事実も在る。 強盗目的を視野にした捜査を指示された飯田刑事と所轄の刑事は、現場周辺より不審な車の映像を頼りに動き。 辺りの店に入っては、血の付いたお金がないか聴き回ったり。 不審者、不審車両の追加的な目撃情報を追う 。


織田刑事と八橋刑事は、鑑識と協力して防犯映像を追う。 最初の目撃情報は、現場から100メートル先のスーパー前。 駐車中の黒い軽ワゴン車の目撃情報と同じ様な車が、歩行者や自転車と接触しそうな運転で走り去ったと云う。 その映像を手始めに、映像を追いながら防犯カメラを探し回る捜査員へ連絡をするのだ。


前日の夕方には確認されていたが、アクセサリーとは思えない後部のパーツを着けた改造車の様な姿をするその軽ワゴン車。 普通の車とは明らかに企画の違う凹みに、ナンバーが入って居る様なものと云う。 逃走用に改造したのか。 然し、目立つ車でも無いから、地道な聴き込みが頼りに成る。


そして、捜査三日目。 被害者の意識は戻って無いが、容態は安定はしたと情報が入る。 その話を受けた砺波管理官は、既に聴き込みへ出た木葉刑事に電話をして。


「木葉、被害者の容体が安定した様なんだ。 うん。 悪いんだが、そっちから回って奥さんに再度、事情聴取を頼む。 あぁ、里谷や飯田では、今日に付けた一緒の若い刑事が、な。 勘繰った事を直撃する様に、尖った事を聴きそうだ。 うん、頼むよ」


管理官にしては、柔和な語りをする砺波管理官。 だが、捜査に於いて、最も冷静な管理官でも在る人物だ。


そして、砺波管理官との通話を終えた木葉刑事の今は、本日も如月刑事と二人で車の中。 被害者の妻が社長として就く会社をまた訪ねる前に、アロマオイルなどをお香や蝋燭にしていた製造工場を訪ねた直後だった。


車に乗る二人だが。 シートベルトを締めた時に木葉刑事は、朝に市村刑事が如月刑事への茶化しを思い出して。


「あれ、そう云えば如月さん。 近々、御結婚・・成されるとか?」


助手席に乗った如月刑事は、珍しく驚いた顔をすると。


「ありゃ・・木葉の耳にまで…」


エンジンを掛ける木葉刑事は、後方確認をしてから発車させながら。


「いい事じゃないッスか。 如月さんの家庭は、笑いが絶えなそうな感じに思えます」


褒められて照れる如月刑事は、


「木葉~、そういうのは止めてくれよ~」


と、言いながらもスマホを取り出し、彼女の写真を出す。


木葉刑事が信号待ちで見たその女性は、ほっそりとした体つきの地味な印象の女性だ。 だが、その素朴な微笑みは、不思議とホッとしそうな穏やかさを含む雰囲気が窺える。


「如月さんには、最高の相手かも知れないッスね」


「そ~か~」


照れる如月刑事に、木葉刑事も素直に笑った。


さて、夕方の4時を回る頃。 ゲリラ豪雨が来ると天気予報士がテレビで注意する。 被害者の入院する病院に着いた木葉刑事は、如月刑事と二人して病室へ。 集中治療室へ向かえば、旦那さんの傍に一昨日の姿のままの奥さんが居る。 出入りをする看護士さんに呼んで貰い。 憔悴した様子の奥さんと、休憩所にて話を聴くのだが…。


如月刑事は、敢えて。


(任せる)


と、下駄を預けて来た。


了承し、甘いジュースを買って彼女に渡す木葉刑事は、魅力的な肉体をする実年齢より5歳は若く見える奥さんへ聴取を始めた。


「本部から伺いましたが、旦那さんの容体が安定したとか」


髪を無造作に後ろへ束ねるだけの奥さんは、メイクも無い素顔のまま。


「はい・・有り難う御座います。 警察の方で、先導もして頂いたとかで。 危ない処でしたが、何とか・・と、取り留めました…」


「そうですか。 ならば、貴女も少し休まれた方がいいですね。 今の顔を見られたら、旦那さんの方が心配します」


「すみ・・ません。 心配で・・しっ、心配で………」


さて、彼女が涙を流したので、落ち着くのを待って。 また話を聴き始めた。


「あの、旦那さんが刺された事ですが」


「は、はい」


「不審車両とか、不審者が自宅周辺で見掛けられる様な事は? 近隣住民の方からも、不審な車両が見張る様に停まっていたと言う話が在りまして…」


「あ・・知って居ます」


奥さんが話へ入って来た頃、病院の外では雷雲が東京の空を覆っていた。


さて、話は夫婦の身近な事に至る。 この夫婦二人は共働きで、子供は京都の中高一貫に入り、自分の祖父の家から通って居るのだとか。 月一のペースで二人が京都へと逢いに行くのだが。 一昨年の冬から時々、自宅付近をうろつく不審者を見たり。 黒い軽ワゴン車が塀の傍に停まったりするらしい。


裏付けのような話を聴いた木葉刑事は、所轄から上がって来た情報を見て。


「経緯を確認すると・・そのことを警察にもご相談されていて。 然も、今回は事件直後に・・・警邏の警察官が駆け付けて、事件が通報されました」


「はい」


「ですが、ちょっと不思議なのは、何故だかインターネットの配線まで切断されて居ました。 もしかすると、これまでも警察には言ってないですが、何等かの嫌がらせが有りました?」


「はい」


奥さんは肯定する。 然し、直ぐに。


「でも、それは私の方が…」


と、話を繋ぐ。


木葉刑事は、その途中で止める奥さんの表情に、嘗ての恋人に似た陰りを見た。


「と、仰いますと?」


「あ・・その・・・ストーカーの様な・・。 誰かに、その、尾行された気がしたり、庭に出して有った私が使用したものが無くなったり…」


「そうですか。 それが実際の事ならば、その方も犯人がやった可能性が有りますね」


すると、悩む様に変わる奥さんで。


「今の会社を立ち上げてから、私は表にはなるべく立たない様にして来ました。 ですが、一昨年辺りから、それが思う様に出来ませんで…」


「実は、会社に赴いて少し聴き込みをさせて頂きましたが。 副社長さんや専務さんは、貴女を、奥さんをタレントの様に売り回りたいみたいですね」


既に色々と知られていると察してか、弱々しく頷いた奥さん。 その様子には、一抹の後ろめたさが滲み出ていた。


(この人、自分の顔を余り晒したく無いのかな?)


フッと、そう感じた木葉刑事だから。


「ま、見た目も、女性らしいと云う点でも、奥さんは抜きん出ている感じがしますから。 他の派手やかな社長さんが居る企業と同じ形を狙うならば、手っ取り早い方法では有りますよね」


然し、其処には奥さんは何故か否定的な、拒否がハッキリ見える顔をして。


「私は、そうゆう会社を目指して居ません。 元々、私や人事部長の方が働いていたアロマオイルの加工工場は、地味でもお客様第一の考え方でした。 ですが、工場を任されていた工場長がもっと手広く売るにはと、倒産した親会社から工場だけを買い。 そして、企業したんです。 私は、工場で経理やら原料の調達をしていて、工場長からは商品の良さを誰より知るからと、社長を任されました。 工場長は、現場主義で社長は嫌だから・・と」


「実は、午前中にその工場に行って来ましたが。 今では貴女の会社に商品を卸す一方で、工場から直送する直営化もしているとか。 半独立型みたいですね」


「そうですね。 副社長や専務の専横が強まり、工場長の山科さんと喧嘩したんです。 山科さんは、私が居る内は品を卸すけど。 私が失脚するならば、手を切るとまで…」


「それは、貴女も大変ですね」


「でも、あの二人のお陰で、株価が急成長しまして。 株主さんや社員の大半は、二人を支持すると思います」


と、奥さんは俯き云う。


だが、木葉刑事の印象では、


(人として、会社の将来を永く見るならば、あの二人を支持などしたく無い。 が、多額の資金を産んだ二人だから、仕事を失いたく無いから支持する・・って処かな。 ぶっちゃけ、人気だ何だって、爆弾と変わらない。 起爆した後は、急速にその勢いが収束する。 無理矢理に起爆した先の将来がどうかは、寧ろそれまでの地道さや根強さみたいな自力が有るかどうか、それに繋がると思うけどな~)


中身や地力が、一気に売れた後まで伴うかどうかは、所詮の処で地道な努力が在るか、無いかだ。 木葉刑事の眼には、その副社長と専務の存在は、この会社には要らない気がする。


然し、そうゆう爆発力を持つ人は、何時の時代でも好まれる。 それも、一つの才能だからかも知れない。


さて、木葉刑事も聴き込みから面倒と思うのは…。


「処で、奥さんと旦那さんを、‘別れてさせたい’と副社長さんや専務さんが仰ってる・・とか。 子供も居る親を引き離す事を提案するなんて、売り込みたいにしても度が過ぎる様な気がしますが?」


「それは…」


この質問で、急に口を濁す奥さん。 その様子を見て、木葉刑事は何か裏が在ると見抜く。


「あの・・奥さん。 失礼な話と、非情なことと思われるかも知れませんが。 我々と云う職業は、犯人を捜す理由を絞り込んで行く為に、被害者について、家族について、仕事についてのあらゆる所へ理由を探します。 明かしたくない隠し事が在っても、何れ探り出しますよ」


警告を含む脅しでも有り、諭しでも有り、探り回るとの説明でも在る。


「・・・」


若干、長考した奥さんだが…。


「じ・実は…」


重々しく、何処か懺悔する様に話をし始めた。


その後、夜の7時過ぎ。


本部に戻った木葉刑事は、他の刑事達も戻って居る中。 砺波管理官の前へ立ち、濡れた髪が半乾きのままに。


「木葉、如月、両名戻りました」


こう言えば。


砺波管理官は、他の現場へ行こうとしたのか、去る尚形係長を手で送りながら。


「ご苦労様だ。 それで、木葉、聴き込みはどうだった?」


と、聞いてくる。


木葉刑事は、如月刑事と二人して会社や工場で聴いた事を先ず話した後。 奥さんの話を、木葉刑事がし始めた。 奥さんの若い頃の話をした上で。


「実は、管理官。 その副社長と専務なんですがね」


「うん」


「人事部長の方には、社長の友人の口添えが在って面接させた・・と、こう成ってますが」


「違うのか?」


「はい。 実は、自由清々党の善台議員の紹介らしいんですよ」


すると、砺波管理官の眼が険しく成る。


「”自由清々党゛って云ったなら、いまの連立与党を構成する三党の一翼。 然も、善台議員と云ったら、厚生労働省の前大臣じゃないか」


「はい」


「木葉、その紹介の馴れ初めは、一体何だ?」


「それが、3年ほど前ですか。 製薬やら香料を扱う新しい会社の社長懇談会に、当時大臣を退いたばかりの善台議員が出席しまして。 その場で、議員が社長の彼女を好いたらしいんですよ」


すると、後ろで缶コーヒー片手に聴いていた里谷刑事が。


「あの議員って、秘書だの、役所の女性職員と不倫しただの、女性問題で何度と騒がせたわよね? 然も、関係を迫った時、代議士として、大臣としての地位を脅しに使ったとか」


頷いて返す木葉刑事で在り。


「新しい獲物を、彼女に絞ったかもね」


「ガーーーっ、絞め落としてやろうかっ!」


苛立つ里谷刑事だが。


砺波管理官と同じ並びに居る篠田班長は、話が逸れたと。


「木葉、それで?」


木葉刑事は、砺波管理官を見返すと。


「それが、社長の彼女の詳言ですが。 下心在り在りの議員からの誘いは、何度も有ったらしいんですがね。 彼女は、無理に会社を大きくする気持ちは無かったので、誘いを断っていたそうです。 ですが、向こうが実力行使と言うか、関係を強引に深めようと手を回したらしいです」


砺波管理官は、小柄で細身ながらに目を鋭くすると。


「大企業の出世コースに居たそれぞれの副社長と専務だが、出世争いに負けて辞めた。 だが、野心はまだ在る。 その二人を、議員が利用したのか?」


「聞いた流れだけ見ると、そうなりますね。 副社長も、専務も、前まで勤めていたのが製薬会社と医療機器のメーカー。 厚生労働省の大臣だった善台議員とは、関係が在っても不思議は無いです」


地位の有る代議士が捜査線上に浮かび上がり、困った砺波管理官は腕組みをした。


「ん~~~、先にそっちが解るなら、問題は実行犯がどうかだな。 関係が無いならば、全く探る必要も無いし。 関係が在るならば、繋がりを探る必要が在る」


こう独り言を言った砺波管理官は、腕組みしたままに飯田刑事へ。


「飯田。 不審者と不審車両は、まだ割れないのか?」


写真のデータを引き伸ばしてカラーコピーする飯田刑事は、砺波管理官の前に来て出すと。


「不審車両は、恐らく改造車の様ですね」


「何? ‘改造車’?」


車にて逃げ出した直後の映像から映し出したカラーコピーを指差して。


「この写真からも解る様に。 不審車両は、後ろの荷台を開ける扉の中にめり込む様に、ナンバーを移動させています。 正規の同じ車では、ちゃんと下に付ける型ですからね。 明らかにこれは改造車かと」


飯田刑事の持ち寄ったその写真を見た木葉刑事は、


「なぁ~る。 防犯カメラに映り難い様にしてるんだ」


と、理解する。


頷く飯田刑事は、次のカラーコピーに手を向けると。


「現場から2キロほど離れた所で、この不審車両がスーパーの大型駐車場に入り。 20分ほどして出て来た映像が、こっちです」


「今度は、排気管の近くに下がった?」


と、云う砺波管理官。


だが、木葉刑事はその写真を見てて。


(ん? このナンバープレート、さっきと何か厚みが違う様な…)


と、感じる。


「ねぇ、飯田さん」


「どうした、木葉」


「このスーパーに入る前までのナンバープレート、妙に厚みが有りますね。 然も、裏側とナンバープレートの表側に、若干の隙間が在る様な…」


すると、様々な角度に写真を観る砺波管理官も。


「確かに、変な感じがするな。 ウチの妻が運転する軽は、こんなプレートじゃ無いぞ」


頭を掻く木葉刑事は、まだまだ微妙な感じがして居た。





事件発生から4日目。 如月刑事が休みなので、織田刑事と組む木葉刑事。


捜査本部では、まだ善台議員の関与が認められない為、捜査会議でも敢えて触れる事は無く。 実行犯の逮捕に全力を上げる様に、との指示が有った。 飯田刑事と里谷刑事は、会社の副社長を。 八橋刑事と市村刑事は、専務の事を徹底的に洗うように指示される。 所轄の刑事も、双方に3人ずつ回された。


だが、木葉刑事と織田刑事は、この最中に珍しく自由とされた。 一緒に組まされたのは、所轄からの応援で来た松原刑事。 来年で定年を前にして、のんびりしている刑事だ。 白髪の丸顔で痩せた身体だが、若い頃は熱血漢とも言われたらしい。 外へ出た三人だが、流石にのんびり屋の松原刑事でも、‘遊撃’《自由》の捜査を4日に命ずるとはと驚いてしまった。


捜査の本筋から外されたと思え。


「一課の刑事さん。 これから、どうしますか?」


黒い車に向かう木葉刑事は、


「先ず、警視庁で暇つぶしをします」


と、言った。


木葉刑事のことを知る織田刑事は、


「暇つぶしねぇ~。 それならば、デスクの掃除でもしようかしら」


と、主婦らしい事を云う。


然し、困惑する松原刑事も乗せた車は、本当に警視庁へ。 庁内に入る松原刑事は、‘ふざけてる’・・と、そう感じたが…。


木葉刑事が向かったのは、何故か警視庁内の三課が在るフロア。


(おい、一課じゃなくて・・三課?)


判断に困る松原刑事。


然し、三課でも車両の窃盗などを扱う係に来た木葉刑事は、


「江森さ~ん、江森さ~ん」


と、声を発する。


すると、デスクを前にうつらうつらと目を瞑る太っ腹の老人が、むくりと眼を覚まして顔を動かす。


「ん~、その声は・・木葉か?」


身長が180センチを軽く超える、相撲取りの様な老人が席を立った。


「どぉ~した~、木葉」


入り口にやって来たその江森なる刑事に、木葉刑事は例の車両のカラーコピーを見せて。


「江森さん。 盗難車を改造する奴って居るらしいんですけど。 こんな風にナンバープレートを変える方、知りませんか?」


その拡大化された写真を見た江森刑事の眼が、一瞬でギラッと光った。 刑事の眼、松原刑事はそう見た。


「ナンバープレートの上に、偽造ナンバープレートを重ねてるな。 コイツは、15年ぐらい前に流行ったやり方だ」


「やっぱり、前に使われたやり口でしたか」


「うん。 盗難車の輸送時に、国道を走る間だけ使われた。 だが、その輸出や窃盗に関わった修理工の技師などは、当時の一斉摘発で軒並み逮捕された」


「でも、十五年前って言ったら・・」


「おう、全員がもう出所してるぞ」


木葉刑事と三課の江森刑事の話は、まるでコンビのようにスイスイと進む。 そして、木葉刑事が、


「あの・・その捕まった技師の一覧なんて、どうにか頂けませんかね~」


捜査資料の提供を打診すれば。


頷いた江森刑事は、


「それならば、待ってる間に本部の上へ話を入れろ。 こっちも、主任に口添えしてやる」


と、正に“つ~か~”の様。


「江森さん、助かります」


「いや、この遣り方がまた普及されたら、暴走族なども遣り出す。 後々の面倒の芽は、早く摘み取った方がいい」


「盗みや奪う心は、憎しみや妬みと同じく犯罪の根元。 湧き上がった瞬間に摘み取らないと、伸びて犯罪の実を付け新たな犯罪の種を蒔く・・でしたよね」


木葉刑事の言葉を聴いた江森刑事は、ドスの利いた野太い声ながら。


「ほう。 あの時に一回しか言わなかったのに、良く覚えてやがる…」


上司の居る部屋の奥へと向かう江森刑事が笑った。


話を通した木葉刑事は、素早く本部へと連絡をし始めた。


「砺波管理官、木葉です」


「どうした?」


「あの、昨日の妙なナンバープレートですが…」


その様子を見る松原刑事は、


(何が‘暇つぶし’か・・。 だが、情報を聴くまではどうなるか解らないから、無駄足なら・・暇つぶしか)


彼の言動を察し。 何となくだが木葉刑事と云う人物を知り始める。


砺波管理官と三課の係長と遣り取りも在り、過去に改造車を作った修理工技師の名簿が貰えた。 都内・都内近郊に居るのは、約8名。


また、事情を知った砺波管理官が、新任で刑事に成って間もない女性刑事を応援に、足となる車付きで寄越すとした。


さて、その新任の応援が来るまでを待つ警視庁の駐車場にて。


「織田さん。 車で近郊周辺に行きます? それとも、都内側に行きます」


化粧っ気の無いオバサンの印象が強い織田刑事は。


「今夜は、子供の為にも早く帰りたいのよ。 木葉、都内側に行かせて」


すると、今度は松原刑事に。


「松原さん、どっちに行きます?」


問われた松原刑事は、


「これから来る新任の小南って若い娘は、素質は悪くない反面で思い込みも強い。 木葉さんみたいにのらくらされると、待つことが出来ずに一々キレますよ」


こう助言してくる。


この返しには、木葉刑事が笑い。


「松原さん、車にどうぞ。 思い込みの強い人は、肝っ玉母さん的な織田さんに任せましょう」


そんな彼の物言いに、ムスッとする織田刑事で。


「子供は、我が子と里谷で手一杯じゃいっ」


と、返して来た。


さて、運転席へと乗り込む木葉刑事は、松原刑事を乗せて港区へ。 最初の一人を尋ねたが、もう修理工技師を止めて会社員に成って居た。


その後、品川区に在住する別の一人を尋ねたが。 大手保険会社の指定修理工場の技師に成って、もう不正はして居ないと云う。


会ってみた心証として、その中年男性は二人して白と思った。


だが、昼飯にてパイコー麺を食べた二人は、大田区の古い修理工場に向かった。 個人経営だから、大型のガレージがそのまま工場に成った様で。 油の臭いがする工場内では、若者二人が修理工の技師として働いていた。 其処のオーナーは、寺内なる老い始めた男性で。 赤を中心としたチェック柄のカジュアルシャツに、洗い晒したジーンズと云う。 ある種のアメリカンスタイルをした長身の男性だった。


「悪いが、刑事さん。 俺は、もう悪事からは足を洗ったぞ」


余り喋るのは得意では無さそうな、職人的な雰囲気を醸し出す寺内なる男性。


「実は、或る殺人事件で見掛けられた不審車両が、どうも改造車の様でしてね。 これ、見て貰えませんか」


話を聴く木葉刑事は、例のカラーコピーを出した。


その写真を見た寺内は、ジッと見た一瞬だけ言葉を詰まらせた様に見えたが。


「ふぅん。 こりゃ、確かに腕は有りそうだな。 重ねたナンバープレートの隙間が狭く、溶接の跡も消している。 だが、車の荷台のドアを改造するのは、どうも頂けない。 ま、普通に走ってる分には、余り気に成らないかも知れないが」


その判断をした彼へ、木葉刑事は更に軽く突っ込む。


「流石に、良くお分かりになる。 では、そんな寺内さんの知る範囲内で、出来るだけの腕を持つ方はいらっしゃいます?」


すると寺内なる男性は、意外なまでに素早く。


「知らないな」


と、返して来た。


その後、二、三の質問をしてから聴き込みを終えた二人だが。 車に戻ると木葉刑事が。


「‘知らない’の返しだけ、早かったッスね」


頷く松原刑事。


「完全に、心当たりが有りそうだった…」


「でも、焦ったり、慌てたりして無かったですから、あの働いている若者二人じゃ~無さそうな…」


「言えてますな。 だが、とにかくあの男は要注意だと思います」


その時は、まだ夕方前の3時過ぎ。


リストの中に載る他の者へと回る為、シートベルトをした二人だが…。


「あら、班の板に書き込みだ」


と、木葉刑事がスマホを取り出すと。


“小南って娘っ、誰か引き取って!”


織田刑事よりコメントが入っていた。


(あらら)


その画面を松原刑事に見せて。


「向こう、か~なり苦労されているみたいッスよ」


此処で、鼻での溜め息を出した松原刑事が。


「こんな事を言うのは、私が年配者に成ったからでしょうがね、木葉さん。 最近の若い者は、テレビの影響か、法の名前は知ってますがね。 返って、棘が多い割には他人への思いやりが極端過ぎて居る気がします」


「まぁ、そうかも知れませんね。 核家族化の中で、親戚やら近所との関係は薄れますが。 反面にして、友達や家族の付き合いは濃密。 知り合って友達に成ったり関係性が出来る出来ないで、対応がガラッと変わる人も居ますから…」


「全く、その通りだ。 刑事なんてのは、逮捕だの事件解決では追い込む者の中心に居る様に見えるが。 実際には、対人関係の最前線で軋轢に晒される駒の一部。 何でもかんでも、斬りまくるみたいに聴き込めばイイってもんじゃ無いんだがな…」


松原刑事の話から、今の織田刑事が置かれた様子を察し。


「ハァ~~。 良かった、若い人と組まなくて」


安堵しながらエンジンを掛ける木葉刑事。


一方の松原刑事は、小南なる刑事を知って居る所為か。


「ふぅ・・。 こっちとしては、逆に、貴方に教育系と成って貰いたいよ」


と、呟いた。


さて、それから次に、町田市に居る一人を回った頃。 また、織田刑事から書き込みが入り。


“あの子はダメ。 悪いけど、三件で上がるわ。 管理官に言う”


面倒見の良い彼女からして珍しく、最後通告が来た。 コンビニの駐車場でそれを見た木葉刑事。


「松原さん」


「ん?」


「織田刑事が遂に堪りかねて、もう本部に戻るそうです」


「嗚呼、ハァ…」


木葉刑事の話だけで大凡を想像できた松原刑事は、頭を抱えて項垂れる。


一方、木葉刑事はどんな様子かは解らないのだが、頼まれたことはしなければならないと思い。


「それで、松原さん。 最後の名簿に在る人が、入間市の方に引っ越して居るとの事なので。 織田さんが、此方に行って欲しいと…」


すると、もう嫌気の差している松原刑事だから。


「いいです。 是非、行って下さいよ。 今、本部に帰るぐらいなら、聴き込みに時間が掛かってもいいですから、その後に直帰したい」


「あはは」


苦笑いした木葉刑事だが、確かに面倒くさい事になったらしいと感じた。


さて、入間市まで行って話を聴いて帰って来ると、本部に戻る頃は夜の8時を過ぎた。 そして、二人が本部の在る所轄署へ入ると、廊下に居た里谷刑事が来て。


「ねっ、聴いた?」


と、聴いて来る。


唐突な質問なので、


「はぁ?」


木葉刑事が聞き返せば。


「新任刑事の若い子がさ、・・あ、私も若いか」


里谷刑事の馬鹿らしい気付きに、聴く気を失った木葉刑事が去ろうとすると。


「ごめんごめんごめん…」


「で?」


「話を聴きに行った先で、相手にむちゃくちゃ突っかかって。 怒った相手から訴えるって…」


横に居る松原刑事は、頭を抑え。


「嗚呼、このまま家に帰りたい…」


と、呟いた。


嫌な前情報を頂いた後、本部の在る会議室へと入った木葉刑事は、松原刑事と二人並んで砺波管理官の前に立つと。


「木葉、戻りました」


すると、若干その目つきが鋭い様な砺波管理官が。


「それで、そっちはどうだった?」


「はい。 五人尋ねて、心証としては一人、どうも引っ掛かる人物が居ました」


「木葉、その人物はホシと思うか?」


「いえ。 ただ、車を改造した相手に、朧気ながら心当たりが在る様な感じです」


「ふむ…」


考え込む砺波管理官に、松原刑事も。


「管理官、私も同じくそう見ました。 もう少し、あの人物を調べさせて貰えませんか?」


だが、沈黙した砺波管理官。 そして、数分後。


「悪い、その件は少し保留にさせてくれ。 車の目撃情報も、碑文谷の辺りで切れた。 先ず、そっちの目撃情報を、明日・・明後日までは追って欲しい」


今日は、脇に篠田班長と尚形係長が居る。 その三役が揃って厳しい顔をしているのを見て、状況を察した木葉刑事は、


「了解です」


と、一礼した。


同じく、松原刑事は小南なる新任刑事を知る為か、突っ込んだ捜査を保留にされて悔しさすら滲ませて頭を下げる。


さて、この所轄の横に併設してある別館に、捜査本部の警察官用にと仮眠施設が出来上がった。 其処へ、今日も泊まる気の木葉刑事だった。 折り畳みのベッドと簡易的な仕切りで、大広間が小部屋の様に小分けされている。 一部屋で五十人以上は泊まれる空間と為っていた。


然し、入り口付近の共有スペースには、何故か松原刑事も来ていて。


「あら、松原さん。 家には?」


「いえ。 不満を家に持ち帰りたく無いので、今日はこっちに…」


「そっスか」


この警察署の近くには、ファミレスやら飲食店が在る。 飯田刑事、市村刑事、八橋刑事と一緒に、松原刑事が一緒に来た。 中華風ファミレスに入る五人は、洒落た中華風の絵が画かれた仕切りに囲まれたテーブルに入って、それなりに料理を頼むが。


松原刑事が真っ先に軽く酒を口に含むと。


「木葉さん、申し訳ない。 小南の所為で、今回はエラい遠回りするかも知れません」


と、謝って来る。


話を聴く他の刑事は、慰めに入った。


だが、八橋刑事だけは。


「その女性刑事って、遣ってることの意味が解らないですね。 元囚人だろうが何だろうが、自分の関わる事件でも無いのに、今更に過去の事へ突っかかって何に成るんですか。 犯人だと断定しないで、関わる人間を全員パクる気ですか?」


その意見が余りにもダイレクト過ぎて、苦笑いしか出来ない木葉刑事達。


だが、愚痴る訳では無いが、謝る松原刑事にはまた彼は言う。


「松原さん、同じ所轄の仲間でも謝る必要は無いですよ。 本人の馬鹿さは、本人に償わせればいいです」


どストレートな、今時の若者的な意見で。 言ってる事は確かに正しいが。 大人の世界では、責任の在る立場の者が負わねば成らないモノも在る。 管理官は、その現場責任者だから大変だ。 砺波管理官の苦労を知る松原刑事だから、その苦悩も一入なんだと察せれる。


軽く飲んで、言いたい事を言った刑事達。 木葉刑事が基本的に聴き手だが、里谷刑事が居たら大変だろう。 明日が休みで、今日が合コンと言っていた。


その夜中だ。 仮眠施設で、隣接したベッドで寝る松原刑事と八橋刑事が、鼾を心地良く掻いている。 トイレに起きた木葉刑事は、同じく起きた市村刑事と二人してトイレへ。


並んで大に入る中、市村刑事は…。


「なぁ、木葉」


「はい?」


「あの被害者の奥さんって、何となく不思議な女性って思わないか? イイ男より、あんな地味な旦那を溺愛して。 然も、ルックスがイイのに、控え目でな」


「本人曰わく、一番に安心の出来る人と結婚したとか。 過去に、深い傷でも在るのかも知れませんがね。 愛情の湧く入り口は見た目でも、死ぬか看取る最後まで、その見た目が愛情を繋ぐ命綱とは限らない。 彼女の欲したものをあの旦那さんが人一倍持っていた、そんな感じなんじゃ有りませんか?」


この話を聞いた市村刑事は笑みを浮かべ。


「な~る。 それなら、俺にも勝ち目は無いな」


笑い話の様に言う。 その顔に浮かんだ表情は、彼にして珍しく“負けた”と云わんばかりの完敗を食らった様で。 察した木葉刑事は、


「市村さん、せめて人妻は遠慮しましょうよ」


と、窘める。


「ジョ~ダンだよ」


「市村さんだと、冗談には聞こえないッスよ」


だが、軽笑いをした後の市村刑事が、何故か顔を困らせるように変えて。


「だが、我が班のマスコットガールと言い張る例の彼女は、合コンで失態をして無いだろうな。 やらかしてたら、明後日がウザいぞ、木葉」


里谷刑事の事を思い出す木葉刑事は、それは恐ろしいと。


「う゛~ん、スマホを見たくないッスよ。 里谷さんからなら、メールも何かも未読でゴミ箱に入れようかな…」


「おいおい、既読ぐらいはしてやれよ」


先に出た木葉刑事は、手を洗いつつ。


「里谷さんの愚痴って、長いッスよ」


市村刑事もトイレから出て。


「仕方無い、仕方無い。 本人は、まだまだ乙女らしいんだから」


「ぐぇ、最悪…」


二人して、里谷刑事がお持ち帰りでもされて欲しいと祈った。


そして、明けた朝。


顔を洗ってシャワーを浴びた木葉刑事は、コンビニへ何か買い出しに行こうとする。 然し、市村刑事、八橋刑事と一緒に行く途中。


市村刑事は、眠たそうな顔をしながらに。


「木葉、今の内にスマホを見てみろよ」


その一言で、夜中の話を思い出す木葉刑事。 八橋刑事と市村刑事が話を共有する中、恐る恐るとスマホを取り出した木葉刑事は…。


(昨日の深夜11時49分から、例の女性より電話とメールが連続して…。 あ、悪夢だ)


ディスプレイの表示を見たそのまま、そ~~~っとポケットに戻す。


市村刑事はその様子を脇目にして。


「ど~やらその様子だと、我が班のマスコットの合コンは、失敗か?」


交差点に来ると八橋刑事が。


「ゴールは、まだ見えない先ですね」


‘結婚’を‘ゴール’に言い換えた事で、市村と木葉の両刑事は苦笑いしか無い。


さて、買うものを買って、所轄署内の捜査本部へと入る。 遅れて起きてきた飯田刑事、松原刑事と一緒に、軽く食事をしながらにスマホを覗いてみれば。


“お゛いっ!!! 木葉ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!! アタシの何処が悪いかっ、言ってみろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!”


酔っ払いと化した里谷刑事が、グダを巻く姿が思い描けるメールの内容。 見るんじゃなかった、と軽い頭痛を覚える錯覚に木葉刑事は…。


「うぉ・・里谷さん、二・三日ぐらい見たくないッス」


まだ幾分に眠い市村刑事は、サンドイッチを食べながら。


「敗軍の将は、兵を語らないモンだが。 恋愛の戦は、負けると愚痴の吐き合いだな」


ウザい里谷刑事の今を、この場に居る四人は容易に想像が出来て考えるのを止めた。


さて、事件の話に入る五人。


真っ先に、同僚にして新任刑事のしでかした負債の余波を思い詰める松原刑事が。


「小南の奴の所為で、捜査が大幅に遅れなきゃいいですが…」


と、呟くと。


それはもう言い訳にしかならないと思う木葉刑事は、


「飯田さん。 例の車の目撃情報は、どの辺で途切れたんですか?」


前へ進ませる為にこう言った。


「正に、管理官の言った辺りだ」


「四方の防犯映像を観て、それでしょう?」


おにぎりを齧った飯田刑事は、


「‘八方’・・が・・抜けてる・ぞ」


こう付け足しを。


八橋刑事は、弁当一つを早々と平らげてから。


「ならば、車を変えたか。 何等かのトリックですかね?」


だが、頭を捻る市村刑事は、


「トリックなら、完全なる計画的殺人未遂じゃないか。 住宅街の昼間に、人目を気にせず殺しをやるか?」


「あ、まぁ・・そうですね」


目撃情報の途絶えた理由を考える木葉刑事は、


「車を隠して持ち去るならば、トラックの荷台に入れるとか? ま、付近に車を置いて歩く他、タクシーって手も在りますよね」


確かにその通りと思う飯田刑事は、


「ならば、碑文谷でローラーを掛けるしか無いか…」


と、大好きな鮭のおにぎりを〆に取り上げる。


サンドイッチを食べきった市村刑事は、手を叩きながら。


「車が放置されたなら、見付かる可能性は高い。 だが、車両に積んで走ったならば、これは面倒臭いな。 不審な車両の調べは鑑識に任せて、俺達は現場の捜索とタクシーの線を潰すか」


八橋刑事は、焼き肉弁当の半分を食べた辺りで。


「タクシー会社に連絡して、時間を絞り込んだ範囲での走行情報を貰いましょう。 乗せたなら、記録が残りますね」


意見が纏まって来たと察した木葉刑事は、コンビニの暖かいコーヒーを飲むと。


「ですが、単独犯なら助かりますが。 共犯者が居たら、泣きましょうね」


と、戯れ言を言う。


指をクルクルと回し始めた市村刑事は、


「泣くのは、お前のスマホの中の里谷だけで十分だよ」


と、木葉刑事のポケットを指差した。


そんな感じで事件に向かうこの篠田班の面々を見て、松原刑事は思う。


(なんとも頼もしい後輩たちだ。 私など、何時に引退したって関係ない)


警視庁捜査一課の各班に、この柔らかさの在る班がどれほど在るのか。 やはりエリート意識が高く、所轄の刑事と同じ目線の者は少ない。 この篠田班が、異質なのかも知れなかった。


砺波管理官と尚形係長と篠田班長が揃って会議が始まれば、木葉刑事達は考えを話し。 捜査の優先度の指示を乞う。


所轄や応援で来た刑事達の中では、松原刑事が最も真剣で在り。  昨日の疲れからか、髪の毛がやや乱れ気味の織田刑事も出勤している。


「朝に、夫と子供二人を追い出すだけで、一日の半分の体力を使う気分よ」


と、会議後に疲労感で草臥れた織田刑事だが。


木葉刑事は、班の仲間を集めた処で、スマホに来た里谷刑事のメールを見せる。


“嗚呼っ、仕事がしたいっ! 仕事がアタシを呼んで居るわ゛っ! 仕事だけは、アタシを愛してくれるのぉっ!!!! このまま黙ってたらっ、アタジは部屋を破壊しそうっ!!”


面倒臭い里谷刑事のメールが、木葉刑事経由で班内に拡散。 想像するだけで鬱陶しい里谷刑事の様子に、みんなゲンナリしながら無視して捜査に散る。


飯田刑事と八橋刑事は、所轄署の刑事四人を率いて現場周辺にローラー的に聴き込みをする。


如月刑事と市村刑事は、他の刑事二人を率いてタクシー会社を当たる事に。


織田刑事と木葉刑事には、松原刑事のみ。 然し、近くの廊下では、大声を出して居る女性が。


「私が何をっ?! 事件に関係するかも知れないからっ、怪しいから話しを聴くのではっ? 犯人かも知れないからっ、話を聴くのではっ?!!!」


小柄でも強気ながら可愛げの無い若い女性が、尚形係長に喰って掛かって居る。


一方、廊下に立つ尚形係長は、


「小南巡査、命令を聴きなさいっ!! 今すぐ、捜査本部を出て自宅謹慎だっ!」


本日は、珍しく女性相手に怒鳴っていた。


その様子を眺める木葉刑事は、隣で青くなる松原刑事に。


「松原さん。 彼女は、どうして刑事に?」


「あ、あぁ・・。 彼女の家は、なんでも刑事一家だそうな。 地元は名古屋だが、彼女は警視庁を望んだ」


「然し、刑事に成るには、只の筆記と言うだけでは…」


「あぁ。 彼女の恋人は、警視庁の広報課に居るキャリア。 その推薦も有ったらしいが、彼女自身も婦警の時に傷害を起こした若者を捕まえたりしたよ」


すると木葉刑事は、何故か廊下に出てその女性刑事の方へと向かい。


「尚形係長、彼女は此方で・・」


木葉刑事の申し出に、目を凝らした尚形係長。


「ん? 木葉、この小南巡査を捜査をさせる訳には行かない。 彼女は、既に訴えられた。 直に、内部調査が始まる」


木葉刑事は、ゆっくり頷いて。


「解ってます」


と、言うと。


次に、目つきの鋭い、全身に怒りを含む小南と云う女性刑事を見て。


「失礼だけど。 貴女の一家も警察官で、君自身も現場にも出たならば、誰が君の様にヒドイ聴き込みをしてるのかな? 手本が居るなら、教えて欲しい」


短い髪型が印象的な小南なる彼女は、今にも怒鳴りそうな表情をする。


だが、木葉刑事は静かな語り方を崩さないままに、畳みかける。


「元囚人だろうが、罪を償って出て刑務所から出て来たら一般人。 仮にその罪を永久的に責める事が出来るとしたならば、それは被害者ぐらいだよ。 こう云う場合、先ずは面会する事情を話して、相手の話を聴いて。 相手の嘘や本音を探るのが、本当の聴き込みだろう?」


すると、木葉刑事の後ろに来た松原刑事も続き。


「小南、人を観察もしないで一方的に決め付ければ、口までも頑なに閉ざす。 その結果は、聴きたい事すら聴けずに、捜査が遅れるんだ。 お前、捜査本部の全体に迷惑をかけたんだ、解ってるのかぁ?!」


木葉刑事は彼女の目を見ながらも、その背中に蟠る黒い靄を視ていた。 霊魂だけではなく、人のぐちゃぐちゃした負の感情も、時として視れるのだが。 この小南なる女性捜査員は、一般の人より、クレーマーの様な者と同じぐらいに他人の憎悪を背負う。 警察官となれば、確かに人の恨みも買う事は在るが。 この若さにして、とんでもなく黒い負の念を背負って居る。 何でここまでの憎悪の念を背負うのか、理解に苦しむまま。


「貴女は、その鋭く礼節の無い言葉で、特定の犯人を挙げて刑事に成った。 だが、無関係な方々にも同じく接して、相当な恨みを買ったでしょう? 気を付けないと、一方的で頭ごなしな思い込みから受ける憎しみや怒りは、全て自分へと跳ね返る。 無用な敵を無数に作ってたら、警察も自衛隊にでも守られなきゃならないよ」


こう喩えを云うと、此方と彼女を窺う係長に軽く一礼して。


「さ、早く帰りなよ。 相手方から訴えられた一件にカタが着くまでは、もう貴女は現場はおろか内勤だって回れないから」


彼女へ言い残すと、促す様に一人先へ外に向かう。


それでも動く気配すら見せず、木葉刑事を睨み付ける小南なる巡査。


その様子には、警察一家が聞いて呆れると醒めた眼差しを向けていた織田刑事だが。 松原刑事は、彼女に近づくと小南巡査を見返し。


「小南、裁判に成ればもう後戻りは出来ない。 係長や管理官に従い、さっさと謹慎に就け。 ‘謹慎’は、休みじゃない。 ‘待機’と云う、命令だ」


立て続けに言われた小南なる彼女は、松原刑事に近寄り。


「松原さん、あの人が噂の木葉って一課のインチキけい…」


と、言った瞬間だ。


松原刑事の手が、小南の頬を叩く。 高い音に驚き、署員から動く刑事まで足を止めた。


その最中だ。


「いい加減にしろぉっ! そんな噂よりっ、全ては現実が一番に物語るモンだっ! お前が馬鹿にする刑事がっ、この捜査本部で一番に頭と足を使って捜査しているっ!! 最も本部や他の捜査員へ迷惑を掛けっ、最も捜査に支障を来して居るお前に゛っ! 誰を非難する資格が在るかぁっ!!!!!!」


この松原刑事が怒鳴るなど、同じ署の刑事、他の所轄より応援に来ている刑事すら見たことが無い。 分からず屋を通り越して、自信過剰で自分の責任を認識しない彼女にウンザリする松原刑事は、


「他人を見下す前に、暴言を向けた相手へ謝罪して来いっ! それすらも率先して出来ないなら・・・、お前にこの仕事をする資格はない。 刑事など・・、警察官を辞めろ」


こう言って歩き出す松原刑事は、頭を降って嫌がる。 織田刑事には、その頭を降った意味が良く解った。


(自分の遣ったことの重大さも解ってないで、木葉をとやかく言うんだもの・・。 松原さんみたいな人でも、流石にこの娘は面倒看切れないわよ)


対して、松原刑事から頬を叩かれ立ち尽くした彼女の眼には、覚めた署員や刑事の眼が映る。 力無く署を出て行く彼女が、素直に寮へと帰ったかは・・微妙で在った。


さて、事件の捜査は続いてゆく。 不審車両の映像では、かなり時間帯は絞り込めて居る。 だが、歩いて去ったならば、衣服も変えて居る可能性は十分に在る。


駐車場や倉庫などに絞り込んで、手掛かりを探す木葉刑事達だった。


然し、やはり松原刑事の憂い。 砺波管理官の心配は、現実の事と成った。


その一つの答えは、合コンで結果が最悪だった里谷刑事が、捜査本部に出勤して来た時に齎された。 次の日の朝、ズンズンと踏み込んで来た里谷刑事を見付け、呆れ眼の織田刑事以外の男達が散り散りに逃げようとした時で在る。


「木葉、木葉は~居るか」


野太い聞き覚えの在る声に、まだ捜査会議も始まる前の木葉刑事が悪寒を覚える。


(この感じ・・何だ? 悪寒が・・幽霊が現れた時の様な寒気が…)


そんなことで怯えた木葉刑事に、近場から近づく松原刑事が。


「木葉さん、三課の江森さんが見えましたぞ」


珍客と言える江森刑事の登場に、他の刑事達も驚いた。


だが、その話と云うのが…。


捜査本部の会議室の片隅にて、松原刑事を加えた篠田班の刑事達が集まり話を聴く。


江森刑事と対面に座る木葉刑事が、


「江森さん、こんな朝早くに?」


と、問うと。


「うん、チョイト困ったことに成った」


「え?」


「単刀直入に、言う。 お前たちが話を聴いた寺内が、今朝の早朝に電話をして来た」


この話に、松原刑事も悪寒に似た寒気を覚える。 恐怖に近い感覚だ。


少し顔を引き締める木葉刑事が。


「寺内さんは、何と?」


「それが、な。 寺内が窃盗団に加担して居る時、寺内の下には若い見習いの作業員が数名ほど居た。 その中の一人、〔御薗〕なる若者は、寺内の指導を最もスイスイと吸収した見習いで。 当時は事実は告げず、改造の手伝いをさせていたんだ」


この話で、松原刑事が頭を抱え込んだ。


「嗚呼、改造した者に心当たりが・・。 やっぱり、突っ込んで捜査すべきだった…」


同じく、改造した者に寺内は心当たりが有ったと察した木葉刑事達も、電話が来た時点で後手に回ったと思う。


さて、江森刑事の話は続く。


「寺内は、その見習いだった御薗が怪しいと感じて、密かに御薗へ話を聴いて。 彼が犯人と解ったなら、自首する様に薦める気だったらしい。 だが、お前たちが聴き込みに行ってから連絡を着けようとしているのに、全く連絡が付かないそうだ。 これが、その御園と云う男の名前と電話番号らしい」


メモ書きを渡された木葉刑事は、素直に頭を下げで。


「江森さん、せっかく情報を頂いたのに、すいません。 こっちのミスで、素早く捜査が出来ませんでした」


すると江森刑事は、巨漢の顔を引き締めて。


「お前が聴き込みに来た後、寺内はもう調べられてると思っていたらしい。 電話の向こうで、聴き込みに来た刑事達は、自分の嘘を見破った様だとも・・、そういっていたよ」


「そうですか・・」


「木葉、その遅れと成った原因は、問題の訴えられた新任の刑事か?」


「・・でも、自分が受け持つ事も出来ました。 結果は、微妙ですが…」


すると、椅子より立ち上がった江森刑事。


「そうか。 その分だと、指揮官も責任問題に成るから大変だな」


と、残すのみ。


さて、砺波管理官が警視庁より来て、木葉刑事より江森刑事の齎した報告を聴くと。


「嗚呼・・やっぱりか」


と、肩を落とす。


尚形係長も、篠田班長も、フォローをする言葉が無い。 砺波管理官は、その両手で顔を擦ったが…。


「木葉」


「はい」


「飯田と誰かを連れて、この御薗と云う人物を尋ねてくれ」


「はい。 ならば、これまで同様に松原さんで」


「うん。 今朝は、面倒な会議をしないから、準備が出来次第に動いて構わないぞ」


隣合う飯田刑事と二人して見合った木葉刑事は、


「自分は、住所を調べてきます」


と、云えば。


頷く飯田刑事は、


「俺は、トイレに行った松原さんに声掛けて、車を回しておく」


と、返す。


鑑識班の居る場に向かう木葉刑事は、自分を見て来る不満爆発しそうな里谷刑事に。


“サヨナラ~”


と、手を振る。


愚痴を言えなかった所為でムスッとした里谷刑事は、織田、市村、如月、八橋と云う仲間を見付け。 ニヤニヤしながら後ろの方へと向かって行く。


残された刑事達は、捜査が始まるまで愚痴を聞かされるのだと解り。 戦々恐々とした。


「ねぇ~、アタシってさぁ…」


言い寄る里谷刑事を、他の刑事達が拒否る様は・・・、まあいい。


この時、尚形係長が。


「管理官」


「ん?」


「もう少し、捜査員を回した方が…」


だが、尚形係長を見ない砺波管理官で。


「木葉と飯田が行けば、何が必要か解るだろう。 何人か本部に残します。 対応は、それで…」


尚形係長は、その胸の内の本音をどう現実にしようか悩む。


(一課の捜査員は、木葉は手柄付かず。 飯田には、これ以上の手柄は不要。 応援の捜査員には、そろそろ警視庁に来たい者も居る。 もう少し、所轄の捜査員を入れたいが…)


尚形係長の本音からすると、木葉刑事や飯田刑事は他所の捜査へ回し、手柄に飢えている者をこの捜査に回したい。 警察署の署長は、定期的に移動するのが仕事の範疇で。 ポストを転々として、大きな事件の指揮する手柄等を携えて、警視庁なり警察庁に出世する流れも在る。 その反面、その手柄を示す表彰等を受ける証と云うか、点数みたいなモノが、時に現場で点数を挙げる刑事達だ。 また、署長の時に昵懇となる者は、後に扱い易い部下だったり。 情報を得る駒とも成る。 その、様々な思惑の中で、尚形係長としても関係を繋いで気を回す事も遣る必要が出て来るのだ。 尚形係長本人は、もう出世など望んで居ない。 だが、警視庁の各課、部署のキャリアや幹部は、更なる昇進を狙って人間関係を築き。 その要望を尚形係長へ持って来たりする。 人事へ直接と言える者は限られ、大っぴらに遣る者が増えると後が面倒だ。 だが、尚形係長にしても、この砺波管理官は先輩にして、自分の思う人選を通しにくい者。 他の管理官の相手とは違って、相談をしても上手くいかないのが、酷くもどかしい。


本部に残る捜査員の中には、チラチラと尚形係長を見る捜査員まで居る。 本筋の捜査に何時に成ったら組まれるのか、それを待っているのだろう。


その様子を見ないで察する篠田班長(主任)だが。


(嗚呼、今回は無理だ。 砺波管理官は、管理官の中でも木葉と飯田を買って居る方だ。 小南なるあの娘の大問題も在る今に、危ない橋は渡らない。 他の署長や部長・課長の思惑も、今回は通らないだろうな…)


砺波管理官は、木田一課長へ連絡を入れる。 午後には、砺波管理官へまた監察官と呼ばれる者が事情を聴きに来るとか。


問題は、連絡が取れない【御薗 祐輔】(みその ゆうすけ)なる人物。 年齢は35歳になる彼は、神奈川県の久地の一角に住んで居た。 その家は、片側一車線の道路が曲がり下る前の道沿いに在り。 家の側面となる西側には、坂道と成る脇道が丘の上に伸びる。


近くのコンビニに車を停めた一行は、道を渡って御薗の自宅前に並ぶ。


持ち家を見る松原刑事は、


「無職・・じゃないのか」


と、貰った前情報を疑った。


其処は、斜面に家を建てたのだろう。 敷地の右側には、坂を削った一階部分に3台分のガレージを持ち。 家は、ガレージの側面の玄関を持つ一部屋の様な部分と、ガレージの上に乗っかる二階部分。 然し、二階と平行して、西側の登る坂道まで、斜面の芝生の庭が…。


敷地としては、この辺りでもそこそこ立派な広さが在ると見た飯田刑事は、


「先ずは、居るかな」


と、コンクリートで作られた狭い階段を‘くの字’に上がろうとする。


処が、其処へ車両を運ぶ中型のトレーラーが停車。 大きい音に、歩道で歩みを停めた刑事達。


一方、止まったトレーラーから降りる、修理工が着る繋ぎ姿の中年男性が。


「あの~御薗さん? 頼まれたお車、運んで来たんだけど」


と、刑事達を見返して云う。


その車両を運ぶ専用のトレーラーの荷台を見た飯田刑事は、


「おい、木葉・・あれ、例の車だ」


漸く探し求めていた宝物を見つけたとばかりに指差した。


頷いた木葉刑事は、トレーラーの運転手に事情を話す。


一方、捜査本部に鑑識の応援とガサ入れの令状を頼む飯田刑事。


同じく、御薗の家を尋ねて居るか居ないかを確かめる松原刑事。


トレーラーの運転手は、事件から数日を経てから仲介業者を経由して、車の運搬を依頼されたとか。 仲介業者は、俗にいう【何でも屋】と云う。


さて、外側の窓より家の中を見た松原刑事は、蛻の殻と云う家中を覗いたから。


「御園は、どうやら居ないですな。 もう逃亡したのかも」


然し、歩道より家と敷地全体を見る木葉刑事は、新しい死体を視る時の嫌な気配と言うか、霊気のようなモノが漂っているのを感じる。 そして、庭にその御薗らしい者が徘徊しているではないか。


(不味い、ホンボシは殺害されている。 遺体は、この敷地の何処かだ)


こう思いながら、


「とにかく、令状が到着次第に家宅捜索をしましょう」


常に持ち歩くビニール手袋を出す。


車を運ぶ業者を待たせて居れば、パトカーにて八橋刑事が捜査員2人と共に令状を届けに来る。 その八橋刑事をトレーラーに乗せ、そのまま捜査本部へ向かわせるようにする。 どうせ車は改造車両だから、どのみち押収するのだから。


さて、鑑識班が遅れる最中、令状を持った三人は家の中へ。 所轄の応援で来た2人には、前の見張りや通りでの聴き込みを頼む。 木葉刑事達3人は、ガレージを一通り見て。 その後に玄関より中へ。 1階は、トイレや風呂やキッチンだけ、2階は十畳程の大きな二間と云う家を見た3人。


フローリングの床をしたキッチンに立つ飯田刑事は、鍋もフライパンも安物一つしかない様子に。


「冷蔵庫も小さいし、食器も見て解るぐらいに数えるほど。 ゴミ箱を見ても、基本的な食事は外だな」


一方、かなり急となる階段へ座る松原刑事は、寝室と云うべき和室を指差して。


「寝具は、引き布団と掛け布団のみ。 服は、上着とズボンがそこそこ。 下着は、どれもヨレヨレだ。 エアコンは新品だが、目立った家電も無く、興じる趣味も無い感じですよ」


と、その存在するものから生活感を見て言う。


然し、木葉刑事だけは。


「それは、チョット可笑しいですね。 そうなると・・この敷地の何処かに、彼の私室が在るハズです」


こう言ったのだ。


木葉刑事の話で、階段前へと集まる刑事3人。 2階のもう一部屋は居間で在ろう筈なのに、車や部品の本を始めに、トイレットペーパーやら壊れた電化製品が置いて在る。 この1階は、玄関より入った右手にトイレ、左手側が風呂。 突き当たりにダイニングとなり、そんな狭い中で集まった三人。


首を傾げる松原刑事は、


「木葉さん、それはどうゆう事で? 部屋は、上の二間しか…」


こう聴けば。


玄関やら部屋から集めた郵便物等の紙の束や冊子を持つ木葉刑事は、それを松原刑事に見せる。


「この冊子や明細書を見て下さい。 御薗は、インターネットを引いてます。 映像配信サイトからテレビ欄の様な映像配信のプログラムが、毎月の様に送られてます。 また、様々なネットゲームにも加入して居る様ですし、通販でゲームソフトの購入も…」


その案内やらプログラムやら明細書を受け取り、内容を見る飯田刑事が。


「なるほどな・・。 これが在るなら普通に考えると、テレビに、パソコンに、ゲーム機も必要だな。 それに、個人の購入履歴とも言えるか、勝手に来る案内広告は、アダルトDVDから電子部品まで色々と…。 然し、この家の部屋の何処にもそれらしきモノは無いし、持ち去られた形跡すら無いぞ」


頷く木葉刑事は、外を指差し。


「また、外で見た電気の使用を示すメーターが、そこそこ早く動いてるんですよ。 この家の中で、通電してるのは冷蔵庫ぐらいなのに。 然も、この家の契約は、標準の家の倍は高い電圧のヤツです」


これで、飯田刑事も、松原刑事も、この簡素過ぎる家の中身に違和感を覚えた。


其処へ。


「お~い、木葉」


片岡鑑識員の声がして、鑑識班が来たと知る。


さて、指紋の採取などを片岡鑑識員に任せた木葉刑事達は、御薗の事について周辺へ聴き込む事にする。 飯田刑事と松原刑事は、応援で来た所轄の捜査員と共にトレーラーの来た道路沿いに。 木葉刑事は、もう1人の捜査員と家側面の坂道を登って‘棚田’成らぬ‘棚住宅’へ。


処が、それから10分ほどしてか。


ガレージを調べていた片岡鑑識員は、車両改造の一部と思われるナンバープレートを押収し。 そのナンバーを登録車両と照らし合わせて貰う為、本部へ連絡を終えた時。


「ん?」


坂道を大急ぎで下って来た木葉刑事が、柵の方からサンルーフも掛かる庭に飛び込んだのを見た。


(木葉…アイツ、また何かに気付きやがったな)


木葉刑事の突拍子もない行動でこう察した片岡鑑識員は、鑑識作業に使う一式が入ったトランクと押収したナンバープレートを抱えて庭へ。


「お~い、木葉ぁ。 そんな庭先の芝生なんかに跪いて、な~にを探してる?」


斜面と成る芝生の庭に、スーツも気にせずして跪いて居る木葉刑事。


「片岡さん! 御薗の家に在る稼動中の電化製品は、冷蔵庫のみっ。 なのに、測定器は回転が早いっ」


「おう、何かに電力が食われているのは、確かに間違いない」


「はいっ。 確かに、ガレージにも電気は行ってますがっ、不自然なのは地面に降りてるあの配線ッスよ!」


プレハブに似た簡素な家の庭側の側面には、地面へと向かう配線が塩ビニテープに巻かれ纏められていた。


「な~る。 ありゃ~ガレージの配線とは、ちと位置が違うな」


「はいっ。 それで、先の家でっ、お年寄りに話を聴いたらっ」


「おう」


木葉刑事の傍らまで来た片岡鑑識員が、何事かと近寄った時。


相手を見上げた木葉刑事は、真剣な目をして。


「この土地、元々から二束三文の値段だったらしいんですっ。 その理由が、地下に、岩を掘った防空壕が在ったと…」


此処で、片岡鑑識員も目を鋭く細めて光らせた。


「一部の防空壕なら、トンネル型に成ってりゃ地下室に成るな」


「はいっ。 入り口は、庭の在った付近だと…」


「よしっ」


片岡鑑識員も加わり、二人で庭を捜索。 すると芝生の一角が捲れる様に成っていて、開けると腐臭がして来る。


「かっ片岡さんっ、この臭いはっ」


「うむ、間違いない。 生き物の死骸の臭いだ」


その悪臭は、岩をくり抜いて土管を入れた形の入り口より立ち上る。 其処には、フック状の引っ掛かりを持つ鉄梯子が掛かっていた。 片岡鑑識員と木葉刑事が土管の底へと降りれば、其処には横穴として防空壕が見えた。 横幅5メートル弱、縦幅は2メートル半どうか。 そして其処には、男性の絞殺死体が在った。


死亡していたのは御薗らしいと片岡班長が推測する。 指紋を採取してみて、可能性は高いと指摘した。


御園という男は、防空壕の中に絨毯を持ち込み、換気扇を利用してガレージから防空壕に空気を入れ。 インターネットやら電気配線を自分で勝手に変えて、自分の居場所を地下に移していた。 更にはソファーと机と電化製品を持ち込み、遊ぶ環境を作って居た訳だが…。 防空壕の中から見れば、ガレージへと抜けるダストシュートの様な出口も。


容疑者発見と同時に、御薗の遺体からパソコンやスマホも押収されて、家の中をチンタラ調べていた鑑識員は大忙しと成る。


そして、それから3日後。


捜査は遅々としながらも、徐々に情報が上がって事件が明らかと成る。 先ず、犯行時から逃げて来るまでの御薗が着ていた衣服も解り、防犯カメラの捜査から彼が事件を起こした後。 タクシーを使って途中から逃げていた。 だが、中々に大胆不敵と云うべきか、御薗は回転寿司屋に入って時間を潰して居たのだ。


一方、御園の隠れ家より押収したパソコンの中身の解析も進めば、被害者の奥さんの会社に居る副社長と専務に繋がり、二人への突っ込んだ調べも再開する。 すると、やはり二人はあの善台議員と繋がりが在ると判った。 別の大企業に勤めて居た時、副社長の女性は大臣の秘書と不倫関係に在り。 専務は、議員が大臣の頃に、接待としてコンパニオンに風俗嬢を手配した過去が明らかになる。


更に2日して、スマホやらパソコンの消されたデータを復元すると。 御薗と或る人物の繋がりが解って来た。 御薗は、密かに外国人の強盗団の依頼を受けて、持ち込まれた車両に‘カスタマイズ’と云う形の違法改造をしていた。


然し、その改造依頼をする客の中には、元大臣やら企業やらの息子。 他にも、有名な暴走族の者も居て。 専務の息子が関わったのか、専務とのやり取りを示す証拠が出て来た。


漸く、事件発生から15日目。 専務を引っ張って取り調べをする。


“自分の勤める会社社長を襲い、怪我をさせろ”


犯行を依頼するメールを彼へ突き付ける。


しどろもどろする専務は、冗談を言ったまでと言い張るが。 値段交渉までの遣り取りを突き付けると…。


“御薗がしくじっただけだっ。 アイツめっ、サッサと社長を怪我させればイイものを。 つけ回す内にホレたから、自分のモノにするだのと…”


何の為にこんな依頼をと聴けば。


“あの社長にはっ、自分と会社を売り出す気持ちが薄いっ! 怪我でもして副社長の存在感が大きくなれば、あの社長だって流石に身の振り方を考える。 あんな普通の夫より、国家議員の先生に抱かれた方が特だと気付くハズさっ! 副社長だって、この考えには大賛成だったよっ”


この話より砺波管理官が動いた。 速攻で、副社長も取り調べると任意同行を求めたのだ。


彼女の過去を調べた上での取り調べの結果、逮捕した副社長は専務より口が軽かった。 善台代議士との間では、前に勤めていた会社に居た頃から献金としての金銭の授受が有り。 今の会社では、その代わりにあの社長を愛人にさせろ・・こう秘書を通して相談された事を話す。


然し、捜査の結果、御薗を殺害したのは外国人でATM窃盗団の一人だ。 急に御園が仕事を遣らなく成り、犯人が改造の依頼をしに行ったら、もう足を洗うと言われ逆上したらしい。


殺人を犯した外国人を含め、ATM窃盗団が軒並み検挙される頃には、月日も過ぎて6月も終わって居た。


この間、合コンに失敗した里谷刑事だけは、しつこく愚痴る為に仲間を居酒屋に誘ったが…。


事件は、何とか解決した。 あの控えめな社長の過去も明らかと成ったが、それは聞き流した捜査本部。 事件の発端ではあった事実だが、彼女の過去などこの事件の言い訳には成らない。 元大臣の代議士を殺人教唆の疑いで引っ張れば、捜査二課の政治関係となる悪事を扱う刑事達が、大臣の過去の悪事を叩けると捜査を開始。 過去の不正金銭の授受を皮切りに、女性問題が次々と明らかになれば彼の政治家生命はもう終わった…。 






渋谷での傷害事件より篠田班が手を引いて三日、7月の上旬。


その日は、木葉刑事の見つけ出した強盗傷害犯を、飯田刑事と里谷刑事が華麗にふん捕まえた後の夕方。 犯人より調書を取り終えたので、報告書を書く夕方の5時過ぎ。


書いていた飯田刑事は、反対のデスクに居る木葉刑事へ。


「そう云えば・・木葉」


「はい?」


デスクを前にして、明日には捜査本部も解散するので、もう警視庁に居る木葉刑事は、普段の安穏とした態度で返す。


「お前・・確か、今朝に。 この間の傷害で入院した被害者を見舞ったんだろう?」


「あ、はい。 刺し傷は痕が残るそうですが、もうひと月ほどで退院可能だと」


「そうか。 なら、奥さんも安心してたろ?」


其処に、里谷刑事が入ってきて。


「あの奥さん、一応は社長なんだから。 容体も安定してるんだから忙しいんじゃない?」


と、口を挟む。


彼女の顔が不機嫌に成りそうなのは、妙に色っぽい奥さんを思い出すと、合コンに失敗した事を蒸し返されるからだ。


だが、実際には、木葉刑事が見舞った時に奥さんはまだ居た。


「って云うか、あの奥さんは社長を辞任しようとしてたみたいッスよ」


「はぁ」


‘社長’を辞めるなど、まだ40前で何をと思った里谷刑事だが。


「この事件の元々を質すと・・。 あの社長である奥さんが20前後の頃、父親の残した借金返済の為にアダルトの映像作品に出演していたのを、あの元大臣の秘書が知ってたみたいで。 例のパーティーで彼女を見かけたときに、そのことを大臣へ耳打ちしたとか。 元大臣はそれを真に受けて、体を売っていたのならば営利的な餌を与えられはモノに成る、と思った様でしてね」


女性を軽く見る元大臣の考えに、里谷刑事は鋭く反応。


「あぁんのクソ元大臣めぇぇぇ…」


唸る彼女を見ない様にする木葉刑事や飯田刑事。 また、愚痴りに誘われては堪らないからだろう。


「あの奥さん、自分の過去に責任を感じて嫌に成ったみたいです」


然し、怪我した旦那の容姿を思い出した里谷刑事には、其処までイイ男でもない男性だからか。


「てか、そんなにあの旦那が大事か?」


と、盲目的過ぎると呆れる。


「里谷さん、奥さんの気持ちは、顔じゃ~無いみたいッスよ。 あの奥さんを一人の女性として、身体を売ったとか、強姦されたとか、その辺を含めても蔑まないで、常に対等で普通に見てくれる辺りに、あの奥さんはベタ惚れした様で…」


「む゛ぅ、でも顔も必要だろ」


「そりゃ~生き物ですから、顔も必要でしょうよ。 ただ、みんな固定的なイケメンを求めるとは、限らないンじゃないッスか?」


何だか人間として負けた気持ちの里谷刑事は、暴走する様に報告書へと驀進する。


あの奥さんは、まだ15歳の頃。 放埓な生き方をする父親に、酒代と借金の代償として体を売らされていた過去が有った。 最初は、数人の男に父親の誘導から襲われたのだという。 アダルト映像に出演していたのも、もう自暴自棄で経験の有る事だから、簡単な道を選んだ結果だという。


彼女の壮絶な過去は、里谷刑事も悪くは言えない。 だが、飯田刑事からして。


「男と女なんて、正に“割れ鍋にも綴じ蓋”だ。 互いにそれでいいなら、それでイイんだよ」


「あ、飯田さん」


「ん?」


「今夜は、奥さんの誕生日だとか」


「あぁ、テロでも無い限りは、絶対に帰る」


飯田刑事の愛妻家ぶりを思い出す里谷刑事は、尚更にムカムカして。


(何がっ、‘美人妻’じゃーっ!)


気合いから筆圧が強まり、ボールペンが折れた。


今日、発生した事件は、場所が珍しく警視庁に近かった為、本部が庁内に置かれた事件だが。 電光石火で終わり、明日には送検する手筈と成った。 起訴までは、所轄に任せるとなる。


だが、人の動く社会では、事件に終わりは無い。 その事件から二日後の或る雨の日。


千代田区に在る、とあるビルにて。 全面改築工場をしている中層ビルの現場で朝に、傷害事件発生と報告を受けて篠田班が担当を任された。


処が、行ってみれば傷害と言っても、家庭の不満を部下に当たり過ぎた現場監督が、部下より逆襲されたと云うのだが…。


篠田班がその改装中のビルに向かえば、35階建てのビルが壁や支柱と言う骨組み以外の窓から外装も内装も全て外され、ビルが、言わば骨組みだけの人体模型のような姿にされている。 被害者と被疑者に話を聞く篠田班だが、雨の日に見るビルは気味が悪いと感じた。


だが、そのビルを見た木葉刑事は・・。


(何だ、このビル。 死人が出たみたいに、‘死臭’みたいな霊気が漂ってる…。 あれは、何階だろう)


事件発生で、作業員が一階のエントランス当たりに集まる中。


「すいません。」


現地視察に来ていた地所の職員に声を掛けた木葉刑事。


「少し、ビルを見させては貰えませんか?」


「はぁ?」


このビルを買い取って改装し、新たに売る計画をする企業の企画部職員だが。 朝に発生した傷害事件の被害者も、加害者も、もう此処に居るというのに、この刑事は何を言い出すのかと。


「然し、もうあの二人が…」


二人を職員が指させば、少し困ったように笑みを浮かべた木葉刑事であり。


「いえね。 そこそこ古いビルの様ですが…」


傘を差して見上げる木葉刑事は、一部の壁すら無い三階に揺れ動く人影を見て。


「ホラ、あの影。 ビニールのカバーに、不審な影が見えるんですよ」


眼鏡の神経質そうな職員も、鈍い空から来る光で何とか確認し。


「あ、あぁ、なるほど。 まだ、あそこに誰か居るみたいな…。 全く、全員降りろって言ったのに」


彼の案内のような動きから、木葉刑事と職員は三階に上がるのだが…。 其処には、なんとロープ一本にぶら下がる男性が、宙吊りにされて居て。


「ヒィィっ! しっしっした・・した、死体っ!」


木葉刑事の真横で、職員の男性が腰を抜かす事と成る。


新たな事件が発生したと確信した木葉刑事は、三階の壁が無い瀬戸際に来て。 そこより半透明なカバーの隙間から下を見ては。


「あ~八橋君っ、八橋君!」


市村刑事、如月刑事と一緒に居る八橋刑事は、エントランス付近からビル側面の辺りで呼ばれたと辺りを見回してから真上を見上げて。


「はいっ? 木葉さんっ? 呼びましたっ?」


「あぁっ! 鑑識の進藤さんはっ、まだ居るかいっ?!!!」


鑑識班の第二班班長の‘歯抜け狸’みたいな進藤鑑識員が、殺風景なエントランス内にて証拠品を確認していた。


「居ますよぉっ」


「済まないがーーーっ、三階にっ、来て貰ってくれ!」


「木葉さんっ、何ですかっ? 風が強くてっ」


梅雨の時期が長引く今、生暖かい風が強く吹き付け、時折にカバーの幕を強く揺さぶった。 蒸し暑い中で汗ばむ八橋刑事は、聞き返した後に耳を上に向ける。


すると。


「三階にっ、来て貰ってくれ! く・び・つ・りっ! 死体が在る!」


八橋刑事が話を聴いた時。 双方より話も聴いたから、もう警視庁に帰ろうと云う市村刑事が。


「八橋、木葉が何だって?」


普段は半目みたいな眼をする八橋刑事だが、今はなかなかに真剣な眼差しをする中で。


「上に、首吊り・・だそうです」


死体が有ると知った市村刑事の眼が、ガッと凝らされた。


如月刑事に被害者と加害者の移送を任せて、班長に応援を依頼した木葉刑事。


一方、三階に上がった進藤鑑識員は、四階の階段を無くした上から吊された男性の遺体を見て。


「あいや~木葉ちゃん。 またまた、こんなモノを見付け為さったかよ」


「進藤さん、お手数を掛けます。 外側から不審な影が見えて、職員の方に声を掛けて見に来たら…」


30センチ以上も伸びた首が、まるでお話に出て来る妖怪の様な首吊り死体。 鑑識作業をしながら、進藤鑑識員が下ろす作業に掛かる時。


作業を見ている木葉刑事は、


「これ、死因は首吊り・・かな?」


と、ボソリ。


八橋刑事は、タロットカードの逆さ首吊りの男の姿を思い出しながら、その吊られた姿に。


「いやいや、これはまさに首吊りですよ」


と、遺体を指差した。


だが、若い鑑識員がブルーシートを用意して、その降ろす準備が整ったとロープを外す進藤鑑識員が。


「一見すると首吊りの様に見えるがね。 何はともあれ、殺人には間違いよ」


確信を持った様に言う。


応援に来た里谷刑事、織田刑事が、話を聞き付けた木田一課長と一緒に来ているのを知らない刑事三人ながら。 木葉刑事は、


「確かに・・。 遺体の首が上向いて、喉にロープがちゃんと掛かって無いし。 失禁して汚れたズボンが、この湿度の高い中で乾いてます。 然も、コンクリの下に失禁の跡が無い」


と、次々に不自然な点を指摘すると。


人為的な作為を感じた市村刑事は、


「なるほどな。 靴やズボンにも、変な痕が…。 あれは、おそらく引き摺った痕だな。 殺害現状はべっこで、此処は委棄現場か」


近付き過ぎない中で、観察する二人。


二人の後ろに立つ八橋刑事は、慌てて指摘をスマホでメモりながら。


「木葉先輩達は、もう一流ですね。 煩い里谷さんやオバサンの織田さんとは、やっぱり違う!」


この見当違いな誉めに、木葉先輩と市村刑事が軽い諭しをしようと振り向いた時だ。


(げぇっ)


(うわっ)


里谷刑事と織田刑事に、木田一課長の存在まで見知り。 そ~~~っと、八橋刑事より距離を取る二人。


だが、後ろに気付かない八橋刑事が興奮し、スマホを構えながら。


「先輩っ、他に気付いた所はっ」


こう興奮ぎみに問えば。


「コラっ、八橋っ!」


織田刑事の声がして、八橋刑事がビクッとすると。


「木葉さんと違って、二流で悪かったわねぇ」


里谷刑事の声までして、八橋刑事の右肩に手が掛かった。


八橋刑事が石像の様に固まった瞬間。 間近まで来た木田一課長は、この死体への事件性が見えて殺人が確定と知り。


「現場が近いから、本庁に本部を立てる。 木葉、市村、君たちは早速、そのまま捜査に掛かってくれ。 早期解決を期待するぞ、一流の刑事達」


棘の様にも聞こえる意見を貰い、マズいと屈む木葉と市村の両刑事。


その間では、八橋刑事がその布袋腹を里谷と織田の両刑事に掴まれ、失言に対する仕返しをされて居た。


一方、帳場を立てると決めて本庁に戻るべく、木田一課長は階段を降りる時にニヤニヤしていた。


(堅すぎない処が、この班の最大の長所だな)


シバかれる八橋刑事の声を聞き、何をされているのかが解るだけにこう思う。


さて、本庁に戻った木田一課長は、改めて砺波管理官を呼んだ。 そして、今回の事件の指揮も任せた。


今、あの岩元の余罪捜査が大詰めを迎え。 彼が直接的に関与した傷害致死事件が、もう全面自供まで来た。 喚いていた岩元だが、やはり組にまで見放されたらしく。 死にたくないからと、余罪を洗いざらいにぶちまけた。 二課、組対課の取り調べから発覚した事件で、岩元の組していた組織絡みで、捜査一課でもスーパーエース的な班が一緒に捜査しているが、然し。 遠矢と岩元を挙げた篠田班には、他の班が対抗意識を持つほどに目が向く。


今のじゃれ合う彼等にその自覚が在るのかは、甚だ疑問だが…。


さて、全く身元の解らない男性死体だが。 年齢は40半ばから50歳頃。 鼻の横に痘痕が二つ有るのが特徴的。 少し恰幅な体つきだが、筋肉質でガッシリした人物である。


然し、鑑識が裸にした男性を調べる間、衣服を改める木葉刑事達。 織田刑事が木葉刑事と二人して。


「この紺色のスラックスは、作業ズボンみたいね」


「でも、遺体の足の筋肉からして、右足に筋力量が傾いてるみたいッスよ」


「そうなると、警備員や工場作業員ってより、タクシーの運転手なんかかもね」


「然も、窓から出す腕にも、日焼けが強いッスから。 何等かの運転手の可能が強いかと」


「うんうん」


其処へ、里谷刑事が入り。


「でも、目的は‘物取り’? 一々、自殺に見せ掛けるなんて、らしくないわよね?」


意見を手帳に書く市村刑事は、その手を止めると。


「本人確認をされると、被疑者に近付かれる恐れが在るから、物取りに見せ掛けたんだろうよ。 あの被害者のしていた時計、国産だがそこそこ高いヤツだぞ」


「あら、なら時計の製造番号から、購入者が解るかもね」


こう言った織田刑事は、他の遺留品を見て。


「後は、このご時世に今だに喫煙者で、飲み屋の名前が入ったライターが当たり易いわね」


其処へ、ブルーシートの向こうより、進藤鑑識員が顔を出して。


「解剖して見ればハッキリするけど。 おそらく死因は、窒息だ。 ただ、首を絞められたとかじゃ無く、これは一種の圧死かもな」


ブルーシートの近場に立つ市村刑事は、遺体を見ては首を傾げたい気持ちを言葉に乗せて。


「‘圧死’って、グシャっと潰される? そうは・・見えないが…」


「おいさ。 ただ、何百キロ以上の重さの物と云うよりは、100キロぐらいの重さや圧力で、肺が圧迫されて徐々に窒息死まで行った・・。 そんな感じだろうな」


其処へ、


「進藤鑑識員どの、映像通信が繋がりましたぞな」


何処の雅な世界の者か。 大人びた女性の声で、そんな話が聞こえて来る。


然し、女性の声と市村刑事は耳敏く。


「お、鑑識課の美人局、鴫(しぎ)だな」


と、振り返った。


ビルのエントランスまで入った鑑識車両より、肉体の女性らしさが一目で美しく艶やかと解る鑑識員が降りる。 真っ黒の髪を背中に束ね入れ。 化粧は薄いが、妙に赤い口紅が目を引く30代の女性だ。 切れ長の眼に、細面がよく似合う。 以前にも来たこの鴫鑑識員は、鑑識員をする女性では一番の美人と噂される。


彼女を見返す進藤鑑識員は、


「鴫、通信の相手は?」


と、ゴム手袋を脱ぐ。


鴫鑑識員は、遺体を運ぶ担架を一人で運びつつ。


「砺波管理官で在らせられます」


「あらら、砺波管理官か」


急ぎ、映像電話に向かう進藤鑑識員。


本部の準備に時間が掛かるから、砺波管理官も素早く情報を得たいのだろう。


さて、敬語やら宮廷言葉など、古めかしい言葉が口癖の鴫鑑識員。 市村刑事はその鴫鑑識員に近付くと。


「重そうだね。 運ぼうか?」


と、言い寄った。


織田、里谷、八橋の三名は、その女性相手となるや神速と思える彼の素早さに毎度、呆れてしまう。


(ホント、好きだな…)


だが、鴫鑑識員が近づいてきても、ブルーシートを捲って寝かされる死体を視続ける木葉刑事。


(この被害者、身長は170を超えているし、体重だって80キロを超えるかも。 体つきからしても、男性の腕力ならば100キロやそこらぐらいの物が乗せられても、何とか抜け出せる感じがする。 もしかして、何等かの影響で動きが制限されていた?)


一方、担架を運んだ鴫鑑識員は、死体を具に窺い視る木葉刑事を発見した。


その一瞬。 一緒に来た市村刑事は、ハッキリ見た。 鴫鑑識員が木葉刑事を見て、明らかに目つきを緩ませた。


(ま゛っ・まさか…)


女性の仕草・様子には、プレイボーイと云う意味でも敏い市村刑事。 普段はクールな立ち振る舞いをする鴫鑑識員が、その表情に女性らしさの滲む感情を覗わせるなど、見た事もなければ、聞いたことが無い。


(こ・木葉・・、おま・お前…)


自分でも落とせない難攻不落の城塞と云える鴫鑑識員が、簡単に女らしさを覗わせた相手を見た彼。


だが、木葉刑事の死体観察は、まだ続き。


その脇に立つ鴫鑑識員が、仕事をしたいとばかりに。


「木葉どの」


と、声を掛けるが。


「鴫さん、ご苦労様で」


「それは、お互いに。 処で、何ぞか、そのご遺体に疑問でもお在りかえ?」


その大人びた女性の少し低い声音が、まだ未熟な男心をも優しく許容する様な雰囲気を纏うので、彼女の居る八橋刑事でもドキドキする。


一方、遺体を見詰める木葉刑事は、被害者の大きめな鼻を見ると。


「鴫さん。 この・・被害者の鼻なんですがね」


「鼻・・のぉ」


木葉刑事の脇に屈んだ鴫鑑識員。 二人揃ってしゃがめば。


「ほら、普通なら誰しも鼻毛は有ります。 ですが、此方から覗いてみても、全く生えて無い様に見える」


「ふむ、ほんに・・仰るままよ」


「鼻毛を切るのは、まぁ対人関係のエチケットとして解りますが。 こんな中年の男性が、鼻毛まで脱毛しますかね?」


「ふむ。 ならば、備考欄に一筆指して於こう」


「お願いします」


其処へ、進藤鑑識員がまた顔を戻し。


「木葉~、里谷~、市~、砺波管理官が呼んでるぞ~」


と、呼ばれ。


「それじゃ鴫さん、後は」


「うむ、任せてたもれ」


鑑識車両の後部に有る荷台の中で、通信用の15インチ画面に集まる刑事達。 所轄からの応援も到着して来る最中。


画面に映る砺波管理官は、


「状況は、進藤さんからあらまし聴いたが。 君達からは、何か報告は?」


刑事達が気付いた点を述べると、砺波管理官は。


「織田刑事は、所轄の刑事と二人で、ライターに記載された飲み屋を当たって貰いたい。 里谷、八橋は、応援の刑事6人と一緒に、周辺への聴き込みを頼むよ。 木葉と市村は、応援の刑事を二人連れて、タクシー会社を当たってみるんだ。 特徴が無い人物ではなさそうだから、上手く行けば身元が割れるかも知れん」


割り当てを言った砺波管理官は、画面の向こうで窓より雨の外を窺うと。


「この雨で、人の眼も他に向きにくい。 然も、被害者が吊されてからだけで、10時間近いと云うからな。 聴き込みから情報を得るのは大変だろうが、店やら勤め人を良く絞って展開してくれ。 朝の傷害はもう話し合いが終わったから、如月も直にそっちへ向かわせる」


一同が返事と共に別れ、それぞれの仕事へ。 所轄の若い刑事と年配者の刑事を連れて、本庁に戻る木葉、市村の両刑事は、タクシー会社やリース会社へ電話を掛ける。


一方、勝どきに在る飲み屋に行った織田刑事だが、一見さんで見覚えは有っても、名前までは知らないと。 4日ほど前に、一人で来店したとか。


聴き込みも不当たりで、夕方の捜査会議までに名前すら解らない状態だったが…。 会議を目前にして、遂にタクシー会社に該当者らしき人物が居た。


四人の刑事が車で向かうのは、十条に在る大手タクシー会社の支店補。 死に顔ながら、確かめて貰うと。


「簗瀬さんだ。 間違いない、ウチの所属の簗瀬さんです」


と、事務所の所長が言った。


被害者は、[簗瀬 透]《やなせ とおる》49歳。 タクシーの運転手歴が18年と云う人物だ。


出来る限り社員へ聴き込んだが、独り者の生活ながらに飲み歩きと草野球が趣味と云う、気さくな男性だったとか。 4日前の午前中に業務を終えてから、そのまま無断欠勤に成ったとか。


さて、捜査会議に出そびれた四人は、遅れて尚形係長と篠田班長より報告を受けるが…。 誰かと電話をしていた砺波管理官は、木葉刑事を見てちょっと驚く。 そして、電話を切ると…。


「木葉。 やはりお前の勘は、実に恐ろしいな」


ポカンとした木葉刑事達だが。


「解剖した医師に因ると、鼻の中からクロロホルムらしき物質が検出されたと」


「クロロホルム・・か。 やっぱり自由が奪われてたんだ」


こう呟く木葉刑事に対して、砺波管理官は。


「念の為、病理解剖も頼んだ。 もしかすると被害者は、何等かの事件に巻き込まれたかもな」


だが、市村刑事は、其処で更に考えて。


「ですが、被害者の足取りを辿るには、ちょっと手間ですよ。 飲み歩きが趣味って言ってましたから、事件と何時に、何処で関わったのか…」


この意見には、尚形係長の気持ちからして。


“それを探すのが刑事で、捜査だ!”


と、頭ごなしに言いたい。


一方、砺波管理官からすると。


「確かに。 死体はこの時点で、死後40時間は経過していると見える。 40時間も経つならば、事件に遭遇したのが一昨日か、一昨々日なのか。 もっと絞る為の手掛かりが要る」


考える木葉刑事としては、


「財布や連絡・通信の出来る機器を奪ったのも、その辺を悟られたく無いからかも知れませんね」


と。


その通りかもと、頷く砺波管理官。


さて、更に木葉刑事は、


「それから、事務所や同僚に聴き込んだ話では、被害者の乗せた客に、此処最近で変わった客は居なかった、と」


その後に続き、所轄から応援で来た年配者の刑事も。


「被害者の周りで、親しい付き合いが在るのは、地元の草野球チームだとか」


時間を見た砺波管理官は、もう夜の6時を過ぎて居る為。


「よし、明日から木葉と市村は、この二人と一緒に草野球チームの面々に聴き込んでくれ。 如月と里谷が、鑑識と被害者の自宅に行ってるし。 今夜は雨が強まるから、無理な地取りは止める」


砺波管理官の決定で、今日は帰る支度をする刑事達。


だが、


「木葉」


と、砺波管理官に呼ばれた。


会議室の前に来た木葉刑事に、砺波管理官は前の机の椅子を指差し。


「ちょっと座ってくれ」


と。


関係資料の張られたボードを見る尚形係長と篠田班長が、何事かと振り返ると…。


座った木葉刑事に、砺波管理官が。


「古川さんの娘さんは、遠矢との関わりの後も大丈夫か?」


「詩織ちゃんなら、頑張ってますよ。 預かってくれて居る医師の先生は、とても立派な方なので」


「そうか・・それは良かった」


頷く砺波管理官は、難病を患っていた子供を亡くしている。 だから、詩織のことが気掛かりだったのだろうか。


「木葉よ。 あの遠矢には、過去に俺も悔しい想いをさせられた。 保険金詐欺の片棒を、母子家庭の母親を脅して担がせ。 共謀した保険会社の社員に、アイツはその母親を殺させた。 そして、その保険会社の社員も行方不明にさせられ、あの事件を未解決に追い込まれた事が在る」


「40年足らずしか生きてない割には、懲役千年ぐらいの事をやってますね」


全くその通りと、頷く砺波管理官。


「本当に…。 俺の次男は、その女性の子供でな。 難病で子供を亡くしたばかりだったから、返って引き取った後まで慰められたよ」


「管理官が、自ら?」


「あぁ。 然も、お前さんのお陰様で、遠矢からあの事件の自供も取れた。 残り少ない警察官人生で、悔いが軽くなった。 ありがとうよ、助かった」


わざわざ手を上げ軽い会釈をする砺波管理官の全身から、その礼の重さが解る気がする。


自分の身をエサにした手前か。


「ま、そう言って頂けると、自分を囮にして遠矢に殺され掛けた甲斐が有りましたよ」


「はは、そうだったな」


「ですが、岩元や遠矢が消えても、この仕事に終わりが無いのは面倒ですね。 つい先日は、同僚から逮捕者が出るし」


すると、眉間を触る砺波管理官。


「全くだ。 あの若い小南と云う彼女は、刑事に成る為に自作自演で罪を作ってたとは…」


「窃盗事件そのものが嘘だったとは…。 管理官や一課長も、大変ッスね」


「おいおい、他人事みたいに言ってくれるな」


「いやいや、管理官。 自分も、良く言われますから、他人事だなんて…」


すると、砺波管理官が彼を見返す。


「いや、お前の場合は、彼女のとは本質的に全く違う。 証拠の捏造など全く無いが、それが証拠として確認の出来る感覚が、本当に常人離れしている時が在る。 まるで被害者や加害者と一緒に、その事件を経験しているかの様な…」


確かに、これは的を射ている。 被害者の意識と同調したり、幽霊を視て知るのだから。


だが、砺波管理官は、更に。


「それも、ある種の一瞬から来る冴えなのだろう。 だからお前は、周りが理解の出来るまで、証拠と事実を繋ぐまで苦労をするんだ。 そして、それが在るから、お前は研かれる」


「・・そんなに、凄く無いですよ」


苦く謙遜した木葉刑事。


然し、砺波管理官は真剣な顔で。


「だがな、木葉よ。 お前がその努力をする限り、一線を踏み外す事も無いだろう。 遠矢の事件を観ても解るが、時には未解決のままに回り道をする必要も在る。 だから、古川さんや佐貫の事件で、心を一杯にするな。 必ず、取り返す機会は来る」


「はい…」


そして、穏やかに笑う砺波管理官は、


「明日から頼むぞ。 俺も年だから、偶には楽がしたい」


と、頷いた。


席を立ち上がった木葉刑事は、事件の集まった情報が書かれるボードを見ると。


「この事件も、早いウチに何か次の一手を進められるとイイですね」


砺波管理官も資料の紙を見下ろし。


「全くだ」


と、同意した。


木田一課長もそうだが、この砺波管理官も木葉刑事を信頼しているらしい。 篠田班長や尚形係長には真似のできない、不思議な絆すら覗える二人のやり取り。 残って見ていた他の刑事には、それが羨ましく思えた。


その日、木葉刑事は警視庁に泊まった。


さて、次の日。 梅雨前線を形成する低気圧が関東を北上しないで停滞し、連日の雨と成る。 朝に行われた捜査会議で、被害者宅から採取された指紋の照合も終わり。 簗瀬氏本人と解る。 また、飲み歩きが趣味とかで、行った店のマッチかライターを貰うのが、彼のスタイルらしく。 名刺入れに入ったライターやマッチが、数冊分も出て来ていた。


飯田刑事が出勤した代わりに、織田と八橋の両名が休み。 入れ替えで苦しい勤務だから、休みを呼び出す事はしない。


里谷刑事は、所轄から来た刑事二人と一緒に、現場周辺の防犯映像の確認に周る役割を。 木葉刑事と市村刑事は、昨日と同じ面々で草野球チームの名簿を頼りに聴き込みを割り振られ。 飯田刑事と如月刑事は、彼の飲み歩きについて調べる事にする。


捜査の割り振りをした砺波管理官は、席を立つと。


「みんな、昨日から更に強く雨が降り、今日も同様らしい。 雨には恵みも在るが。 一方では、時間や証拠や証言の正確さを薄め。 更に、事件の流れを、他人が認識する感覚を断つ時も在る。 事件に関しての情報は、しっかり聴いて、しっかり書け。 では、今日も頼む」


解散する刑事の中でも、若い刑事にはピンと来ない表現だが。


「砺波管理官って、案外カッコいいわよね~」


こう呟く里谷刑事。


一緒に働く飯田刑事や市村刑事からすると。


(‘案外’が余計だ)


(‘大先輩’だぞ)


と、呆れてしまった。


そして、捜査は更に本格的に成って行く。 1日、1日と、調べる事で、様々な事が浮かび上がって来る。


先ず、被害者があの発見現場に運び込まれたのは、発見前日の夜8時以降らしい。 警備員の巡回時間やら防犯映像から、そう判断が出来た。


次に、ピッチャーや外野手を好んだ被害者は、野球チームの仲間と飲みに行くのも好きだが。 その性格は温和で、誰かと言い争いに成るなど全く無かったと…。


そして、断続的に雨の日が続く、事件発覚から6日目の午後。


砺波管理官は、木葉刑事と飯田刑事二人だけに、珍しく遊撃行動を示す。 自由と成った木葉刑事は、飯田刑事と一緒に鑑識へ。


捜査中、市村刑事からしつこく聴かれたが。


“木葉、お前と鴫の間は、どんなだ”


然し、鴫鑑識員とは、警視庁に所属する時が一緒だっただけ。 深く喋った事も無ければ、一緒に飲みへ行った事すら無い。


だが、木葉刑事が鑑識課の中へ入ると…。 其処には鴫鑑識員が居て。


「おや、飯田どのに木葉どの。 何か、尋ね事でも在りましょうか?」


と、木葉刑事に言う。


その態度や言い方には、飯田刑事も一人で木葉刑事と対面する彼女を初見にて。


(ん~、市村の見立ては、バッチリ当たってるな)


と、察した。


然し、木葉刑事は軽い挨拶をすると。


「進藤さんは?」


「奥にいらっしゃる」


「了解」


と、短い遣り取りのみ。


(アイツ、事件絡みだと人の気持ちを鋭く読むのに、自分絡みは全くだな…)


この様子に、飯田刑事もどうしたものかと思う。


然し、少し‘妖艶さ’すら混ざる美女の鴫鑑識員は、自分の仕事へ動いて行った。


さて、進藤鑑識員を尋ねる木葉刑事は、軽い挨拶を交わすと。


「あの、進藤さん」


と、彼の脇に椅子を使って座り。


「ん?」


「被害者がクロロホルムで寝かされて、そのまま腹部を圧迫されるとしたらば。 もっと乗せる物が軽くても、窒息死ってします?」


「確かに、それは有り得るよ。 大体、劇薬のクロロホルムでは、寝るんじゃ無くて気絶。 気絶と睡眠は、状態として全く違うんだ」


「へぇ・・そうなんですか」


「解剖した医師も言って居たが。 気絶させた直後ならば、肺の上にそこそこ重い大人が乗って圧すだけでも、窒息死するとな」


「それって、首を絞めるのとは違うんですか? 死体検案調書に因れば、鬱血点も無かったと・・」


「ん~、木葉ちゃんよ。 鬱血点が出るのは、確かに窒息死の症状だが。 徐々に窒息させると、その鬱血点も出ずらく成る。 然も、首の吊り方に犯人も難儀したのか、舌骨が折れて無かった」


「と、云うことは、完全に被害者が死んでから、あの場所で首を吊った?」


「恐らくな」


「ねぇ、進藤さん」


「ん?」


「これは、あくまでも自分の推測なんですがね」


「何だい?」


「自殺に見せ掛けようとするって事は、保険金とかは・・・関係ないですよね?」


“保険金”


こう意見が出た処で、飯田刑事は目を見張る。


(保険金狙い? いや、被害者は独り者だ。 それは無い・・いや、いやいや。 人様の恨みをを買う様な人物ではない被害者だ。 事件に巻き込まれた以外なら、そうゆう可能性も在るな。 タクシーならば、車の事故については保険は絶対だ)


と、思考を巡らせる。


一方、軽く上向きに考えた進藤鑑識員も。


「さぁ。 それを否定するのは、少しばかり思い込みが過ぎるぞ、木葉ちゃん」


「そうですか?」


「おう。 最近の保険金は、事故や事件に因って、意外と支払額に格差を付ける特殊なヤツが在る。 相手の過失に因る事故に限って、割増に支払額が上がるとか。 病死や事故死では支払額が低いが、事件に巻き込まれた時のみ、倍額に成ったり」


「え゛、そんなのが在るんですか」


と、真面目に驚く木葉刑事。


何を思ったか進藤鑑識員は、Webの検索からホームページを開き。


「ほれ。 その手の保険は、一般人に向けては案内されない。 新しい保険のタイプで、主に企業向けの集団保険とかに在る」


この時、木葉刑事の眼が光る。


「飯田さん、まさか…」


「ん?」


「被害者が殺された理由って、金じゃ~ないですか?」


「保険金か?」


「スイマセンが、今日だけでも調べて、疑いを潰させて下さい」


「おう」


そんなやり取りを交わす木葉刑事を、離れた処からウットリとした目つきにて見ていた鴫鑑識員だった。


さて、再度に渡って被害者の務めるタクシー会社の事務所に行き。 被害者の事を聞く傍らに木葉刑事は、事務所の所長と世間話がてらに、自分に対するしつこい保険の話を…。


話好きなのか、年配者の所長は全く嫌がる事も無く、その話に乗って来て。 扱っている保険の話までしてくれた。


保険会社が解ると、二人してその保険会社を訪れる。 そして、不思議な事が解った。 何故か、被害者を含めて親族や家族の居ない者3名の保険だけ、あのタクシー会社より届け出がされて無かった。


いよいよ怪しさが湧いたので、二人は一旦、報告のために本部へ戻る。


二人の話を聴いた砺波管理官は、強盗だの暴力に遭いやすいタクシーの運転手なのに。 企業向けの集団保険に入って無い者が居て、その一人が死んだと成ると、突き進む捜査の道は開けたと。


“全捜査員に告ぐ、これよりは保険会社を当たれ。 被害者と同じ名前、もしくは別人でも、高額保険にて支払い請求が出された案件を調べよ”


直接、タクシー会社の事務所に、この不審な経緯を当たっても良かったが。 犯人を絞るには、寧ろ此方が回り道だが確実と砺波管理官は考えた。


そして、次の日から保険会社を巡る刑事達の姿が在った。 そして、里谷刑事と八橋刑事が、タクシー会社の契約する会社とは違う保険会社にて。 架空の会社から被害者の死亡保険の請求が出された事を知った。 その保険は、過労死や刑事事件など特殊な死亡に対して支払われる新手の保険で、外資系の中堅保険会社がテスト的に設けた新サービスだった。


二人よりその連絡を受ける砺波管理官は、警視庁より事件の捜査として資料を要求する旨の書類と共に再度保険会社を訪ねさせ。 その保険の請求について詳細な情報を求めた。 すると、その請求主は何と本社に居た。 タクシー本社の人事部に居た松永〘まつなが〙なる部長は、万が一の保険にも関わっていた。 逮捕状まで出されては彼も逃げようが無くて、彼の供述から共犯者の若い女性と、営業所事務の事務員の男性も逮捕された。


さて、遂に事件は佳境に入った。 被疑者の取り調べで解った事は、本社人事部の松永部長の不倫がバレて、離婚から慰謝料を請求された事。 然も、奥さんの怒りは収まらなかったのか、不倫相手にまで裁判を起こした事が発端だった…。


若くして結婚した松永容疑者は、自分の退職金に匹敵しそうな慰謝料や養育費の請求に青ざめた。 金に困った部長は、株で借金をした営業所の事務職員を抱き込み、今回の計画を企てた。


先ず、被害者を含めた営業所の所属運転手の中で、家族が居なくて行方不明に為っても直ぐに解らないだろうと思われる運転手を数名ピックアップした。 その中で、出歩く人物で尚且つ年配者に絞った処。 事務職員の男性は時々、被害者の簗瀬氏と飲み歩きする仲で在り。 然も、少額ながら借金まで在った為、彼に白羽の矢を立てた次第だ。


そして、本題となる事件の全容だが、始まりは遺体発見より四日前に遡る。 その夜、飲み歩きをしていた被害者だが。


“金を返すのを遅らせて貰っているので。 代わりに、付き合っている女性のマッサージ店でマッサージを受けませんか”


営業所の事務員をする彼が、簗瀬氏にこう連絡を入れた。


最近、会社での健康診断を受けた際に、筋肉疲労とか、睡眠時無呼吸症候群の疑いが在るとか、色々と診断から告知された被害者。 次の日は休みだから、是非にと呼ばれたのだ。


彼を呼び出した其処は、東陽町に在る日単位で貸し出す小さなテナント。 施術は、部長の不倫相手である女性が担当だった。


さて、どうやって被害者を眠らせたのか…。 鼻の中の炎症、肝臓と腎臓に軽い変化が見られたが。 それは、一見すると社会的にキャリア的な立場に居そうな、気位も高く、白いスーツスカート姿の女性が語る。 この女性こそ、松原部長の不倫相手であった。 彼女は、被害者をマッサージシートに座らせると。 施術と称して、鼻の通りを良くするとか言い、鼻マスクに作り替えた機械で気化させた弱い弱い睡眠導入剤を吸わせる。 そして、鼻毛を抜く粘着剤のコピー商品を用い、温めた薬剤にクロロホルムを練り込んで、鼻の穴に差し込んだのだ。 アルコール、睡眠導入剤、そしてクロロホルムの三重奏。 最終的に気絶させて、彼女が隠れていた松永部長を呼び、彼がゆっくりと被害者の上に乗り上がりながら窒息死へ誘った。 こんな用意周到なやり方を、彼女は何処で覚えたのか。 それを問い詰めると、テレビで見たと言うのだが…。


計画性も綿密で、実行も無駄なく犯した手口。 その現実味を問う取り調べが、逮捕から5日ほど進み。 事件の全容は、ほぼ全て明らかに成った。


然だが、この日。 もう起訴の準備が整いつつある最中だ。 全く取り調べに参加しなかった木葉刑事だが、何故か取調室を訪れては、松原部長の愛人関係に在る彼女を見詰めていた。


(世の中には案外、悪人の方が大手を振って闊歩してるのかな。 此処にも、罪を逃れて笑ってた方が・・いた)


その眼には、犯人の一人として捕まった彼女の背後に、何人もの霊が纏わり憑いているのを視ていた。 どの霊体も恨み言を言い、憎らしくて憎らしくて仕方のない様を恐ろしい死に顔で見せている。


その眼差しに気付いたのは、最初からマジックミラーの裏に立った砺波管理官だった。


そして、もう部長の松永と、共謀した事務員の男性を起訴すると決まった日。 朝、砺波管理官から木葉刑事が呼ばれた。


捜査会議の最中として、彼を呼んだ砺波管理官は。


「木葉。 今日1日で、誰か取り調べをしたい者は居るか?」


既にこの時、所轄からの応援で来た刑事は、半分も居無い。 もう起訴と皆が思っていた時で、篠田班の面々も、刑事達も、尚形係長ですら何事かと思った次第。


一方、真向から問われた木葉刑事だが、砺波管理官の脳裏には自分と同じ思いが有ると察しながら。


「管理官、これは賭けになります。 自分の疑いは、心証と云うだけです」


と、返すのだが…。


「俺も、お前と同じだ。 あの松永の浮気相手と云う女性の過去には、同じ罪の余罪が在ると感じる。 いや、その匂いを嗅いだ刑事は、この場の半分ぐらいは居るか。 だが、その事を追求するまで、誰一人も確信が持てなかった。 木葉、皆の働きで素早く起訴までの準備が出来た。 然し、拘留期限がまだ三日が有る。 お前が遣りたいならば、取り調べを許す」


その特別な待遇に、捜査員達は驚いた。 然も、余罪が在ると言及しているのだ…。


ザワついた捜査会議で、刑事達がヒソヒソと話をする。 その内容は、確かに自由の時に、一人で木葉刑事がで本部から離れては、誰かの事を捜査していた様だ…と。


其所へ、


「砺波管理官、それは勇み足ですぞ」


危険と思って言った尚形係長。 他の事件も起こって居る中で、担当する事件が解決したならば速やかに被害者を起訴して、無駄な経費が掛からないよう捜査本部を解散すべきだ・・と意見を追加する。


だが、腕組みした砺波管理官は、


「ダメ元でもいい。 あの女性の過去が、未だよくわかっていない。 あの女性は、殺人の共犯と為っているに関わらず、丸でそれぐらいなら余裕とばかりに居る。 何か、隠し事があっての余裕ならば、どんな些細な事から裁判がひっくり返されるとも限らない。 もし、余罪が有るならば、その尻尾だけでも探りたい。 尚形係長」


「は?」


「私の経歴に汚点など構わない。 が、真っ黒いヤツだけは、過去の罪も逃がしたくない」


と、彼を黙らせて許可した。


砺波管理官の顔、言葉に、刑事達はある種の魂を感じた。 自分たちの調べが甘いと思った者も居た。 まだ時間が有ると、気合いを入れ直す者も居た。


場の空気が引き締まり、木葉刑事が砺波管理官に折れて取り調べをする事と成った。


そして、午前10時過ぎ。 それは、とても静かな始まりだ。 この日は、ブランド物なのか、柔らかい布の赤いズボンとブラウスを着た女性が、全く反省もして無い様な態度で取り調べ室に入って来る。 そして、木葉刑事と対面の席の前に来た瞬間だ。


「もう知ってる事は、ゼ~ンブ話したわよっ!!!」


丸で突け放すかの如く態度で、雷鳴の様に強い一声を発した。


まだ梅雨明け宣言がされないこの日も、外の暗い空からは雨の降る。 夏に入った割には、妙に肌寒く。 澄ました木葉刑事が、“其処に居ないのではないか”・・と思うほどに、静まったままに座って居る。


二人の対照的な眼が、斜めに噛み合って見詰め合うのだが。 椅子の前に彼女が立ったままのその場で、木葉刑事はゆっくりと口を開くと…。


「諏泡 芽依すほう めいさん」


と、彼女の名前では無い名前を言った。


が、この一言が持つ威力は、マジックミラー越しに見守る刑事達を驚かせるに足りた。 何故ならば、その名前が出た瞬間である。 立っていた女性が、当に図ったかの間合いで目をギョッとさせたのだから…。


そして、一瞬の沈黙の後で。


「わ・私はっ、信田真由美っ! だっ、誰よそれっ!」


一瞬前とは激変し、慌てた様子にて大声を出す。


マジックミラーの向こう側で見ていた砺波管理官は、その劇的な変化に目を細めるのみ。


一方、並ぶ里谷刑事と飯田刑事が同じく眼を凝らすと…。


「これまでの取り調べでは、あんな狼狽した様子は見せなかったわ」


里谷刑事が言い。


「確かに。 だが、彼女の名前の裏は取れている。 木葉の言ったのは、偽名か」


飯田刑事も、こう小さく呟いた。


また、これまでの取り調べの席にて、何度か彼女より誘われる仕草を見せられた市村刑事が。


「どうやら木葉は、彼女の裏側の姿を捕らえたらしい。 あの見た目に美しい姿も、あれは醜い欲の成れの果て・・か」


フェミニストにしては呆れた視線を送る。 市村刑事は以前の木葉刑事と組んだ所轄の頃、男を食い物にする悪女を捕まえた。 美しい女性の外見に囚われない彼の取り調べに、成熟した人間観察力を窺い知った。


篠田班の刑事達は、もう新たな捜査が始まると感じていた。


さて、取調室では、木葉刑事が女性を見返して話し始めた。


「信田 真由美さん。 それが貴女の本名ですが、〔諏泡 芽依〕も 、〔橘 葵〕も、貴女の仮の本名ですよね?」


と、涼やかに言う。


然し、これは彼の掛けだった。 彼女の後ろには、今にも彼女を殺しそうな顔をする幽霊が三人も居る。 その幽霊の放つ言葉を聴くと、この数日の間にダメ元で捜査に向かっていた。 然し、一人で捜査に掛ける事の出来た時間は、非常に少ない。 その捜査が実るか、失敗するか、この取り調べに掛かる。 彼女の過去に事件の影が見えなければ、検事は今日の午後にでも他の二人と一緒に起訴を決めるだろう。 砺波管理官の賭けに応える為には、彼女の余罪を他の刑事達へ示す必要が有った。


そして、最初の力比べは、木葉刑事に軍配が上がったらしい。 これまでの女王様の様な態度が形を潜め。 一方で、恐ろしいまでに怒りを孕む表情をした信田真由美なる女性は、自分から席に座った。


のほほんとした雰囲気さえ見える木葉刑事は、彼女と見合う。 警戒した構えの真由美は、何一つ喋らないと云わんばかりに口をキツク結んだ。


取り調べに同席する織田刑事は、木葉刑事のやり方に任せると腕組みをして壁際に下がる。


それから、木葉刑事と真由美の睨み合いが始まった。


(さて、どうしようかな。 差してカードなど無い今、先手必勝・・しかないか)


こう思う木葉刑事。 のらくらと遣り過ぎれば、彼女も肝が据わってしまうと思ったのだ。


「貴女は嘗て、新宿の歌舞伎町では源氏名と本名を同じにして、〔橘 葵〕と名乗っていた様ですね。 勤めていた店は、キャバクラの“逢来香”。 その間、消えた客は…」


と、呟く途中にて。


‐ バン! ‐


話を遮るように、強く机を叩き捲る真由美。


「コラッ!」


暴れそうな雰囲気を感じた織田刑事が、真由美の暴挙を止めさせ様とする。


然し、其処で素早く手を出して止めたのは、木葉刑事の方だ。 真由美を制した訳ではない、織田刑事を制したのだ。


その様子に、刑事達が困惑する。


処が、砺波管理官が。


「流石、木葉だ。 動揺した処で揺さぶる為に、ワザと感情的にして引き出すつもりか…」


彼の魂胆を見抜く。


尚形係長も、篠田班長も、木葉刑事のやり方に先を見ている砺波管理官の様子に驚く。


一方、喚く真由美は、


「チッキショウっ? おいっ、言ったのは誰っ!? ママっ? それともっ、ウェイターの真崎っ?」


焦った途端、彼女の口が軽くなった。 篠田班の刑事は、忙しく手帳やスマホに情報を書き留める。 他の刑事達も慌てて見習い、マジックミラーの裏側は緊張感が増して静まった。


だが、取り調べをする木葉刑事は、怒りに身を染めた彼女を前にしても澄ましたままに。


「それより遣り方って人は、ちょ~~っと酷いじゃないですか。 折角、アナタに金を注ぎ込む客となったのに、泥酔させて、そっ~と保険金の契約をさせるなんて。 まぁ、その時に覚えたんでしょう? 保険会社の従業員を抱きむ詐欺の遣り方。 前も、別の保険外交員を抱き込んで…」


木葉刑事の言葉が、彼女の心の奥底に潜む過去の記憶を掘り起こした。 真由美の眼が限界まで見開くし、その怒りに狂いそうな態度すら凍結させるのだから。


「そ・そんなっ、嘘・・。 なんで、あんた・・ジョンソンを殺した事まで…」


唐突な攻め方をした木葉刑事だが、織田刑事は見守りつつ。


(砺波管理官の言う通り、これは余罪が有りそう。 木葉の話が全て当たるなら、過去の人殺しも一人じゃなさそうね)


泥酔させた誰かが被害者ならば、過去に抱き込んだ保険の外交員なるジョンソンも殺したと云っている。 この被疑者、何人の人間を殺しているのか。


此処で木葉刑事は、証拠品袋の中に入れられた彼女の指輪を取り出して見せると。


「あらら、それだけじゃ~ないでしょうよ。 ほら、コレ、くれた方が抜けて居ると思いますが…」


と、高そうな指輪を机の上に置いた。


その直後、ガックリと肩を落とした真由美。 たった10分。 連れて来られては、たったの10分で、彼女の何かが剥がされた。


「嘘だ・・名前の所なんか、削った・・のに」


次から次に秘密を悟られたと察しワナワナとする真由美へ、木葉刑事は覚めた笑みを見せると。


「警察を甘く見たらイケないッスよ。 これ、指輪に嵌るのは、所謂のピンクダイヤってヤツで、かなり高額な代物でしょ? 鑑識の見立てだけでも、最低価格が500万円以上。 正規の店でそんなものを買ったら、バッチリと名前が残りますよ」


「え?」


「貴金属の専門では有名な御徒町で聴きまわったら、或るジュエリー店で売られたと判りました。 購入者は、“勝木真路”さんって名前が有りましたが・・。 調べてみると、フシギですよねぇ~。 何故か、不慮の発作で亡くなられてる」


「なんで・・解ったの?」


真由美は、木葉刑事の話に呆然と返す。


替わって、マジックミラーの向こうでは、


「尚形係長、誰かを向かわせて確認を。 これからもっと、忙しくなるぞ」


と、砺波管理官が言う。


木葉刑事の取り調べに見入った尚形係長の袖を、篠田班長が揺さぶり。


「係長、係長っ」


ハッと気づく尚形係長は、


「あ、はっ、はい」


飯田刑事と応援の刑事二人に指示をする。


だが、取り調べ室での木葉刑事がする話はまだ続いていて。


「いやいや、アナタも綺麗な顔をしてヒドイ、酷いな~。 今回の被害者を入れても、解るだけで被害者が四人か。 今回の一件で捕まった他の二人とは違って、この様子ですと・・貴女一人で、死刑ですよね~」


お道化る様に呆れて見せた木葉刑事の態度で、彼女は自分の刑が確定した気に成ったのだろうか。


「いや・・そんなのいやっ! 待って、喋るっ!! ママとウェイターも逮捕してよっ!!」


こう自供し始めた。


彼女の態度の激変を見た砺波管理官は、笑みすら浮かべながらしっかり頷いて。


「ハッタリ混じりか、どうだか解らんが、良くやったっ! 昨日までの様子で、初犯の割には開き直りが行き過ぎてると怪しく思ったが・・やっぱり余罪有りか!」


やはり砺波管理官も、取り調べを見た心証としては、彼女に余罪有りと察していたらしい。


「さぁ、諸君。 もう一働きだ。 解る事件は、全部明らかにするぞっ」


取り調べ室と隣り合わせの部屋の中で、刑事達へ振り返った砺波管理官は言った。 そして、廊下に向かう砺波管理官。


更なる活躍の機会を見た刑事達は、ヤル気を漲らせて後に続く。


その部屋に残って、ミラー越しに木葉刑事を見た篠田班長は、珍しく狡猾な笑みを見せると。


「こ~れだから、木葉コイツの上司は辞められん」


こう言って、手を揉みながら廊下へ遅れて向かった。


さて、余罪の話を聴いた木葉刑事は、昼には織田刑事と廊下に出る。 入れ替りに、午後からは篠田班長と八橋刑事が交代した。


廊下を歩く木葉刑事を織田刑事が捕まえるなり。


「ねぇっ、本当は何処まで調べたのよっ」


「いや、新宿は歌舞伎町に知り合いが居ましてね。 彼女の事を知っている人を探したら、ドンピシャで見つかったんですよ」


「はぁ? そんな簡単にぃかい」


「それが、彼女のことは、噂で有名だったからです」


「噂?」


「彼女の勤めていたキャバクラから帰った客が、帰宅途中で川に転落して死んだ。 あれは。彼女に殺されたんじゃないか・・ってね」


「んまぁ、そ~んな噂が」


「同じ店に勤めていたキャバ嬢だったお姉さんが、今は熟女系の店でホステスをしていると紹介して貰ったんですが。 何と、その店の在る場所が、彼女の元勤めていた店の場所と同じだそうで・・」


「なんじゃそりゃ」


「それから、彼女のしていた指輪を鑑定して貰おうと御徒町の知り合いに見せたら、扱っていた店を知ってまして。 その購入者を訪ねたら、病死していた・・って事だけ解ったンスよ。 まだ存命のお婆さんが、“犯人はあの女だぁっ”、って写真の彼女を指差しました」


「じゃ、たったそれだけで落とした訳かい?」


「はい。 いや~、キャバ嬢の時の源氏名と資産家に取り入った時の偽名が割れて無かったら、即アウトでしたね」


「木葉っ、それってば大博打じゃない」


「だって、砺波管理官が…」


然し、結果オーライと思う織田刑事は、オバチャンの気質をまんまに出して。


「結果が出れば、まぁイイか~」


一方の木葉刑事は生きた心地がしなく。


「いやいや、俺の身体はボロボロッスよ。 寿命が、10年は縮んだッス」


だが、そう言う彼を間近で見ていた織田刑事は、まるで全てを見切って居た様な態度だった・・と思う。 然し、それを彼に言ったとしても、彼は本音を言わないぐらいは知っていた。


(全く、コイツの眼は常人離れしていなさるよ)


思うだけにして、木葉刑事と砺波管理官の元へ指示を仰ぎに行く。


砺波管理官は、二人からの供述報告を受けると、直ぐに担当検事へと連絡した。 捜査本部としては、男性2名はそれぞれの罪にて起訴し。 代わって真由美だけは、余罪追及の為に残すとし、拘留期限の延長を打診した。 彼女の供述の裏が取れ次第に明らかとなった殺人で、その後また再逮捕すると決めたのだ。


それから、捜査本部の動きは一段と忙しく成った。 一週間ほどした後に捕まったのは、真由美が21歳まで働いていたキャバクラの当時のママと。 そして、当時は若者としてウェイターをしていた男性である。


当時、店の赤字が膨らんでいた経営者のママは、借金返済の為に店を売ると決めた。 だが、無一文に成るのは嫌で仕方なかったらしく。 当時の“橘 葵”と名乗っていた真由美に、金を借りてまで大金を使う独身サラリーマンに目を付ける。 殺害すると決めた後は、入念に計画して実行したらしい。 この時、計画へと巻き込んだのは、店に通ってきていた保険外交員のジョンソンというアメリカ系二世である。 真由美に同じく惚れていたこの彼を使い、保険金殺人を企んだ。


先ず、閉店も押し迫った或る日に、客の被害者を泥酔させた挙げ句に書かせたのは、結婚の誓約書と保険金の契約書。 この保険に入る書類を受諾したのが、ジョンソンなる外交員だ。 また、当時は法科の大学生だったウェイターの男性は、結婚の誓約書を使って遺書を偽造した。


そして、それから少しの間を開けた、或る日。 閉店と成る最後の雨の夜に、そのサラリーマンを泥酔させて川へ突き落としたのだ。


この時には、1億の保険金を三人で分けた。 然も、彼の残した借金を、実家の親に返済させてからというから、遣り方が汚いというか、狡猾である。


だが、金遣いの荒い真由美は、20半ばには自分の立ち上げた会社も潰して借金塗れに。


然し、其処で彼女を救うのは、“勝木真路”と言う資産家。 処が、彼には面倒くさい事に金へ目を光らせる母親と、別れた妻との間に出来た娘が一人居た。  土地や資産を引き出そうとすると、口煩い母親が出張ると真由美は解り。 美人女性に弱い勝木真路を自分の肉体で誘惑し、自分の住むマンションに同居させる。 そして、軽い怪我を態と負って、お互いに万が一の時にと保険を掛け合う事にするよう仕向けた。


此処で、以前のキャバクラ時代に知り合って利用した、外国人の保険外交員ジョンソンを抱き込む。 未だ真由美に未練の在ったジョンソンは、前の計画が詐欺とも知らずに保険会社の事故調査員に成っていた。


そして、真由美より過去の出来事を打ち明けられたジョンソンは、真由美が言う嘘を鵜呑みに信じた。 真由美に言い寄られて彼女を抱いて、完全に篭絡されてしまう。


そして、勝木真路氏はサボテンの根っ子から採れる幻覚剤を真由美に使われ、連日の泥酔から身体を壊して死亡。 高額な保険金の受取人だった真由美だが、偽名を使っていてか、保険金の支払はスムーズに行われた。 然し、その保険の案内から支払いまでを面倒看たジョンソンは、保険会社の内部調査で疑われる。


ジョンソンから経過を聞いた真由美は、このままではジョンソンと共に自分も捕まると思った。 そして、彼から貰った幻覚剤をジョンソンにも飲ませ、精神的に参った彼を心中に見せて海へ。 自分もワザと遺留品やら偽造の資格証明書を残し、実家の北海道へと引っ込んだ。


この殺人で、数億円もの保険金をせしめた彼女だが。 やはり、派手やかな生活しか真由美は出来なかったのだろう。 札幌の片隅に店を出すも、30半ば前には身銭が尽きる。 


そして、親の諭す言葉も虚しく、また東京へ。


東京でホステスとして働くことにした真由美は、直ぐにタクシー会社の人事部長をする彼とかなり親密な関係に成った。 だが、まさか妻子が居るとは…。 離婚問題で訴えられて、追い詰められた。 其所で部長の松永を叱咤して、今回の保険金殺人を計画した。


日に日に、彼女の供述を元に共犯者の逮捕も進み、二つの殺人事件で再逮捕と拘留期限の延長をして貰ったが。 真由美の起こした最初のサラリーマンの事件と勝木真路氏の殺害は立件する事が出来た。 然し、ジョンソンの殺害は、遺体の捜索が出来ずして立件を諦める事と成る。


8月も後半に入って、都内が観測史上指折りの猛暑日を記録した日、彼女を三件の殺人について送検した。 篠田班、応援で来た刑事達の点数稼ぎには持って来いの事件だったが。 砺波管理官と木葉刑事は、ジョンソンと云う外国人の事件を立証できなかった事を悔やんだ。 真由美の供述が在ったにも関わらず、状況証拠すら見つけられなかったからだ。


他の刑事達には、真由美の過去の事件を明らかにしただけで逆転劇。 篠田班への考え方を変えるには十分であり、尚形係長ですら脱帽したのに。 唯一、幽霊から情報を貰っていることを知る里谷刑事は、解っているのに明らかにできない罪が在る事に対する苛立ちは、幽霊が視えていても無くならないと言う、掴み処の無い不条理だと思った。


捜査本部解散の日。 室内で解決を祝う刑事達は、細やかな祝いの時間を過ごしている。


コーラを里谷刑事と八橋刑事が注ぎ合い、連日に続く猛暑日の中での捜査を労り合う。


市村刑事と飯田刑事は所轄の女性刑事達に囲まれて、捜査の話を介して色々な探りを掛けられている。


尚形係長と篠田班長は、捜査本部の置かれた警察署の幹部とノンアルコールの発泡酒で解決を祝う。 重大事件を解決したことで、喜びも倍増と云う処。


そんな最中、焼き鳥を片手に烏龍茶を飲む木葉刑事の脇に、警察署の幹部達より離れた砺波管理官が来た。


「木葉、ご苦労様」


「管理官、ご苦労様です」


互いに頭を下げ合う二人。 焼き鳥を取る砺波管理官は、


「妻が、な。 中性脂肪が付くといけないからと、なかなか好物のコイツを食わせてくれん」


こう言いながら、鶏皮をタレに絡ませる。


柔らかく笑って、木葉刑事は篠田班長を見ると。


「班長も、最近は体調管理をされて困ってるとか。 でも、死んで欲しがられてる訳ではないですから、・・・まぁ」


濁す言い方をした木葉刑事の濁す部分を察する砺波管理官で。


「ふぅ、息子と同じ意見だな」


溜め息混じりで、二本目を‘ねぎま’に定めた。


酒は家でしか飲まない砺波管理官だから、緑茶を選んで出す木葉刑事。


「悪い」


紙コップを手にした砺波管理官だが。


「なぁ、木葉」


「はい」


「この仕事をすると、人間の本質が善か悪か解らなくなる時が在る。 刑事って仕事は、終わりがない」


「人が居る限り・・ですかね」


「かもな」


「然し、今回の事件は緊張しましたよ。 管理官の賭けには、特に」


こう言った木葉刑事だが、砺波管理官は涼やかな顔をして。


「お前の一人捜査を聴いた時、舵を切った。 そして、鑑識から指輪の出所を聴いた時、チャンスは今しかないと直感したんだ。 今を逃して、もうあの女性の罪を探る機会は無い・・とな」


こう言われては、木葉刑事も引き金は自分と判り先が続かない。


「ありゃ、バレてましたか」


「おいおい、一人捜査は御法度。 それは、一緒の刑事も気を遣う」


「すいません」


「木葉、余罪の追及を決めたのは、何処でだ?」


「そうッスね、彼女の部屋を捜索した時…」


「家宅捜索の時か」


「彼女の部屋を見た時、スーツケースに新たな荷造りの痕跡が有ったことは、管理官もご存知でしょうが」


「ん」


「犯罪引渡し協定の無い国のことを調べた形跡が在ったり、国内なら心配ない病気の予防注射をしたことも気になりましたが。 一番に気に成ったのは、彼女が保険金を受け取るまでのスムーズさ、です」


「‘スムーズさ’、な」


「彼女の犯罪に対する姿勢や手際のよさは、当に経験者そのもの。 共犯の二人から聴いた彼女の態度、行動、思考が全てを物語ってましたからね」


「それが、一人でも捜査した理由か」


「まぁ、調べて納得したならば、サッサと手を引く気でしたが…」


「疑いが益々深まった訳か」


「えぇ」


木葉刑事の適当な理由を聴く砺波管理官だが、幽霊が視えていると云う理由に比べたら遥かに信憑性のある言い訳だから納得する。


「然し、良くもまぁ~すんなり行き着いたものだ。 何処から始めた」


「それは、やはり指輪ですよ」


「あのダイヤのか」


「はい。 大きなピンクダイヤは珍しいと鑑識の班長が…。 宝石商には、以前に事件柄みで顔見知り合った方が居たので、写真で確認してもらったら直ぐに売った店が割れてしまいまして。 購入者の故人を訪ねました処、もう後は芋蔓式の様に…」


「最初の一手が的確ならば、そうゆうこともあるのか。 いやいや、その強運に恐れいった」


「いえ、とんでもない博打に付き合わせてスミマセン」


「ん。 だが、証言を得ながらも未解決の事件が残ってしまった。 事件と云うものは、やはり一筋縄では行かぬものだな」


「ですね」


年齢を超えた二人の話し合いに、所轄から応援で来た刑事達は様々な思いを持つ。 羨む者も居れば、生意気と思う者も。 然し、見せ付けられた現実は、自分たちでは何も出来なかった現状も在る。 果たして、疑惑を常に追求し、精査し、捜査することが自分たちに出来るかと云うと、そうは行かない。


そして、木葉刑事の手柄は例の如く周りに散らされた。 そのご馳走に与った刑事達は、木葉刑事の気持ちなど直ぐに忘れてしまうだろう。 事件は、今日も起こった。


都会に居る刑事達の休息は、常に一時のものでしかなかった。



         2



8月下旬。 世間の夏休み感も終わりが迫る、8月最後の週へと突入した。 お盆休みで帰省ラッシュが始まろうとする最中も、篠田班の面々は前の事件解決に奔走していた。 だからこの日の篠田班は、班長、織田、如月の3刑事が居ない。 代休込みの一週間休みを、2日ずらしで三人が取った為だ。 そして明日からは、飯田刑事も居なく成る。


ま、各所轄から一課への採用と、所轄や地方への移動願いを希望した刑事の入れ替えも半分が終わり。 今の一課の刑事は、見習いも含めてやや飽和化している。 新人を多く抱えた班は、係りを丸々に応援という形で岩元の捜査や遠矢関連の捜査に投入し、新人の訓練と見極めをし始めた。 篠田班に一週間以上の待機番に回るように命令が出されたのは、あの保険金詐欺と殺人事件を鮮やかに暴き立て。 遠矢、岩元に続いて大手柄を挙げてしまったから、余計なやっかみを和らげる為の一課長の配慮かもしれない。


さて、篠田班の八橋刑事や市村刑事は、暇に成ると昇進試験の勉強中。 警部補の位置に在るのは、篠田班長を外すと木葉刑事と里谷刑事と飯田刑事のみ。 他の刑事は、出世の為に暇な時間は昇進試験を受けるべく、試験勉強をする事を許される。


ぶっちゃけ、警部補で班長(主任)に成らない者の方が少ない。 木葉刑事と里谷刑事は、処分として先は暗いが。 飯田刑事は、以前に組んでいた相棒の大失態から、自分で昇進や出世を諦めた。 だから、篠田班は不思議なチームで在り。 寄せ集めの使えない班と思われる。


実際は、優秀な刑事達だが、在る意味で珍妙なアクが有るのかも知れない。


そんな篠田班の部屋で、少年の傷害に関する報告書を書く里谷刑事は、朝に買って来たブルーフラッペを持ち出し。


「夏だから仕方ないけどサ~、やっぱ暑いわ゛。 昨日、悪ガキ追っ掛けてから寝たら、火照って火照って。 クーラー20℃にしちゃったわよ」


居合わせる男の刑事は、


“それって、欲求不満が限界に来ているんじゃ?”


と、思ったが!


誰一人、それを口に出さずして在り来たりな返しに終始する。


一方、昨日に応援で少女の暴行やら傷害に携わった飯田刑事は、


「はぁ・・夏は本当にイヤだ。 年頃の娘が、薄着で夜遅くまで出歩くからな」


と、本音を愚痴る。


一方の市村刑事は、寧ろ女性の隙が増えると。


「イイ事だ。 より、ナンパが楽に成る」


だが、久しぶりにポテチタイムをする木葉刑事は、コンソメに続いてバーベキュー味も開けつつ。


「飯田さんの心配は、未来の娘さんの姿じゃ~ないッスか?」


瞬間、里谷刑事、八橋刑事、市村刑事は、


“なるほど!”


と、飯田刑事を見る。


大当たりの飯田刑事は、いよいよ顔を渋くさせて。


「ハァ・・、今のままで一生行かないかな。 可愛い可愛い、今のままでイイ」


溺愛する親らしい。 普段はバカな事を云う人間じゃない飯田刑事ですら、親とも成るとトチ狂うらしい。


其処へ、木葉刑事が、


「それなら、武道でも習わせた如何ですか。 まだ小さな内からなら、得るものは多いと思いますよ」


と、云うと。


ハッとする飯田刑事は、


「よし、剣道にしよう。 俺も一緒に出来るしな」


即座に提案に乗る。


然し、其処へ止せばいいのに、市村刑事が。


「おいおい、あまり強くするな。 行く末が、ホレ、其処の里谷だぞ」


こう言っては親指で里谷刑事を指す。


彼の話に棘を感じて、ムカッとした里谷刑事は直ぐ様に。


「どーゆう意味よっ」


「いや、他意は無い」


「意味を言えって言ってんのよ」


「気にするな、勉強疲れの世迷い言だ」


「このヒモ外道っ、世迷い言って何ぃっ?」


「‘ヒモ’じゃネェっ」


このやり取りを見る飯田刑事は、


「ウチの娘が・・こう成るのか?」


里谷刑事を見てから頭を抱え出す。


だが、里谷刑事にはそれすらショックで。


「う゛ぉい゛っ、何で悩むっ?!」


その馬鹿らしいやり取りへ追い討ちする様に、木葉刑事が思ったままに。


「でも、里谷さんみたいに成るとしたら、飯田さんの願いも叶うかも知れませんよ。 里谷さんに似たら、嫁に行きそびれますから」


合コンに連敗続きの里谷刑事だから、この話にはギョッとしてしまうのだが。


何か答えが見えたとばかりにポンと手を打つ飯田刑事は、


「なるほど、それもそうだな」


と、真面目に納得。


其処へ、最後のトドメと、場の雰囲気にノってしまった八橋刑事が。


「そういえば里谷先輩。 先週の合コンも、武勇伝のお陰で失敗したらしいですね」


この瞬間、里谷刑事の中で何かが爆発した。


「貴様等ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


グワっと立ち上がった里谷刑事に対し、慌てて並べる机の上のものを片付ける男達。


憤怒の表情と化した里谷刑事を見て、飯田刑事が。


「‘大魔神’だ」


と、言った時。


ドアがノックされて一同が其方を見れば、二課の“居間部 迅”が来て。


「失礼します。 先輩、ちょっと…」


助けが来たとばかりに頷いた木葉刑事は、食べ掛けのポテチを置いて出て行く。


残った男三人の頭を素早く叩いた里谷刑事は、ヌゥ~っと木葉刑事へと近寄っては、後を着いて行く。


さて、休憩場に来た木葉刑事に迅が云う。


「先輩」


「ん?」


「岩元は、近々ですが送検する事に成りました」


喉が渇いてか、自販機でブラックコーヒーを買う木葉刑事。


「死にたく無いから、色々と喋ってたんじゃ?」


「はい。 ですが、もう嘘が混じり始めましたので…」


コーヒーの出来上がりを待つ木葉刑事が?


「それで、岩元の組の方は?」


と、問うと。


問われた迅の顔が見るからに曇る。


「組対課の情報では、もう切り捨てたそうです。 岩元に向けられた警察の憎しみや恨みに加えて、関東最大の総長の恨みまでは…」


「そっか。 判決が出たが最後、岩元はヤバいね。 刑務所の中は、規律の利いた犯罪者の世界。 三橋組長の威光が放たれたら、何れは…」


と、出来あがりのコーヒーを取り出す。


そんな木葉刑事を見る迅は、時々だけ放つ先輩の‘狂気’を見た気がする。 被害者、加害者、双方の心を汲み取る彼だが。 岩元の事に関しては、無関心に近い。


(いや・・寧ろ、三橋組長の遣ることを・・許容している?)


迅の眼から見て、木葉刑事はそう考えていると感じられるのだ。


この迅は、確かに優秀な人物だ。 周りが認めているし、彼自身も自信を持とうと努力している。


が、迅がエリートとして自分を過剰に認識しないのは、この木葉と云う先輩の存在が居る所為かも知れない。 今にしてこれまで、木葉と云う先輩に勝てると思えるような捜査を出来たと実感しないのだ。 そして、先輩の様に他人を読むことも、意を汲み取ることも出来ない。 迅には真似のできないことをするこの木葉と云う先輩は、彼を只の人にする。


其処へ、別の班だが一課に属する年配刑事が来て。


「いよ、木葉に、エース」


よく云われる‘エース’の異名が歯痒い迅。


「その呼び方は、もう御勘弁を…」


一歩引いた形で願い出る迅に、ニヤニヤする年配刑事だが。 自販機にて甘いコーヒーを買うべくボタンを押すと。


「なぁ、木葉」


こう言う年配刑事の顔つきが少し引き締まり、カップが下りてきた自販機より目を離さないままに。


「はい?」


「あの‘遠矢’って奴は、未成年の頃からの悪党だぞ」


コーヒーの薫りを楽しむ木葉刑事は、一口を含んで飲んだ後。


「まさか、もう時効の成立した事まで話してるンスか?」


コーヒーの出来上がりを待つ年配刑事は、何度も頷いて。


「おう。 だがよ、あんな悪党は、世間でもそうは居ないぞ。 今の調べが及んだ処だけでも、おそらく‘死刑’だろう。 だが、毎夜毎夜に罪に苛まれてか眠れずに、誰かへ謝罪をし続けている。 下手すると刑が確定する前に、奴は死ぬんじゃないかな」


だが、そうと聴いた木葉刑事は、全く気にせずに。


「自分の罪に殺されるならば・・仕方が無いッスよ。 ま、刑が確定するまでは、頑張って欲しいッスねぇ~」


出来上がりのコーヒーを取り出した年配刑事は、甘いコーヒーを嬉しそうに見て。


「全くだ~全くだ」


二人の大悪党を捕まえる事となった木葉刑事だが。 その手柄など、全く持たない。


その様子を盗み見ていた里谷刑事は、そんな木葉刑事が尚に面白く見える。


然し、間近で聴いていた迅は…。


(何だか、あの百人を超える被害者を出した未解決の恐ろしい事件を経て、先輩がだんだんと怖く見える。 飄々として居る様で、裁きには如何なる手も遣う悪魔の様な…)


こう考える迅には、或る一つの懸念が存在する。 その懸念だけは、自分の力で無くしてしまいたいと思い立ち。


「あの・・先輩?」


「ん?」


「処で、清水さんとは、今は?」


問い掛けられた木葉刑事が、迅を見返すと同時に。


(あのっ、お馬鹿っ!)


と、里谷刑事が驚いた。


今、木葉刑事の精神は、非常に安定している。 忘れた一部の記憶を刺激しようとする事は、宜しく無いと医師に言われ。 班の内部でも、それを口にしない。 本音をぶっちゃけると、刑事や警察官の誰もが、古川刑事の亡くなった夜の事を知りたいのに…。


一方、清水順子の存在をやっかむ刑事達は、寧ろそのまま忘れろとして。 一部の刑事は、自分達が連絡を取ろうとしている様だが…。


そんな事など全く解らない様子の木葉刑事は、首を捻りつつ迅を見返し。


「‘清水’って、どの犯人の事だい?」


と、トンチンカンな事を…。


返って驚いた迅は、


「いえ、あ~~清水さんは、犯人ではなくて。 あの・・先輩の病室に居た…」


すると、コーナーを飲んで考えていた木葉刑事が、突然にハッとして。


「もしかして、越智水先生の教え子とか云う女医さんか? あの~胸が立派で、凄い美人の…」


「あ、そ・その方です。 先輩を見舞った時に、妹と一緒に見掛けまして…」


「はぁ? 裕子ちゃんと?」


「はい」


すると、このやり取りを聴いていた年配刑事が。


「エース、お前はやっぱりスゲェな。 やっぱりお前ぐらいに成ると、気になって選ぶ相手のグレードが違うね」


これは、全くの毒口だ。


また、里谷刑事がハラハラして盗み聴きする最中。 コーヒーを含んだ木葉刑事は、まるで何も覚えて無いかの如く。


「迅。 お前が彼女の事をそんなに気になるなら、清水さんの知り合いで在る越智水先生の許可を取って、引き合わせてもいいぞ」


と、平気で言うではないか。


男二人に女一人と云う、三角関係の定番に向かう話だ。


(うぉい、う゛ぉいっ! ちょっと、木葉さんよ゛ぉっ!)


木葉刑事と清水順子の関係の粗方を、かなり間近で見て居た里谷刑事。 あんな美人を簡単に他人へ‘ポイ’とは、同じ女ながらに苛立つ。 木葉刑事の記憶が戻って居て、年配刑事が居ないなら飛び出している処だ。


また、すんなり望む話に漕ぎ着いた迅も、寧ろそんな簡単な話じゃ無いと、眉を顰めて顔を歪ませた。


然し、年配刑事の笑い話に乗る木葉刑事は、全くどうでも良い様な雰囲気で笑い出した。


(記憶が無いからってなぁぁぁ…。 平然と笑ってんなぁ・・・スカポンタンがっ!!)


影で拳を握る里谷刑事は…。


(カレハのボケナスがぁぁぁぁぁぁぁっ。 何を晒しとんじゃあーーーーーーーっ!)


と、怒髪、天を衝くが如く苛々し。 聴くだけ嫌に成ると部屋に戻る。


一方、後から部屋に戻った木葉刑事は、何故か里谷刑事が色々と説教を食らうハメに。 聴いている周りの刑事は、まるで内輪のお笑い番組を見る様で大笑いだった。



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{CURSE‐狭間編 暫時と漸次~木葉刑事の捜査日記 1 春夏 蒼雲綺龍 @sounkiryu999

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