KICK

 もっちゃん、随分と静かだね?


『ん〜、考え事』


 剛田さんと6階の事務所に向かう中、もっちゃんはそう答えた。


 はて、何か心配になることなんてあったかのう?

 ばあさんや?


 しーん……。






 野郎囁いてくれよ祈祷中側にいるよって♪






 事務所の中に入った剛田さんは、無礼講とでも言うようにどかっとソファーに座るとタバコを吸い始め、僕が座るのを待って話し始めた。


「エクレア様からの願いでな。二人っきりの時に伝えろと頼まれた。すまんなデート中だったのに」


「いえ、大丈夫です」


「一応、かなり大事な事だ。話を聞いてどうするかはお前が決めろ」


 エクレアさんとは、赤音ちゃんの保護者代理であり、赤音ちゃんの父親に代わって生活の面倒を見てくれている人だ。

 めちゃくちゃ有名な極道寺グループの総帥の後妻であり、赤音ちゃんの束東家は、そこの傘下であり分家でもある。


 赤音ちゃんがロリババアと言ったのがこの人で、赤音ちゃんの父親に激務を与えたことが原因で赤音ちゃんの母親が離婚して、赤音ちゃんも多重人格になってしまった。

 その責任を果たすという形で面倒を見ているのだとか。


 で、その極道寺エクレアという人が赤音ちゃんをサポートしてくれているおかげで僕が犯罪組織から救われたわけ。

 そして、彼女が同棲生活のルールを決めた張本人なのである。


 だから――。


「エクレアさんの頼みなら僕は簡単に断れませんよ」


「ふっ、自信がなければ断るか?」


「まあ、そんなに期待されてもって話ですね。僕にできることであれば喜んで」


「そうか。まあ、オドシみたいな言い方をしたが、もしかしたらお前にとって拍子抜けするような話になるかもしれん」


「え?」


「だがこちらとしてはケジメ・・・ってやつでな」


「はぁ」


 この人が言うと本物のヤの人みたいだよな……。


「今後は一層気を引き締めて同棲生活のルールを守れ。半端な気持ちなら同棲生活をすぐにでも辞退してくれて構わないそうだ」


「な、なるほど。でもまあ、半端な僕にでもあの同棲生活のルールくらいなら守れる自信はあるしなあ……」


「だから拍子抜けする話かもしれんと言ったろ」


「ちなみに、そ、それだけですか?」


「いや、こちらもお前がルールを守ってくれるというのならリベートは10倍にするともおっしゃっていた」


「じゅ、10倍!?」


 毎月、極道寺グループから10万円もらっているが、それだって水道光熱費やら家賃も払ってないのに10万なのだ。


 その10倍!?


 来月から100万?


 学生が一ヶ月、100万円生活って、ただの豪遊じゃん!?


「どうしてそんなにもらえるんですか!?」


「まあ、俺は妥当な値段だと思うぞ? 今までが安すぎただけで」


「へ? 僕の金銭感覚が間違ってるってことですか?」


「認識がズレていることは確かだな。しかし、エクレア様は、これをリベートと言わずにキックバックとおっしゃった。まあ、そういうことなら妥当だろう」


「ほえ?」


「キックバックにはリベートの意味もあるが、リベート以外の複数の意味でおっしゃったのだろうな」


「謝礼金以外の意味って何かありましたっけ?」


「例えばリラックスするや、パーティをするなんて意味にも使われるな。お嬢のくつろげる空間や、デートをしてくれる存在としてお前は貴重な存在ということでもある。それから、俺は一番お前に相応しいキックバックの意味はもう一つあると思っている」


「そ、それは?」


「ピンボールはしってるか?」


「ボールを弾いて遊ぶ古いゲーム機ですよね?」


 レトロなゲーセンの雰囲気を出す定番の筐体って感じの認識であってるよな? 多分。


「ああ、そのピンボールにもキックバックって装置があるんだ」


「ピンボールのキックバック?」


「ピンボールはボールが全て落ちてしまったらゲームオーバーだろ?」


「ですね」


「キックバックってのは、そのアウトレーンに落ちそうになったボールと弾いて復帰させる装置の事だ」


 つまり、毎月100万渡せば僕が逃げ出さないと思ってる?


「なるほど。その100万が僕をゲームオーバーにさせないための装置ってことですか」


「まあ、俺の考えではな」


「さっきも言いましたけど、余計な心配だと思うんですけどね。僕は得しちゃったなくらいにしか感じませんでしたよ? 本当に拍子抜けだったかも……」


「なら、そんなお前に俺が課題を出してやろう」


「え゛!?」


「エクレア様は俺の判断込みで良いとおっしゃった。つまり俺の気分次第で条件を増やすことも可能だ」


「いきなりハードル高くなりそうな予感……」


「心配するな。そう難しいことじゃない」


「と、前置きされても不安しかないっすよ……」


「お嬢の期待を裏切るな。俺からはそれだけでいい」


「あー、まあ、学校のこととか赤音ちゃんから説教もらったりしてますけど、そういうのを善処していけってことですかね?」


「前向きにさえ考えてみてくれればいい。お前がいきなり社交的になると言ってもこちらが信じられんしな」


「酷い! でも正論!」


「絶対にやらないと言ったりして、お嬢を悲しませるようなことにならなければ、まあ、良しとしてやろう」


「んー、ならばそんなに難しい課題ではないのかも? むむむ?」


「ただ一つだけ忠告しておこうか」


「はい」


「簡単かもしれないと思うことが、案外、難しいものだったりするものだ。そして、難しいものほど当然ながらその価値は高い。何故、そんなことに価値を見出しているのか。価値観が相手とズレたら一度立ち止まることも重要だ。そいつは本当に価値観の狂ったバカなのか。よく考えてみることだな」


「いまいちピンとこないですけど、考えてみます」


「それでいい。契約の書類は後で届けさせる。お嬢とのデートを楽しめよ」


「はい! じゃ、失礼します!」


「おう」


 僕は剛田さんに挨拶をして事務所を出た。


 さっきの言葉の意味って、エクレアさんが100万円をポンとくれるバカなのかどうか考えてみろってことだよな?


 どう考えても違うよなあ……。

 あんな優秀な人がPONポンコツではあるめぇよ。

 それだけ同棲生活に価値を感じているってことか。


 もっちゃんはどう思う?


『……あるんだろうね。無いはずがない。だとすれば……』


 もっちゃん?

 おーい、もっちゃん?


 また黙ってしまったもっちゃんに無視されつつ、僕は赤音ちゃんの待つ4階へと向かった。

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親ガチャ失敗の僕は、多重人格の束東さんでガチャをする @honestytiwawa

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