第5話
左手が勝手に動き、体の表面をなぞる。
指先を追うように細雪がまとわりつき、母さんや雪乃のそれとよく似た白い着物が実体化する。コートのように羽織ったその裾を翻し、剣の切っ先を
「父さんの仇、討たせてもらう」
言い放つ僕に、
再び左手が勝手に動いて、その巨体に手のひらを向ける。そこに一瞬で出現するのは、
『きサまぁぁぁッ!』
壁に顔面から激突して、さらに怒り狂う
靴底を凍結させ壁に吸い付けているようだけど、細かいことは雪乃まかせだ。
「ノウマクサンマンダッ」
壁の頂点に立って、荒れ狂う
「バザラダン、カン!」
──
そして僕は、眼下の
『バカめがっ!』
見上げる獣は嘲笑いながら後方に跳躍する。確かにそれだけで、1メートルにも満たない木刀の間合いからは完全に逃れることができるだろう。
──
盛大に空振るはずの剣の切っ先が、落下しながら空中に描いた青白い冷気の軌跡。
僕が雪煙を巻き上げながら着地するのと同時に、そのすべてが長大な氷の刃と化し、呆然と見上げた
『あえ?』
驚愕に見開かれた両目の中央をまっすぐ通り、刃渡り10メートルの大氷剣はその巨体をまっぷたつに両断していた。
──名付けて、
……だそうだ。そういえば二人でアニメを見ていた頃から、雪乃は男の子向けのバトルものが大好きだったな……。
赤黒いどろどろの液体になって雪原に沁み込んでいく
──あーあ、見惚れちゃって。おにぃちゃんって、マザコンだったんだね。
「なっ、ちがっ!?」
脳内に響く雪乃の冷めた声が、余韻を消しとばすのだった。
◇◇◇
「彼女が、今日から
教師の紹介を受けて、セーラー服姿の雪乃が深々と腰を折って頭を下げ、そのまま顔だけ上げてにっこり微笑んで見せた。ポニーテールの
「みなさん、よろしくお願いします!」
教室のそこかしこから、男女問わず「……かわいい……」の小声が漏れ聞こえる。
「心細いこと、わからないこともあると思います。みんな、親切にしてあげてね」
『はーい!』
──というわけで。
雪山の一件の後しばらくして、僕の「人間として受けた傷」が回復したからなのか、雪乃との合体は自然と解けた。
あのまま脳内が筒抜けでは
狩村一族の長老達も、
昨今の社会不安に追随し妖力と凶暴性を増している怪異たちへの抑止力として、是非に。
しかし前例のない、かつ強力すぎる力の扱いには、慎重論も多く。
そんなこんな
僕の隣の空席に腰掛けると、雪乃はさっそく小声で囁いてきた。
「よろしくね、
「……よろしく……」
僕は苦虫を頬張りながら渋々と応える。
「で、あの子が委員長の雨宮さんね」
続けて、斜め前方に座るショートカットにメガネの似合う少女に視線を向け、雪乃は
「協力してあげるね!」
ああ、最悪だ。合体した時、僕が
「大丈夫、マザコンのことは黙っておいてあげるから……」
「なっ、ちがっ!?」
がたん、と思わず立ち上がってしまう僕を、振りむいた雨宮さんの涼しげな瞳が一瞥して、すぐに前を向く。
──この日。僕の新たなる激闘の日々が、幕を開けたのだった。
退魔士・狩村ユキトは怯まない! クサバノカゲ @kusaba
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