第4話
──雪女は愛した男を氷漬けにして魂を奪う。そういう存在だ。
過去、雪女と恋に落ち、一緒に暮らした男たちの記録は何件もある。子供が生まれた例も少なくはない。
けれど、そのすべての結末は悲劇だ。
彼女たちの愛情は一途で深い。歳月を重ねるほどに深まるそれは、いつか年老いて寿命の訪れる相手を、氷漬けにしてでも永遠に添い遂げたい──そんな抗いがたい欲求となって、やがて愛する男の命を、愛ゆえに奪う。
母さんを抱きしめながら、朦朧とする意識のなか思い浮かぶのは、凍った父の死に顔。
それはあの夜、雪女の肩越しに見た、抱きしめられる父の表情のそのままだった。
前日まで苦悶に歪んでいたそこに、浮かんでいたのは、やわらかな微笑みだった。
つまり「そういうこと」だった。
父が任務で深手を負った相手は、まさにこの崩神なのだ。
そしてあの夜、母は父がもう助からないことを悟り、雪女としての最後の望みを果たして、氷漬けになった愛する男の魂と永遠にひとつになった。
「こ……のバカ……ねえ起きてよおにぃちゃん!」
雪乃の声が聞こえる。なつかしいな。彼女は朝が弱い僕を、いつもこんな風に叩き起こしてくれた。そして休みの日の朝は、並んでいっしょにアニメを見たものだ。
「起きろバカおにぃ! 勝手に死んだら、ぶんなぐるぞっ!」
……あのころよりちょっと言葉遣いが乱暴になってる気がする。それから、声がでかい。というよりも、まるで頭の中から響いているようだ。
「──?!」
目を開いて上半身を起こす。周囲には凄まじい猛吹雪が、渦をなして荒れ狂っていた。しかし僕の周囲は無風で、寒さも感じない。いや、むしろ暑すぎるくらいで、立ち上がりながらほとんど無意識に、上着を脱ぎ捨てる。
見れば脱いだコートの背中はざっくりと切り裂かれ、大量の赤い血が付着していた。明らかに致命傷の出血量だ。
「あのひとと同じね。冷静なくせ、先のことは何も考えてない。わたしを山から連れ出した時も、そうだった」
母さんの声がして振り向く。無事で、僕のすぐ傍らに立っていた。
「ほんとうなら、あのひとと私の間には、私と同じ雪女がひとり生まれるはずだったの」
遠くから、怒り狂った
「でもあなたたちは双子で、人間と雪女とにきっちり分かれて生まれてきたの。きっと、あのひとの強い法力の影響だと思う」
そう言えば、雪乃はどこだろう。周囲を見回すが、渦の内側にその姿はない。
ただ、カギ爪が掠ったのだろうか、後ろでまとめていた髪がほどけて前髪が目の前で揺れる。
それはメッシュではなく全て真っ白だった。そう、母さんや雪乃とおなじように。
「あなたたちは、もとはひとつ。だからあなたが命を失いかけたとき、それを補うように、またひとつに戻ったのね」
ひとつに、もどった? どういうことだろう。意味を考えようとした、その瞬間。
──わかるでしょ。わたしも、ここにいるの。おにぃちゃんの中に。
頭の中に雪乃の声が響いて、そしてなだれ込む彼女の思考によって、すべてを理解していた。
背中に致命傷を受けて倒れた僕に、駆け寄る雪乃。その手が傷口に触れた瞬間、巻き起こった凄まじい吹雪の渦の中で、母さんの言葉どおり、僕と妹はひとつになった。
おそらく正確には、雪乃の肉体が妖力化して僕の法力と同化した──というところだろうか。
聞いたことのない話だが、実際そうなっているのだから受け入れるしかない。
僕は離れた場所に突き刺さっている木刀へと、手のひらを向けた。それは瞬時に氷漬けになって空中に浮かび上がり、僕の手元に飛来する。
「すごいな」
──すごいでしょ。もっと褒めていいよ。
木刀を振って氷を散らしつつ、脳内の
しかし実際のところ、この力が「凄い」ことは自覚できていた。妖力と法力、本来は相反する力が融合したことによって、凄まじい力を得てしまった気がする。
恐怖さえおぼえてしまうほどに。
──だいじょうぶ、おにぃちゃんが力に溺れて悪の道に走りそうになったら、わたしが止めてあげるから。
いやいや悪の道ってなんだよ。けれど、それはとても心強い言葉だった。
「行こうか」
──うん。
「気を付けてね、ふたりとも」
母さんの声に、黙ってうなずく。そして吹雪の渦が晴れてゆく。
その向こう側、仁王立ちで待ち受けていた
『なんだおまえ、あの娘を──おれの女を喰ったのかあァ!?』
濁った瞳を嫉妬と憎悪でさらに汚濁させながら、
──ああ、わかってる。いまの
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