♥36僕達の10年後



「花村ー久しぶりー!そしておめでとうー!うい、これ手土産」


「いやー2人ともお久しぶりー!やばいね、すごいね!相変わらず、花村君も莉香ちゃんも熱々そうだねー!」


 スーツ姿の風間君が、有名店のバームクーヘンを僕に渡してくれる。隣にはお腹を大きくした東雲美穂さんがいる。東雲さんは、風間君と同じサポエイラ教室の人で地下アイドルをやっていた人だ。


「風間君今日は来てくれてありがとう」


「めでたい席だからなー。うちの子も大きくなったら、花村のとこにお願いするかもだから、がんばれよ」


「うん、ありがとう。風間君は仕事は順調?」


「今のところな。相変わらず、駆けずり回ってるよ」


 風間君は業務用の美顔器や脱毛機械なんかの営業をやっている。やり手で営業成績はとてもいいのだけど、営業先で声をかけられることも多いらしく、東雲さんの気苦労が絶えないと…莉香から以前に聞いた。


「莉香ーっ!元気してたー!?」


「敬真、久しぶりー!ほら、志乃、挨拶しなさい」


「けーまさん、りかさん!こんにちはーっ!」


 雅臣と愛さん、そして2人の子どもの志乃ちゃん3才が元気に挨拶してくれる。ちなみに雅臣は、ござる口調ではない。いずれ愛さんの両親に挨拶に伺うのにござるはダメということで、高校3年の時に愛さんによって矯正された。


「雅臣の普通の口調は、卒業して10年経った今でも、まだなんかむずがゆい」


「ひどいでござ…ひどいな、敬真。でも敬真と話してると、ちょっと出そうになる」


 雅臣は、卒業後専門学校に通ってライセンスを取得した後、航空会社で整備士として勤めている。整備士の難しい国家資格も取れたそうで、大変だけど、やりがいもあるって話をしてた。





「敬真ー、自分めっちゃ久しぶりやなー!元気しとんかー?」


「大吉!きてくれたんだ!来れないかと思ってたよ!」


 大吉は高校卒業後、「わしは世界を旅してまわってくるわ」と行って世界放浪の旅に出てしまっていた。時々メールでやり取りをしていたので、ある程度の所在や何をしているかは知っていたのだけど、わざわざ来てくれるとは思ってなかった。


「すごいな、敬真は。なんや、わしも頑張らんといかんなって思てくるわ」


「まだまだ、本当にこれからだよ。大吉の後ろの人は?」


「そうや、リンダー」


「ハーイ、ワタシ、ダイキチノコイビト、リンダイイマス!ヨロシクオネガシマス!」


 大吉の後ろから、すごいプロポーションの金髪美人が挨拶をしてくる。


「スゴイネ、ダイキチ!」


「なんで敬真まで、イントネーションおかしゅうなってんねん」


「リンダさんとはどこで?」


「リンダはテキサスの大牧場の娘さんでな、ピューマに襲われとった所を偶々通りかかってな」


「ダイキチ、スゴイデス!ワタシ、ピューマニ、スデデカツヒト!ハジメテデス!」


 大吉は、その闘い方と同じで僕達の想像もつかない人生を送っていた。その後聞いたところによると、リンダさん本人、そしてリンダさんの家族からも婿になってくれと言われているのだが、本人は「食が合わない」と言って、日本に帰ってくるつもりだそうだ。今回はリンダさんが日本に住めるかどうかも含めての帰国だそうだ。





 僕の持っているスマホが震える。見ると師匠からメールで、阿蘇山をバックに色白のものすごい美人の奥さんと一緒の写真だった。


『敬真ー楽しんでいるかー?俺は楽しいぞー。今日は行けなくてすまんなー』


 メッセージも師匠らしかった。師匠は僕に教えてくれていた頃は独身だった。個人整体師もやりながら、お金持ちのご婦人の求めに応じて、公にはできないサービスもしていた。


 そんな中、その奥様ネットワークの流れで、とある人妻さんがDVに困っているのを知り、それを物理手段を含めて旦那と別れさせて解決した。それ以来、その人妻さんにめちゃめちゃ惚れられて逃げ回っていたのだけど、子どもができないという師匠の事情も全部呑み込んだ上で一緒になってほしいと言われて陥落した。それが3年前の話だ。あんまりお酒の強くない師匠が、「くそー『呑転』くらったー。まさか俺がくらうとはー」って言ってたのには本当に笑ってしまった。





 それからも絵美さんや風間君の友達、李さんや高校の時の友達も、僕や莉香の家族もパーティに集まってきた。


 何のパーティかというと、僕が塾長をしている、いやこれからする『万流塾』のオープン記念だ。場所は、その教室だ。僕は大学を卒業後、私塾をやっている会社に入社して、現場や事務で経験を積んでから自分の私塾を立ち上げた。


 『万流塾』では、勉強は半分くらいしか教えない。アウトドアや、生きていく知識や雑学なんでも教える。鉛筆だって削るし、体は動かすし、料理だってしてもらうし、鶏を絞めて食べることもしてもらう。でも1番は子どもに楽しんでもらいたい。そうやって子ども達と接していく中で、いずれ万流軟拳を教えたくなる子どもも来るかもしれない。


 ちなみに更新は1年単位で、年間カリキュラムに、体験してもらう内容も事前に各保護者に確認をしてもらっている。月謝は正直高いけど、その分他では絶対に得られない様々な経験をしてもらう場所だ。


 ありがたいことに師匠や李さん、昔からの友達の働きかけもあって、立ち上げたばかりなのに定員の25人の子どもが集まっている。


 莉香は料理研究家、それもお弁当専門の人として活躍している。この教室の奥は莉香のためのキッチンスペースになっていて、この教室もあわせて曜日を変えて料理教室も行われる予定だ。莉香も、『万流塾』の中で講師になったりもするし、子ども達のご飯を作ってくれることもある。





 昔、師匠に聞いたことがある。


「万流軟拳の万流ってなんですか?」


「万物流転……この世にあるものは全て、絶え間なく変化してとどまることがない。だからこそ、固い拳ではなく柔らかい拳で、それらを時に利用し、時に抗って生きていく…そういうことだ」


 それを聞いて僕はすごく感動した。何があっても平気なようにっていうのは、万流軟拳の理念に基づいたものだったんだと。そして師匠は本当にそのように僕を鍛えてくれた。


 そんな僕が唯一抗えなかったのが莉香だ。なぜなら莉香は、僕が利用したり抗う相手ではなく、僕と共に生きていく存在だったからだ。何があっても平気だと思っていたけれど、莉香だけは平気じゃなかった理由がそこにあった。


 僕は莉香を見る。


 灰色がかった瞳を輝かせながら、莉香は幸せそうに笑った。




~おしまい~



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

何があっても平気な拳法くんも、美少女白ギャルにはかなわない♡ 南星りゅうじ @Rsumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ