♥35未来に向かって



 莉香と過ごした人生最高のクリスマスも過ぎて、3学期に入った間もない日のこと。


「敬真氏。拙者ついに…真のアイドルとは何かがわかったのでござる」


「どうしたの雅臣、急に。真のアイドル?」


「そうですぞ。拙者、今までも推すにあたり、見返りなどは求めたことはなかったでござる。ですが気づいたのでござる。見返りではなく、もっと温かなものを拙者に与えてくれる存在、それが真のアイドルでござる。自分の全てをつぎ込んでも惜しくない相手、そしてその相手が自分だけに微笑んでくれる。これ以上の幸せはないのでござる!!」


「うん、わかる気がするよ」


「これから拙者が推し、愛でるのは地下アイドルではなく、拙者だけのアイドルでござる」


「つまり……愛さんってことでいいのかな」


「な!なんと敬真氏はエスパーでもあったか!?」


「いや、なんとなく気づいてた。愛さんと付き合うことになったの?」


「そうでござる。拙者、年末に風邪を引いたでござる。敬真氏もご存じの通り、拙者、両親は共に海外に住んでいる上に、滅多に帰ってこないでござる。もう意識ももうろうとした時に、その……愛殿が来て、拙者の看病をしてくれたでござる」


「あー、おかゆの作り方とか、莉香がすごいやりとりしてたね」


「……というわけで、拙者はこれから愛殿をアイドルとして、活動をしていく所存!」


「あー雅臣、1つ伝えておくけど」


「なんでござろうか?」


「愛さんも女の子で生きている人間だから、本人の意向とか迷惑とか考えたり、その地下アイドルを推すとかのような扱いではないからね……」


「敬真氏が何かを伝えてくれようとしているのはわかるでござるが、拙者いまいち、よくわからないでござるよ……」


「まぁ、僕も莉香も相談にのるから、自分の思いだけで突っ走らないでねってことかな」


「心得たでござる。相談もさせてもらうのでよろしくでござる」


「了解ー」


 ついに雅臣と愛さんが付き合うことになったのが、僕としては嬉しかった。不安がないかといえば嘘になるけど、雅臣はいい人間だし大丈夫だと思う。





「花村君、さすがだね。私でも押し流されそうになったよ」


「李さん、ありがとうございました」


 僕と李さんはくっつけあっていた互いの手首を離して、抱拳礼を交わす。李さんは、万流軟拳のもとの1つにもなっている内極拳の使い手だ。内極拳は、『化勁』に重きを置いた拳法で、手首同士を合わせて離さないようにしながら、相手を崩そうとしあう練習方法がある。それを李さんと行っていたのだ。この練習で僕が受けるイメージは、相手によって少しずつ異なっている。李さんの中には、大きな川の流れみたいのが在って、そこに自分を映しながら、やりとりをしていくようなイメージだった。ちなみに師匠は、緩急のついた渦のようなイメージだ。


 3年になった僕は、勉強や学校生活をがんばりながら、李さんのサークルにも顔を出していた。何回か、そこでいつものように子ども達と体を動かしていたら、ある日、李さんがやっているもう1つのサークルがあるので、それに顔を出してみないかと誘われた。


 そのサークルには子ども達は1人もおらず、青年から老人まで、ほとんどが男の人だったが、女性も何人かいた。共通点は、どの人も高いレベルで武術を修めているということ。李さんの説明によると、国や流派などの括りはなく互いの技を磨きあっていくことだけを目的としたもので、一般募集はしておらずお互いの信用だけで成り立っているものだということだった。


「師匠は、このサークルには来ないんですか?」


「琉は琉でネットワークがあって、そのネットワークも何というか表に出せないようなものもあるからね。その辺を考えてこちらには来ないのだと思うよ。結局子ども達の方のサークルにきたのも、君を連れてきたときだけだったからね」


「理解しました。師匠らしいです」


「あぁ、琉らしいね。さすが弟子は師匠のことをわかっているね」


 僕と李さんは顔を見合わせて笑った。


「それにしても、花村君はその若さですごいね……君が、何かしらの大きな学びを得たことがわかるよ」


「はい、とても強い人と闘って……その中で、万流軟拳の神髄を得ました」


「本当に君は素晴らしい。花村君、時々で良い、これからもこのサークルにきてくれるだろうか?」


「いいんですか?」


「もちろんだとも。学びは幾つになっても得られるものだ。このサークルもそういう意味で君の役に立つし、君以外の役にも立つだろう」


「ありがとうございます。時々、お邪魔させてください」


「あぁ、楽しみだ」


 万流軟拳は、僕自身を構成する大きな部分であり、そこから得たもので僕の人生は動いているし、動いてきた。大吉や風間君、李さんやヤクザさん達も。闘った人達も。そして何より莉香との出会いもだ。僕はこれからも、万流軟拳を自分の根っこにしながら、莉香と一緒に進んでいこうと思った。





~姫宮莉香~


 枝豆の卵焼きを作り終えて、あたしはふぅと息を吐いた。卵焼きは、巻く時に妙に集中してしまう。でも黄色と鮮やかな緑のコントラストがすごく美味しそうで、我ながらいい出来だと、口元がにやけてしまう。充分冷ましてから、冷蔵庫に入れておけば、これで一品完成だ。


 ちなみにうちでは、今まではお父さんのお酒のおつまみで枝豆が出る日の、翌日がこのおかずになっていた。以前に敬真もすごく喜んで食べてくれたから、お母さんに枝豆の日を増やしてほしいって話したら、翌日に枝豆を買ってきてくれて、生のまま冷凍保存してある。ちなみに保存するときは、塩もみしてアクを洗い流して水気を取ってから冷凍庫に入れた。保存できることもだし、そんな技知らなかったから、すごく驚いた。まだまだ知らないことはたくさんあるなって感動した。


♪ティントーン


 片付け前にちょっと休憩をと考えていたら、スマホの通知が鳴った。ピンスタからのメッセージだった。


『いつもお弁当見てます!“お弁当87・血液増し増し弁当”の中の、豚と鶏レバーの甘辛煮作ってみました。臭みがなくって、ご飯にあうってとっても好評でした☆冷凍保存できるっていうのが最高です!ありがとうございます!』


 という嬉しい内容だった。赤いラッパーと闘ってくれたときに、敬真は骨折した上に口の中も切っていたので、けっこう血を吐いていた。今思い出しても、すごく胸が痛いし、怒りが湧いてくる。……まぁ、それから後のお弁当で、骨が元気になる系のお弁当以外にも、血がたくさん作られるようにってネットで調べて作ったおかずだ。


『スタミナにもなるし、あと血が作られるから女子にもいいぽいです。あたしも、時々食べてます。小分けで冷凍すると便利ですよね☆』


 メッセージを返して、ちょっと休憩をする。


「莉香ーお風呂空いたわよー」


 タオルを髪に巻いたお母さんがキッチンに顔を出す。


「ふふっ、相変わらずまめねー。ま、でもそのおかげでお母さんも最近、少し楽ができてるから助かるわ」


 お母さんは、冷蔵庫からお茶を取り出してグラスに注ぐ。


「勉強の方はどうなの?一緒に大学行けそうなの?」


「うーん、2学期の中間で35位まで来て、共通模試もB判定だから、あと少しだと思う」


「あら、すごい。敬真君もがんばってるのね」


「うん、本当にがんばってる」


「愛のなせる技かしら」


「…改めて言われると恥ずかしい……」


「照れることないじゃない。うふふ。そうだ、また敬真君連れてらっしゃい。由香さんも入れて両家族で美味しいものでも食べましょ」


「うん!」


 あたし達は、3年生なって勉強も、それ以外のことも本当に忙しい日々を送っていた。敬真は本当にがんばっているから、あたしも負けられない。敬真は以前に、拳法が自分の一部だって言ってたけど、同じように料理、そして敬真を食べさせることは、もはやあたし自身の一部だ。だからあたしは、これからも敬真に食べさせて、美味しいって言われて、そうやって一緒に進んでいきたい。





 あっという間に1年が過ぎて、3月の上旬。僕と莉香は、僕の部屋で大学の合格発表を見ていた。今はほとんどがネットで確認できる。それぞれの受験番号と生年月日のパスワードをスマホに入力していく。


 僕達の第1希望は県立大学で、莉香は栄養学科の実践栄養学科、僕は教育学部のこども発達学科だ。混んでいるのか、画面の表示に少しだけ時間がかかるのが、もどかしい。



 表示されたそこには…。



「け、敬真…どう?」


「うん、合格してた。莉香は?」


「あたしも!!」


「「や…やったぁ~~~~!!!!」」



 僕と莉香は抱き合った。4月から莉香と同じ大学に通う、これほど嬉しいことはない。ここ1年がんばってきたかいがあった。莉香と目が合う。莉香は目を閉じて顔を近づけてきたので、僕は遠慮なく深くキスをする。


 それぞれの家族に合格を知らせないとと思いつつ、今は少しだけ莉香と喜びを分かち合いたい。僕は莉香をベッドに押し倒した。





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