♥34ペアリング



「莉香は、進路は?」


「あたしは、栄養学部に行こうと思ってるよ。お料理は好きだけど、料理人にはなりたくなくて。栄養学とか健康学とかも学んだ上で料理とかを作ったり、工夫したり、紹介していくようなことができればな~って考えてる」


「すごいね、莉香は。もうそこまで考えてるんだ」


「敬真のおかげ…おかげって言っていいのかな、だよ」


「僕の?」


「敬真も見てくれてるけど、ピンスタであたしのお弁当、けっこう人気でしょ?で、敬真の骨折の時に作ったお弁当がちょっとバズったんだよね。その理由が、骨を強くするお弁当知りたいってことで、ママさんとかいろんな人が見てくれてたみたい」


「そうなんだ。骨折の人だけじゃないんだ」


「骨折の人だけ見てるんだったらバズらないしょwwまぁ、でもその時に、骨を強くするとか、疲れをいやすとか、そういう目的のあるお弁当って、もっとちゃんと調べて、ちゃんと作っていくのもいいなって」


「なるほどなー。うん、やっぱり莉香はすごいよ!」


「えへへ……ありがと♪敬真は?」


「僕は、まだ漠然とかな。何か子どもに関わる仕事……先生とかではないんだけど、そういうのを目指そうかなって思ってる」


「子ども?」


「うん、李さんの拳法サークルで子ども達と接しているのが楽しいなって、思ったんだけど。実は、それ以上に李さんから、僕の万琉軟拳を伝えていって欲しいと言われてて」


「うん、それで?」


「そもそも考えてみたら、僕も小2、子どもの時に師匠と会って、教えてもらうようになったから…だから、子どもと接する機会の多い仕事のほうが、教えたくなる相手を見つけやすいかなって。でも先生になっちゃうと忙しそうだし、教えたくなった子どもがいてもいろんな縛りとかもでてきそうだなって」


「そっかー、なんだか敬真らしくていいなって思う。じゃあ敬真は、進学……?」


「うん、母さんに話したら、準備はしてるから大丈夫って言ってくれて」


「やったー♪ねぇ!大学とか学科とか一緒にいけるところがあったら、受けてみよ!?」


「うん、そのためには莉香にもっと勉強教えてもらわないといけないかもだけど」


「そんなの、いまさらだよ♪オープンキャンパスとかも見に行きたいね♪」


 ハグの止まらない莉香を抱き返しながら、僕はもっとがんばっていこうと改めて気合を入れた。





~姫宮莉香~


 今日は12月24日。あたしは今、敬真とエピナスホテルの部屋にいる。外はもう真っ暗で少し雪も降っているけど、部屋の中は温かい。


日中は初デートで行った『舞海水族館』でデートした。


 クリスマスの飾り付けがされた水槽は、色とりどりの熱帯魚も飾りつけの一部のように泳いでていて可愛かった。特に真っ赤なエビがサンタみたいに見えて楽しかったけど、ちょっと美味しそうだねって笑いあった。


 大きな水槽の中では、サンタの格好をしたスタッフの人が餌やりをしていたけど、スキューバマスクだったから、なんかホラーぽかった。ショーのアシカもサンタ帽被っていたり、売店もクリスマス仕様の『サメかわ』グッズが置いてあったりで思いきり楽しんだ。


 初デートで来た時は、敬真が手を握ってくれた。ドキドキすると同時に、敬真の手が温かくて、それが全身にじんわり広がっていく感じがして嬉しかった。けど、まだ仲良くなれた訳ではなかったから、今思えばどこかお互いが遠くにいる気がしていた。今日のデートではお互いの距離感は、あの頃よりも、もっともっと近くってドキドキもするけど、それ以上に深い安心感があった。


 水族館を出た後は、イルミネーションの並木道を息を白くさせながら歩いたり、カフェに入ってホットココアを飲んだりした。そして一緒に、とあるお店に行って、お互いのクリスマスプレゼントをその場で買った。


 その後は、ホテルの和食屋さんの個室で夕ご飯を食べて、チェックインした。ホテルの予約は、由香さん…敬真君のお母さんが取ってくれた。しかも、うちのお母さんとちゃんと話をしてくれた上で。あたしは知らなかったんだけど、高校生がホテルに泊まるときって同意書が必要らしくて、それも出してくれてた。もう両家公認だからいいよって。でも、一応お父さんには、友達と過ごしてるって話になってるみたい。


 フロントで敬真が名前を告げて受付したとき、ちょっと恥ずかしかったけど、ホテルの人は何も言わずにカードキーを渡してくれた。



 それからしばらくして……。あたし達は部屋のソファに座って、窓の外の夜景を見ている。真っ暗な冬の空から、白い雪がまるで雨のように降っている。雪がふると、都会でも音がなくなっていく。ベッドの横の灯りだけで照らされた薄暗い部屋の中だと、世界にはあたしと敬真しかいないように思えてくる。


「莉香……」


 敬真の顔が近づいてきて、軽くキスをする。舌を絡ませたくなるけど、ちょっとだけ我慢する。


「敬真…先に……」


「うん、リングの交換をしよう」


 昼間に寄ったジュエリーショップで、あたしと敬真はペアリングをお互いにお金を出しあって買った。普段使いできるように、学校でも目立ちすぎないようにシンプルなデザンのもの。どっちのリングも軽くねじれたようなウェーブが入っていて、裏面にはお互いのイニシャルも入れてある。


「莉香、手を出して」


 差し出したあたしの右手、薬指に淡いピンクゴールドのリングがゆっくりと入ってくる。信じられないくらいドキドキして、あたしは耳まで真っ赤になった。


「け、敬真も……」


 差し出された敬真の右手は、空手をやってるお兄ちゃんみたいに傷やタコなんかはなくてきれいだったけど、ちょっと節くれだってて、しっかりと男の手をしてた。あたしを守ってくれた、あたしだけの手。薬指にシルバーの指輪を通して敬真を見たら、耳が赤くなってて、あたしの心臓がドキンと跳ね上がる。


「莉香…えっと、あの、今はペアリングだけど、いつか左手の薬指のリングも、か、買おうと思ってるから……」


「敬真っ♡♡♡」


 あたしはもう耐えられなかった。あたしの大好きな人が、あたしをこれ以上ないくらい満たしてくれる、幸せにしてくれる。あたしは…あたしは…!言葉にならない思いは、熱さに変わって、あたしを突き動かした。





 翌朝、いつもよりもまぶしい朝日に目を覚ましたら、ニコニコと嬉しそうに僕を見つめる莉香の顔があった。


「あ…おはよ」


「うん、おはよ♪」


「眠れなかったの?寝れた?」


「うん、さっき目が覚めたの♪」


 僕達は高校生だし、家族もいるから当然泊まりはできない。いつもは、平日の放課後、勉強したあとにするから、ゆっくりもできないし、2人とも寝たりすることはない。だから目覚めて横に莉香がいるのがすごく新鮮で、嬉しかった。おまけに、シーツを巻いた莉香の体のラインがなんだかいつも以上に強調されているように思えてしまう。


「なんか目が覚めて、莉香が横にいるのって…いいね」


「あたしも、そう思ってた♡」


 顔に当たる空気が少しだけひんやりとした気がして体を少し起こすと、カーテンを開けたままだった窓の向こうに白い景色が見えた。


「莉香みて!窓の外!雪!積もってるよ!」


「ほんとだ!きれい!」


 布団を被りながらベッドの上で身を寄せ合って、僕達は窓の外を見る。部屋の中は暖房が効いているけど、白く輝いた外の景色は胸にせまるものがあった。2人して微笑みあい、軽くキスをしたところで、僕達のお腹が鳴った。


「お腹減ったね」


「ホテルのモーニングビュッフェあるけど行く?お部屋なら、昨日のクリスマスケーキもまだホール半分残ってるよ?」


「チェックアウトまで時間あるけど食べ終えたら、またもう1回したいから……」 


 僕は少し考えたけど、体の中に残っている熱を、もう1度莉香と燃え上がらせたいと思った。特に寒い景色を見たからなのかもしれないけど、熱く抱き合いたい。


「えっち♡……でも、あたしも同じ気持ち♡」


 結局、ケーキを食べたのはもう少し後になってからだった。



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