第5話:職場なのに携帯が盗まれたんだが
※※赴任先の職員養成校にて※※
およそ日本では考えられないことが起きる、それがアフリカライフということだろうか。
今、自分の身に起きていること、それは日本の感覚では理解し難い出来事だ。
……スマホが盗まれた、職場で。
2時間目、同僚のアブドゥルが担当する数学の授業を観に行った。職員を養成する学校なのに、教えているのは掛け算や割り算。ずいぶん簡単なことを教えるんだなぁと思っていたら、計算できない生徒が半数以上という現実。
「ミノル、この問題が解けるか?」
アブドゥルが黒板に書いた2桁同士の掛け算を、10秒ぐらいでサッと解いてみせた。途端に生徒から歓声が上がり、尊敬の眼差しを向けられた。おいおい、アブドゥルお前まで驚くなよ。
アブドゥルにも問題を出してやろうと思ったが、やめた。男性メイドを紹介してきた恨みはあるものの、陽気なこのおっちゃんとは今後も仲良くしていきたい。
授業が終わり、職員室に戻った。職員室は10畳ぐらいのスペースに机が5個並べられていて、職員が空き時間を潰すために使われている。
アブドゥルの授業に行く前に職員室へ立ち寄り、リュックとスマホを机の上に置いておいた。ごくごく自然な行動で、特に何かを考えて置いていったわけじゃない。
机の上に、リュックはあった。が、スマホが見当たらない。
「スマホはどこにやったっけ?」
ズボンのポケット、リュックの中、机の引き出しと、ありそうな場所を探してみる。が、ない。
もう一度リュックの中を物色し、ないことがわかると汗がドッと吹き出てきた。まさか……。
「アブドゥル!アブドゥル~!!」
学校の中庭で生徒と談笑しているアブドゥルを見つけ、彼のもとへ駆けつける。
「アブドゥル、俺の携帯に電話してみて!」
そう告げた瞬間、何かを察したアブドゥルは無言で携帯を取り出し、俺の番号へダイヤルした。
「……ダメだ繋がらない。ミノル、やられたぞこれは」
「どういうこと?」
「携帯を盗んだやつが最初にすることは、電源を切るか、SIMカードを抜くことなんだ。電源を切っておけばGPSで追跡されないし、SIMカードを入れ替えれば新しい番号で利用できるからな」
「ほえ〜!」
職場で携帯を盗まれるなんて、考えもしなかった。改めて、俺は今異国で暮らしているんだと実感し、心細さで胸がキュッと苦しくなった。
盗難の件は校長にも報告した。信じられないといった表情を浮かべていたが、ここなら起きうるだろうといった諦めも会話の節々から感じ取れた。
校長のアドバイスに従い、最寄りの派出所へ被害届を出しに行った。
「俺が絶対見つけ出してやるよ」
派出所にいた警察官が馴れ馴れしい態度で近づいてきた。制服を着ていないので、派出所で会わなかったら彼を警察官だと思わないだろう。
「お、お願いします!大事な写真が入っているんです!」
「わかるよ、わかる。それでだ、調査費用としていくら出せる?」
「ほえ?」
平常心であれば、警察が動くのにお金がいるのか!という怒りが湧いてきたかもしれない。だが、そのときの俺は一種のパニック状態になっていた。藁にもすがる思いで、50ドルを私服警官へ支払い連絡先を交換した。
※※ダイゴさんの家にて※※
「しかし災難だったな、ミノル」
同じ市内に住むダイゴさんに助けを求め、彼の自宅へとやってきた。いつものトーンで対応してくれるおかげで、しばらくダイゴさんと過ごしていると、徐々に冷静さを取り戻せてきた。
「警官に50ドル渡しちゃいましたけど、見つかるもんなんですかね……」
「残念だけど、犯人が捕まる可能性は低いと思う。A国だとスマホは簡単に売れるから、もう転売されてるかもしれない」
淡々とした口調で現実を突きつけるダイゴさん。でも、ダイゴさんにズバッと言われても不思議と腹は立たない。
「A国では警察が機能してない。じゃあ現地の人は、誰に泥棒探しを頼むと思う?」
突然のおかしな問いに、思わずダイゴさんの顔を直視した。いたって真剣な顔つきで、冗談ではないみたいだ。
「さぁ、探偵とかですかね?」
「白魔術師さ。この国には呪術信仰が根強く残っていて、現地人の多くは呪術の力で物事を解決しようとするらしい」
「ほえ?」
「ミノルがその気なら、俺の同僚が知ってる白魔術師に会いに行かないか?盗まれた携帯を見つけることも得意なんだってさ」
「う〜ん、胡散臭さ満載ですが、藁にもすがる思いなら呪術師にすがってもいいかもしれないですね」
そう答えると、ダイゴさんがニヤッと笑った。
「そうくると思った!じゃあ、明日行くぞ」
「え、いきなり行っても大丈夫なんですか?」
「もう白魔術師にアポ取ってあるから、安心して」
……この人、俺の不幸を楽しんでないか?いや、ダイゴさんぐらい信じないと、この先のアフリカ生活やっていける気がしない。
とまぁ、こんな成り行きで白魔術師へ会いに行くことが決定した。幸い翌日は土曜日だったので、アブドゥルが車を出してくれることに。なぜか隣町に住んでいる美子さんも付いてきたが、ツッコむのも面倒くさいので何も言わないでおいた。
このあとの白魔術師との出会いが俺のアフリカ生活を激変させるとは、誰が予想できただろうか。
……と言っておけば続編が書ける気がするので、書いておいた。
ミノルはアフリカに行くことにした @horohoro_novel
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