第16話 推しと天使と融合体

 人間と魔科学の融合体だなんて理解ができない。ユーリが教えてくれた義手や義足を付けているようには見えないが、身体の中身が機械なのだろうか。

 いや、完全に生身の綺麗な魅力的な身体で、そこに全く魔科学の要素を一切感じることはできない。


「全然魔科学との融合体だなんて、全然そんな風には見えないんですけど……」

「そうよ。魔科学との融合体っていう言葉で勘違いしちゃうかもだけど、実際は人間に天使族の力を与えて、限りなく天使族に近づけようとした結果なのよ」


 天使族に近づける。

 まさしく人体実験といえるだろう。その実験をステラは受けたということだ。それが巡り巡って天使の秘宝と呼ばれるようになったのだろう。しかしそれは悲しいことだ。人体実験を受けた人が秘宝と呼ばれて、武器として扱われるだなんて。


「そんなの最悪じゃないですか!」

「最悪よ。それが行われたのが一万年前だったかしら? そこからある意味地獄だったわね。生きるために逃げて逃げて逃げて、泥水を啜っていた時もあったわね」

「どうしてそんなことに!? 天使達は何もしてくれなかったんですか?」

「もう昔過ぎて覚えてないけど、ちょうど私が最後の作品だったみたいで、作られた後に天使達は忽然と姿を消したの。だから、何もしてくれなかったのよ」


 天使ってそれほどに酷い種族だったなのか。

 自分達のエゴで実験をしたのにも関わらず、終わったら放置だなんて最悪だ。

 しかし姿を消したっていうのが気になる。絶滅ではなく消えたのなら、今もどこかで生きているはずだ。もし見つけた時には一発ぶん殴ってやる。


「思っていた天使と違いました。まさかこれほど残酷だなんて」

「地球では神の使いで神秘的な存在だけど、パラトピアでは違うわ。一時代を築き上げた魔法と科学を持つ、凄まじい種族なのよ」


 ステラの話しに絶望をしていると、ユーリが近づいて来た。


「誰と話しているのですか?」

「あ、ステラさんだよ。俺の世界でVTuberとして活動をしてるんだ。俺のもう一人の推しさ」

「あ、そうなんですね。この辺りに天使の秘宝はなさそうです。どうしますか?」


 ユーリにはさっきの話を聞かれていなかったようだ。

 もし聞かれていたら面倒になっていただろうな。このままやり過ごしたいが、ステラさんを放っておけない。天使の秘宝は見つからなかったと報告するしかないな。


「一度帰ろう。ミオさんとルナに報告しないといけないし」

「そうですね。ちなみに、そちらの女性も一緒にですか?」


ユーリの言葉を聞いたステラは、何度もその場で頷いている。


「もしよければ一緒に行きたいわ。もう一人はこりごりだわ」


 整い過ぎている顔に一筋の涙が流れる。

 その姿はドラマのワンシーンのようだ。とても絵になっていて、もう少し泣いてほしいという気持ちが溢れるが、そんなことはさせられない。

 出雲は持っているハンカチを手渡すことにした。


「これを使ってください」

「ありがとう……」


 そう言いながら丁寧に涙を拭っている。

 拭う姿すら絵になるが、ユーリはどこか冷めた目で見ているようだ。


「私、計算尽くされた行動をする女性は苦手ですね。どうみても男性に哀れまれるような動きばかりです」

「あ、バレました? 女性に何かされたことがあるんですか?」

「あなたに言う必要はありません。結構図々しいですね」

「ふふ、ごめんなさいね」


 二人の間にバチバチという音がなっている気がする。

 出雲はどう話しかけていいのか分からないまま、二人を見ているしかなかった。そして、睨み合っていたユーリが「帰りましょう」と冷たく言い放って歩き始めてしまう。


「ちょ、ちょっと待って!」

「私も行きまーす」


 先を行くユーリを追いかける形で出雲達も歩き始めた。

 まさか一食触発の雰囲気になるだなんて思ってもいなかった。ユーリにルナ以外の女性の話はしない方がよさそうだ。気を付けるようにしないと駄目だな。


「あまりユーリに女性の話はしないでくださいね」

「気を付けるわ。ギスギスはしたくないし、やっと新たな道に進めそうだからね」

「新たな道?」

「そうよ。逃げて隠れての辛い日々だったけど、あなたが来てくれたからこの日々から抜け出せたの。結構感謝してるのよ?」

「元推しに感謝してもらえて嬉しいです」

「元推しでもいいけど、ちゃんとまた放送見てよね? あなたが来る数分前まで、魔法で作った分身でVTuberとして活動してたんだよ」


 まさかまだやっているとは思っていなかった。

 推しを変えてから情報を調べたり放送を追うことはしていなかったので、活動をしていることに驚きを隠せない。


「それは凄いです! また放送見ます!」

「それでよし。また踏んであげるね」

「次は顔面にお願いします! 足舐めたいです!」

「それは遠慮するわ。舐めたらもう踏んであげないからね」

「分かりました!」


 踏んでくれることが嬉しい出雲は、気分よくミオのもとへ帰ることができた。

 天使の秘宝は見つけていないが、再度行くと言えば納得してくれるだろうと考えるしかできない。そんなことを考えるつつユーリと共にログハウスに戻ると、ルナが慌てて三人のもとに駆け寄って来た。


「やっと帰って来た! 大変なの! どうしよう!」


ユーリがルナの方を掴んで、落ち着いてくださいと何度も話かけている。


「落ち着いてください。大きく深呼吸をして、息を整えてください」

「ふぅ……ごめんなさい……」

「大丈夫です。それで、何があったんですか? 教えてください」


 胸に手を当てて落ち着きを取り戻したようだ。

 一度目を閉じて静かに開けたルナは「お姉様が連れ去られたの!」と衝撃的な言葉を口にした。

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推しのVTuberに頼られたので、命を懸けて守ります 天羽睦月 @abc2509228

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