第15話 推しと天使の秘宝
洞窟をさらに進んでどれくらいの時間が経過しただろうか。
薄暗い空間から微かな光が見え始めた。もうすぐ出口だ。そう思えるほどに光が強まってくる。
「そろそろ洞窟を抜けて森に出ます」
「やっとか。天使の秘宝ともう少しで会えるな」
やっと天使の秘宝がどのようなものか分かるが、緊張が高まるのを感じている。得体の知れないモノに異世界であるのは恐ろしいものだ。
天使は地球ではある意味神話に出てくる架空の存在だ。それがパラトピアには実在したというのだから、恐ろしい。地球での考え方は止めた方がよさそうだ。出雲は自身の考えに何度か頷くと、ユーリに続いて洞窟から出た。
「こ、これが森か……綺麗すぎる……」
自然と声が漏れていた。
洞窟から出た先は、澄んだ空気に小さな川が森の中を流れているのが見える。地球では見ることができない神秘的な光景に目が奪われてしまう。
「ここはパラトピアでも屈指の森だと思っております。周囲には高濃度の魔力塊が浮かんでいますし、川も側にある海を精霊が浄化をして森から大地に向けて流していますからね」
精霊と口にしたユーリがある一点を指差した。
そこには人の親指程の大きさの羽を生やしている人型の生命体が宙に浮かんでいるのが見える。姿形は人間で、布一枚で身体を覆っているようだ。
「あれが精霊っていうの?」
「そうです。この世界に存在する人類以外の知的生命体の一つ、精霊族です」
「一つということは、他にもいるの?」
「いますよ。猫から進化した種族などもいますから、後々会える機会があるかもしれませんね」
「猫!? そりゃ楽しみだ!」
猫耳や尻尾が生えているミオを想像しながら猫の種族を考えていると、ユーリが森を進み始めていた。
「あ、先に進まないでよ!」
「緩み切った顔をしていたので、先に進んでいようと思いました」
「ごめんて! おいて行かないでよ!」
生い茂る草花を掻き分けてユーリに追いつくと、精霊達が飛び回っている姿が目に入る。
「水の浄化とかを精霊はしているの?」
「そうですね。精霊は自然と共に生きる種族ですので、草花や木々の育成や汚れている水を浄化して大地を育てることをしています。人類は精霊の恩恵を多大に受けて生きている種族ですね」
「そうなんだ。精霊に感謝だな」
宙を飛び回る精霊を見ていると、ある疑問が生まれた。
声や姿から察するに明らかに女性しかいない。男性の精霊がいるのかユーリに聞いてみることにした。
「精霊は女性しかいないの?」
「そうですよ。精霊に子供はいませんが、草花から生まれると言われています。それ故に、大地や草花を育てていると研究されていますね」
「凄いや。精霊には感謝してもしきれないな」
飛び回る精霊を見つつさらに奥を目指すと、中心部と思われる場所に小さな泉が現れた。
「ここが目的地ですね。周辺を確認して天使の秘宝を探しましょう」
草花を掻き分けて天使の秘宝を探すユーリを見つつ、出雲は泉の周囲を見始めた。
泉の底までハッキリと見えるほど澄んでいる。地球でもこれほど澄んだ水はそうそう見つからない。それに小さな魚が軽快に泳ぐ姿も、綺麗な証拠だ。
「なかなか見つからないな……本当にあるのか?」
泉の周囲には天使の秘宝と呼べるものは何一つもない。
ただ綺麗な泉が続くだけだ。ユーリの方は文句を言わずに笑みを浮かべながら探し続けている。
「本当に天使の秘宝なんてあるのか? おとぎ話じゃないよな?」
泉の側に座って溜息をつく。
いくら探しても見つからない。探すのはユーリに任せて泉を見て癒されようと考えた時、背後から「探し物は見つかったの?」と誰かに話かけられた。
「精霊か? 探し物は見つかってないよ。ていうか、綺麗な声だね。精霊は声も澄んでいるんだな」
背後を見ないで返答をするが、なおも精霊は話しかけてくる。
「天使の秘宝はそこにはないよ。必要な人の前にだけ現れるから、見つけることは不可能じゃないかなー」
「え? それてどういう――」
声のする背後を向くと、そこには精霊ではなく自身と同じ人間が立っていた。
きめ細かな白い肌と水晶のような綺麗な瞳が美しい。それに、腰まで伸びている艶のある黒髪から香る甘い匂いに心臓が高鳴っているのを感じる。
出雲の顔に髪が触れるほどに近づくその顔は、整い過ぎている。デザインされたと思えるほどで、まさしく絶世の美女と言える存在だ。妖艶で豊満な体型が精霊と同じ服により、さらに強調されていた。
「天使の秘宝は、天使と呼ばれていた種族が作り出した至高の武器だよ。人型だったり、武器の形で目の前に現れたりするよ」
「どうしてそんなに詳しいの?」
「どうしてだと思う?」
そんなことを言われても困る。
天使の秘宝のことなんて何も分からない。何か知っている風な口ぶりだけど、からかっているだけかもしれないな。そういえば目の前の絶世の美女をどこかで見たような気がするけど、もしかして――。
「もしかして、黒薔薇の姫ですか?」
つい思ったことを口に出してしまう。
違っていたら恥ずかしいけど、なぜか黒薔薇の姫であると確信できる。なぜなら、その姿は三年前に推していた推しそのものの姿だったからだ。
「正解! 私は君のこと覚えていたわ。よくコメントで踏んでほしいとか、一生押して守るとか言っていたわね。今は違う人を推しているみたいだけどね」
「あ、えっと……ははは……すみません!」
綺麗な土下座をした。少し湿っている地面であったが、そんなことは関係ない。
以前に推していたからといっても推しには変わらないので、推しは大切にしなくてはならない。出雲はこれでもかというほど地面に頭部を押し付けていると、後頭部に何かを押し付けられた。
「ほら、踏んであげたわよ。夢が叶ったかな?」
後頭部に足裏の柔らかさを感じる。
ぷにっという感じだろうか。硬くもなく柔らかすぎない、とても良い感触だ。それに頭を上げて黒薔薇の姫を見上げると、キュッとした細い腰と二つの大きな双丘が存在している。まさに楽園――推していて、覚えてもらっていて最高な瞬間だ。
「ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございます!」
「もう土下座なくていいわよ」
自然と土下座をして感謝の言葉を発していたようだ。
推しに対する自然な行動だから仕方がないが、無意識にやってしまうほどに染み付いている行動だとは出雲も思っていなかった。
「すみません、つい……」
「あなた達はそれが普通だもんね。別に平気だよ」
「ありがとうございます」
そう言いながら立ち上がると、黒薔薇の姫が微笑みながら話しかけてくる。
「言っていなかったわね、私の名前はステラ・ノヴァ。人と魔科学との融合体よ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます