ハチミツポップコーン『映画館』『黒板』『ハチ』


「映画館に来るのなんていつぶりだろうなぁ」


 俺はそう言いながらC10番席、たっちゃんはC11番席に座った。

 俺の手元には塩ポップコーンとオレンジジュース、たっちゃんの手元にはハチミツポップコーンとコーラ。


「本はよく読むのに、どうして映画は見に来ないの?」

「愚問だな、単純に外出するのが面倒くさいだけだよ」


 俺の返答に、たっちゃんは「そっか」とだけ返し、広告が流れ続けるスクリーンに目を向けた。

 

 しばらく広告を眺めていると、隣からシャクシャクというような、咀嚼音が聞こえてきた。

 しかし、ポップコーンをたべているにしてはどうも水っぽい音で、少し気になって視線をそちらに向けると、たっちゃんのポップコーンの上には、黄色っぽい液体がかかっていた。


 一瞬ギョッとして眉を顰めたが、そう言えば、買っていたポップコーンはハチミツ味だったことを思い出し、納得した。


「というか、それはハチミツ味じゃなくて、ハチミツかけポップコーンだろ……」


 小さな声でそう呟きながら、俺も自分のポップコーンを口に放り込んだ。


 今回見に来た映画は、最近流行っていた『ブラックボードイレイザー』という映画で失恋の話だ。

 少女は自身の恋心をひっそり黒板に書くが、それが相手に伝わる前に黒板消しで簡単に消されてしまうという、初恋の儚さを描いた作品になっている。


 正直、あまり恋愛物を好んで見てはいなかったが、あまりにもこの作品の人気が凄かったので、どんなものかと試しに見に来てみたのだ。



 だいたい一時間半の映画を見終わった後、映画館内にある休憩スペースで、一息ついていた。


「映画、面白かったね」


 たっちゃんは満足そうに言う。


「そうだな、意外と恋愛映画も悪くないな」


 俺も意外と、楽しんで見ることが出来た。


「だけど正直、なんで失恋させる必要があったのか分からないかな、なんでこれの作者は、普通に学園恋愛物を書かなかったんだろ?」


 たっちゃんは、ずいぶんとメタい疑問を持ったようだ。

 まあたっちゃんも一端のクリエイターだから仕方ないのだろうか?


「確かに、今回の作品を見た感じでは、普通に恋愛物書いても売れる気がするよな……」


 たっちゃんに言われて考えてみたが、確かに一理ある。

 キャラクターの描写、変化する心の表し方、どれをとってもかなりの高水準で纏まっていて、それらを使えば、片思いから始まり最終的に付き合う形で締めることもできるはずだ。

 証拠に、あの作品の中にあったイチャイチャシーンはものすごく解像度が高く映されていた。

 しかし、なぜあえて失恋ものを書いたのか……。


 確かこの映画の作者は今作が初公開の作品のはず、あえて王道を外し、失恋ものでデビューしたのは訳あってのことなのか……。


「うーん、なんでだろう」


 たっちゃんも考えながら、器に残っていた、ハチミツがたっぷりついたポップコーンを口に放り込んだ。


「それ、おいしいの?」

「うん? 甘くておいしいよ」


 そう言って、少量残っているポップコーンを突き出してきた。

 恐る恐る俺は一粒とって舌の上に置く。


「あっま……甘すぎだろ……」


 表情を歪めながら俺は一粒飲み込んだ。

 甘いものは嫌いではないが、甘すぎるのはあまり……。


 そんなことを頭の中で考えていると、ふと閃いた。


「ああ、だからか……」

「んん? 何か思いついた?」


 自分のポップコーンの箱に残った塩を一つまみ分指先につけ、ぺろりと舐める。


「要はあの作者はこう思った訳だ、俺が純愛を書いたら甘すぎるって」

「……んん?」


 たっちゃんはまだわかっていないようなので続ける。


「今思えば、今作内にあったイチャコラシーンはすさまじく甘ったるいもので、幸せな気持ちになった、だけど最後の失恋でつり合いがとれた」

「つまり、甘すぎるとおいしくないってこと?」

「そうゆうこと」


 俺は、空になった容器をゴミ箱に捨て、自販機で一本お茶を買う。


「すべてはバランス、ただただ甘い物が良い人もいるだろうけど、それだと万人受けはしない」


 買ったお茶を舌の上に流し、残った分をたっちゃんに投げる。


「俺がそのポップコーンをあまり好かないように、何かに突出したものは誰にでも受け入れられるわけではない……」


 受け取ったお茶を眺めながら、たっちゃんは呟いた。


「だから、あのヒロインもフラれちゃったのかな」


 随分と神妙な顔つきで言うじゃないか。


「……かもな」



 一人の男の子が好きすぎるヒロイン、常に好きな相手のために行動し、最初はそれをよく思っていた男の子だったが、段々それを怖く思い出し距離を置くようになる。

 それを見たヒロインは、それがその人の幸せならそれでいいと、そのままでいたら、ついにフラれるに至った。そしてヒロインは思った、恋という形なんて、簡単に消し去ってしまうことができるものなんだと。


 たとえ、どんなに片方からのアピールが強くても、バランスが取れなくては存在できないのだと。

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古魚の短編集 古魚 @kozakana1945

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