明日に向かって

 喫茶店DAWANは、毎度毎度の千客万来である。

 私はいつもの席で客人との他愛ない会話に付き合い、ミカは、客人に纏わりついている諸々の方々をご退去させている。

 私たちの子どもたちは、日がな一日、私にじゃれついてくる。


 木之本家には、待望の跡取りが出来たという事で、カーニバルになっている。

 もっとも、身重になった香澄は店内活動の自粛を余儀なくされてしまった。


 正直、とミカだけでは来客を処理できるわけもなく、私も二足歩行は得意ではあるが、お盆を持って接客出来るほどの器用さは持ち合わせていない。


 本日募集していたパートの方が面接にやって来られる。

 本来であれば、店主たるが対応すべきところなのだが、何故か私とミカも同席する事になってしまった。

 香澄飼い主様のお願いという事で、止む無く参加した、私とミカ


 さて、誰がやって来るのか?

 私たちには聞かされていない。

 も聞かされていない。

 段取りを整えた香澄だけが、知っている。


『たけしよぉ~。

 せめて、名前ぐらいは確認しような。』

「す、すまん。」

 ゴールデンレトリバーにツッコミを受ける男性飼い主…ミカは気にする風もなく、扉の向こうを眺めている。


 さて、カウンターで待つこと半時。

 不意にミカが立ち上がり、扉を眺めながら私に話しかけてきた。

「来たわよ、お客様。」

 私も扉に意識を集中すると…面接希望者の影が見えてきた。


 ん?

 希望者以外にも誰かいるような…。

 ミカに視線を向けると、彼女がニヤリと笑う。


 やがて、扉が開くと彼女が入ってきた。

「こんにちは!」

 たれ耳ウサギを胸に抱き、いつか私と会話をしたあの女性が入ってきた。


「藤本 美由紀です。

 よろしくお願いします。」

 深々と頭を下げる女性。


「どうぞ。」

 店主に促され、美由紀さんは席に着き、たれ耳ウサギも机の上に箱座りした。


「それでは…。」

 美由紀さんの面接が始まる横で、たれ耳ウサギが私たちに話しかけてくる。


「私の飼い主あるじの事、くれぐれもお願いしたい。」

「それは、私たちの決める事ではないわ。」

 ミカがたしなめるが、たれ耳ウサギも強気で攻めてくる。


「わしも、何がしかの応援に入る所存だ。」

「大丈夫かしら?」

 ミカは悪戯っぽく笑って見せる。


「騎士の名誉にかけて!」

 鼻息荒く、胸を張ってみせる、たれ耳ウサギ。


「…どうだろうか?

 タツロー。」

 不意に私に話を振ってくる店主

 そして、全員の視線が私に降り注ぐ。


 私は、おもむろにタブレットを取り寄せ、文章を打ち込んでいく。

『協力いただけるのは、有難い事です。』

 全員の視線に安堵の色が漂う。


『ただし、条件があります。』

 私の要らない一言で、場の空気は一変し、緊張が高まっていく。


 全員を十分に焦らしたところで、私は条件を提示した。

『うさ子と一緒に勤務する事!』


 場の空気は一気に緩み、全員が笑い出す。


「小僧、飼い主あるじともども、よろしく頼むぞ。」

 たれ耳ウサギナイトは、私の所に来ると、鼻でつついてきた。


「こちらこそ、よろしくお願いします。

 頼りになる騎士殿。」

「うむ!」

 私の横では、ミカがコロコロ笑い。

 一連の所作を見ていた店主美由紀騎士の主もニコニコしている。


 私は、タツロー。

 わんこに転生してしまった、元人間。

 前世では、家族も含め、希薄な人間関係の中で生きてきた。


 今、こうして美人の姉さん女房おくさんを娶り、我が家に帰還も果たした。

 頼りになる仲間と共に、日々面白おかしく生きている。

 あまつさえ、VTuberとしてのデビューも果たし、今や時のヒトにもなっている。


 前世で失ったものは、確かにあったかもしれないが、今の私は補って余りある幸福しあわせを手に入れた。

 あぁ、飼い犬に降格した事は、残念な事なのかもしれないが、家族も増えたし、何よりミカが綺麗なままなので、後悔などは微塵もない。


 Fin

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

吾輩は犬になってしまったらしい たんぜべ なた。 @nabedon2022

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説