その筋で有名なヤツ

 自分の身の上話を婦人に聞いてもらい、一息ついたのか、彼女はゆっくりと店内を見回す。

 すると、壁際の奥、年季の入った黒い机に上体を乗り出し、タブレットを操作している、妙なゴールデンレトリバーが居る。

 その周りでは、先程吠えてきた犬シェットランドシープドックの子どもたちが、ゴールデンレトリバーの邪魔をするように、ジャレあっている。


「あれが、噂の駄犬さんよ。」

 婦人が身を乗り出し、そっと女性に耳打ちする。


 ◇ ◇ ◇


 木之本夫妻が、この喫茶店DAWANを開店した当初は、連日閑古鳥だった。

 まぁ、私の貯金がそこそこ残っていたので、慌てる必要は無かったのであるが、夫婦には苦い経験トラウマがあり、一日でも早く、お客様に来て欲しいと、空回りをする日々が続いたのだ。


 さて、私にも専用タブレットおもちゃがあてがわれ、日がな一日Youtubeを眺めていると、自分を撮影した木之本夫妻の動画がかなりの量でバズっている事を知った。

(こんな事で、バズるのだったら、私をダシに客引きやればいいじゃないか!)

 至極当然の店舗アピール手段になるのだが、木之本夫妻は、私の提案に躊躇した。


「そんな…

 これ以上、ター君にすがる訳にはいかない。」

 香澄が戸惑っている。


『生活のためだ。

 気にする事は無い。』

「し…しかし…。」

 私の言にも躊躇している。


『まぁ、”私の成長日記”ということで、定期投稿してみてはどうだろうか?』

「そ…それなら…。」

 戸惑いながらも、”成長日記”で有ればいいのではと香澄は武に語りかけ、ようやく合意に至った。


 さて、そんなこんなで出来上がった”成長日記”の輝かしい第一日目。

 そこに掲載された動画には”スマホを軽やかに操作するゴールデンレトリバー”。

 早速バズってしまい、合成画像説なども含め、実に賑やかなコメントが付きまくる動画となってしまった。


 おまけに舞台となったのはくだん喫茶店おみせ

 動画が掲載されて以降、客足は日に日に増え始め、店外でお待ちいただく事態まで発生した。


 ◇ ◇ ◇


「駄犬さんとも、お話しできるのよ。

 やってみる?」

 婦人はニコニコしている。

「はい!」

 女性が答えると、婦人はニコニコしながら彼女を促して、ゴールデンレトリバーの所へやって来た。


「こんにちは、ター君。」

「わん!」

 婦人の挨拶にゴールデンレトリバーもやわらかい声で答える。


「実は、この子が貴方と話したいって…。」

 婦人に促され、俯いた姿勢の女性が進み出てくる。


『こんにちは、お嬢さん。』

 読み上げソフトの声にびっくりして、女性が顔を上げると、ゴールデンレトリバーが彼女の顔を見ている。


「こ、こんにちは。」

 やっとのことで、返事をする女性。


『楽しい時間をお過ごしいただけましたか?』

「は、はい…とても…。」

『それは何よりです。』


 すらすらと会話が成立する不思議な感覚。

 女性が首をかしげていると、ミカが傍に来て、身体をすり寄らせた。


 ミカの所作に女性がびっくりしていると、読み上げソフトの声が話を続ける。

『いままで、ご苦労が絶えなかったようですね。』

「!!」

 女性はびっくりして声を失い、婦人もニコニコしている。


『もう大丈夫ですよ。

 ミカも、そう言ってます。』

「わん!」

 ミカが穏やかに吠える。


『それに、貴方には頼もしい騎士が就いているようですし。』

 読み上げソフトの声に、女性がハッとして振り返ると、そこには胸を張って威張っているたれ耳ウサギ。


「そうですね。」

 女性はゴールデンレトリバーに向き直ると、クスクス笑い出す。


 事の一切を眺めていた客人たちも幸せそうにニコニコしていた。

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