その筋で有名なヤツ
自分の身の上話を婦人に聞いてもらい、一息ついたのか、彼女はゆっくりと店内を見回す。
すると、壁際の奥、年季の入った黒い机に上体を乗り出し、タブレットを操作している、妙なゴールデンレトリバーが居る。
その周りでは、
「あれが、噂の駄犬さんよ。」
婦人が身を乗り出し、そっと女性に耳打ちする。
◇ ◇ ◇
木之本夫妻が、
まぁ、私の貯金がそこそこ残っていたので、慌てる必要は無かったのであるが、夫婦には
さて、私にも
(こんな事で、バズるのだったら、私をダシに客引きやればいいじゃないか!)
至極当然の店舗アピール手段になるのだが、木之本夫妻は、私の提案に躊躇した。
「そんな…
これ以上、ター君にすがる訳にはいかない。」
香澄が戸惑っている。
『生活のためだ。
気にする事は無い。』
「し…しかし…。」
私の言に
『まぁ、”私の成長日記”ということで、定期投稿してみてはどうだろうか?』
「そ…それなら…。」
戸惑いながらも、”成長日記”で有ればいいのではと香澄は武に語りかけ、ようやく合意に至った。
さて、そんなこんなで出来上がった”成長日記”の輝かしい第一日目。
そこに掲載された動画には”スマホを軽やかに操作するゴールデンレトリバー”。
早速バズってしまい、合成画像説なども含め、実に賑やかなコメントが付きまくる動画となってしまった。
おまけに舞台となったのは
動画が掲載されて以降、客足は日に日に増え始め、店外でお待ちいただく事態まで発生した。
◇ ◇ ◇
「駄犬さんとも、お話しできるのよ。
やってみる?」
婦人はニコニコしている。
「はい!」
女性が答えると、婦人はニコニコしながら彼女を促して、ゴールデンレトリバーの所へやって来た。
「こんにちは、ター君。」
「わん!」
婦人の挨拶にゴールデンレトリバーもやわらかい声で答える。
「実は、この子が貴方と話したいって…。」
婦人に促され、俯いた姿勢の女性が進み出てくる。
『こんにちは、お嬢さん。』
読み上げソフトの声にびっくりして、女性が顔を上げると、ゴールデンレトリバーが彼女の顔を見ている。
「こ、こんにちは。」
やっとのことで、返事をする女性。
『楽しい時間をお過ごしいただけましたか?』
「は、はい…とても…。」
『それは何よりです。』
すらすらと会話が成立する不思議な感覚。
女性が首をかしげていると、ミカが傍に来て、身体をすり寄らせた。
ミカの所作に女性がびっくりしていると、読み上げソフトの声が話を続ける。
『いままで、ご苦労が絶えなかったようですね。』
「!!」
女性はびっくりして声を失い、婦人もニコニコしている。
『もう大丈夫ですよ。
ミカも、そう言ってます。』
「わん!」
ミカが穏やかに吠える。
『それに、貴方には頼もしい騎士が就いているようですし。』
読み上げソフトの声に、女性がハッとして振り返ると、そこには胸を張って威張っているたれ耳ウサギ。
「そうですね。」
女性はゴールデンレトリバーに向き直ると、クスクス笑い出す。
事の一切を眺めていた客人たちも幸せそうにニコニコしていた。
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