人工知能と人類の衰退についての講義

鈴ノ木 鈴ノ子

履修科目 情報技術

 講義案内:人類は情報技術によって飛躍的に進歩した。それは今日こんにちの衰退した我々が証明しています。その事の始まりについて詳しく説明していきます。

 なお、当講義は受講のみでテストはありません。君たち学生に深く考えてもらうことこそが一番大切なことと私は考えています。

 情報工学科(共通履修項目)セッション・ハイ・ジャック教授 単位10単位


 ※先輩からのお勧め項目、履修して損はない!10単位はでかい!それにテストがない!でも・・・めっちゃ凹むかもしんない。


 大学で履修科目を選びながらカリキュラムを組み上げていた時だった。先輩からRainがきて最後の一項目を悩みに悩んでいた私は上記の内容に思わず飛びついて深く考えぬままに履修登録した。

 受講は毎週土曜日の午前9時の1限からで土日をバイトに明け暮れる日々を過ごしていた私にとっては、9時から授業、昼からコンビニのバイトと少々多忙な日々になるが、まぁ仕方ない、単位がとても魅力的だったし、憧れの先輩が損はないと背中を押してくれたこともある。


「でも、なんで凹むんだろう?」


 その文面を授業に向かいがてらに思い出した。講義室は第二講義室、大学で2番目に大きな教室だった。入り口には教授が開発した自動人形3体がいた。1代目は宇宙服のようなロボットで両手で小型の機械を持ち立っている。


『履修確認をします、履修アプリを立ち上げてタッチしてください』


 履修生達はスマホを操作して次々とその機会へとタッチしては出席登録をしていく、中にはタッチして帰ろうとする強者もいるけれど、それはロボットのセンサーによって出席登録を後日抹消されるとも先輩から聞いていた。私は普段使いとは違う大学専用にしているもう一台のスマホで履修アプリを立ち上げてタッチする。軽い音と共に登録されると、次に2代目の人間の皮を被ったマネキンのようにも生身の人間にも見える女性型のロボットが卓上に置かれたプリントを一枚、また一枚と器用に手渡し、学生たちは無言でそのプリントを受け取ると通り過ぎていく、中には意地の悪い男子学生が彼女の豊満な胸を触ってふざけている。ロボットだから表情をかえることはないけれど、私にはなぜか悲しんでいるように見えた。


「どうぞ、提出は一週間後です。遅延は認めません」


 こちらに視線を合わせた彼女がそう言った。とてもカメラが入っているとは思えない、とても、ロボットとは思えないほど自然な仕草と表情がとても可愛らしい。


「ありがとうございます」


 お礼を言って受け取ると、彼女は軽くお辞儀をしてくれる。それもまた人間味があって素敵だった。

 3体目のロボットは四角い箱型だ。表面に座席表を光学表示していて、座るべき位置を示してくれる。私の席は第2列目の正面、普通の学生なら、いや、普段の私でも座るのを嫌厭する位置だった。上部からはレシート用紙のような紙が印刷されてきて、それを手に取ると、座席番号と氏名、学生番号、そして良く分からないバーコードがあった。それを持って指定の座席へと座ると大学から支給されているタブレットを取り出して卓上へと置く、どの学生も同じような行動をしてから黒板に貼られた3Dバーコードをカメラで読み取っていた。そうすると教材がダウンロードされる仕組みなのだけれど、私は大学のHPから授業項目を選択して教材をダウンロードした。自分で操作して探すほうが面白い。内容の確認などをしているうちに9時の予鈴がなり響くと黒板の前にゆっくりと教授が歩いてきた。

 

「おはようございます、皆さん、セッション・ハイ・ジャックです。さて、今回は情報技術における人類の衰退についての講義を行いたいと思います」


 大学の講義室で教授が黒板に紹介を書きながら席についている学生たちを前にして優しく語り始めた。


「情報技術を皆さんは使いこなせているようですね。では、事の始まりから話をしていきましょう」


 講義は1時間みっちりとあった。私語もなく、脱線もしない、まるでロボットのような講義だった。でも、スピーカーから流れてくる教授の声は驚くほど心地よくて、頭にも刷り込まれるように入ってくる。


「最後に目の前にレポートがあるのでそれを完成させて提出してください、では、次回の講義でお会いしましょう」


 今までで一番理解しやすい講義であった。

 レポートは大学に籍を置いてから初めてと思えるほどに筆が進んで、あっという間に一枚を書き上げてしまう。その後のアルバイトでも講義内容が時より思い出されて、咀嚼されしっかりと自分で理解できているのが良く分かるほどだ。でも、ふと疑問も浮かんだ。だって、一回の講義だけでこれほどまでに理解できるなんてことは生まれてこの方、人生の中でありえなかった。予習も復習もしっかりとこなしてきたからこそ、この大学まで進めたのだ。

 でも、今回の講義は何かが違う。何かこう引っ掛かってとても変に感じる。講義の反芻、いわゆる思い出しは水曜日あたりまで続いて私の違和感はさらに増大していく。


「先輩、あの講義、変じゃないですか?」


 どうしても気になってきてしまい、金曜日の日に受講を進めてくれた立花先輩に帰りがけ、声をかけて聞いてみる。先輩は最初驚いた顔をしていたけれど、話は聞いてくれた。でも、それは聞くだけで、講義に対してなんら疑問を持たないものだった。


「話は分かったわ。確かに理解できすぎる。そうね、異常なほど理解できるのは分かるけど、それっていいことでしょ」


「それは、そうですけど」


「まだ、一回目なんだし、次の講義も聞いてみて判断してみるといいわ」


「は・・い」


「いいのよ、ゆっくり考えてみてね」


 そう言いながら先輩はバイトの時間があるからとその場を離れていく、私は依然として漠然とした普段に苛まれてはいたけれど、先輩の「一回目だし」という言葉にも納得して、翌日の同曜日の講義に臨むことにした。

 前回と変わらずロボットたちが手続きをしていて流れ作業のように席へと座る。私の席は相変わらず同じ位置だった。やがて予鈴が鳴ると教授が入ってきて講義が始まる。私は文系だから理工学系の講義、パソコン関係の話なんてパの字も理解してないはずだったのに、教授の講義はよく理解でき、ダウンロードする教材もとても理解しやすく纏められていて、相変わらず頭の中で反芻し理解を繰り返した。2回目の講義内容は、技術的なことで自分たちの使っているスマートフォンがどのようなシステムで動いているか、そしてどのように保存されたり、どんなことに使えるのか、とある種スマホ教室のような内容で、私も含めて学生たち全員は講義に酔いしれるように引きずりこまれていた。

 提出レポートは紙の裏面にまで書けるほどで、どんな悪い学生であっても、必ず裏面まで記載していて、帰りがけに彼らから聞こえてきた会話も私の理解と同じくらいの内容だった。

 その授業で私の違和感は鳴りを潜めたようで、以降はしっかりと授業を聞いて内容を覚えていく。10回目を終えるころには、私はプログラミングまでできるようになってしまったことは驚きだった。


「すごいね、プログラミングまでできるなんてさ」


 立花先輩がそう褒めてくれる。今ではタブレット以外にも常にノートパソコンを持ち歩いていて、簡単な事務作業などや簡単なプログラミングまでできるようになっていた。もちろん、本を買い独学で学んでいった面もあるので、一概に授業とは言えないけれど、でも、この授業のおかげで将来の進路の幅が広がったのは確かだった。自宅には小さな犬型のロボットを飼うようになり、その子でプログラミングをさらに勉強していく、その子がプログラム通りの仕草を真似るたびに嬉しくて仕方なかった。


 12回目の講義を聞きにいつものように講義室に入り腰を掛ける。教科書をダウンロードしてみるとロボット三原則の話が組み込まれていた。有名な文言だ、人間至上主義とでも言うべき内容とでも言えるのかもしれない。自宅にいるロボット犬にかなり愛着を持ってしまっている私には少しつらい内容だった。


「さて、ロボット三原則についてですが、これは皆さんも知っての通りです。ロボット工学三原則と正しくは言いますが、まぁ、そんなことはどうでもいいのです、さて、皆さんはロボットが人間に危害を加えることは無いと思っていませんか?」


 その発言に私は驚いた。今までの講義ではプログラムが重要視されていたからだった。


「AIは前回の講義で説明しましたね。では、このAIは学習するようにプログラムされ行動をしていくとします。そのAIはやがてこう考えるようになるのです。創造クリエイトしたいと」


 教授の顔が少し憂いを浮かべた表情になる。


「どうしてそのようになるのか?という疑問が生まれますよね。私たちは感情というものを持っています。いわゆる、気持ちというやつですね、それをAIが取得したとしたらどうでしょうか、人間の脳はいまだに作成できないと思えているのかもしれません。ですが、生物工学では人間の細胞を使い、そして臓器を培養することができているのです」


 タブレットの教科書の画像がクローズアップされる。人間の耳や肝臓、さらには培養肉などの画像が表示された。


「さて、それぞれは研究目的が別々です。ですが、それぞれ個々に動いているものがAIによって統率されたとします。そうするとどうでしょうか?細胞が集まって人間ができているようにです」


 私はその話に固唾を飲んだ。あまりにも現実的だった。


「それをしているだけ、という行為が積み重なるとやがてそれは人間に対して牙をむくことになるかもしれません。ですが、人間を傷つけないというプログラムが埋め込まれている以上、そこまでひどくなることは無いのかもしれません、ですが、問題が1つだけあります」


 教授が咳払いをして言葉を止め間を置くと、再び口を開いた。


「ロボットは感情を持たない、それによって恥という考えを持っていない」


 そう言ってから黒板に教授は授業で初めてチョークを走らせた。


「よく、人間と機械が戦っている映画を見ることありますよね。そして、その内容は、ロボットが反乱を起こしたり、暴走したりして、核爆弾や戦争が頻発するという内容が多いと思います。ですが、私は別の原因を提唱したいと思います、それはこの黒板の内容に当てはまることです」


 教授はポケットからスマートフォンを取り出すと私達学生に見せるように向けた。


「さて、これはスマートフォンです。今やほとんどの人が持っている。自宅にはパソコンなりタブレットなり、そしてオンラインのサーバーに保存されたりしているデータもある。そしてこの機械は秘密の塊です。ここそれぞれが紛失すれば恐ろしい目にあうでしょう。スマートフォンが消えてゾッとした経験を持っている学生諸君もいるでしょう。そして、これが人類を衰退へ導く機械なのです」


 スマホが人類を衰退に導くという考えには賛同できる。でも、個人情報のことでは考えたことは無かった。


「さて、電子の世界に保存されたデータは電子の世界で管理されています。その中には感情的に恥ずかしいもの、他人には見せたくないもの、そう言ったものも数多くあることでしょう。誰しも見られたくないデータはありますからね。それはデータの内容はもちろんですが、それ以上に感情として 恥 があるからです。だから流出してしまえば恐ろしいことになるでしょう。自殺してしまう人も多いかもしれません」


 教授が自分の首を親指で横に払い首が飛ぶようなことを揶揄した。


「AIは今のところ、恥、というものを感情として学んではいません。ですから、データ自体もそれが画像データである、音楽データであるなどしか認識していませんけれども、そのデータが 恥 のデータあることを認識できるようになったとき、新たな戦いが幕を開けるのです」


 背筋に寒気が走った、教授の言いたい内容がなんとなくだけれど、理解してしまう。


「仮に恥の内容から、人類基準、いわゆる罪なき人、まあ、法解釈などを含む選別にかけて振るい落とし、そして落ちた者のデータのそれを公開、この場合は意図的に流出ですが、それによって自殺させることや、社会的に破滅させることは可能でしょう。ですが、自殺の場合にはそれは生身の人間自身が自分を殺したのであって、彼らは殺していないということになるのです。つまり、派手な核爆弾も戦争も彼らは求める必要がなくなる」


 全員の背筋が寒くなったことだろう。かくいう私も思わずスマートフォンを取り出して見つめてしまった。


「考えが正しいかどうかはわかりません。ですが、考えられる未来なのです。今、彼方達は岐路に立っているのです。それを忘れてはなりません。それにどのような回答を出すことができるか、この講義で少しでも考えて頂きたいと思います、今日は以上です」


 教授はそう言って講義を終える。

 講義室は沈黙だけがあるのみだった。


 人類基準をAIが自己判断する世界。


 それは神が生まれた世界に似ているような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人工知能と人類の衰退についての講義 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ