化け物に姿を変えられた貴族の息子が、死んだじいちゃんの隠し子(8歳♀)とほのぼの畜産ライフ

@takakisa

第1話

「はぁーー」

両手に息を吹きかけ、こすり合わせる。もう何度目のことだろうか。真っ白に染まる吐息に月明かりが乱反射して、光っては消え、光っては消えを繰り返している。真っ暗な中を疲れた吐息や項垂れるような小声が行き交う往来に、うずくまって動かない影が一つあった。


 『それを全部売ってくるまで戻るんじゃないよ!』

母にそう言いつけられて、草で編まれた籠を両手に町まで出てきたが、家の周りに生えている草で不器用に編まれたカゴとも呼べない代物が売れるはずもなかった。父は飲んだくれて定職にもつかず、酒代が無くなれば気まぐれに日銭を稼ぎに街へ出たが、稼ぎを生活費に回す気などはさらさら無い。もっぱら家庭菜園での自給自足で命を繋いでいたが、食と住を除いた日用品の確保のために、少女は遊ぶ間も学ぶ間もなく働かされていた。家庭菜園の管理も当然のように少女が請け負っている。今日は朝からここに座っているのだが、自分たちと同じく貧しい人々が住み、歩いて行く下町の通りでは、同情を誘ってもこのゴミに金を落としてくれる者はほとんどいない。金持ちの集まる区域には貧乏人は入れないようになっている。また、殴られに帰ることになるのか…。痛む腕をさすりながら、家路についた後の自分の末路を案じる少女の前で、1人の小綺麗な服をきた男性が立ち止まった。このチャンスを逃すともう今日は無一文で帰ることになると思った少女は、なんとか声を振り絞った。

「あ…あっ…あの…」

「君、こんな物が売れると思っているのかい?商売を舐めちゃいけないよ。本当にお金が欲しいのなら、おじさんが良い方法を教えてあげよう。ほら、おいで?」

少女は何を言われているのか、よくわからなかった。よくわからなかったが、男性の舐め上げるような目つきとねっとりとした口調に、なんとなく嫌悪感と危険を感じた。ふるふると首を振っていると、少し強引に腕を取られた。引っ張り上げられた腕には、複数の痣が生々しく浮かんでいた。男性は一瞬ギョッと目を見開いたが、しめたといったような顔をして言った。

「お金がないから、こんな目に遭っているんじゃないのかい?おじさんとくれば、もうぶたれることなんてないんだよ。ね?」

少女の心の中の嫌悪感や恐怖心が、安堵感で誤魔化されそうになっていた。もう、一日中薄着で寒空の下座らされ続けることも、商品が売れずに殴られることも、夫婦喧嘩に怯えてタオルにくるまって朝を待つことも無いのかーーーー。足がゆっくりと力の働く方へ進み始める。

「ちょっと」

少女を連れて行こうとする男性の手を掴んだのは、眩しいような、どこか神々しいような姿の青年だった。

「なんですか?これから娘と家に帰るところでして」

「嘘は通用しませんよ。先ほどからの会話は全て聴いていましたし、あなたは自分だけ綺麗な服を着て子供にみすぼらしい服を与える親なのですか?親子だというのが本当だとしても、言いたいことはたくさんありますが」

「そんなのうちの勝手じゃないですか。何を聴いていたのか知りませんが、言いがかりはやめて欲しいな…」

「シラを切るおつもりですか?」

「さてなんのことやら…ハハ、さぁ一緒に帰ろう」

「…すぐ近くに警備隊がいても?」

そう言い放った青年の後ろを、パトロールだろうか、7人ほどの警備隊が横ぎっていく。

「いやぁこまったな…また迎えにくるから」

そういって速足で男性はその場を去って行った。一連のやりとりを見ていた少女は、自分の身に何が起こっているのか理解を追うのに精一杯だったが、どこか複雑な気持ちだった。青年は攫われそうな少女を助けたつもりなのかもしれないが、同情では生きてはいけない。好意からの行動をありがたく思いながらも、お金を稼ぐ邪魔をされてしまった、余計なことをしないでくれという怒りに近い感情が胸の中で蠢いていた。

「大丈夫かい?朝も君を見かけたんだが、まさかこの時間までずっとそこに?」

「……」

今の今までなんとも思っていなかったが、売れもしない籠をかたわらに道端で1日を過ごしたことを取り沙汰されたようで、突然恥ずかしくなった彼女は控えめにこくりと頷いた。

「そっか…本当のお母さんお父さんは?…そう、家で待ってるんだね。」

一瞬、青年が気の毒そうな、残念そうな顔をしたのをみとめた少女は、両親が警備隊に通報されるのかもしれないと考えて、慌てて取り繕うとした。

「い…い、いや、ち、ち、がう…あ、あの…」

「あぁ、大丈夫だよ。君は聡い子だね。君の両親を告発しようなんて気はないんだ。ここらは貧しくて、子供も働かせなきゃいけない人が多い。僕はそれを心苦しく思っているけど、仕方のないことだともわかっているしね。」

少女はホッとした。何も、理不尽に自分を傷つけ、働かせるだけ働かせて好きなものも何も与えてはくれない、自分たちは働かないというクズの原則をあますところなく守っている毒親模範生達にまだ親子の情愛が残っているわけではなかった。しかし、孤児となってしまうよりは、今の生活を守る方がよっぽどマシだった。貧しいこの町にはみなしごを引き取ってくれるような施設は無く、隣の隣の町にある施設へ送られることになるのだが、そこは給料も出ず、十分な食料も与えられず、孤児を使い捨てのコマのように扱う工場だという話をきいていたのだ。そこへ送られた孤児は、早ければ一年ともたずにゴミ処理場へと運ばれるらしい。それだけは、絶対に避けなければならなかった。

「そしたら、今ここにある分の籠は全て僕が買い取るよ。お父さんお母さんに喜んでもらえると良いな。」

そう言って、青年は全ての籠の代金の、2倍のお金を渡してくれた。

「……」

「あぁ、いいんだ。間違ったんじゃないよ。君も好きなものを買いたいだろうから、半分はこっそり持っておくんだよ。」

少女ははじめ、起こったことが現実だと信じられなかった。なぜ青年はこんなものに払うお金の余裕があるのか、なぜこんなに親切にしてくれるのか、青年は何者なのかーーーー。質問として考えうるものは少女の中にはかけらもなく、ただ今日の安寧を喜ぶのみだった。

「それじゃあね。あ、そうだ、もし困ったらこの名前と住所を頼ってくれてもいいからね。」

サラサラと紙に文字を綴った青年が、それをこちらに差し出してきた。

「……」

「ん?あっ!そうか、文字が読めないんだね、ごめんごめん。まぁ、また通りで会うかもしれないしね。一応これは渡しておくね。」

そう言いのこすと、青年は歩き始めて、間も無く見えなくなった。

 家に着くと、両親も驚いた様子だった。思わぬ稼ぎを得て帰ってきた自分をたいそう褒めてくれ、父の酒の進みも母の美容液の減りも、その日はとても速かったように思う。期待もしていなかったが、稼ぎの中から自分におこづかいをくれることはなかった。それでも、一瞬でも、偽りでも温かい家庭のひとときを感じられた気がした少女は、その日は久方ぶりに幸せな眠りについた。


 それから一ヶ月後。少女はやはり、通りの隅で、ゴミと区別のつかないような籠を売っていた。青年からもらったお金は、まだ使っていない。家は狭く、自分の部屋どころか寝床すら用意されていない状態で、何かを買って隠し持つことなど到底出来なかった。気づかれてしまえば、取り上げられるくらいでは済まされないだろう。服も買ってもらえず、洗濯も自分でしなければならないという劣悪な状況も、服の中にいくばくのお金を隠し持つという特殊なケースにおいてはかなり役に立った。農作業をしない時はいつもここに来るようになったが、ほとんど金にはならない。しかし彼女にとって、これは金を得る行為というよりむしろ逃避行為に近かった。いつ暴力を振われるかわからず、酒の匂いの充満した家の中にいるよりも、ここで座って道行く人の顔を眺めて陽が沈むのを待つ方がよっぽど気が楽だった。一度稼ぎがあったこの籠売りに味を占めた両親は、あれから何度か少女に売りに行かせた。売れなかったからといってぶたれることもなかった。理由はわからなかったが、あの日から少しだけ、生きるのが楽になった気がしていた。とっぷりと陽が暮れてしばらく経ち、仕事から家へ帰る男たちの足音もまばらになってきた頃、少女は立ち上がり帰路を辿った。

『ギィーー』

戸を開けるとすぐ、母の顔がこちらを覗いた。しかし、その顔がいつにも増して険しい表情をしており、少女は即座に危険を察知した。とはいえ、逃げ場はない。身の縮むような思いで、彼女の足音が近づいてくるのをただじっと待つしかなかった。

「今日アンタが出て行く時、こんなものが落ちたんだが……なんだいこれは?」

少女は驚きを隠せなかった。母の手に光るものは、きらりと光るコインーーーーあの、青年がくれたものと同じコインだった。

「………っ!」

そんな、落としてしまっていたなんて。しかし、今朝家を出る時、そんな音を聴いた覚えはない。少女は慌ててコインの数を確認しようとし、すんでのところで踏みとどまった。いけない、これではバレてしまう。

「し、し…らな、い」

ドクドクとうるさく鳴り響く心臓をなだめながら、必死に平静を取り繕って言った。

「ふうん…そう。ちょっと、服を見せてみな。…いいから!」

抵抗もむなしく、剥ぎ取られた服からコインが落ちた。

「これは、どういうことだい。どこかでかっぱらってきたか…いや、アンタは他所から盗んでくるなんて大胆な真似するようなタマじゃないね。言っておいた金より多く受け取って、差額をくすねてた、なんてところだろ。え?」

威圧的に問いただされた少女は、一つ一つ詳細を説明することもできず、ただ黙っていた。あぁ、痛めつけられる。また、暴力に怯える日々に戻る…。恐怖と不安と諦念とでぐちゃぐちゃになった心の整理をつけられないまま立ち尽くしていると、母親が先に口を開いた。

「お仕置きだよ。」

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