やみくもな不安
休日のブランチは、お互い自由に過ごそうと、叔母のユキミと前もって決めていた。
だから、目覚ましのアラームもセットしていなかった。
パッと布団から起き上がって時計を見ると、時刻は8時をまわったばかりだった。
ひっきりなしの小鳥のおしゃべりプラス軽い空腹を、
廊下ごしに居間のほうから、ユキミのハデな笑い声が聞こえてきたから、ほとんど反射的な警戒心から、眠気がとんでしまった。
どうやら、誰かと会話をしている様子なのだ。
朝から客が訪ねてくるなんて。ユキミから何も知らされていない。
少しイラつきながら、ひよりは、窓ぎわにヒザでにじり寄ると、閉じていた
スキマから窓ガラスごしに外を眺めると、裏庭が一望できる。
カーポートのアルミ屋根の下には、ユキミの愛車であるパステルグリーンの軽自動車の隣に、濃紺のステーションワゴンが1台、停車していた。初夏の朝日を浴びて、鏡のように車体を輝かせている。
――誰だろう?
ひよりは、不安にかられながら、
もとよりヒトミシリだから、不意な来客は苦手だ。
まして、なかば家出同然に東京を飛び出し、叔母をひっそり頼ってきた身だ。
叔母のユキミは、
「あたしだって、ダテに役場の
と、
まがりなりにも
たとえば母が雇った弁護士とかが、ここまで押しかけてきたのだとしたら? そんな
ザワついた胸をおさえながら、洗面所に急いだ。
やがて、そっと居間に足を踏み入れると、
「あれ? おはよう、ひより。もう着替えてんだ。休みなのに、感心感心」
そう言う当人は、パジャマがわりの、くたびれたライブTシャツと高校時代のジャージのズボンのままで。
ユキミの笑顔が、ひよりをホッとさせた。
ひよりは、アイマイに「うん」とか「まあ」とか
この家は平屋なのに。幼い頃に住んでいた東京の郊外の二階建てとは比べ物にならないほど、屋内も庭も広々としている。
庭の中央には、高さ4メートルほどの
ハシゴのてっぺん近くには、モスグリーンのつなぎの作業服を着た男が、危なげもない様子で立っていた。両手に持った大きなハサミで、松の枝葉を迷いなくザクザクと刈り込みながら。いかにも植木職人らしい道具あつらえとリズミカルな手さばきだ。
思いがけず、ひよりの胸は、さっきよりも激しくザワつきだした。
「オヤジさんが大切に世話してた松だろうが。もう少しマメに手入れしてやらないと、バチが当たるぞ」
男は作業の手を止めずに言ったが、チラッと見えたその横顔は、ひよりの想像通りのものだった。
低いのにヤケに良く通る声。すっきりした短い黒髪に、日に焼けたシャープな
間違いない。昨日の男だ。
「だって、
ユキミが、庭に向かって、わざとらしくムクれたように言った。
「ったく! ホント昔っから。相変わらずだな、オマエは……」
ユキミも、遠慮なく顔をくしゃくしゃにして笑い声をたてた。
それから、思い出したように、ひよりをかえりみると、
「あ、ねえ、ひより! うちの庭の木の面倒をずっと見てもらってる
ひといきに情報をつめこもうとするユキミのおしゃべりの途中で、ひよりは、くるりと2人に背中を向けた。
作業の手を止めてひよりを直視した
その瞬間、なぜだか、全身にゾッと
ただの
なのに、前日に初めて出くわした男との偶然の再会を、故意に仕組まれたものとして決めつけようとする自分を、心の底から追い出せない。
ひとりでに脳裏によみがえってしまうのだ。まだ10才だった頃の彼女の耳たぶをかすめた男の声が。
――「おじさんは、ひよりちゃんに会いたくて、ここに来てるんだよ。お母さんじゃなく……」
忌まわしい
ひよりは、ユキミが呼び止める声を無視して、逃げるように自室に戻った。
クロゼットの上の引き出しにしまっていた財布とスマホとキーケースを、カーゴパンツのポケットに手あたりしだいに突っ込む。それから、忍び足で
土間に散らかったサンダルをつっかけるなり裏庭に出ると、
海に沈む墓標 こぼねサワァ @kobone_sonar
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