第3話 結末



「と、そういう状況なんです、ククミス様」


「……とんでもない状況ね」


「……はい」


 メローネ嬢の現状説明に顔をしかめるククミス嬢。

 この状況だ。

 それも仕方がない。


 2人の様子を窺っている皆を含め、全員が暗くなるのは必然。

 空気が重くなるのも当然。

 そう思っていたのに。


「最悪の状況、とはいえ、このまま犯人の好きにはさせないわ。そうでしょ、メローネ!」


「もちろんです! 何とかここを抜け出しましょう!」


「ええ、ええ!」


 滞っていた室内の空気に変化が。

 グリーン家門の2人の熱気を受け軽くなっていく。


「……」


 さすが、名門グリーン家の娘たち。

 メローネ嬢もククミス嬢も並の令嬢とは違うようだ。


「そうと決まれば、まずは何をすべきか?」


 決然とした表情で辺りを見渡すククミス嬢。

 その瞳に不安は窺えない。


「入り口は堅く閉ざされているのよね?」


「はい。私たちの力では、あの扉は動かせないと思います」


「……」


「窓もありませんし」


「そう……。なら、他の脱出口を探すしかないわ。まずは全ての壁を調べるわよ」


「はい!」


 他の令嬢たちが床に座り込んでいる中、2人だけで室内を調べ始めた。



「ここも駄目ね。そこは……」


「ククミス様、こちらはどうでしょう?」


「そこも難しいわ」


「でしたら、この隅は?」


「うーん……」


 グリ-ン家門は血統的に大柄な者が多いと聞くが、ククミス嬢はひと際大きな体を誇っている。ククミス嬢より小柄なメローネ嬢ですら私より一回りは大きいだろう。


 そんな2人が室内を調べ回る様は、とても無視できるものじゃない。

 ナナ嬢もシトロン嬢も目で2人を追っている。

 もちろん、私も。


 しかし、大柄な美少女2人か……。




「そこのあなた?」


 2人の様子を眺めながら、エージェントとして何をすべきか考えていたところ。

 突然、ククミス嬢が話しかけてきた。


「あなた、5さんでいいのかしら?」


「ああ、5と呼んでくれたらいい」


「変わったお名前ね」


「……」


 コードネームだからな。


「あなたも脱出方法を探っていたんでしょ?」


「……そうだ」


 いまだ糸口すら掴めていない状況ではあるものの、探っているという事実に偽りはない。


「方法は見つかりそう?」


「残念ながら……簡単ではない」


「やっぱり」


「……」


「……」


 沈黙する私たちに、メローネ嬢が近づいて来た。


「5さんは、ずっと頑張られてました。間違いないです」


 私のことを肯定するように、優しく庇ってくれる。


「そうか……。彼女なら、そうだろうな」


 出会って僅かばかりなのに、ククミス嬢も同意を?


「つまり、脱出口を見つけるのは極めて困難。そういうことになるか」


「ククミス様……」


「ああ、勘違いしないでほしい。私は諦めたわけじゃないぞ」


「……」


「脱出口は今後も探し続ける。ただ、それとは別に」


 別に?

 ということは、他に妙案があるのか?


「ククミス様、何か策が?」


「うむ。部屋に入ってきた犯人を捕まえようと思う」


「……」


「……」


「ん? 2人ともどうした?」


 どうしたもこうしたもない。

 犯人はあのバケモノだぞ。

 あんな5つ首をどうやって捕まえると?

 その自信は、どこからくるんだ?


「ククミス様……犯人の姿は見られました?」


「いや、意識を奪われてしまったので見ていないが」


 なるほど、知らないから言えただけなんだな。


「その……犯人は普通じゃないんです」


「普通でないとは?」


「……」


 メローネ嬢は上手く答えられないか。

 なら。


「犯人は5つ首を持つ異形なんだ」


「5つ首? 異形?」


「まさしく異形だった。ここにいる皆が目撃しているから、間違いない」


「犯人がバケモノ……」


「捕まえるのは難しいだろうな」


「……」


 あいつを捕まえるくらいなら、脱出の手段を考えた方がまし。

 そう思えるほどのバケモノだった。


「ククミス様、脱出口を探しましょ」


「……ああ」


 毅然とした態度に影が差すククミス嬢。

 そんな彼女に追い打ちをかけるように。


「脱出口なんて見つかるわけないわ」


 ナナ嬢が話しかけてきた。


「バケモノの相手もできるわけない。私たちみんなお終いよ」


 完全に諦めきった表情。


「連れ去られた妹たちも、アポ様も、私も、あなたたちも! みんな死ぬの!」


「ナナ様……」


 少し良くなったと思っていたナナ嬢の精神状態。

 5つ首と遭遇して、また悪化してしまったようだ。


 精神状態だけじゃない、か。

 顔色も相当悪いぞ。

 青を通り越して、どす黒く・・・・さえ見える。


「ナナ嬢の言う通りだ。我々に未来などない。このまま座して最期を待つ他あるまい」


 ずっと沈黙を守っていたシトロン嬢までもが諦観の言葉。


「シトロン様……」


「メローネ嬢も分かっているのであろう?」


「……」


「ここからは誰も生きては出られぬ。諦めてその時を待つしかないということを」


「そんなこと……」


「犯人は異形のバケモノ。我らに、なす術などない」


 言葉は違えど、覚悟を決めたかのような態度をとるナナ嬢とシトロン嬢。

 対して、ククミス嬢、メローネ嬢はまだ諦めていない。


「シトロン、真にそう思うのか?」


「ええ」


「……」


「ククミス様、もう終わりなんです。みんな殺されるんです! 死ぬんです!!」


「ナナ様……」


 この顔色に、この声。

 ナナ嬢は正気を失いつつある。


「少し落ち着いた方がいい」


「ナナ様、大丈夫ですから」


「何が大丈夫なんです! 私は妹ふたりを奪われているの! その上、アポ様まで!」


「きっと何とかなります。ですから……」


「あなたはずっとそればかり。なのに、何も……」


「……」


「もう嫌! もう、もう、いっそ……」


「……」

「……」

「……」


 ナナ嬢の鬼気迫る勢いに、皆が口を閉ざしてしまう。


「……」

「……」

「……」


 若干軽くなっていた空気が、再び気まずく重くなっていく。

 そのまま時間だけが過ぎて……。



 ゴゴォォォ!!


 また、あの時間がやって来た。


「ひっ!」


 声にならない悲鳴を上げるナナ嬢。

 その傍らではシトロン嬢も固まっている。


「なっ! あれが!?」


 ククミス嬢は正面から異形を見つめたまま動かない。

 いや、動けない。


「ククミス様、私の後ろに」


 メローネ嬢はククミス嬢を護ろうとしている。


「メローネ……」


 そこに近づく犯人の魔の手。

 ゆっくりとグリーン家門の2人のもとへ。


 私は……。


 私はエージェント!

 何度も同じ失敗を繰り返せない。

 あの轍は踏まない。


 震える体を奮い立たせるんだ。


「……」


 気丈に振る舞っていたメローネ嬢も、異形を前にして体の自由を奪われている。

 すぐそこに魔の手が迫っているのに。


 だったら!


 次の瞬間。

 考えるより先に動いていた。


「っ!」


 懸命に体に力を入れ。

 転がるようにして犯人に体当たりを!


「!?」


 成功した?

 メローネ嬢とククミス嬢は?


「5っ!」


「5さん!」


 2人は無事!


 良かった。

 考えなしの咄嗟の行動だったけど、上手くいったんだ。

 そう思ったのに。


「うっ!」


 グリーン家の2人の代わりに、異形の首に私の体が絡め捕られてしまった。


「……」


 私を捕獲した首は2つ。

 他の3つの首は……ない?

 存在していない!?


 どういうこと?

 今回は2つ首の異形なの?

 まさか、犯人は複数?


 そんな……。

 一体だけでも絶望を覚える相手なのに、それが2体もいるなんて……。


「痛っ!」


 締め付けがきつくなってきた。


「うぅぅ」


 苦しい。

 だけど、2つ首なら。

 5つ首よりまし。


「くっ!」


 囚われた首の中、何とか体を動かし脱出を!

 脱出を……。


「!?」


 1つの首が緩んだ?

 そのまま離れていく。


 と思ったのに。


 離れた首が再接近。

 頭部にある平らかな角を私の身に押し当て。

 抉ってくる?


 痛い!

 いたい、いたい!!


 焼けるような激痛で思考が覆われてしまう。


 いたい、いたい……。


「5さん!」


「しっかりしろ、5!」


 メローネ嬢とククミス嬢の声に、薄れていた意識が戻って来る。

 頭も何とか動く。

 体は……まだ拘束されたまま。


 けど。

 また締め付けが緩んだ?


「……」


 確かに緩んでる。

 これなら脱出も可能!

 一点に力を集中できれば!


 と考えていたところ……?

 2つ首が私のもとから離れて……拘束が解けてしまった。


「……」


 助かった?

 本当に?


「5、大丈夫か?」


「安心してください。バケモノは離れましたから」


 バケモノは離れている。

 助かったんだ。


「……」


 恐怖と安堵。痛みと緩和。

 もう、何がどうなっているのかも分からない。

 エージェントの矜持なんてどこにもない。


 ただ、助かったという事実で頭がいっぱいになり。

 そのまま感覚が薄れて……。


「きゃあぁぁ!!」


 耳に入ってきた悲鳴すら拒絶して。

 意識を手放してしまった。





 どれだけの時間意識を失っていたのだろう。


「……もう、やめて……」


「……ですが……」


「だから……あなたの話は聞きたくないのよ……」


 ナナ嬢の金切り声を耳にして、急激に意識が浮上していく。


「ナナ嬢、言葉が過ぎるぞ」


「そちらのメローネ嬢が、あり得ないことばかり口にするからですよ」


「メローネは希望を捨てていないだけだ」


「希望? この期に及んで希望?」


「ああ、希望だ」


 今はナナ嬢とククミス嬢が言い争っている。


「希望なんて、どこにもないんです」


「どうして断言できる?」


「見たからですよ、現実を」


 諦念に身を任すナナ嬢の顔には、さっきまでの怯えは全く残っていない。


「ククミス様も見たでしょ?」


「……」


「シトロン嬢がバケモノに連れ去られるところを」


 えっ!

 シトロン嬢が?


 さっきの悲鳴は彼女の声だったのか?


「あれを見れば一目瞭然です」


「……」


「バケモノ相手に希望なんて持てるわけがない」


「そんなことないです!」


 口を噤むククミス嬢に代わって強く言い放ったのはメローネ嬢。


「希望は消えてませんから」


「はは、馬鹿馬鹿しい」


「馬鹿馬鹿しくもありません」


「メローネ嬢……。あなたはどうしてそこまで楽観できるんです?」


「それは……」


「自分だけは助かると思ってるんですか?」


「ち、違います」


「違うなら、なぜ楽観ばかりを? 妹たちもアポ嬢もシトロン嬢も連れ去られたというのに」


「……」


「まさか、あなた内通してるんじゃ?」


 内通?

 メローネ嬢が裏切っていると?


「っ!?」


「即座に否定しないとは……」


 さらに顔色が悪化しているナナ嬢。

 異常な圧力を醸し出している。


「やっぱり、あやしい」


「ナナ嬢、それ以上はやめてもらおう」


「……」


「こんな状況下でも、グリーン家への侮辱は見過ごせないぞ」


「私は侮辱したわけではありませんよ。ただ、いつまでも楽観的なメローネ嬢が怪しいと思っただけで……」


 内通者の存在があり得ないわけじゃない。

 私も何度か考えたものだ。


 とはいえ、この4人の中に内通者がいるというのも……。

 そもそも、内通してどんな利点があるというんだ?


「いつまでもということなら、いつまでもここに残っているナナ嬢もあやしいだろ」


「なっ! 妹たちを連れ去られた私が内通者なわけないでしょ」


「どうだかな」


「……」


「……」


 室内の空気がとんでもないことになっている。

 

「……」


「……」


 これまでの経緯を見て、4人の中に内通者がいるとはとても思えない。

 ただし、もし仮に内通者がいるとしたら、恐ろしい程の演技力だ。

 そんな令嬢がここに……。


「……」

「……」

「……」

「……」


 室内に沈殿する疑心に満ちた空気を斬り裂いたのは。


 ゴゴォォォ!!


 またしても、あの扉だった。







「ここは、どこ?」


「わたしはどこにいるの?」


 幸いなことに、さっきの扉開放で連れ去られる者は出なかった。

 バケモノは4人の誰にも魔手を伸ばさなかった。


 ただ、新たに2人の令嬢がまたこの部屋に……。


「さむい! 暗い!」


「助けて、誰か!」


「おふたりとも、大丈夫ですよ」


 新参の2人に優しく声を掛けたのはメローネ嬢。


「あなた……グリーン家の?」


「ええ、メローネと申します」


「メローネさん?」


 そんな彼女たちのやり取りを遠目で見つめるのはナナ嬢。

 その眼は猜疑心に溢れている。


「……」


 ナナ嬢の顔色を見るに、相当具合が悪いはず。

 それでも、瞳だけは爛々とした光を放ったまま。


 恐ろしい程の念を感じてしまう。



「さあ、おふたりともこちらへ」


「「……」」


「ここで、少し休んでくださいね」


「「……はい」」


 メローネ嬢が2人の令嬢を案内したのは、ナナ嬢から離れた部屋の一角。

 ククミス嬢のすぐ近くだ。


「あっ?」


「あなたは、ククミス様?」


「うむ。今はゆっくりと休むがよい」


「「ありがとうございます」」


 彼女たちもククミス嬢の格は知っているようだ。






 今回の捜査。

 最初はそう悪いものではなかった。

 おとりとして潜入に成功したところまでは……。


 所持品を全て奪われたのは誤算だったけれど、ここに入り込むことができたのは計算通り。上手くいったとさえ思えるほどだった。


 なのに……。


 今や私の中に存在するのは疑心と不安と焦りばかり。

 その上、どうしても拭い去れない恐怖まで……。


 駄目だ。

 これでは失格だ。


 こんな私がエージェントだなんて。

 恥ずかしくて言えたものじゃない。


 分かっている。

 そんなことは理解している。


 けれど……。


 あの異形を思い出すと、本能的な怖気を覚えてしまう。


「……」


 私の体に巻き付いた首の感触。

 肌を抉る鋭い角。

 焼けつくような痛み。


 身体がすくんで動けない……。


「はあぁ」


 この感情。

 まったく、どうにもならない。


 情けない。

 本当に……。


「……」


 それでも、私はおとり捜査官。

 選ばれたエージェント。


 だから、諦めちゃいけない。

 最後まで投げ出しちゃいけない。


 怖気を覚えても、身体が震えても、身がすくんでも。

 この命ある限りは。


「……」


 心と体を鼓舞し、ただただ好機を待つだけ。






 好機は思いのほか早くやって来た。

 いや、これが好機になるかどうかは分からないか。

 すべては私次第なのだから。


 ゴゴォォォ!!


 さあ、扉が開かれた。

 勝負だ!


 今度は闇雲に体当たりするだけじゃないぞ。

 しっかりとバケモノの弱点を狙ってやる。


 弱点は、そう。

 ある程度目星を付けてあるんだ。


 頭部にある平板な角。

 あれこそがバケモノの弱点のはず。


 前回の攻防で僅かに角を庇う仕草をとったのを、はっきりと見たのだからな。


 バケモノが入ってきた!

 今回は5つ首!


「っ!?」


 異形を目にして、また体が震え始めている。

 けど、大丈夫。

 これなら十分動ける。

 気持ちも負けていない。

 いける!


 5つ首はゆっくりと室内を横切り、新参の2人の前に。


「えっ! えっ?」


「なっ?」


 2人は5つ首を目にして言葉を失っている。

 おそらく、今初めて異形の姿を直視したのだろう。


 この2人が標的なのか?

 なら、襲い掛かる時を狙って角を打ってやる!


 と、5つ首は2人の令嬢を無視するように通り過ぎてしまった。


「メローネ、こちらに来る!」


「はい、ククミス様はお下がりください」


「……うむ」


 バケモノの標的はグリーン家の2人だ。

 よし、後ろから攻撃するぞ。


 ここだぁ!


「何!?」


 避けられた。

 そして、そのまま信じられない速さで、空を飛ぶような速度でグリーン家の2人に襲い掛かり。


「あっ!」


 ククミス嬢を庇ったメローネ嬢を絡め捕ってしまった。

 あの凶悪な5つ首で。


「メローネ!」


「ク、クミス様……どうか、ご無事、で……」


 さらに速度を上げた5つ首が扉に向かい。


「メローネぇぇ!!」


 メローネ嬢とともに扉の外へ。

 去って行った。



「メローネ……。私の代わりに……」


「……」

「……」

「……」


 私はまた……。

 何もできなかった。






 メローネ嬢が連れ去られた後。

 残されたククミス嬢、ナナ嬢、新参の2人は口を開くこともなく。

 ただ、床に座りこんでいるだけ。


 私も……。


 これまでで最悪の空気が室内を満たしていく。

 寒さなど忘れてしまうほどの居心地の悪さ。

 ほんと、どうしようもない。


 この極限の状況下で、メローネ嬢の存在がいかに大きかったことか。

 失って初めて気づくとはこのことだ。


「……」


 いつも笑顔をたたえ、優しく気遣ってくれたメローネ嬢。

 彼女はもうここにはいない。 


 いないだけじゃない。

 おそらくは、命も……。


 そんな最悪の想像ばかりが頭の中に何度も浮かんでくる。


「はぁぁ……」


 彼女を護れなかった。

 助けることができなかった。


 本当に情けない。

 無力な自分が嫌になってしまう。


「……」


 エージェントでありながら何もできなかった私と同様。

 メローネ嬢に庇ってもらう形で生き残ったククミス嬢の落ち込み様も酷い。

 最前までの凛とした雰囲気を完全に失っている。

 

「メローネ……」


「……」


「メローネ……」


「……」


 うわごとのように何度も呟く彼女の思いが通じたのか。

 信じられない奇跡が起こったのは、この直後のことだった。


 何と、メローネ嬢が戻って来たのだ!!


「ああ、メローネ! 本当に! 本当に生きているのね!」


「ぅぅ……はい、ククミス様」


 ただし、体に大きな怪我を負っている。

 5つ首か2つ首の仕業に違いない。


「ぅぅ……」


 どんな状況でも笑顔を絶やすことのなかったメローネ嬢が、苦痛で顔を歪めている。

 それも当然と思えるほどの酷い傷。

 下半身に負った大きな傷。


「メローネ!」

 

 こんな傷を負わせるなんて、バケモノはいったい何をしたんだ?

 メローネ嬢を連れ去った後、外で何を?


 ……まさか!?


 メローネ嬢の身を齧って!?

 そんな!!


 あり得ない?

 いや、あの5つ首や2つ首のバケモノならあり得る?


「……」


 この事件。

 やはり単純な誘拐事件じゃない。

 バケモノの捕食のための……。



「ぅぅ……」


「痛むのか? 痛むよな?」


「へ、平気です。これくらい、何とも……ぅぅ」


「平気なわけないだろ。こんな酷い傷なんだから」


「少し痛みますけど……大丈夫、です」


「……」


「ククミス様は? 怪我はありませんか?」


「私のことより自分の身を心配しろ!」


「ククミス様の方が大事ですから」


「なっ?」


「私のお姫様ですから」


「……」


「ご無事なのですよね?」


「……無事だ。メローネが庇ってくれたからな」


「ああぁ、よかった」


 ククミス嬢とメローネ嬢、グリーン本家と分家の関係以上のものがある。

 確かな絆があるのだろう。


「すべてメローネのおかげ。私がこうしていられるのはメローネのおかげだよ」


「そんなこと……」


「だから、生きていてくれて良かった。本当に良かった」


 その思いは私も同じ。


「メローネ嬢が生還してくれて私も嬉しいよ」


 酷い傷を負ってはいるけれど、メローネ嬢が生きているだけで十分。

 今は心からそう思える。


「私も嬉しいです」


「私も」


「ククミス様、5さん、おふたりも……」


 メローネ嬢、ククミス嬢、私、それに2人の新参令嬢の心が1つになっていく。


「ふふ……」


 そんな中、違う感慨を抱いている者が1人。


「初めての生還者がメローネ嬢とは」


 無論、その1人はイエロー家門の長姉。


「よくできた話ね」


「ナナ嬢、それはどういう意味だ!」


「おかしいと思っただけよ」


「何だと!」


「当然でしょ。これまで誰も戻って来なかったのにメローネ嬢だけが生還したんだから」


 格上であるククミス嬢相手にこの言葉遣い。

 完全に自棄になっている。


「やっぱり、内通してるんじゃないのかしら」


「メローネは大怪我を負っているんだぞ。なのに、まだそんな戯言を口にするのか!」


「戯言じゃないわ」


「貴様!!」


「ククミス様、ナナ様、おやめください。こんな時に仲違いなんて……」


「……」


「……」


「……」



 喜びと安堵、諦念に怒り、さらに悲しみ。

 様々な感情が交錯する室内。

 それでも、事の経緯だけは聞かねばならない。


「メローネ嬢、少しいいかな?」


「……はい」


 ということで、メローネ嬢にバケモノに連れ去られた後のことを尋ねたのだが……。

 この部屋を出た後すぐに意識を失ってしまったとのことで、身に負った怪我のことすら覚えていなかった。



「メローネ、話はもういいから、今はゆっくり休みなさい」


「ククミス様、5さん、良いのですか?」


「当たり前だろ」


 もちろん、私にも否やはない。







 メローネ嬢が奇跡の生還を果たした翌日。


 ひょっとすると、これで状況が変わるのでは?

 事態が好転するのでは?

 そんな思いを抱いていたのに。


 淡い希望を打ち砕くように、またあれが響いてきた。


 ゴゴゴォォォ!!


 恐怖の扉が開かれる音だ。


「来た……」


 ナナ嬢は諦めの表情。

 ククミス嬢とメローネ嬢は。


「メローネ!」


「ククミス様、後ろにお隠れください」


「何を言ってる! 隠れるのはメローネだろ」


「……」


「ほら、私の後ろに回ってくれ」


「嫌です! ククミス様を危険な目にあわせるわけにはいきません」


「なっ!」


「私が護ります」


「メローネ……。気持ちは嬉しいが、その身体では無理だ」


「……」


「私たちは一心同体。動ける方が動けばいい。だからな、私にも護らせてくれないか?」


「……」


「私を信じてくれ、メローネ!」


「ククミス様……分かりました」


 ククミス嬢がメローネ嬢を護るように前に出ている。


 新参令嬢の2人は。


「い、いや!」


「来ないで!」


 部屋の隅で肩を寄せ合った状態。


 私は……。


 自然と腰が引けそうになる。

 体が固まりそうに……。


 もう何度も経験しているのに。

 覚悟もしているのに。


「……」


 私では到底敵わない異形の速度、膂力。

 体を絡め捕られた時の恐怖。

 メローネ嬢の酷い傷。


 負の思いばかりが頭を巡ってしまう。


 ただ、それでも……。


 すべて経験済みなんだ。


 だから、克服できる。

 戦うこともできる。

 弱点を叩いてやる!



「5さん、こっちに」


 戦闘態勢に入った私に声をかけてきたのはメローネ嬢。

 共闘しようというのだろう。


「いや、離れていた方がいい」


 ありがたい話だが、ここは1人で動く場面。

 バケモノの背後から隙をついて一撃を喰らわすには、単独で動くべき。


「5さん……」


「……」


「……」



 そんな私たちの前に現れるのは。

 2つ首?

 5つ首?

 それとも他の……。


 外の光に照らされた犯人の姿は……5つ首だ!


「っ!」


 令嬢たちの間を縫うように犯人の首が伸びてくる。

 うねうねと不気味に動きながら、恐ろしく強靭な首がやって来る。


 新参の令嬢2人、メローネ嬢、ククミス嬢、ナナ嬢、そして私。

 5つ首が狙うのは?


 誰だ??


「メローネ、来るぞ!」


「はい!」


 まるで、こっちをなぶるかのように選別している。


「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」


 ぞっとする。

 気持ちが悪い。

 

「あっ!」


 ナナ嬢に向かって異形が動き出した!

 狙いは彼女だ。


 5つの首がナナ嬢に巻き付いていく!


「ふふ……」


 黒ずんだ顔を歪め、諦観の笑みを漏らすナナ嬢。


「ナナ様!」


「ナナ嬢!」


 イエロー3姉妹の最後の1人。

 長姉が……。


「やっと楽になれる」


 ナナ嬢が連れ去られてしまう。


「……」


 違う!

 その前に体当たりを!

 あいつの角に喰らわすんだ!


 決意とともに身構えた次の瞬間。


「……えっ??」


 締め付けていた首が離れ。

 ナナ嬢が無造作に投げ捨てられた。


「……なんで?」


「ナナ様?」


 5つ首は再び部屋を彷徨っている。

 このまま去る気はなさそうだ。


 なら、誰を獲物に選ぶ?


「!?」


 私?

 次は私なんだな?


「5さん!」


「5!!」


 バケモノの首が迫ってくる!


「……」


 いいだろう。

 ここで勝負だ!!


 そう思っているのに、体の動きが鈍い。

 冷や汗が噴き出してくる。


 恐怖がまた……。


「くっ!!」


 そんな情けない身体を鞭打ち、前へ!

 前へ、前へ!!


 体当たりを……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。







『お母さん、これ腐ってる』


『ほんと、そのバナナ真っ黒だわ』


『もう、冷蔵庫に入れるからだよ』


『そうね……』


『どうしよっか?』


『バナナは捨てちゃって、他の果物にしなさい。食べかけのメロンがあったでしょ』


『うーん、メロンの気分じゃないなぁ。今日はマンゴーにしよ』












 完




***********************





〇登場人物



・グリーン分家 メローネ : メロン(少し安めの品種)

・グリーン本家 ククミス : 高級メロン(ククミスはラテン語でメロンの意)

・レッド家   アポ   : りんご

・イエロー家  長姉ナナ : バナナ

・ジョーヌ家(仏語で黄色): シトロン(仏語でレモン)

・主人公 10000-5 : マンゴー


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令嬢連続誘拐事件 明之 想 @kitayaaa

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