第2話 監禁


「妹が! 妹がぁ!!」


「……」

「……」

「……」

「……」


「っ!」


 動けなかった……。

 一歩も……。


 ふたりの関係が断ち切られ・・・・・ようとしているその時に、何もできなかった。

 恐怖で身がすくんでしまった。


 私はエージェントなのに!

 捜査官なのに!


 ……。


 ……。


 はは……。

 呆れてしまう。

 こんな私がおとり捜査官だなんて。




「ああぁ、中の妹が……」


「ナナ様……」


 呆然と立ち尽くす私の目の前には、泣き崩れるナナ嬢。

 そんなナナ嬢にメローネ嬢が寄り添っている。


「ナナ様、ナナ様!」


「ううぅ……」


「大丈夫、大丈夫です」


 優しい娘だな。


「下の妹だけじゃなく、中の妹まで……」


「……」


「ああぁぁ」


「ナナ様……」


「ぁぁぁぁ」


 メローネ嬢が自失状態のナナ嬢を胸に抱き、優しく背中を撫でている。

 彼女自身も不安だろうに。


「大丈夫です、他の部屋に移されただけですから」


「……メローネ様?」


「お二人とも、きっと無事ですよ」


「本当に?」


「ええ! 大丈夫です!」


 確信など持ってるはずがない。

 それでも、迷いを微塵も見せず肯定するメローネ嬢。

 名家の令嬢が先の見えない極限状況で、こんな振る舞いができるなんて……。


 ただ優しいだけじゃなく、心まで強い令嬢なんだろう。


「……」


 傍観しているだけの私とは大違いだな。

 これじゃ、どちらがエージェントか分からない。



「大丈夫……?」


 若干落ち着きを取り戻したナナ嬢。

 メローネ嬢の胸の中で救いを求めるように彼女の顔を見上げている


「ご令妹もナナ様も大丈夫。必ず助けが来ますから、ね」


「信じていいの? メローネ様?」


「はい!」


「……」


 メローネ嬢の言葉をナナ嬢が信じているかどうかは私には分からない。

 ただ、仮にそれが嘘だと分かっていても、今のナナ嬢はそれにすがるしかないはず。

 私がここに来る前に下の妹が連れ去られ、今またもうひとりの妹を連れ去られた彼女の精神は崩壊寸前なのだから。


 メローネ嬢もそれが分かっているからこそ、かけた言葉なのだろう。






 半日が経過した。

 相変わらず犯人への手掛かりも脱出への糸口も何もない。

 ただ、ただ、この寒く薄暗い室内で過ごしているばかり。


「くっ!」


 このままでは、犯人確保も脱出も絵空事だ。

 どうにもならない。


 何とかしないと!

 この状況を打破するために動かないと!


 けれど、手段が思いつかない。

 いったい、どうすれば?


「……」


 監禁されているこの部屋は窓ひとつない堅牢な造り。

 とても短時間で破壊できるような壁ではない。

 もちろん、何度か試してみたが全て徒労に終わっている。


 今は、冷たい床に座り思考をしているだけ。


「寒い……」

「うぅぅ……」

「暗い……」

「……」


 令嬢たちも、寒さと暗さにストレスを感じているようだ。

 もちろん、今後に対する不安が何より大きいのだろうけれど。


 私も……。


 この劣悪な環境下で、身体と思考が停滞し始めている。

 動かなければいけないのに。

 まだ何もできていないというのに。


 せめて、私の道具が手元にあれば。


「……」


 所持品は拉致される際に没収されてしまった。

 すべてが見つかり奪われてしまった。

 もっとしっかり隠し持っていれば、今もこの手の中にあったかもしれない切り札まで……。


 拉致されると分かっていながら、この体たらく。

 準備が足りていなかったと思わざるを得ない。


 はぁぁ……。


 己の迂闊さが悔やまれてならない。






 さらに半日が経過。

 私がここに監禁されてから1日以上が経過したことになる。


 状況は変わらない。

 いや、悪化の一途か。


「……」


 昨日は妹を連れ去られ悲嘆に暮れていたイエロー家のナナ嬢。

 今は部屋の片隅で横になったまま身動ぎもしない。

 メローネ嬢の介抱でいったん落ち着きを取り戻したものの、やはり不安を完全に消し去ることはできないようだ。


 ジョーヌ家のシトロン嬢は黙然と座っている。

 レッド家のアポ嬢は時折メローネ嬢と話をしているが、それ以外の時間はやはり静かに座っているばかり。


 ただひとり、皆に気を使うように話しかけているのがメローネ嬢。

 彼女のそのふくよかな身体と優しく穏やかな微笑みが、皆の癒しになっていることに異論はないだろう。

 とはいえ、そんなメローネ嬢にもさすがに疲れの色が滲み出ている。


「皆さん、頑張りましょうね」


 必死に隠そうとしているが、隠しきれるものでもない。


「大丈夫、助けはきっと来ますよ」


 当然だな。

 こんな極限の監禁生活を何日も強いられているのだから。


「……」

「……」

「……」


 皆、口にはしないが最悪の未来を想像している。

 それだけは間違いない。


 メローネ嬢の頑張りにもかかわらず、ただただ重く陰鬱な空気が支配する空間。

 そこに再び。


 ゴゴォォォ!


 扉が開かれた。

 恐怖の時がやって来た。


「!?」


 犯人が登場すると感じた途端、背筋が凍りつく。

 膝が震えだす。


 どうして?

 どうして、こんなにも恐怖を?


 けど……。


 今度こそ動いてやる!

 前に、前に!


 襲ってくる怖気を無視し、心を体を奮い立たせ!


 そう思った私の眼前に。


「うっ!」


 ひとりの令嬢が投げ込まれてきた。

 彼女は……グリ-ン家門の!?

 本家の?


 と、扉の外から明るい日差しが差し込み。

 犯人の姿があらわに。


「なっ!?」


 目に入ってきたのは、信じがたい異形。

 5つの首を持つ恐ろしいバケモノの姿。


「えっ!?」

「っ!?」


 1つの首が私の背丈ほどの大きさもある。

 そんな不気味な異形が5つも……。


「ひっ!?」

「!?」


 バケモノを目の前にして、令嬢たちが固まっている。

 恐怖のあまり、体が動かなくなっている。


 総身に戦慄が走ったままの私も放心状態。

 さっき抱いた決意も霧散し、ただ立っていることしかできない。 


「犯人は……バケモノ……」


 そんな……。

 令嬢が誘拐されるだけの事件じゃなかったの?


 驚きと恐怖で完全に停止してしまった私たちの前をゆっくりと進む5つ首。

 逡巡するように左右に動いた後。


 レッド家のアポ嬢の目の前で立ち止まり。

 そして……。


 襲い掛かってきた!!


「ひぅ!!」


「アポ様!?」


「た、助けてぇ!!」


 バケモノが長い首をアポ嬢の体に巻き付けている。


「ああっ! 痛っ! ダメ! いやだぁ!!」


 そのまま、からめ捕るようにして……。


「ああぁぁ……」


「「「「……」」」」


 連れ去ってしまった。


 私は……。


「アポ様……」


 またも、動けないまま。

 ただ立ち尽くして……。





 アポ嬢が連れ去られた後。

 再び閉ざされた薄暗い部屋の中で。


「……」

「……」

「……」


 沈黙するナナ嬢とシトロン嬢。

 メローネ嬢まで言葉を失っている。


「ううぅぅ……」


 そんな室内に響くのは。


「いたい、さむい……」


 陰鬱に凍りついた空気を破ったのは、グリ-ン本家令嬢の悲鳴。


「えっ!? あなたたち?」


 こちらに気付いたようだ。


「シトロン嬢にナナ嬢、それにメローネ!?」


「ククミス様!!」


 メローネ嬢が大きく目を見開いている。


「あなたたちも連れて来られたの?」


「はい……」


「メローネ、あなたがこんな所にいるなんて……あっ、痛い」


「ククミス様、怪我されているのですね。私にお見せください」


「ええ……」


 権門勢家たるグリ-ン本家のククミス嬢。

 その寄り子でもあるグリーン分家のメローネ嬢。


 ふたりの間に存在する現然たる格差。

 振る舞いひとつとっても全く違う。


 こんな時だというのに……。


「治療いたします」


 これが本家と分家の関係というものか。


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