第6話
「主人がお世話になっています」
ルームシェアの部屋に、荷物を取りにいった休日の午後。
ドアの前で、葉月は綺麗な女性に捕まった。綺麗だけど、顔が般若の面のように壮絶な怒りを湛えていて、冴島の妻であろうということはすぐにわかった。
「……お世話になっているのは、私じゃなくてですね」
「あなた、ここに住んでいるんですよね? いま鍵を取り出したところ、見ました。主人がずっと帰ってこないものですから色々調べてここにたどり着きました。若い女の子と住んでいるって」
(大体あっているんですけど、だいぶ違うんです)
人違いですと言おうとしたところで、いきなり肩に掴みかかられてしまった。
とっさに、抵抗せずにされるがままになったのは、相手が妊娠中であるという情報が頭にあったせいであり、実際に腹部のふくらみからそうだと確信したせいだ。
突き飛ばされて、床にしたたかに腰を打ち付ける。
そのとき、ドアが薄く開いたのが見えたが、すぐに閉ざされた。
ガチャン、と鍵をかける音が聞こえて、見て見ぬ振りをされたことを知った。
(美沙緒……!)
そこまでの人間だったのか、と唖然としたが、マンションの階段を駆け上がってきた足音が耳に届いて我に返る。
走り込んできた立原が、葉月に手を差し伸べて助け起こしてくれた。
「お久しぶりです、冴島さん」
「立原くん……!?」
立原は「冴島の奥さん、もともと会社の先輩なんですよ」と葉月に説明をした。
助け起こした流れで、手をしっかりと握りしめたまま。
「こちらの彼女は、冴島がこの部屋に転がり込んだせいで、追い出されたルームメイトです。冴島とは無関係。彼女、葉月さんとは一緒に暮らしているので、冴島と付き合う暇がないのは俺がよくわかっています。冴島とその相手に関しては……、葉月さんも迷惑を被っているので、このまま現場をおさえましょう。奥さんが、きちんと戦えるように協力させていただきますし、証拠も提供します。復縁するにしても、そうでなくとも」
じっと耳を傾けるように佇んでいた女性は、立原を見つめたままお腹に手を置き、力なく頷いた。
その後、冴島夫婦は離婚が成立したとのこと。関係者は会社を去った。
葉月は、いまだに立原の家で暮らしている。
最近、「このままずっと一緒に暮らすこと」を、立原によくわかるまで説明された。
賛成する理由しかなく、二人の間でそれが決定事項となった次第だ。
行き場をなくして上司の家に転がり込んだら、至れり尽くせりの愛され生活でした。 有沢真尋 @mahiroA
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます