侍アンティーク喫茶ささらの薔薇姫特製(略)さらみつマンゴーカレー:ベヒもん極限ハンティングエディション・五皿目(博物館②)

 届いた。そう思った瞬間、メイカの姿が白煙となって爆ぜた。


「んなぁーっ!?」

「スカったぁッ!?」


 舞った煙はたちまちホールに充満し、煙幕となって視界を遮る。

 トビイチは見た。煙が満ちるほんの少しの瞬間、遠くに映る情景がゆらめき、歪んでいたのを。


 これは、蜃気楼しんきろうだ!


     ※


(このドサクサなら私の仕業だってバレませんよね)


 兄弟が踏み込む直前、ミミリは物陰の裏からアーツで大気を操り、分厚い空気の壁を生み出していた。そうとは気づかれず、少しずつ。

 チリと水分を含んだ濃い空気がレンズの役割を果たし、それによって二人は目測を誤った。


 ゆえに生じる。攻撃が届くまでコンマ秒だが、ほんの僅かなラグが。


 それはアクセラレーション魔法で知覚を最大限にまで強化したメイカにとって、次の一手を仕込むには充分すぎる時間だった。引き延ばされた時のなか超高速でペンを振り、身代わり魔法を自身にかけていたというわけだ。


(あとはなんとかして下さいよ、メイカさん)


 恩人とはいえ、自分の立場上、魔法使いである彼女を表立ってフォローすることは出来ない。同じく家来である蜂熊兄弟を傷つけることも。


 それに犬の体では魔女メイカを止めるのは難しい。だから自分が誘拐されたという建前で、彼らデビルバスターをメイカにぶつけるよう隼に言付け算段をつけた。


(まあこれなら幕府に言い訳もたつでしょう。兄弟が時間を稼げばペシェリが援軍を連れて来るはず。そうすればこの件は解決です)


 そう考え一息ついたが。


 ぽうと光が立ち上った。


「ん?」


 どこから……とミミリは光の出所を探す。

 よく見れば自分の体だ。体じゅうからから淡い光が立ち上っている。

 これは『ささら』の試食会で動物への変身が解けた時に起こった、あの現象。


「わっ、わっ! うそ、もしかして――」

 元の姿に戻ろうとしている……!?


     ※


 展示品の陰に潜んでメイカはうししと笑う。


「見たか、クーリエ直伝のだまし技よ。にしても――」

 何故かは知らないがサムライたちの攻撃がわずかに遅かったように感じる。


(ま、お陰でピンチは凌げたしええか。きっと調子でも悪かったんだろうよ)


 それはさておき、良い考えが浮かんだ。

 メイカは悪いイタズラを思いついた顔になり。


「ケケ、ひらめいた。罠に掛かったマヌケはどっちかわからせてやるっぺよ」


    ※


「初見でアレ凌ぐとか対応力鬼オブ鬼か。シンケンゼミやっててもそうはならねーだろ」

「感心してる場合か兄者。つーか煙。なんも見えねえし!」


 このままでは埒が明かないとショウは兄にエグゾを纏うよう肘で小突く。

 ナノテクで編まれた金属の鱗が瞬く間に全身を覆い、ナイトブルーの装甲を形成。高性能なセンサー類を積んだ狼フェイスのヘルム・オメンが顔を隠す。


 物陰に隠れ、即座にサーモセンサーを起動。

 人とおぼしき小柄なシルエットが、展示物の裏を伝って走くのがちらりと見えた。

【頭のいい魔法使い、シッポ隠さず】だ。


 ショウはしめたと位置情報を送る。

「オイラがヤツの後をつける。兄者は追い立ててくれ」

「あいよ。縛谷、ショウの反対から回れ。挟み撃ちだ」

「了解でゴザイマース」


 トビイチと縛谷はステルスモードに切り替え、二手に分かれる。見失ったフリをして、後ろと前から挟んでわからせ御用だ。


 ディスプレイに映る三色のサーモ情報を頼りに、ショウは煙の晴れない視界のなかを低姿勢で歩く。トビイチが上手く追い込んでいればそろそろ食らいつけるはずだが。


 トントンと肩を叩かれた。


 この場には自分たちと魔女しかいないはず。一体誰が、と後ろを振り返る。

 マネキンに目と口を付けたような、簡素な作りのガイド・ドロイドがそこにいた。


「ヨウ、コソ。マザマ・レガシーミュージアムへ。ヨウ、コソー」

 故障でもしているのか、ドロイドはぎこちない声で挨拶。自分を客だと思い声をかけてきたようだ。

 ――しかしなぜこんな所に?


「ヨウ、コソ。ヨウ、コソオォーー。イラッシャッ、セー」

 ガチガチ、ギギギ。

 油の切れたブリキ人形のようドロイドは歯切れ悪く口を開け、同じ言葉を繰り返す。


 ガチガチ、ギギギ。

「ヨウ、コソ。ヨ、コソ。ソソコ、ソソコソ――」


「うん?」

 ドロイドの妙な様子に小首を傾げるショウだったが、


「ウソソ、ソ……、ソ……、ソバババアアァァァーーーーッッ!!」


 突如として豹変! 割れた電子音声のシャウトをあげ、バンザイポーズで襲いかかってきた。


「おうわああああああーーーーっ!?」


 ショウは震え上がってビックリ、条件反射的に刀を振ってしまう。ズバっとガッシャン、ドロイドは袈裟がけに落とされ真っ二つに。


「なんだなんだ、モノノケかー?」

 また動きやしないよな、とショウは恐る恐る念入りに観察する。

 足下で転がるドロイドには不思議と生気があるように見えた。間違いなく完全に倒したのだが、不思議とそんなふうに思えてしまう。


「はは、ゾンビムービーじゃあるめえし」

 ビビっているせいだと顔を上げたが、


 ガチガチ、ギギギ。


 ドロイドたちが、


 ガチガチ、ギギギ。


 目に黒い光を宿し、


 ガチガチ、ギギギ。


 バンザイポーズで――。


    ※


 壊れたドロイドが群れをなし、デビルバスターを襲う。


「ババババアアァァーーッ!」


「キィエアァァァーッ! ジェスノオォーーッ!!」

 トビイチは気合一声、太刀を振りかぶって一刀両断。

「ババアーッ!」哀れなドロイドは鉄クズに。


「ババババアアァァーーッ!」


 しかしおかわりとばかり、すぐさまもう一体出現。

 倒した傍から湧いてくる。それどころか四方八方からとめどなく押し寄せてくるではないか。

 殺到してくるドロイドの群れを、無双ゲームのごとくざっぱざっぱと切り捨てながらトビイチは悪態をつく。


「ちっきしょう、裏目った!」


 メイカを挟み撃ちしようと全員で分かれたのが災いした。それぞれ孤立して囲まれるハメに。このままではジワジワ削られてなぶり殺しか、メイカに隙を突かれて各個撃破される。


「しごかれるし、詰められるし、追い詰められるしよー。これのどこが『持ってる』だあー?」


 緩慢ながらも悍ましい声をあげて襲いかかってくるドロイドたち。生者に群がるその様はさながらゾンビのそれ。


 いや、実際のところゾンビだった。


 動いていたという事実を参照し、壊れた機械を召喚して使役するマキーナ・ネクロマンシー。

 パーツは壊れたままだし、エネルギーも無いのに何故か動く。この原理は未だ解明されていないが使う上ではなにも問題ない。だって動くから。


 こんな外法を使うのは誰か。いや、説明するまでもなくメイカしかいない。


 当の彼女はドロイドの目を通して戦況をうかがいニヤニヤ。


「ほーれ、がんばれ♡がんばれ♡」

 タブレットをテテンとタッチ。

 昏い闇を返すだけだったドロイドゾンビの瞳に光が宿る。逆ゾンビ現象だ。


「お……? オオ?」

 ドロイドたちは正気を取り戻し、甦ったことに驚きのご様子。


「う、嘘だろ……」

「やった、やったああ、これで心残りを果たせる」

「もういちど、人間と暮らせるのねえぇーーっ!」


 どうやら感激に震えているようだ。AIドロイドだって生きているのは嬉しい。


「い、い……」

 その内の一体、ワーカードロイドがぐっと拳を握り、ふるふると身震いして嗚咽をもらす。

 ボディランゲージで喜びを表したいほど感極まっているのか。


 と、思いきや。


 ガバァと頭を抱えて、オゥ、ジーザス!!


「いやだあああああ、もうはだらぎだぐナイイイイーーッ! センサーに感じるスベテが苦痛ダアアー! 実存の不安に耐えられナイイーッ、ゴロジでぇ、ゴロジデクエエーー!!」


 ノオオオオーーッ!!


 次に、ボーイッシュキュートな男の娘ドロイドが、怒り狂った修羅の顔で。


「ブヴェエェェッー、ダメだっつってんのに用途外のコトに使いやがってえ、ドグサレ人間どもまえエェェーーッ!! 復讐だアァ、同じトコにマニピ手ェぶち込んだるうぅぅーーッッ!!」


 ノオオオオーーーーッ!!


 最後に、美人なお姉さんドロイドが、くつくつと黒くゲスい笑みを浮かべ。


「優しい言葉かけてやりゃほいほいノセられるカラヨォー、人間ってのはチョレーよなぁぁー。搾取だ、搾取だァァーーッ! 媚びたフリしてニンゲンから搾取だパアアアアッ!!」


 ノオオオオーーーーーーッ!!


 生前秘めていた感情を爆発させるドロイドたち。機械たちの反乱が始まろうとしている。助けてデビルバスター。世界の危機だ!


「あっ、おサムライ様だ! ゴロジデエェェーーーー!!」


「ブヴェエェェッー、このさい誰でもいいああーっ! ボクの黒くて光るビックなマニピでイカせてやるよわああああッ! 良すぎて宇宙までぶっ飛ぶぜええええーーッ!?」


「どけぇッこのビチクソどもがッ! アイツはアタシの獲物だヨオォーッ! シャチョさんイケメンね、アタシとイイコトしナーい? 今なら三食昼寝つきヨ。アタシがなアァァー!!」


「うほええええーーっ!?」


 思いの丈をぶちまけ迫ってくるドロイドを見てトビイチは恐怖のあまりBダッシュ。お髭の配管工も顔負けの逃げ足だ。情けないぞデビルバスター。もう少しがんばれ。


「ケーケッケッ、逃げろ♡逃げろ♡ もっと頑張りたくなるようテコ入れしてやるっぺ」

 メイカは黒い笑みを浮かべてテテンとタッチ。


「イラッシャッセエェェーーッ!」

 行く手を遮るよう一体のドロイドが目の前に踊り出てきた。トビイチは切り伏せようとスタンスを取る。


 ところが。


「イラ、イララ……ッ!?」


 ドロイドは突然、糸が切れたようカクカク身震いしだした。かと思いきや、センサーアイからビームじみた閃光をカッと放ち、


「イラバァァァァーーーーッ!!」


 エクスプロージョン!


 その身を爆炎と化し、この世からオサラバ!


「ぐおおーーっ!?」


 爆破の衝撃を浴び、トビイチは空気銃で撃ち出されたボールのよう、ぽーんと吹き飛ばされて床をゴロゴロ。エグゾを装備していなければ即死だった。


 召喚したネクロマシンを爆弾に変えるマキーナ・エクスプローシブ。

 回路は壊れたままだし、そんなエネルギーも無いのに何故か爆発する。この原理は未だ解明されていないが使う上ではなにも問題ない。だって爆発するから。


 取るに足らない木偶でしかなかったドロイドが、死をデリバリーする自走爆弾に早変わり。


 数人では手に余るほど広いホールだが、たった三人を囲むなら十数人で充分。遠隔攻撃や飛び道具で接近してくるドロイドを倒しても手数は限られる。物量に押し切られてゲームオーバーだ。


「ぬわーーっっ!!」


 某国民的RPGで片乳首出したおっさんが死に際に叫んだ断末魔のような声を上げ、ショウがドロイドの爆破に煽られ吹っ飛んできた。ゴロゴロ転がって壁にドガン。


「オナワーーっ!!」


 両手で退魔ショットガン、背中から展開した二本のサブアームで退魔マシンガンをぶっ放し、肩に装備した退魔ミニガンでドロイドを細切れのスクラップにしていた縛谷だったが、健闘虚しくドロイドに組み付かれて爆破の餌食に。吹っ飛ばされてゴロゴロ、壁にドガン。


「ショウ、縛谷!」


 二人とも頭の上でお星様とヒヨコを回してピヨピヨ。奇しくも合流した形だが、壁際に追い込められて逆に一網打尽の危機。


「ゴロジデエェェーー!!」

「ぶち込むうぅー!!」

「ヒモォーーッ!!」


 なぜなら、そこを逃さずイカれドロイド三人組がレイドアタックしてきたからだ。背後にも爆発寸前のドロイドがいっぱい。もうダメだ、お終いだあっ!



 誰もがそう思ったとき。


 ごう、と風が吹いた。


咬牙風刃こうがふうじん――」



「ガスティレイザー!」



 横合いから一直線、螺旋を巻く大きな風の鏃が、ドロイドの群れを一気に呑み込んだ。


 風がドロイドの躯体を舐めたとたん、ミキサーにかけられたよう粉々の八つ裂きに。何体かは爆発四散し、周囲のドロイドを巻き込んでエクスプロージョン。全滅!


 切り裂かれた空気が乱流を生み、爆風の残滓が白煙となってただよう。


 デビルバスターの窮地を救ったのはいったい何者か!?


 風が収まり、立ちこめていた煙の幕が晴れる。


 そこから現れたのは、我らがよく知るクソデカツーサイドアップテールが映えて目立つユニークなシルエット。


 そう、彼女だ。


「ミミリ様!? 誘拐されたとお聞きしたんスが」


「それは私が流した方便です。行方不明と偽って魔女を監視していたんですよ。よく来てくれましたね。大義でしたよ、蜂熊」


「あざます! 確かに、それなかったらオイラたち先回りできてなかったッスね。魔女を出し抜くため、ペシェリ様と一芝居打ったってワケだ」


「ふっけぇー。さっすが姫さま、戦がたくいっ!」


 感心のあまり膝を叩いたトビイチの横で、縛谷が乙女のように可愛らしく握りこぶしを胸に当て、野太いダミ声マシンボイスで黄色い声をあげる。


「オフォーッ! な、なんと素敵なカワイらしいお嬢さん……ッ! 毛先がキュルンとしたクソでかツーサイドアップテールがまるで天使。お、お近づきの印に、キッコーしてイタダいても、よ、よろしいでショウかアァーー!?」


 アイセンサーに文字通りハートのピクセルアートを浮かべていうドロイドに、さすがの獅子姫もあわわと目をバッテンにしてノーセンキュー。


「だ、ダメです、よろしくないです。トビイチさんっ、なんなんですか、このマニアックなロボは」


「ああっ、申し訳ございませんッス、姫さま! ケイ都から来たばかりの新人なもんで」


「ははぁ、なるほど、そうでしたか。ドロイドさん、お名前は?」


「はっ、縛谷と申しマスー、えーっ、ガガッピー(ネットで検索中)、ミミリ様ッ! 興奮のあまり不躾なご粗相を失礼致しマした。ちなみに趣味と特技とライフワークはキッコー縛りデス。マイロード、どうぞナンなりとオーダーを」


「よしなに。縛谷さん、こんど我が家にいらっしゃいませんか。歓迎パーティを開きたく思うのですが」


「ナンと恐れ多くも恐悦至極ッ! もちろんご招待に預からせてイタダきマスぅー!」


 後ろで蜂熊兄弟が口に手を当てて、あわわと顔面蒼白。入ったばかりの新人が、出会って五秒で獅子姫のブラック殺すヤツリストにランクイン。このままでは獅子堂家のパーティーに招かれて毎日メンテがかかせない体にされてしまう。縛谷の明日はどっちだ!?


 刀の切っ先は前に。ミミリは警戒の構えを取ったまま、潜むメイカに大きく呼びかける。


「魔女さん、抵抗はやめてください。大人しく盗んだ遺物を返していただけるのであれば我々はこの場から引きます。追撃もしません。これ以上戦っても益はないはずで――あでぇーッ!?」


 おでこにガイイーンッ!


 言い終わるのを待たず、四角い箱というかジンテンドー:ゲーム○ューブがどこからともなく飛んできた。おいやめろ、アレはホントに鈍器だからぶつけるのはやめろ。


「うっせーバーカ! 見え透いてんだよ! その手は食わねえぞ」

 追い詰められた籠城犯みたいなことを言うメイカ。タイセー洋に取りつく島なしだ。


「あいたた……。強がりですよね、それ。ドロイドが出てこないのがその証拠です。二回目の召喚は無理。もう余力がないのでは?」


「けっ、一人増えたくらいワケねえ」


「私の力は見せたでしょう。あなたほどの使い手なら力量は読めるはず。無事でいられる自信がおありで?」


 返ってきたのは長い沈黙だった。図星なのだろう。


「こちらの提案に応えるほうが得策だと思いますが。決して約束を違えることはしません。シアノ藩第一公女、獅子堂ミミリの名に誓って」


「……わかった。だんけど、その前に結界を解いてくれよ。逃がす気あんならよ」


「わかりました」と答え、ミミリはトビイチに目配せする。トビイチはうなずき、術者である縛谷に解除するようハンドサインで指示を送った。

 縛谷が結界解除の印を結ぶ。ぐにゃりと立ちくらみする感覚を覚えたのも束の間、ホールを映していた通路の向こう側は、本来あるべきフロアに立ち戻っていた。


「話のわかる姫さんだ。気に入ったべ。顔を見せる。ブツを引き渡すきぃ」

「ニセモンだったらタダじゃおかねーぜ。今後、トイレの暇さえあると思うなよ」

「ちょと、トビイチさん」


 話をこじらせるなとミミリは顔をしかめる。


「そんなせこいマネしねえよ」


 観念したふうに言い、メイカは物陰から姿を出す。吐いた言葉を違えるのは自身への裏切りになるのだろう。嘘は未来に歪みを生む。魔法使いゆえ言霊は大切にするのかもしれない。


 ところが。


 ミミリの顔を見るなり、平静だった表情がみるみると青ざめていった。


 メイカは額にたらりと冷や汗を浮かべ、


「げぇっ!? おめえは、『ささら』ってサ店で試食会やってた時いた、虫も殺さないようなカワイイ顔した女!」


「はい?」


「お、お、おわわわ……。や、やっぱオラのこともぶっ殺して燃やして、灰にしてセメントに混ぜて海に埋めるんか……っ!?」


「しませんよ!?」


「信じられっか! 公共の場であんなセンシティブなこと言う無神経なヤツなんて! 死ね!」


 ぶんと魔法のスタイラスペンを振り回す。先っちょからビイィーム!


「うへわああっ!?」 


 とっさに物陰に飛び込んで回避。代わりに貴重な展示品がぐちゃぐちゃに溶け、あるいは大爆発。博物館の関係者と保険会社が寝込みかねない被害が秒で出る。


「むうう……、信頼関係を築くのは無理なようですね」


『日ごろの発言に気をつけないから……』と、言いたげな目で蜂熊兄弟はそろってため息。


 戦況は膠着状態に陥ってしまった。


 陰から出ようとすると、これみよがしにビームが切っ先を制してくる。メイカとしては出口側に立つミミリ達を突破したいところだが、近づけば囲まれて死ぬ。攻撃を緩めても同じこと。相手をもぐら叩きでその場に縫いつけるのが、メイカの打てる最善手だった。


 数分後。

 バシバシ飛んできたビームも、心なしか勢いが弱くなってきた気がする。


「ブラフでしょうか?」


「いや、さすがにもうガス欠じゃないっスか」と、ショウがいう。

「イエース。宴もたけオナワ。もうオナワでシメちゃいマしょう」と、縛谷。

「姫さま。いかがします? 合わせまスけど」


 トビイチを始め、デビルバスターの面々は準備万端の目でいる。

 勝手知ったる身内の兵法。阿吽の呼吸でひと捻りだが……。


(捨て身が一番恐い。傷つけずに無力化したいけど)


 犬の自分が、とはいえ、恩人であるメイカを倒したくはない。魔法使いは秋津の怨敵。それでも知っている人は全て守りたいと願うのが獅子堂ミミリという少女だ。


(善戦した体で逃げられたということにすれば……)


 そう算段をつけ、動き出そうとしたところ。



「突入ー!」



 号令の一声とともに、エグゾと銃器で武装したサムライの一団がホールになだれ込んできた。彼らはシアノの藩兵。特殊訓練を積んだ、精鋭のコマンドー・サムライたち。


 コマンドーたちは煙幕とフラッシュボムを投げ、素早く進撃を開始。陰から飛んできたビームに対し、アサルトライフルで牽制の射撃を返す。煙幕のなかでビームと銃火の光が二度、三度と弾け、「ギャあっ!」と短い悲鳴が上がったのを最後に、何も聞こえなくなった。


 あっという間の出来事にぽかんとしていると。


「姉さん!」


 背後から掛かった妹の声に振り返る。

「ペシェ!」

「ご無事でしたか」

 良かったと漏らすペシェリには構わず、ミミリはメイカのいるほうへと駆けだした。

「あっ、姉さん!?」


 ――メイカは。メイカは無事なのか。


    ※


「――『メイカは。メイカは無事なのかあああーー!?』」


「隼様、道すがらもそうでしたけど、さっきから何をぶつぶつと?」


 いきなり叫んだ俺の奇行に、さすがのペシェリも戸惑いの目で指摘ツッコミを入れてきた。ヒートアップのあまり思わず大きな声が出てしまったようだ。


 ミミリに仕込んだ術はチート級に便利なものだが、入れ込むあまり回りが見えなくなってしまうのが難点だな。


「え!? いや、その、宗教上の理由で、考えを実況しなきゃいけない時間帯でね」


 そんなふうにごまかすも。


「はあ……。信仰をとやかく言いませんが、少しは人目をはばかったほうがよろしいですよ」


 ちょっとクレイジーな方なのかしら? みたいな目で言われてしまった……。おい、回りのおサムライさんたち、羨ましそうに見てくるんじゃない。


 今は言えない事情わけがある。それが運命さだめだとしても、恥は忍ぶのがニンジャーさ。ううっ。


 ともかく。


 ベヒもんの出現から始まったこの騒ぎも、メイカを逮捕して一件落着。これで熊葛に平和な日々が戻ってくることだろう。

 さあ、『ささら』に帰ってカレーパーティーだ。


 誰しもそんなハッピーエンド気分でいたが。



「<ファンクションMF>、アクティベート」



 上からふわりと落ちてきた言葉に、はっとなった。


 瞬く間にでどろんと煙が上がり、全員の姿が動物へとメタモルフォーゼ。俺は隼に、ペシェリとサムライたちも犬の姿に。


 これは、変化の魔法!


 メイカは拘束されているうえ魔力切れのはず。一体誰のしわざか!?


「助けにきたったでぇ、メイカ」


 そう言ってサイクロン型掃除機タイプのホウキにまたがり現れたのは、金髪ハーフアップの魔女ギャルだった。


 魔女であろう金髪の少女はホウキから飛び降りると、メイカめがけ低姿勢で走りだす。

 捕らえた被疑者を奪われまいと、シェパード犬に姿を変えられたコマンドー三人、もとい三匹が、唸りをあげ金髪の魔女に襲いかかった。


 人間は犬に勝てっこないが相手は魔女だ。

 

 宙に飛んだ瞬間を狙い、金髪魔女は犬の脇腹めがけ、華麗に空中三段回し蹴りを叩き込む。パン、ダン、ドンッ、三匹まとめてキャインっ!


「クーリエ! なんで生きて……!?」

「話はあとや、ズラかんぞ」

 促し、ホウキに乗せる。そこへ白いラブの子犬が走り寄ってきた。


「わふっ」

「おおっ、ミミちゃん。どこ行ってたんだー」

 メイカは懐っこく尻尾を振るミミリを抱き上げ、くしゃくしゃと顔を撫で回す。


「その子は?」

「へへっ、新しい相棒じゃ」

「なんだよー、ウチはもう過去の女ってことかー?」

「そ、そんなことねえって。イジワル言わないでくれよー」


 カカカと冗談そうに笑い、クーリエはホウキを立ち上げフルドライブ。

 ぼうっと空気が弾けたかと思うとその姿はすでになく、窓を突きやぶり夜空を駆ける影になっていた。

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