侍アンティーク喫茶ささらの薔薇姫特製(略)さらみつマンゴーカレー:ベヒもん極限ハンティングエディション・五皿目(博物館①)

 魔獣たちの破壊活動による被害で町の方々から火の手があがり始め、人々の混乱と恐怖は本格的なものになっていた。サムライをはじめ役人たちの初動は速かったが、状況を整理している間にも刻一刻と問題は増えていくせいで加速する事態に手が追いついてはいない。魔法使いの関与があると疑い、デビルバスターたちも加勢に加わったが状況は好転せずという始末。


 あまりにも魔獣の数が多すぎるのだ。


 魔獣は駆除しても魔法使いが新たに召喚したり、住処を追われて他の土地から流れてくる。ゆえに生態系への影響が及ばない範囲でハンターが定期的に駆除するのだが、彼らのほとんどが魔獣狩り反対キャンペーンを受けて活動を休止してしまった問題がここにきて噴出した。

 混迷は収まらず、時は夕刻を過ぎて夜に入ろうとしている……。


       ※


「上手くいったな」

 ファミリアドローンから送られてきたライブ映像を眺め、メイカはうなずいた。


 これが邪魔なく博物館に忍び込むための秘策――陽動作戦。


 サムライ達を足止めするため、熊葛とその周辺の町の野山に仕掛けをした。

 山と森のなかに魔獣が嫌う呪波を出すスペルタグ呪符を。二つめに魔獣払いのパッシブ自動結界を町の郊外に。


 呪波を嫌って魔獣たちは山から町へ。町の外に逃れようとすれば結界が自動展開して遮る。そうすれば袋のネズミ。魔獣たちはまた町に引き返して暴れ回る。魔力反応を感知して魔法使いの仕業だと出張ってきたデビルバスターはサムライともども前から後ろから魔獣に挟まれて釘付けに――という寸法だ。


 サムライがベヒもんにかまけてた数日のあいだ、あちこち歩き回ってこいつタグを仕かけに仕かけた。なかなか骨が折れたが、苦労は実ったようで一安心といったところか。



 ホウキ(掃除ロボ)に乗ってひとっ飛び、博物館の裏口へ。

 メイカはドアの電子ロックを魔法でハッキングしつつ、ミミリに指示を飛ばす。

「いいかー、ミミちゃん。怪しい奴がきたら報せるんだで」

「オッケーです」


 ミミリは得意げに答えると、オオカミ顔負けの遠吠えで大絶叫!

「ワンワンワン、ワゥゥーッ! ワンワンワン、ワゥゥーッ!」

「ちょーちょーちょー! なにしちゃってんの!? そんなしたら人が来ちまうでよー!」


 メイカはあたわたと人差し指を口に当ててしーしー。ミミリは目をぱちくりさせて。

「え? 不法侵入してる怪しい奴がいたから報せた? ん、どこに? あ……、オラかあ! さっすがだなーミミちゃん、ほん賢かいい子ちゃんだべー」


 頭なでなでグッボーイ。二人してニッコリ、あはははは。


「って漫才やってる場合じゃねぇっぺよ」

「くぅーん」マジトーンで言われてしょんぼり。


「ほんと頼むでえ。しっかりやってくれよー」

「はい。オッケーです」


 あっけらかんと言うミミリ。それに対し、メイカは怪しむような目を向けて。

「つうかミミちゃんよぉ。まさかとは思うがおめぇ――」


 神妙そうに言って、メイカはミミリの頬を両手でガッチリ挟み、目のさらに、さらに奥をまさぐるよう睨む。紅く輝くルビーの目がぎんぎらと妖しい照りを返し、子犬の目を映し返す。


 魔眼による精神走査マインドスキャン。観測した対象の意識はおろか、魂のかたちまでつまびらかにする鑑定の魔法。

 頭の中に無数の視線が突き刺さる感触を覚え、ミミリはぶるりと身構えた。

(吠えるフリして『符丁』を出していたのがバレた……!?)


 姿を変えても中身まではごまかせない。肉体と精神構造のギャップから人間だと気づかれる。

 とうとう正体を暴かれると、内心冷や汗ダラドバでドギマギしていたが。


 メイカはニッカリ。


「イタズラ好きなんかー? こーのお茶目小僧めー、おりゃおりゃー」

「うぇっへっへっー、すいませーん。あっ、そこ。そこスゴクいーですううー、うぇひー」

 体をわしわしされながら、ミミリは笑顔の裏でほっとため息をつくのだった。

 どうやらさらみつカレーによる呪いは魔法使いの目でも見抜けないほど強力らしい。


「開いた。行くぞ」

 とうに閉館時間を過ぎた館内はしんと静まりかえっていた。館内の広いフロアを照らすのは非常灯のか細い光だけ。人気は無く、巡回の警備すらいない。戦争による技術革新のおかげで安価なAIロボットが人手不足の現場で活躍するようになった昨今、人間の警備員が当直でいるほうが珍しいのだが。


「ななな、なんか、で、出そうな、ふ、雰囲気ですね……」

 薄暗い夜の博物館。ガードロボの幽霊が出てもおかしくないムードにミミリはガクブル。あたりをキョロキョロしながらビビり顔でいう。


「ケケケ。もしかしてお化けこわいんかー、ミミちゃん」

「あわわわわ……。お、面白がって、お、驚かさないでく、くださいよぉー……」

 意地悪そうな笑みを浮かべるメイカを見て釘を刺すが、

 ほんの少しそっぽを向いた瞬間。

「…………え、あれ? メイカさん?」

 メイカがいなくなっていた。


 とたんに恐怖ゲージがマックス、目をひんむいてインサニティ!

「あぶべべべべっ……。メイカさん、メイカさーーん!?」

 くぅくぅ鳴いてあちこち見渡し、ミミリは泣きの入った顔で同じ所をぐるぐる。メイカは一体どこへ!? ガードロボ・ゴーストに攫われたとでもいうのか!?


 またほんの少しそっぽを向いて振り返った瞬間、


 ナマハゲ=オーガがででどんと目の前に現れ、野太い声で大絶叫!

「ばああああああああああーーーーーーーーーッッ!!」


 ミミリも涙と鼻水吹きだして大絶叫! 

「ばああああああああああーーーーーーーーーッッ!?」


 ショックのあまりたまらず心停止!


 白目をむいて固まったまま、コテンと横に倒れて気を失った。


「おわああああっ! だ、大丈夫かミミちゃん、ミミちゃーんっ!」

 言うまでもなくあのナマハゲはオメンを被ったメイカのイタズラであったが、なんにしてもやり過ぎである。


 閑話休題ともかく


 あれだけ大騒ぎしたのに警報も鳴らない。そのはずメイカのハッキングで警備システムは沈黙させてある。こうなってはセンサーもガードロボもただのオブジェだ。


 施設の間取りは調べ済み。遺物が展示されている二階フロアに行ける経路は二つ。エレベーターとフロア奥の階段。

 罠やトラブルがあれば密室が不利に働くのでエレベーターは却下。階段を伝い二階へ。

 敵が待ち伏せているかもと考えたが何事もなく目標に到着。メイン展示だけあって遺物のショーケースはフロアの広けたど真ん中にでんと置かれている。サムライたちを足止めしていなければ簡単に包囲されていただろう。


 件の遺物――<さいのトンカチ>の前にくると、メイカは遺物の贋作を取り出しペンで叩いた。するとケースの中にあったトンカチがぽんと消え、手元の偽物と入れ替わった。まるでというかテレポートマジックそのものだ。


「よっしゃ、ずらかるぞ」

 すぐさま駆けだして一階へ。魔法で侵入の痕跡を消して騒ぎを起こさずこの場を去れば完全犯罪成立。魔力反応は滞留するだけで追跡の手がかりにはならない。この後は姿をくらまし外国へ高飛び、身の振り方は未定だが能力を買ってくれるスポンサーでも見つけるか。

 未来に期待を膨らませるメイカだったが、


 狭い通路を抜けてすり鉢状に開けた部屋の中心部にきたところ、館内の照明が一斉に灯った。


 驚く間もなく、ショーケースの陰からすっと人影が伸びる。


「ハッハーん。久しぶりじゃんねー、きゃわっ子たーん」


 その人物を見てメイカはぎょっとなった。


「げっ、あんときのチャラ男! あれでくたばってねえとは。悪運のツエーやつらだで」

「ったりめーよ。『持ってる』からな、オレらはよー」

 自信たっぷりに言うトビイチ。兄の声に応え、メイカの背後をついてショウが現れる。前後を塞がれ挟まれる形に。


 自らの優位を確信してトビイチはにぃと不敵な笑みを浮かべる。

「ところで聞きてーことっつーか、交渉なんだけどさ。ウチの姫さま返してくんない? そしたら今日のとこはガチオブガンスルー(マジで見逃すの意)してあげるっスよ」

「あん? なんのことだ」

 言いながらミミリに隠れていろと目線を飛ばす。不安げにメイカを見返したミミリだったが、危険から遠ざけようとする魔女の意志をくみ取って、こそりと物陰を目指した。


「おいおい、ツレないッスねー。獅子堂ミミリ、この藩の公女さまだよ。キミちゃんが攫ったんでしょ。ネタはアガってんだよ」


「知らねえ。誰だ、ソイツ?」


「へー、シラキリってわけ? しゃーねー。な、弟者」


「おお、兄者。ゲロっちゃう気になるまでボコっちゃう? 生爪剥がして[センシティブ]しちゃう? それともセンシティブなとこに[センシティブ]して、穴って穴に[センシティブ]しちゃう~?」


「さすがに鬼畜すぎだろ……、兄者どん引きだわー。せめて[センシティブ]って[センシティブ]で勘弁してやれよ。縛谷と約束したし殺すなよー?」


「きっしょ。どうしたらそんな発想出てくんだよ、オメーら」


「はああん!? 君ちゃんっつーか、魔女がキレきゃわなせいだろー!? よってたかってどいつもこいつもキレきゃわ揃いでよー。お陰で性癖歪んじまったんだぞこっちはー。な、弟者」


「おおよ! 兄者はバトルのストレスで魔女を――[センシティブな表現です。ブロックされました]――しなきゃガマンできない体になっちまったんだ! くっそー魔女めけしからん、存在自体がけしからセンシティブすぎるぜ! 子供達の未来を守るためセンシティブ警察がわからせてやる御用だッ!!」


 鼠蹊部そけいぶのラインまで見えそうなメイカの挑発的なヘソ出し生足短パン魔女ギャルスタイルは、良識ある大人が見れば風紀をわからさずにはいられないと言うもの。これ以上自分たちのような道を外れた人間を出してはいけないという蜂熊兄弟の怒りはもっともだ。


 ところがメイカはセンシティブな言葉が神経に触れたのか、くらりと崩れかけ、


「な、なに言ってんだ……。そんな目で人を見るほうが、どう考えてもどうかしてんだろーッ!」


 声を荒げてガガッとペンを走らせ魔法発動!


「<ファンクションJCジャンククリエイト>アクティベート! Type:Hyd―Raヒドラ!」


 ガラクタで編まれた複頭の大蛇が床から現れ鎌首をもたげる。魔獣の魂を機械の体に宿らせ使役するマシン・ビーストテイムだ。

 大蛇はゆらりと兄弟に狙いを定めると弾丸じみた速さで飛びかかった。迎撃し切れないと判断してトビイチとショウは横っ飛びに回避! そのままもつれ合うよう攻撃の応酬を繰り広げる。


 包囲に穴が開いた。


 デビルバスターの待ち伏せから通路に罠が仕掛けてある危険も考えたが、メイカはバリア魔法をかけて一直線に駆けだす。イチハチのサイコロ勝負だ。

 通路を走り抜ける一瞬が長く感じた。

 感覚が引き伸ばされ、目に映る景観が重くゆったりと過ぎていく。


「あれっ!?」


 通路を抜けたと思いきや、またホールの中に戻ってきてしまっていた。


 これは――。


 一度足を止めて部屋の出口を交互に見ると、今いる同じホールが奥にまた、また奥にと延々広がっている。


 言い知れない不安を覚えたときだ。


「ジェスノーーーーッ!!」


 頭上からサッツマ式エッキョー・ウォークライが聞こえ、メイカはとっさに飛び退いた。

 絨毯敷きの床に縦一文字の裂け目が走り、砂埃が舞い散る。判断が遅れていれば無事では済まなかっただろう。


 傷痕のすじからして、おそらく大太刀による攻撃。

 舞う粉塵の中から巨影がのぞく。このハイドアタックを仕掛けた者の正体は一体!?


「ココで逢瀬したが百年目ーーッ! オナワチョーダーイでございマァァーースッ!!」


 二本ヅノの生えたオーガじみたオカチ・ドロイド。縛谷:TypeRだ!


「【封縛ふうばく結界・永環えいかんの七】。フフフ、ようこそイラッシャい、このメスガキ魔女がー。今日こそぶっ殺してヤりマース。

 ……って、あれっ? というコトは、いまこの部屋には二人きりってコト?

 キャーッ、どうシましょー、これはいわゆる××しないと出られない系のドキドキ部屋ってヤツぅぅーーー!? じゃあ、じゃあ、お相手をキッコーしたほうが優勝ってコトで、ひとつイカがでしょうかねぇぇーーッ!?」


 と、刀ぶん回してエキサイトしている縛谷は放っておいて。


 目をこらすと、奥のホールに立つ自分と縛谷がまったく同じ動きをしている。

 閉じ込められたのだ。絵の中に同じ絵が延々と続いて見えるアート――ドロステ・エフェクトじみた、無限ループのおりに。


「ちっ、マジか」毒づきながら額に汗ばむメイカ。


 この部屋自体が罠だったと気がつくも時すでに遅し。大蛇を倒したのだろう、トビイチとショウが戻ってきた。二人はここから逃がさないとばかり、でんと通路口に立ちはだかる。


「ああん、お二人とも戻ってくるのが早すぎマース。まだオッパじめてすらイナイのにー」


「ワリいな。思ったよりチョロくってよー」

 申し訳なさそうに言って、トビイチは手に掴んだ大蛇の頭を放り投げた。


 状況は一対三。しかし、メイカは怖じ気づくどころか、洒落臭(しゃらくさ)いと鼻で笑う。


「へっ、おめーらサムライがたばで掛かってくんのはよー。そらオラたち魔法使いが一騎当千だからだ。そいつを三人で挑むたあよ。おめえらもしかして、算数できない子かぁー?」


 見た目はチャラくとも、大卒出の公務員に対してこの口の利き方はシャカに説教。プライドの高い普通のインテリなら、茹でダコのように顔を真っ赤にして怒るところだが。

「フツーだったらそうッスねー」

「けどオイラたち、パワーアップしてきたんで」


 ごうっ、と刀に手をかけた二人の体から、赤黒い闘気がほとばしる。


 鯉口を切ったかと思った次の瞬間、大上段に構えたトビイチが、もうすでに三歩の手前まで踏み込んで来ていた。ニンジャー縮地もかくやの超スピード!


 メイカは反射的に避けられないと見て、逸らすでも引くでもなく、飛び込んだ。


 刀を振り下ろした腕をかいくぐり、懐へ。真下から突きあげるよう、顎に掌底ブローを叩き込む。トビイチは脳を揺らされてノックダウン! ぴよぴよ。


「けっ、パワーアップがなんだって?」


 見た目はティーンエイジャーでもくぐってきた修羅場は星の数。そこらのサムライなど肉体強化魔法を使うまでもない。


 力の差を見せつけたつもりだった。


 なのに、ショウは薄ら笑いを浮かべている。兄をやられれば沸騰したヤカンのようカンカンになろうものなのに。

 そのはず。はずのトビイチがむくりと起き上がってきた。ゾンビか!?


「おお、ヤベー。ちょっと寝ちまった」

 ぶるぶる首をふって、ふああーと、あくび。


もせず来ちまったかんな。まあ、今ので感覚はつかめたぜ。いくぞ、ショウ」

「おおよ、兄者」


 言うなり二人の姿がふっと消えた。

 目に映ったのはビームの光芒こうぼう。赤い尾を引く光が、左右から弧を描いて迫る。


森万懸心しんばんかしん流>。


 スタンスアーツの源流となった、古式こしき呪導じゅどう剣術の一派。その理念と奥義は、【世界を宿し、れ自身と成る】。畢竟ひっきょう、能ダンス的な自己暗示により己を儀場ぎじょうと見立て、世界の一部を身に降ろして力とする。蜂熊兄弟が放つ音速を超える太刀筋はこれによるものだ。


 ただし。いまの二人は音の先、光速に迫らんとする迅雷じんらいと化していた。


 魔法使いとはいえ、放てば即瞬着に至るこの剣閃けんせんを見切れはしない。


 刀の切っ先は確実に急所を捉えている。


「「獲ったゴツチヤーっスッッ!!」」

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