侍アンティーク喫茶ささらの薔薇姫特製(略)さらみつマンゴーカレー:ベヒもん極限ハンティングエディション・四皿目(決戦・始動編)

 なんてことだ。見つけた。


「ミミリ、探したぞ!」

 コンビニの前でちょこんと座ってあさってのほうを向いていたラブの子犬が、こちらを見るなりはっとした顔になった。

 諸兄がたは犬の顔なんてよく分かるなとお思いだろうがポイントは耳だ。犬になったミミリは耳の先端の毛がちょっとピンクがかっている。


 ミミリは尻尾ふりふり嬉しさテンションマックスでびょいんびょいん。よーしよし、いい子でちゅねー。うわ寄り切られそう。さすが大型犬、子供でもすんごいパワフル。

「ハハハ、よく無事だったな。みんな心配してたぞ」と頭をかいぐりかいぐり。


 さあ帰ろうと首輪にリードを掛けようとしたが、ミミリはひょいとすりぬけかぶりを振る。

 パッシブ展開していた『翻訳忍法:ニンジャートランスレーション』が犬語を変換。


「ごめんなさい。まだ帰るわけにはいきません。実は少々やっかいなことになりそうでして」


 かくかくしかじかとことの経緯を聞き、俺はううむと唸った。


「なるほど、事情はわかった。みんなには伝えておく。ただしくれぐれも無理はしないでくれ。危なくなったら引くんだぞ。いいね?」

「はい、もちろんです」ミミリはアイコンタクトを返してニッコリ。

 俺は両手でささっと印を結び、額を撫でてやる。ぼうと浮き出たチャクラで編まれた黒いマントラスペルが染みこむよう体毛に沈んで消えた。


「安全のまじないだ。で、あの子がそうなのか? 魔法使いって話だけど」

 店内にいる黒いネコ耳フード付きパーカーの少女を盗み見る。長い黒髪にルビーじみた紅黒い瞳、目つきは丸っこくちょいつり気味。挑戦的で小生意気な気質がうかがえる。


(おや……?) 


 あの娘、『ささら』の試食会で俺とミミリのやりとりを聞いて気絶していた外国人客と似ているような……。

 メイカという少女は飲み物と軽食をこさえ、足取り軽やかにコンビニをでる。あたりをきょろきょろと警戒するそぶりを見せ、彼女は買ったものをトートバッグにしまい込んだ。


 余談だが、このへんの山には猿のコロニーがある。


 観光客が面白がって彼らに餌付けしたばかりに人間の食べ物の味を覚えてしまい、今では人里に降りてきては店のものや農作物を盗んでいくようになってしまった。色々と対策はしているが生態系への影響、利便性と景観を秤にかけるとなかなか踏み込んだことは出来ないというのが実情だ。この無法な山のギャングに関係者は頭を悩ませている。


 猿には絶好のカモに見えたのかも知れない。


 素早く軒下から降りてきた猿がメイカを威嚇してとおせんぼ。気を取られている隙にもう一匹の猿がバッグをがばりとゲットスティール! お猿とは思えない見事な連携プレーだ!


「ウッキー、キャー!(引っかかりよってえよぉぉ、アホのヌケサクがぁーーっ!)」

「キャキャー!(イヒーヒヒヒ、トンチキのろまなメスガキだぜえええーー!)」


 そんなセリフが聞こえていたのだろう。


「んだとコラアああーーッ! 脳みそほじくって喰ってやらあ、このエテ公どもがーー!」

 待ちやがれーとメイカはぷんすこ。ぬすっと猿を追いかけ走り去っていった。


 しばらくして。


「ううー、もういやじゃあこの町……。ベヒもんはカレーにするし、サムライは変なカルトやってるし、動物は食いもん盗ってくし。主が焼いたっつぅ悪徳の街でもここまで酷くねえぞ」

 戻ってきたメイカは泣きじゃくっておーいおいおい。うーん、ちょっと見てられないな。


「ミミリ、これくわえてて」

「ふぁい?」

 じゃあ俺はいくから、頑張るんだぞと声をかけその場を後にする。


「うん、なにくわえてんだミミちゃん。んー、なんじゃこれ? おおっ、ガッツリメイトと唐揚げちゃんの無料当たり券じゃねえか! どしたんだこれ? え、あっちから飛んできた。ほへー。なんにしても地獄にワイヤーとはこのことだべ。うっ、ありがてえ、ありがてえなあ」


 ふ、少女よ強く生きるんだぞ。


          ※


 一般的な人間の走る速度は男子で時速十二キロ。

 マラソン選手では時速二十キロ台。フルマラソンを二時間ちょっとでゴールできる計算だ。アスリートのフィジカルががいかに異次元なものか理解できるだろう。


 ビルの屋上。綺麗に二つ並んだジョギングマシンの上で走る男二人。その間に置かれた台座の上には、犬耳つきカバーでデコられた携帯端末がぽんちょりと縦置きされている。


『基本的に私は運というものを信じていない』


 冷淡そうな女性の声が、端末から発せられた。


 トレーニングウェアを着た二人の男はマシンの上を一所懸命に走る。背後にフェンスはない。

 茶褐色の肌を伝う汗。獰猛な肉食獣のように洗練された、日々の鍛錬のたまものである磨き上げられた筋肉は達人が見れば戦闘に特化したそれだと見抜けるはずだ。

 マシンが示す走行速度は時速六十キロを超え、いまなお加速を示していた。


 一つ足を掛け間違えればマシンからはじき出されビルの谷間へまっさかさま。潰れたトマトの一丁上がり。

 時速百キロに到達できるまでマシンは止まらない。完遂するには綱渡りのよう繊細で精密な動作が要求される。

 こんな状況でもミスなく平静を保っていられるのはなぜか。二人がサムライだからだ。


 デビルバスター、蜂熊トビイチ。弟、ショウ。


 山をも更地に変える超Z級バトルをする秋津人である彼らは、極めればどれほどの速度をたたき出せるのか?

 その答えがいま出ようとしている。


『窮する場面に出くわして『運が悪かった』などと抜かすヤツは日頃から不測の事態に対する備えをしてこなかっただけだ。怠け者の言いわけ、当人の実力不足に他ならない』


 天魔討払方衆局長、天使威あまつかい・ミツバ・ヴェンデルガルト。


 局員達の間でその鬼のごとく苛烈な指導ぶりはかつて同じ二つ名で呼ばれた中世のローシスクワッド、シンセイ組副長へヅラカ=ロシローに並べ語られている。


 あのとき。

 魔女のトラップで身動きを封じられ、同僚ともどもグレネードの餌食になるはずだった。

 ところが、二人は重傷をまぬがれた。

 縛谷が自爆したのだ。

 厳密にはメイカを××したセンシティブな××をメモリー内に走らせシミュレート、スペック限界までCPUを回してオーバーヒートの熱で蜘蛛の糸を焼き、抜けない下半身を捨てて上半身をパージ、勢いで二人に覆いかぶさり爆発から守った。

 主を想う献身的なオカチ・ドロイドは改修の真っ最中。リベンジの時を待っている。


 こうして悪運強く軽傷で済んだ蜂熊兄弟は、予期したどおり命をはかりにかけた鬼のしごきを受けているというわけなのだが。


 じつはこれは合理的なメソッドなのだ。

 命に差し迫る危機を乗り越えたサムライには強大なスタンス呪力が宿る。この『ジョギングマシン百キロチャレンジ背水決死行』はまさにしごきと試練を兼ねたうってつけの荒行。成功した暁にはとんでもないパワーアップが約束される。

 ちなみに成功者は現局長を入れて片手で数えるほどしかいない。


『見せてみろ。お前達に不測をねじ伏せる力があるのか』

「「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……!」」


 時速九十キロを超えた。

 走るさなかフォームが適度に洗練され、無駄なく速く走れるようになったことでスタンス術式が発動したのだ。まずヒトの身体構造ではサイバネインプラントでもしない限りこのような速度は絶対出せない。


 だが秋津人は狼だ。龍に仕える神の御使いだ。世界に逆らい条理を逸脱することがある。

 すでに限界などとうに過ぎ、二人はゾーンを超えた先の領域に突入していた。

 精神と肉体が極限に至ったとき人はになる。畢竟、無の境地。


 悟った者には宿る……! 何かが乗り移ったかのよう神懸かる。

 奇跡を起こすのだ!


「「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハァ――ッ!!」」


 九十七、九十八、九十九――。


 百――に達しようと、



 ――ばつんっ。



 二台同時、ジョギングマシンのベルトが千切れてとんだ。


 マシンもまた限界だったのだ。なんという間の悪さ、なんという不運……!

『ふん、他愛のない……。よもやと思ったのだがな』


 トビイチとショウは無情にも宙に放り出され摩天楼の闇に呑まれていった。

 明日の事務仕事が一つ増えたにも関わらず、端末から届く局長の声は変わらず冷たい。


『……運の介在を否定はしたが、人事を尽くした先はやはり運だ。複雑に絡む偶然の意図を制するなど誰もできはしない。勝てる戦が天候や土壇場の一手でひっくり返るなどということはままあるしな。それすら乗り切って生き残るヤツは間違いなく『持ってる』のだろう』

 カバーの犬耳がぺかぺかと点滅。コールを受信し、間もなく飛行ドローンがやってきた。


『残念ながら今回は取りこぼしたようだがな』


 ドローンはするりとビルの谷間に入り込み兄弟を捜索する。退魔用に特殊強化されたデビルバスターの肉体は機密情報の塊だ。どんな姿になっていようと二人の身柄は回収しておかねばならない。


 階下からピィピィとさえずる雛の鳴き声が。

 そういえば日中、世間話のなかでアキツバメが局舎ビルに住み着いた件をミツバは思い出した。世界樹に住み着くような巨大種という例えからユグドラ級と類される怪鳥だ。


 空を天蓋のごとく覆う天龍松は世界樹といっても差し支えない大木で、天敵を避けるため高所に巣を作るアキツバメにとって絶好の住処だが、いまや皇都に植生する七本のみ。おそらく縄張り争いに負けてなくなくここに居を構えたのだと察しはついた。

 アキツスワローは習性として、軒からちょんと突き出すようかご状の巣を作る。


 だった。


 屋上から放り出された二人は斜面状になっているペントハウスの外廓を滑るよう転がり落ち、たまたま落下コースにあったアキツバメの巣に、たまたま偶然にもすっぽりと入ってしまっていた。


『ふっ。つくづく、だな』

 カメラ越しに擦り傷だらけの体を雛たちに突かれてあわくっている兄弟を眺め、ミツバは呆れたよう口角を緩めた。


『まあ陰気を払う上で酒を浴びるのは結構だが毒にならぬようにな。誉れあるデビルバスターがアルコールで身を崩したなど締まりが悪いにもほどがある』

「へへっ、さーせん……」

 言われて二人はドローンを見返し、ばつが悪そうに頭をかいた。百にも届かない狭い所帯だ。局員の素行など聞かなくても耳に入る。


『お前達がいくつもの修羅場をくぐってなお健在なのは過酷な任務にも腐らず日々の鍛錬を怠らなかったところだ。事件の容疑者を突き止められたのもそのお陰だろう。運も実力の内というが、詳しく言えば実力とは信頼だ。信頼がある者には多く好機の縁が巡ってくる。『持ってる』とはそういうことだ』


 マシンの配置、向き、放り出されたときの落下角度、その線上にあったアキツバメの巣。ピタゴラ装置のよう全てが意図した結果に収まるよう計算されていた。ナリはチャラいが気の良さで同僚に慕われている二人だ。一体誰が、というのは心当たりがありすぎる。

『せいぜい示してみせろ。お前達の『持ってる』で。期待しているぞ、蜂熊兄弟。……む、待て。キャッチが入った』


 ミツバは一つ二つと返事をし、

『お前たち、ペシェリ公女殿下から出頭命令だ。ただちに馳せ参じるがいい。ところで何かやったのか? 少々お怒りのご様子だったが』


 降って湧いた藩主名代からの召喚に、蜂熊兄弟は思い当たる節がわからず首をかしげた。

 電子的な手段で手早く用件を済ませず、生身で直接来いというからにはただ事ではない。雷なのはまず確定だが厄介ごとなのは間違いないだろう。


            ※


『ささら』一号店、オフィスルーム。


「間違いありませんね」

「はい、間違いありませんス」

「右に同じくであります……ッス」

 試食会の監視カメラ映像を見せられ、トビイチとショウは素直にうなずいた。


「あの場所に魔女がいてなぜ咎めなかったのか、というのは問いません。相手の偽装が上手かったのか私も気がつきませんでしたし、お前達も気がつかなかったくらいですし。正直、オフだったそうですし? ええ、オフに仕事を持ち込むべきではありません。公私の区別はおおいにつけるべきです。大変なお勤めですものね、忘れてゆっくりするべきです」

 微笑ましい顔で言っているがペシェリの声音にはうっすらと冷気が宿っている。俺の妹も激詰めしてくる直前はこんな感じだ。


「へぇ、ご理解、お気遣いいただきありがとうございまス……」

「ですが」

「へひぃっ」

 発せられた気によって愛らしいクマちゃんの水彩画がプリントされたティーカップ(来客用)が真っ二つに割れた。ああっ、クマちゃん! ペシェリの有無を言わせないスゴ味はリリリ様ゆずりのところがあるな……。


「その後も行政府に報告せず黙っていたのはなぜです。領内に魔法使いがいて狼藉を働いているのですよ。何か大事が起こったあとでは幕府に釈明しようもありません」

「お、恐れながらペシェリ様。我々デビルバスターは幕府の直轄組織ッスよ、局の意向はいわば上様の下命に等しく……ッスね。家臣の立場とはいえ局の内部情報は特級の機密事項、それを言うわけには……」


 トビイチはしどろもどろ弁明を繋ぐも、ペシェリはそんなことは心得ているとぴしゃりと撥ねのけた。

「当然です、職務は法規に則ってしかるべきです。ただし局長に裁可を仰いで報告の許可をもらうなどお前達ならやりようもあったはずでしょう。それともそれさえ憚られる秘匿性の高い案件だったと?」


 まじりと針のように刺す視線を向けられ、これ以上言い逃れできないと観念したようだ。

「はいー、まぁ仰るとおりでございまして……ッス。局をあげて独自に代々長年追いかけていたヤマでして。あの魔女はその最有力容疑者なんスよ。報告せず黙っていたのは大変申し訳なく……」


 ようは組織の面子と手柄か、とペシェリの瞳に呆れが入った。

「なるほど……、事情はわかりました。局と藩の板挟みにあるお前達の苦しい立場は理解できます。でも正直問題なのはその魔女の手元に我が姉が囚われているということです」

「えっ、かどわかされたんスか!?」

 トビイチは寝耳に水と目を見開き、まさかそんなと身を乗り出しかけた。

 実際は誘拐などされていながウソも方便。ミミリは監視目的で自分から魔女メイカに付き合っているだけだ。状況を切り取ればそうも取れるが上手いことをいう。


「ベヒもん狩りのおり行方不明になったのは承知のはず。もし姉君の御身に万が一があればどう責任を取るつもりか。ベヒもんRの異常な強さは魔法使いによる改造の可能性が高い。該当の期間、領内にいた魔法使いはあのメイカという魔女ただ一人。もしお前達が報告していれば事前に防げたかもしれない事態なのですよ」


「そ、それは結果論というもので……」


「結果で判断するのが世間というものです。不始末を問われれば我が藩はもとより、お前達もただでは済まなくなるのですよ。家中のものから詰められるのは想像できるでしょう」


 領内で魔法使いの勝手を許したなど大失態もいいところ。幕府から罰責を課されるならまだ御の字、最悪獅子堂家はお役目を罷免され領地召し上げ。局への忠義をとって君主にたいする義務を果たさず、それでお家失墜の原因を作ったとあれば蜂熊家は家中から爪弾き扱いされ冷や飯ぐらいに落ちぶれる。


 全てが丸く収まらなかったとき、局はもとより親類縁者からトカゲの尻尾として真っ先に切られるのは当然――。


「兄者、ここは……」と傍らに控えるショウがすがる目でささやく。

 もろもろを秤にかければ何を口にすべきか、いま尻に火がついて焼かれているのは一体誰なのか。賢明な者であればわかるはずだ。


「確かに、仰るとおりッス。もしやこのお話、家名を落とさぬようにというペシェリ様のご配慮とお見受けしましたが?」


「その通りです。この件、天使威局長にも貸しということで了承、協力を取り付けました。藩主名代として命じます。ミミリ公女の身柄を確保せよ。魔女の処遇は局の規定に委ねます。諜報員の情報によれば標的は<マザマ・レガシーミュージアム>に現れる可能性が高い、近隣に待機し『符丁』を待ちなさい。話は以上です」


「はっ、任務拝命致しましたアァーッ!」

 蜂熊兄弟はオジキ姿勢のままオフィスを辞すると、迎えにやってきた黒くてでかいマッシヴなドロイドの肩に乗り、どだだだと走り去って行った。なんなんだあれ?


 ともあれ話はうまくまとまったようだ。


「見事な手綱さばきで」

「自分が火をかぶるとなればいやでも動くのが役人というものです。はあ……正直、まったく。身内の恥を見せてしまいましたね」

「俺を同席させたのは顔見知りがいれば少しは見栄をはるって計算もあったんだろ」

「ふふ、まあ否定はしませんが。蜂熊兄弟とは何度か飲みにいったそうですね」

「取材で知り合ってね。酒の席で『魔女は美人ばかりでさー、殺すのめっちゃヤなんスよ、マジ気が狂いそう。こんな仕事飲まなきゃやってらんねー!』って涙ながら愚痴ってたな」


 聞いて何か思い至ったようペシェリは斜め上に視線を投げ、まぶたを閉じ、

「なるほど。狂人の繰り言ですね」

「ん? それってどういう……」

「壊れてしまっているからこんな仕事続けられるんでしょう。これ以上狂わないため、あえて自分から狂った。良心を傷つけず、心を守るために。これ以外の生き方ができないから。彼らが酒に浸るのは逃避ではなく慰めでしょうね。猟犬の境遇にある自分と葬った者に対する」


 根が良すぎるから心に蓋をしたと言うことか。普通、戦場に身を置き殺人を生業にするなど正気ではいられない。慣れすぎれば日常に馴染みきれず、合わないタガが外れ、帳尻あわせと暴発する時がいずれやってくる。それを防ぐための、彼らなりの処世術なのだろう。


「さすがの分析だな」

「いえ、これは共感です。私も同類みたいなものですから。しかし尻を叩くことでしか人を動かせない私はリーダーとしては二流ですね。やはり姉さんみたく無邪気に人と付き合える人間のほうが器ですわ」


 ため息つく調子でいうペシェリはどこか自嘲気味だった。才女と呼ばれ周囲から慕われる彼女だが明確にある姉との差異にコンプレックスを感じているのだ。


 たしかにミミリはアホだと思われてはいるが嫌われてはいない。どちらかといえば愛されている。呆れつつもみんなの目はワンコの無邪気なイタズラをカワイイと言って微笑むそれに近い。むしろ町のマスコット的なあつかいだ。しかし事故とはいえモールを火の海にするのは度が超えていると思うけど。サムライ的には問題なしなのか……。


 ともあれ人の資質はそれぞれ。ペシェリにはペシェリの良さがある。無駄に経験ある年長者として悩める青少年にフォローはしておくべきか。


「こういっちゃなんだけど自分の程度を自覚して振る舞えるのは希有な才能だよ。エリートほどわきまえず分以上のことをやろうとして自滅する。君の臆病で慎重かつ、大胆に素早く動ける性格はやはり実業家向きだろう」

「そう評価していただきありがとうございます。ふふ、やはり私はサポートに回って家督は姉さんに継いでいただくほうが良さそうですね」


「あっ、いや、そういうつもりじゃなかったんだけどな。偉そうなことをいったね」

「いいんですよ。正直事実ですから。さてお弁当をこさえて現場に向かうとしましょうか。姉さんもお腹をすかせているでしょうからね」

「ああ」


 カタタ、と食器が震えた。


「地震か?」

 小刻みに増していく振動にはたと身構える。が、違う。地面は揺らいでいない。


 どちらかというとこれは――


 地響き。


 その正体を確かめる間もなく、階下のフロアから悲鳴にちかいショージ紙を切り裂くような叫び声が聞こえてきた。何ごと!?


 がばりと窓をのぞく。

 後ろを振り返りながら不安げに走る人たちの姿があった。何かから逃げているように見える。

 一体何から……と訝しんでいると、また一人、二人、と上手から下手に向かい走って行く人々がだんだんと増えていき、なにやら尋常ではない空気を感じた。


 外に出る。

 通りには誰もいない。あまりの静けさに拍子抜け食らっていると、


 ゴガシャアアアアーーッ!


 家屋を突きやぶり、コンクリートと木材の破片をまき散らしながらそいつは現れた。

 魔獣だ!

 一軒家くらいの全高はあろう、ヘラジカに似た巨大な魔獣だ。


 いま家一棟ぶち壊したのにも飽き足らず、ヘラジカ・ビーストは手のひらじみた二本の両ヅノで家屋を突き上げ、ブルドーザーのごとくゴリゴリ破壊していく。スペクタクル!

 魔獣はこいつだけではない。イノシシ、タヌキ、イタチ、ヤマネコ、大ヘビ、昆虫、クモ、飛竜、怪鳥、ローパー、スライム、カニ、カエル、ナマズ、コイ、ドゲザエモン名前を出せない大目玉――などに非常に酷似した、大小様々なモンスターが町に跳梁跋扈し大暴れしている。


 しかもよく見れば山から林から続々と現れ、こちらに押し寄せ大挙してくるではないか!

 これではまるでスクロール絵巻に描かれた百鬼夜行ならぬ、百魔夜行のリバイバル。


 熊葛に何が起こったというんだ!?

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