侍アンティーク喫茶ささらの薔薇姫特製(略)さらみつマンゴーカレー:ベヒもん極限ハンティングエディション・グラニテ(幕間)

 合衆連邦本土。どこかの高層タワービルのどこかのオフィス。


「<コンシェ>、プロジェクトの進捗はいかがァ?」

『イエス、ボス。フェーズ4ですコン』

「順調、快調、絶好調ォーといったところねェェ。いいわいいわァ」

 AIコンシェルジュの報告にキネヅは上機嫌そうにいなり寿司をほおばった。フォアグラとキャビアのせのせのうえ、さらに金粉をまぶしたA5ランク霜降り牛の炙りを乗せた超高級贅沢いなり寿司だ。

「んんーっ。人の幸せを踏みにじって食べるごはんは最高だわァァ~~ん。ささ、みんなもパーッとやってちょうだァァーい。前祝いよォォー」

「ハイ、ボス。イタダキマース」

「「「イタダキマース」」」

 部下たちもご相伴にあずかりパクパクモグモグ。テーブルに並ぶ仕出し料理はどれも一流店の品ばかり。デーマー・フェン社の面目躍如が知れる。


「でもボス。世界じゅうにビーフを売ったらみなさんおナカいっぱいで幸せになっちゃるマセンカー? ソレはコーガのポリシーに反するでマセンカー?」

「確かに問題がなくなれば私たちは無職になるわねェ。それはもっともな疑問であり良い質問だわァ新人のテリーさァん。だからこそよ。。そのお手伝いをするのがプロパガンディストたる我々のお仕事なのよォー」


「ナルホド目からウロコー。つまりこのあとの展望がおアリでござマスのねー」

「ご明察ゥー。人は腹が満たされれば心が贅沢で太っていくものよ。ブクブクと豚のようにねェ。そうなったら機をみて流行らすの。新しい価値観をね。多様性を尊重すべき価値観、常識を否定していい価値観、自由と人権が優先される価値観。おバカな大衆はこぞって飛びつくわ。授かりものの価値プライドにねェ。そうすればホモサピどもは価値観の違いで延々と争いだす。そこで問題が起これば我々が提案して解決する。問題があるからこそビジネスは成り立つ。コーガのウハウハ無限ループスキームは未来永劫ガッチリというわけよォ」


「さすがボス、いえキネヅ様! ナントゆー深謀遠慮なるニンジャータクティクス。おみそれシマシター」

「コフォフォフォ、もっと褒めてくれていいわよォォ」

 控えめに高笑い。垂れ流していたテレビのニュースではとあるIT企業のCEOが航空機事故で亡くなったと報じられていた。


「あらァー、あのお髭がキュートなCEOさん亡くなっちゃったのねェ。事故ォ? こわいわァ。えーっと、名前は……。うーんなんだったかしらァ?」

 まあいいわとキネヅはいなり寿司をモグモぐしてザハンお米リカーを一口。

 このミッションが成功すれば晴れて幹部入り。祖父の代で落ちぶれスラムの泥水をすすった我が家だが、組織のなかでようやく返り咲く時がやってきた。


 至福のひと時を噛みしめていると端末に一本の電話が入った。


「ハロー、サー。お世話になっておりますゥ、キネヅです」

『夜分にすまない。少々相談したいことがあってね……』

 はいはいととニコニコるんるんで頷いていたキネヅだったが、話の核心を聞いて表情がぐるりとひっくり返った。顔面オセロだ。

「は? えっ、この件からおりる? ちょっ、ちょっとお待ち下さい議員、これは由緒ある試験、そう言ってやめられるものでは……もしもしロウ議員? ロウぎいーーーーん!」

 それ以上はなく電話は一方的に切れた。キネヅはしばし呆然と通話時間のカウントだけを刻む端末をながめ、受け入れられない現実を事実と認める時を過ごした。


 無言で電話を切る。

 誰に悟られることもなくオフィスを抜け自身の執務室へ。


 思い切りダストボックスを蹴飛ばした。


「ダァームィッ! ひよりやがったあのジジイ! 良心の呵責だあ!? 小悪党のくせにモラリストぶりやがってぇよぉぉーーッ! 根性ヘドクソの成金政治屋ごときがああッ!! そんな勝手して詰められんのはこのアタシなんだよこぁんのバチグソがああああーーッ!!」

 ゴスゴスゴス! ダストボックスくんがカワイソウ!

 ぜえはあと切らせていた息をととのえ頭をクールに戻す。

「こんな急な心変わり……。きっと秋津のサムライに脅されたんだわァァ。いきなりハードネゴシエーションを仕掛けてくるたぁ、なんって野蛮なワンコどもかしらよォォー……ッ!」


 一度は許されるが二度目はない。失敗を教訓にできないニンジャーはサヨナラファイヤーされる。

キネヅは過去に一度失点を冒している。これがラストチャンスだった。

 ともかくこの件が片付いたらロウからは年貢を徴収する。オトシマエは明朗会計だ。


「――まあいいわ、ビジネスはただのついで。仕込みは全て終わったもの。あとは最終フェーズを発動するのみ。コフォフォ、もうじきよォォ。

もうじき我が一族の悲願がかなう……!」


                    ※


 四百年前――。


 目の前でひらひらとそよぐ藤色の御髪に、ビルダは顎をカクつかせて言った。

「お、おお、おまえっ、クーリエちゃん。そっ、それどーやって持ってきたのヨォーンッ!?」

「え? 龍皇さんが髪バサーってやったときじゃけど? いやーまさかあんなふうに挑発? 試してくるようなマネしてくるとは思ってなかったけどよ。ヒヒ、よく我慢したなー伯父さん。プレゼンは袖にされちまったけど」

「だだだ、だぁーめだってェ! はやく返してらっしゃい。ああああ、てかもう手遅れかー」

「カカカ。ごめんなオジキ、おどろかしちまって。こいつはニセもんじゃ、ニ・セ・も・ん」

 はぁーんとビルダはお口をあんぐり。

 クーリエは得意そうに笑い、見せつけるようつやりと髪の毛をつまんで指を這わせる。

「ヘヘ、どうじゃ。見た目から組成まで本物とおんなじやろ」

「目コピしたっちゅうんか。天才かよ? つうか、もしや完成させたのか。Mミミックのコードを」

「ファンクション化するにはもうちっとかかるけどな。ま、期待しといてや」


 お師さんの言うとおりクーリエは模倣と再現にかけては眷族史上ゆび折りの天才だった。

 永遠に灯の絶えない世界。夢物語なのは百も承知。魔法使いたるもの一片でも可能性があれば挑むが性。たとえ法外な力に頼ってでも。

 そんなオラたちの末路、いま思えば龍皇さんには見えていたんだろうな。


「オリジナルと同じ品質でコピーできんのは五回くらいってところやな。何度も試したけどあとはどうやっても劣化しちまう」

「五回もありゃ上出来だ。コピーも杖の素子として使えば破格の性能を発揮しよう。さすがは龍の細胞、といったところか。だが表だって使うのは危険じゃ、辿られる。模倣品とはいえサムライに知られればおしまいだぞ」

「封印、か。やっと形にしたペーパープランも……。まあ、ダメやろな」

「うむ。なんにしても禁止だ。関連研究資料もすべて廃棄じゃ。いいな?」


 ウチとクーリエはこの理論上の杖をナーガスタッフと命名した。コードの処理速度、ファンクション起動レスポンス、魔力増幅係数、扱える魔力の限界値、あらゆる性能が別次元。完成すれば使い手を選ぶが間違いなくこの世で最強の杖となるだろう。お師さんに隠れてバーチャルシミュレーターで遊びまくった……もとい実験していたのは内緒だ。

 ナーガスタッフを叩き台に誰もが扱えるレベルにまで落とし込んだのがいま使っているペンタブ型スタッフなのだがこれはまた違う話。


 世界の仕組みの話をしよう。

 世界は『零』『空』『泥』『殻』の四層から成り、見えぬ『構造』によって相互共鳴しあう。

 原点である『零』、無の『空』、無限可能性の『泥』、可能性投影の『殻』。

それら全ての層を形而上に結び、反響作用さしめ、永劫に拡大を続ける情報空間の『構造』。


『構造』には闇が潜む。


『泥』の世界で作られ実存たる『殻』の世界で選択されなかった未来は『構造』の底で澱となって降り積もる。澱はやがて形を成し、人の心と森羅万象に宿り災禍を招く。人災、戦争、パンデミック、自然災害、天体事故など破壊の形として顕現するのだ。

 それはまだいい。澱が発散して消えるということだから。辻褄の合うことだ。

 最悪なのは何者でもなくノーバディどこにもない存在ノーウェア。名づけられることも無く世界に知られることもなく生まれ、消えたことさえ知られず可能性のカオスに消えた存在たち。これは最悪だ。


 形を成せば最凶最悪の、世界を虚に帰す無敵の怪物になる。


<エディー・ズ>。魔法使いはこいつらをそう名付け、出現するたび眷族の枠に囚われず力を合わせ秘密裏に倒してきた。定義づけは大事だ。名をつければ攻略の糸口がみつかる。

 ともかく繊細な立ち回りが必要な時期だというのに。

 どこかの眷族が召喚実験のおり『構造』から呼び寄せてしまった。

 観測史上、六十六番目の<エディー・ズ>を。


 普通の手段で太刀打ちできる個体ではなかった。倒すためには禁忌を冒すしかなかった。眷族以外は侵入できない電脳結界に引き入れ、そのなかでナーガスタッフによる術で滅した。


 綱渡りを無事に終えた。そのはずだった。



「オジキ、大変じゃ。杖のデータがアストラルネットに出回っとる」

「ぬぁんだと!? ぬぅ、性能は廉価版ともいえるが……。

使用時の魔力励起反応から異常性を読み取ったか。観測使い魔を飛ばされていた? どこの眷族だ? いや、もう無意味だな」

「ああ時間の問題じゃ。たちの悪いことにフラグメント化されてあらゆるテキスト、画像データに仕込まれとる。情報に触れれば無意識下に製造方法が頭に刷り込まれてどんな木っ端魔法使いでも気がつけば杖を作れる状況じゃ」

「なんつうことだ……。ネットに繋いだ全員が容疑者というわけか。サムライの魔法使い狩りが始まるぞ」


 杖のことを口端に上げる馬鹿野郎はさすがにいなかったが秋津のサムライは無能ではなかった。犬だけにニオイを嗅ぎ取る力はずば抜けていたというわけだ。


 捕まった魔法使いは片端から審問され処刑された。お師さんは元は自分がまいた種だと他の眷族を魔法使い狩りから守るため立ち上がった。そんなお師さんの噂を聞いて人が集まり組織が生まれ、救援の活動はいつしかレジスタンスの流れに変わっていった。

 あとは歴史の知るところ。邪悪な魔人はサムライに倒されましたとさ。

 ふざけんな。


 勝者の特権よろしく秋津人は自分たちが被害者みたいに言っているけど真実は違う。オラ達は誰かにハメられたんだ。サムライたちと殺し合うよう仕向けられた。あいつらは龍皇を冒した者を絶対に許さない。いつまでもどこまでも追ってきて必ず殺す。オラたち魔法使いは身を守るため、追い詰められて仕方なく戦うしかなかったんだ。


「完成したコードを五つの魔具にわけた。もし私が死ぬようなことがあれば――」



 あとは頼む。お前達に夢を託す。



 頬を伝っている冷たい感触に目が覚めた。木々の屋根から差す月明かりはまだ高い。

 お師さんの今際の遺言。今もずっと夢にみる。

 標となる師は死んだ。頼れる姉弟子も死んだ。タイムリープもできない。寄る辺もない。

 何もかも悪い夢だ。

 夢は、いつか終わらせないといけないよな。


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