第1話 それでも愛してる
母と祖母、私。女三人で暮らしている。
稼ぎも母と祖母。だからそんなに贅沢はできず、けど少しのご褒美を作れるくらいにはお金がある。狭い貸家を転々としながら暮らしてきた。
二人はいつも喧嘩をしている。
「ねえママ、7ちゃんねるが観たいんだけど」
「あっ、ねえ勝手に回さないで」
「いいでしょ、どうせ観てないんだから」
今日は観たいテレビのことで揉めていた。
「観てるよ、リモコン返せ」
「うるさい。ちょっと黙って」
「お前が黙れ」
「黙れ」
イヤホンで塞いでも聞こえてくる会話。
私は自分の部屋でうずくまって、外敵から身を守るダンゴムシみたいに動けなくなる。次第に端末から流れる機械の音楽も、音量が上がる。
もう、やめてくれ。
自分を守る殻の中で、そう何度も願っていた。
「」
ダンゴムシの警戒モードが終わると、飲み物を取りに行くのを口実に二人の様子を見に行くことにした。まだ言い合いをしているのなら”うるさい”と言って、二人の怒りを私に集中させよう。母と祖母が怒鳴り合うのはみたくない。
(終わったかな……)
部屋の敷居を跨いでその一言を、と喉を開いた瞬間─────
「寝たあと、そのまま目が覚めなければいいのに」
ボソッと誰に届けるでもない言葉が聞こえた。
母の口からこぼれてしまったその呪文の矛先が、どうしようもなく痛かった。
私は、痛みを堪えて部屋へ戻った。
▢ ▢ ▢ ▢ ▢ ▢
喧嘩をして翌日の朝、二人はケロッとして笑っていることが多い。
ちょっとの毒は吐くけど、それでも全てを母が笑顔に変えてしまう。
「ばあば、寝癖やばいよ」
「え、そうかな」
「どういう寝方したらそんな暴走族みたいな頭になるん」
「っふふ」
「ねえ◯◯ちゃんもそう思わない?」
◯◯のところには私の名前が入る。
祖母の寝癖は毎回芸術品だ。今朝のも面白い。
笑って頷くと、祖母は恥ずかしそうに洗面台へ行くが、もう昨日の形相はすっかり無くなっていた。
─────というのがいつもの流れだった。だけど今日は違った。
二人はまるで昨日のことがなかったようにケロッとしているが、互いの存在を空気のように無いものとして過ごしていた。
何事もなかったように日常は続くが、どこかがずれている。なにかがおかしい。
そんな生ぬるく、気持ちの悪い雰囲気が私の首を触っては離す。
「◯◯ちゃん、昨日乾燥してたけど喉痛くない?」
「あ、うん。へーき」
いつもと変わらない母の声色。
なんだか二人を繋ぎ止めないと、という謎の使命感に駆られるがどうしたらいいのかわからない。
「ね、ねえこれ使っても良い?」
祖母も会話に入れて話せる空間を作ろうと、祖母の近くにあった
「うん、いいよ」
返ってきたのは素朴な返事だった。
もう、取り戻せないのかもしれない。母が
いっそ母に訪ねてみようか。『昨日からばあばあと雰囲気悪くない?なにかできることある?』と。だが、他人の喧嘩に第三者が首を突っ込むと余計に
ふっと思考を途絶えて、冷静に考えたら私の周りは立ち止まりの札ばかりになっていた。
(ここは何も触れないのが吉、なのかな……)
選択肢を間違えてもニューゲームできるこの世じゃない。
けど今の私には、何もしないことが唯一の選択肢だった。
▢ ▢ ▢ ▢ ▢ ▢
その3日後、母の
祖母は「おやすみ」も言わずに寝たきり、目を覚ますことはなかった。
母は泣いていた、気がする。
そんな夢をみた。
だから今日こそ、祖母の寝癖を笑い飛ばしたい。
アンノウンわたし 九重いまわ @nikibi
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